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リアルの方でお仕事を頑張ったので正社員になれました。
契約切りに怯える日々とお別れできてとても嬉しいです。
銃を撃つ。パシュパシュパシュッと音が鳴り、牢の解錠は無事成功した。
暴力は世界共通のマスターキー、みんな知ってるね。私は知りたくなかったよ。
「ほいだら、さっさと出んで」
日向の後に続いて牢屋の出口まで。
物陰からそっと外の様子を窺うと、誰も私たちの脱獄計画には気付いていないようで、眠そうな表情の見張りがぼけーっと前だけを向いていた。
時刻はだいたい十時前ぐらい。良い子はそろそろ寝る時間。
現代日本の都市部と違って、エルフの集落の一日が終わるのは早い。
日が落ちたらエルフは基本的にさっさと寝てしまうらしい。まあ夜の森でやることなんてないだろうし当然かな。
「見張りの数は1、2、3、4……牢番のやっちゃどこ行ったんやろか」
スコープ付きのドラグノフで周囲の様子を探る日向。
夜の番は東西南北に一人ずつがこの集落の決まりらしい。
「いやー、でも本当に美人しかいないなー。あの中の誰か一人でも地球に連れて行ったらハリウッド制覇できるよ。顔面偏差値だけでアカデミー賞主演女優賞間違いないね。エマ・ワ○ソンより綺麗な人、わたし初めて見たよ」
「まあ人間ではないですけどね」
それはそう。だけど私もエマ・ワ○ソンは人間より上位の存在ではないかと疑ってたりする。だってすごく綺麗だもん。
「ファンなだけやんな」
「ハリーポッター好きでした?」
「レオンも好き」
小学校の頃は図書室でハリーポッターとデルトラクエストとダレンシャンばっか読んでた詩織ちゃんである。日向はドッジボールで無双してた。
小学生だし、センスではもちろん身体能力でも圧倒してたから、プライドの高い男子とかを三日に一度の頻度で泣かしていたのは良い思い出。
「しっかし、拍子抜けするぐらい簡単に脱走できそうやな。捕まったときは詰んだ思うたぐらいやったけど」
「まあ、不幸中の幸いでしょ。相手が良かったね。さっさと逃げ出して人間のいるところに行きたいな」
ということでまあ、隙を見て外に出たらスイッチでキャンピングカーを出現させ、素早く乗車しそのままアクセルべた踏みで終わりだ。
エルフたちが気付いたときにはもう遅い。迷惑はかけたけど被害は与えてないので許してほしいところ。
あとは何らかの不確定要素でも絡んでこない限り、勝ち確だろう。
「それじゃあ、セット」
唱えると、どこからともなく現れるおねえちゃんスイッチ。
うーん、いつ見ても意味わかんない。
「んー、さすがにちょっと緊張してきた」
「日向ちゃんも」
「わ、私も……」
「あたしも!」
うんうん、みんな緊張してるね。
私だけじゃないようで大変結構です。
やっぱりなんだかんだ命懸かってるからね、勝率が99%だとしても1%は負けるってアメフト部が言ってた。
そうして良くも悪くもその1%を引くのが日向だったりする。
「…………ん?」
なんかおかしいね?
「どうしたんや詩織」
「顔色が悪いですよ」
「ぽんぽん痛いの?」
そう言って心配してくる三人。三人。私を合わせて四人。
青髪の雑魚、赤髪の馬鹿、紫髪の無能、金髪の子供。
「一人多いッッ!!!!」
「うわビックリした!?」
一人多い。一人多いのである。
なんか変なのがいつの間にかいる。
「どなた!?」
思わず叫ぶ。
すると相手は笑顔で答えた。
「あたしアリシア!」
活発そうな金髪の幼女エルフはアリシアと名乗った。
見た目は人間の十歳前後と思われるが相手はエルフ、実際の年齢がどうかは分からないけど、まあそんなことはこの状況では些事だ。
脱獄の現場、目撃されちゃってるんですけど。
「えっと、いつからいたの?」
「なんかパシュパシュって変な音がしたから見に来たの!」
「モロバレやんけ」
誰だよ拍子抜けするぐらい簡単とか言ったの。
いや、いや、いや、まだ慌てるような時間じゃない。
幸いバレたのは幼女一匹。しかも私たちの事情を理解していないのか、こちらに対する敵愾心のようなものも感じられない。
好奇心に満ちたキラキラした瞳でスイッチを見つめている。
なんとか丸め込めばまだ間に合う。
「ねぇねぇ! 三人って人間なんでしょ!? なんで人間がここにいるの!?」
いきなり核心突かれちゃった。
突かれちゃったけど疑われているわけではない。
私はどう答えるべきか悩んでいる日向にそっと耳打ちをする。
「あー……えっと、ウチらちょっと森で迷子になってもうてなぁ。そこを偶然ここのエルフの人たちが助けてくれたんよ。ほいだら、もうすぐ日が暮れるってんで屋根と寝床まで貸してもろうてん、もう頭上がらんわ」
「そーなんだ!」
「せやねんせやねん」
騙せた。騙せるんだ。すごいね。やばくない。
捕まったとき結構騒ぎになってたと思うんだけど、子供たちが無駄に近寄ったりしないように逆に情報を伏せられていたのかな。
好奇心のある子供は厄介だからね。
「アリシアちゃんは何をしてるの? もう寝る時間でしょ?」
「お母さんと一緒に寝ようと思ってたんだけど、お母さんまだお仕事してるから帰ってくるまで待ってるの!」
「家で待ってなくて大丈夫なの?」
「あんま大丈夫じゃない!」
「大丈夫ちゃうんかい」
じゃあ帰って!
とは、まだ言わない詩織ちゃん。
努めて冷静に、落ち着いて、慎重に。
大声で駄々をこねられて瞬間に色々と終わる。
「なら帰った方がええんちゃう?」
「えー!? でもあたし、人間さんとお話したい! 初めて会ったんだもん!」
「でも、お母さんが家に戻ったときアリシアちゃんがいないと、お母さん心配するんじゃない?」
「それはそうだけどぉ……」
根が素直なのだろう、罪悪感を刺激するとしゅんとするアリシアちゃん。
このまま穏便にお家に帰ってもらいたいところ。じゃないと、ぐだぐだしているうちにまた見張り番が戻ってきちゃうかもしれない。
「じゃあさじゃあさ! その変なの! その変なのが何なのか教えてくれたら、アリシア今日のところはお家に帰る! ね! いいでしょ?」
そう言って幼女が指差したのはおねえちゃんスイッチだった。
変なのとは酷い言われ様だけど、この世界にタイプライター、もしくはそれに類似する機械があるかも怪しいので、当然の反応っちゃ反応。
だけど「何?」かー。
何なんだろうね、これ。
私はおねえちゃんと目配せをして、説明をぶん投げる。
「うーんとなぁ、ウチらもようけわかっとらんのよ。このボタンを押すとな、なんでか知らんけど色々なもんが出てくるんや」
「色々って」
「服とか食べ物とかやな」
「食べ物!?」
と、食べ物の部分に激しく食いつくアリシアちゃん。
すると日向は得意気な表情で続け――
「せやで、果物とかも出せ――」
「貸して!」
「え――?」
――私はと言うと、エルフ幼女のあまりに俊敏な動きによって、手に持っていたスイッチを瞬きの間に盗まれました。
そしてそのまま、颯爽と駆け出し、大きな声を上げるアリシアちゃん。
「おかーさーん!! 見て見て見てー!!」
「「わぁああああああああああああ!!!!?」」
まずいまずいまずいまずい。
とにかくまずいけど考えてる暇はない。
「おねえちゃん!」
「あいよっ!」
言うや否や、自慢の俊足でアリシアちゃんを追いかける日向。
それに続いて私も二人の方に走るけど、走力の差は如実だ。
周囲をチラ見するだけでもエルフが騒ぎに気付き始めているのが分かる。
計画は破綻した、こうなれば勢いで突破するしかない。
日向がアリシアちゃんを捕まえる、スイッチを取り返す、私が合流してキャンピングカーを取り出す、囲まれる前に全速力で逃げる。これしかない。
何か最近逃げてばっかりな気がするなー!
「捕まえたで!」
「なにするのー!?」
「ナイスおねえちゃん!」
さすがの運動神経でアリシアちゃんを捕獲する日向。
しかし結構距離が離れてしまっている、私の足だとあと十数秒ぐらいだろうか。
エルフたちが戦闘態勢に入るまで推定三十秒、ギリギリだけど間に合うはず。
「ん……そういえばヤコさんは――」
と、そこで自分の後ろを見る。
ヤコさんは運動神経が悪いわけでもないので、なんの問題も無い――
「あいたたた……」
――はずだったんですけどね。
およそ30m後方で、藤見は転けていた。
思いっ切り頭から地面に突っ込んでいた。
「「藤見ぃいいいいいいいい!?」」
そのさらに後方からは、杖やら弓やら持ったエルフたち。
ヤコさんを助けに行っても、私たちの足じゃ逃げ切れない。
日向の方に行ってから戻るには、どうしても時間が足りない。
脱獄がバレたからには、エルフたちは私たちを殺しに来るはず。
ここからの一歩を間違えたその瞬間に人生が詰む。
(やばいやばいやばいやばい!)
見捨てるという選択肢が、私の頭を過った。
みんなこの小説のこと忘れてたと思いますけど、僕の方が忘れてたと思います。




