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「とういうことで、そろそろ出発したいと思います」
「どんどんぱふぱふ」
ご飯は食べたし服も着替えた。
ユニコーンは折った角を回収して首から下を土に埋めた。
巨大とかげに関しては核だか魔石だか、討伐証明になり高く売れるという部位をヤコさんが持ってきてくれたので後は森のグルメたちに任せて終わり。
大蜥蜴の魔石、たぶん火竜の宝玉とかそんな感じ。
「なにはともあれ人里に行きたいよね、こっちの世界に来てからまだ現地人とのエンカウント0だよ。いや時間は一日しか経ってないんだけどさ。これがラノベならもう100ページは使ってるからね???」
「ちょっとそれはようわからんわ」
「人里を目指すならやはり中央諸国共同体が一番近いですね。ここから車で十時間ぐらいの場所にそこそこ大きな都市がありますよ」
「そうそれそういうの。正直いきなり村とか行っても服とか車とかで怪しまれる気しかしないからさ、人が多い都市部に行きたかったんだよ。情報の量も鮮度も重要だし」
田舎は田舎でも、人の出入りの多い田舎とそうでない田舎では余所者への対応がまるで違うことを私はよく知っている。
それが情報通信機器の存在しない世界ではなおさらだ。
たとえユニークスキルなるものが存在していて、自分たちが異世界人であるとはバレないにしても、未成年の少女三人が鉄のイノシシに乗って突然自分たちの村にでもやって来たりでもしたら誰だって警戒する、たぶん排斥もするだろう。
「あ、でも、私たちがいきなり訪れて都市に入れてくれるものなの?」
パスポート的なものが必要ではないのか、そんな私の不安をヤコさんは心配ご無用と否定した。
「旅人の入国には一定額の納税が必要になりますが、私は冒険者ギルドから中央諸国の自由通行許可を貰っています。私の連れということにすれば、お二人も都市に入ることができますよ」
「へぇ……その許可はどうやって証明するんや?」
「ギルドから支給される認識票ですね。裏に名前と性別、身長と年齢、瞳と髪の色が有効期限と共に刻印されてあります」
「で、それはどこにあるの?」
「それはなくさないよういつも首に――」
思い返してもらいたいのだが、ヤコさんは最初全裸だった。
それは確かに正真正銘の全裸であり、靴下はおろかアクセサリーの一つだって着けていなかったのだ。まさに産まれたままの姿。
荷物を全損していることからも、まあ、なんだろうね。
虚無の顔で胸部を手でパタパタと叩いているヤコさんがおいたわしい。
「そういえばとかげの胃液で溶かされたんでした……」
「何の話題でもテンション下がるねこの人」
「まあまあ、そう落ち込まんといてや。金で解決できる問題なんやろ?」
「いや、私たち全員無一文だけど?」
「ふっふっふ、甘いで詩織。そないなときのためのスイッチやろ?」
「あっ、そうか。スイッチを使って――」
ラーメンは人殺しの道具ではない、美味しい食べ物なのだ。
それを地球より遙かに食文化のレベルが低いであろう現地民の方々に振る舞えば、きっとこの世界にも名誉福岡県民を量産することができるだろう。
異世界食堂で読んだ。詩織ちゃんは詳しいのだ。
「――ベレッタを世界にばらまくんや!」
「急に死の商人になるじゃん」
ノーベルもびっくり。
「異世界物で主人公が銃や火薬をその世界に持ち込むのって結構な重大事だからね? 長めの葛藤シーンとか必要なあれだよ?」
急に世界を変えようとしないでほしい。
「そっかぁ、あかんか……」
「なんで先にラーメンを売るって発想が出ないのさ」
「だって昔の料理って味が薄かったんやろ? 必然的に舌もそれに適応するはずやん? そないなとこに急にラーメンなんか放り込んでも受け入れられんとちゃうかなって」
「む」
簡単に言えば現代食は基本的に塩分過多、みたいな話。
意外と考えていた姉の言葉に一瞬喉が詰まるけど、それにしたって銃はない、さすがにない。たとえ弾は事前に抜いていたとしても、撃てない銃なんて代物を買うのはごく一部のディープなオタクだけである。
世間一般の人はそんなに銃を欲しがらないのだよ。
「ラーメンがダメでも洋梨は美味しいですよ」
と、ヤコさん。
スイッチで取り出した洋梨をしゃくしゃくしながら。
私も一切れもらったけど、十分に売り物になる味をしている。
地球の誰かが長い間科学に基づいて妥協なく品種改良を重ねた末の産物だ、これもまたある意味で知識チートと言えるんだと思う。
「じゃあ、お金に困ったら洋梨売るってことで。現地の人のお眼鏡にかなえば服だって売れるだろうし、怪しまれない範囲で小銭を稼ごうか」
「そう考えるとほんまチートやんな、スイッチ」
「まあでも二人いてはじめて成立する上にパルプンテだから、手放しで褒められる能力じゃないのは忘れない。私はあのクソ野郎を許さない」
「お、おう……そやね……」
それはさておき。
「目的地も決まったことだし今度こそ出発するけど、ヤコさん案内ってできる?」
「任せてください。これでも冒険者ですし、なんなら来た道を戻るだけですからね」
「頼もしい……」
「日向さんもずっと運転するのは大変でしょうし、お疲れのときは交代しましょうか?」
「えっ、ほんま!?」
ヤコさんの提案にパッと顔を輝かせる日向。
その表情に「やっぱり長時間の運転はしんどいよね」と少し申し訳なくなる。ゆえに私にとってもその提案はありがたかった。
「ヤコさん運転できるの?」
「ふふふ……詩織さん、イニシャルDの舞台は群馬ですよ?」
「なにも関係ないよそれ」
「というのは冗談で、免許を取る前にこちらに来ましたが、十八歳になった時点で自動車学校に通っていましたのである程度覚えていますよ」
「いやぁ、ヤコさんおるの助かるわぁ……」
「えへへ……それほどでも……」
冗談も言えるほどにはメンタルも回復し打ち解けてくれたのか。
なんだか微妙に浮かれてる感じが少し心配だけれども、それはそれ。
ヤコさんの言葉に従っていれば、異世界一発目から遭難かましかけた私たちより悪くなることはあるまい。
「よーし、じゃあ出発進行!」
女子三人、キャンピングカーで旅に出る。
異世界という点がどこまでも最悪だが、その分自衛の手段とかも増えているので今は勘弁しといてやろう。
だって、まあ、ほんの少しだけ、ワクワクしている自分が――
【五時間後】
「いたんだけどなぁ……」
未だ森の奥深く。
辿り着いたのは小さな集落。
しかしそこに暮らしていたのは人間ではなく。
「おとなしくしろ!! お前たちを拘束する!!」
「人間め! 我らの聖域に無断で立ち入るとは!!」
「動くなよ、少しでも妙な真似をすれば射殺する!!」
長い耳をした美人さんたちでした。
美女、美少女、美女、美魔女、美幼女、美少女、美女、美女、美女。
金髪で細身、全員がモデル体型のヤコさんのさらに上位互換のようなスタイルをしており、もしかしてパリコレにでも迷いこんだのかと一瞬錯覚するが、たぶんそうではない。
だってみんな同じ緑の服を着ているし。
「ねぇヤコさん、どういうことこれ」
「……………」
汗だらっだらのヤコさん。
さっきから目も合わせてもくれない。
「ヤコさん、怒らないから」
できるかぎり優しい声で訊く。
「……道、間違えました」
なるほどなるほど、と現状を把握する。
つまり人間の国に行くはずが道を間違えて、よりにもよって人間が大嫌いなエルフさんの集落にやって来てしまったと。
それは、実に、
「「ヤコぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいいいいいい!!!!」
なーんもうまくいかん。
上手く書けないので本編では書きませんが、
「せ」で生理用品を気合いで出しています。




