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ね。
ついにヤコさんが全裸ではなくなった、喜ばしいことである。
服が英語で「Clothes」なので「く」を押したのだが、クローゼットが出せたのは思わぬ収穫だった。洋服のクローゼット、和服のクローゼット、セレブのクローゼット、コスプレイヤーのクローゼットなど、何回か出したり消したりを繰り返してみたが、中身が都度変わるのはとても嬉しい。
何よりタダっていうのが素晴らしい。もちろん魔力を支払ってはいるのだが、キャンピングカーに比べれば安い物。
これからいくらでもオシャレが出来る。
「ヤコさん腰ほっっっそ!!!」
「は? 身長168cmで体重50kgジャスト!? まじで!?」
「モデルじゃん、もうこれモデルじゃん」
そうこうしてるうちに始まったのは棚町姉妹のヤコさん着せ替えショー。
初めから分かっていたことだが、かなりのスレンダーボディのヤコさん。
足も腰も腕も首も全部細い。顔も小さい。何とは言わないが限りなくA寄りのA。
モデルと言われても不思議ではないし、なんならファッション誌で見たことあるんじゃないかと錯覚するほどの美しいボディライン。
インドアガールのちょいぷにな私とは比べるべくもない。
「えー、ヤコさんこれ学生時代かなりモテたんじゃないですか?」
「……中学のとき、学年で一番人気の男子に告白されたこともありましたね」
「すごっ!」
「まあそのあと、ちゃんと断ったのにクラスのボス格の女子からいじめられるようになって、ストレスからの摂食障害に入院のコンボかまして不登校になりましたけど」
「…………ごめんなさい」
この人どこまで可哀想なんだろう、心底そう思う。
「えーっと、ヤコさんって日本におったころはどないな服着とったん?」
凍りかけた空気を日向が強引に変える。
「そうですね、高校に入ってからはパンキッシュを意識してました」
パンキッシュ=パンクでロックなファッションのこと。
「意外! ヤコさんそんな派手な感じだったんだ!」
スタイルが良いので何を着ても似合うヤコさんだけど、言ってしまえば陰キャのコミュ障。
そんなヤコさんがあえて目立つような格好を好むというのは少々想定外、とはいえ確かに言われて想像してみれば中々どうして悪くない。むしろ良い。
なにより顔に生気さえ取り戻せばヤコさんはかなり美人の部類に入るし、革ジャンを着たヤコさんがボーカルをやっているバンドとかあったら多分ハマる。
「私も最初はそんなに好きではなかったんですけどね、駅とかに出るとすごい周りから注目されてしまいますし」
「そら注目はされるやろなぁ……」
モデル体型の美人がパンキッシュな服装で電車を待っていたら、そそくさと後ろに張り付いてじっと観察するに違いない。
誰だってそうする、私もそうする。
「でも、派手な服着てると痴漢とかナンパとかされないんです。制服や他の私服着てるとき、私が気が弱そうに見えるんでしょうね。電車やバスで知らない人にお尻触られたりしつこく言い寄られたりするのが本当にしんどくて……」
「うっわぁ……」
「全ての話題に地雷持ってそうやねこの人」
Q.どこまで可哀想なの?
A.どこまでもだよ。
女子学生らしくオシャレにの話に花を咲かせようとしてみるけれど、これ以上はヤコさんのトラウマを発掘するだけになりそうなので方針転換。
とりあえずパンキッシュな服装と言われても自分たちは買ったことがない、なので適当なバンドTシャツ、革ジャン、タイトジーンズと下着各種にシルバー系のアクセサリーを渡してターンエンド。
見事女性三人組ロックバンドのギター兼ボーカルが誕生した。
インディーズでカルト的な人気を誇っていそう。
「よっしゃ完成。そんじゃあご飯食べようや、ラーメンと洋梨しかないけど」
「そうだ、ヤコさんって好きなラーメンってあります?」
福岡県民ならば豚骨以外を選んだ時点で地獄のメリーゴーランドからの断頭台行きであるが、ヤコさんは秘境グンマーの女子高生。そこに住む人々の食生活は謎に包まれている。
群馬って何があるんですっけ、私はまだグンマを知らない。
――なんて考えていると、尋ねられたヤコさんは困ったような笑みを浮かべた。
「ラーメン、食べたことないんですよね……」
「そんな人類おりゅ????」
「ヤコさん本当に日本人????」
「そこまで言われることあります????」
三者共に頭にはてなが浮かび首を傾げる惨状。
だが現代日本にてもはや国民食とも言えるラーメンを食べたことがないなんて、それこそ小麦粉アレルギーなんかを除いて稀少種と言える存在では。
少なくとも日向も私も学校の帰りにラーメン屋に赴いては一杯300円強のラーメンを胃に流し込む作業を週に一度は行っていた。
「本当に食べたことないの? カップヌードルとかも?」
「ないですね。私って小さい頃に両親が離婚して母親に引き取られたんですけど、離婚の原因は母がオーガニックでスピリチュアルな新興宗教にハマった結果で……家では半ばヴィーガンみたいな食生活を強制されていたり――」
「タイムアウトー」
なんかもう不憫すぎて慣れてきた。
「んじゃ、ヤコさん初めてのラーメンやな。もちろん豚骨やで」
「麺の硬さはどうします? オススメはバリカタですよ」
「えっと、じゃあそれで……」
「豚骨バリ一丁入りましたー!!」
「おぇーい!!!」
ラーメン屋のノリ、ちょっとやってみたかった。
実際に自分で作るわけではないのは、それはそれ。
セット&プッシュ。
おねえちゃんスイッチ『ら』ラーメン。
「一丁あがりぃ!」
一瞬の発光の後、日向の手元にそれは現れる。
大き目の鉢に満たされた茶色い汁に、カラフルな野菜と黄色い麺の浮かぶ――
「お待たせしました、札幌味噌ラーメンです」
「あ、はい」
「そうそう札幌味噌ラ――ってなんでやねん!」
「しょうがないじゃん、ランダムなんだし」
「まあそうやけども」
「あ、え、す、すごく美味しそうですよ……?」
車内ににふわりと広がるのは、味噌の温かな匂い。
きゅるり。と、ヤコさんはその匂いに思わずお腹を鳴らして顔を赤くする。
「そういえばヤコさんって、何日食べてないの?」
「ええと……二週間ですかね?」
「……ゆっくりお食べや」
「い、いただきます……」
そう手を合わせてから呟いてヤコさんは箸で麺をすくい――
「っ……! けほっ……ごほっ! ごほっ、ごほっ……げぇっほ!!」
「いや麺すするの下手くそか」
――外人さんとか慣れてないと難しいって聞きますよね。
話全然進まねぇな。




