13
作者の物理の偏差値は39です(センター試験時)。
それは異様な光景だった。
その体重、軽く400~500kgを超えるであろうユニコーンが痙攣しながら地に伏している。
そしてそれを為したのはユニコーンの傍らに立つ身長161cm、体重52kgの赤い髪の少女。
武器は持たず、防具も備えず、ただ人類最高級の拳一つを以てして。
「おねえちゃんはさぁ……物理法則って知ってる?」
「知らへんなぁ」
知らないそうです。
謎は全て解けましたね。
正解は日向ちゃんは物理法則の内に収まるような小さな器ではないからです。
――と、結論づけて私は思考を止めた。
何故なら頭に糖分が足りないからである。
「はぁ……プリン食べたい……」
「え、そないなこと言われたらおねえちゃんも食べたな――あっ」
どっかの国の凄いボクサーで「ふ」および「ぷ」が埋まったせいで頭が痛い。
生き残るためには仕方のないことだった、だからその結果を恨みはしないけれど、それはそれ。
そしておそらく自分たちはこの世界にいる限り二度とプリンを食べることができないのだろうことも心にくる。プリンの別の呼び方とか知らんし。
材料さえ手に入れば作れるのかもしれないが、生憎と私も日向も料理はカレーぐらいしか作れないし、それだって市販のルーがなければ不可能だ。
異世界知識チートとはよく言うけれど、なんの準備もなく放り出されたって人間の記憶容量には限度ってやつがある。
石神さんちのS空くんでもあるまいし無理なものは無理。
知ってるんだぞ、知識チート系の作品の作者がめちゃくちゃ資料読み漁ってんの。
詩織ちゃんにはそんなんないんだからな。
「えーっと、まずなにすればいいんだっけ……」
いいんだっけ、とは言うものの、そもそも私は正解を知らないし。
気絶したユニコーンの処理の仕方なんて池上彰は教えてくれなかった。
きっと林先生だって初耳に違いないだろう。
なんだっけ、わかんないや、とりあえず足を縛ればいいのかな、いやそもそも縄がない。
「お困りですか?」
「お困りですよ――って、そっか」
振り向けば居心地の悪そうな全裸のヤコさん。
そうそう、そうだった。まずはあれよね、服。
***
服を出す前にヤコさんには「おねえちゃんスイッチ」の説明をした。
他人に切り札を晒すデメリットよりも「私たちはあなたのためにこれだけ手を尽くしましたよ」と恩を売るメリットの方が上だと判断してのこと。
現状世界を知るための手段をヤコさんに依存しているため、彼女の協力を得るのは今後の生活のためにも必須と言って良い。
「というわけで、ここに取り出しますはおねえちゃんスイッチです」
「おお、これが……」
「これでヤコさんの服を出します」
「お二人は神でしたか」
「ヘイトスピーチですよそれ」
「失礼しました」
シーツにくるまり、今にも土下座せんばかりのヤコさん。
まあ服を出すのはヤコさんのためだけにするのではなく、自分たちの衣食住確保の一環でもあるのだけどそういうのは言わない方が吉である。
「というわけで、どのスイッチを押すかの会議を始めます」
「どんどんぱふぱふ」
「えー、この愚姉がですね――」
「愚姉!?」
「――『ふ』のスイッチで服を出すはずが何故かボクサーになりやがりましたので、改めて他のスイッチの可能性を模索することになりました。何か案のある方は挙手お願いします」
「はいはい!」
「はいおねえちゃん速かった」
嫌な予感はするけれども。
とりあえず聞いてやろうじゃないか。
「おねえちゃん仮面○イダーになりたい!」
「もうちょっと版権を意識しろカス」
「カス!?」
どうしてこの姉は人の話を聞かないのだろう。
仮○ライダーはないだろ仮面ラ○ダーは、せめてプリ○ュアって言え。いやそれだって妹としてちょっと恥ずかしいけど。
一生をライダースーツ(ヘルメット付き)で過ごさせてやろうか。
「論の外なので次お願いします」
「は、はい」
「はいヤコさん」
「普通に洋服とかで良いのではないでしょうか……」
「なるほど」
洋服、悪くない提案である。なんなら和服も捨てがたい。
汎用性という点ではやはり洋服が一番無難なところだろうか。
銃などの武器と違って緊急で必要になることはないだろうし、キャンピングカーほどMPの消費も激しくないのだからガチャをしたって構わない。
洋服、洋服いいね。
「他に意見のある方。または『よ』に何か別案のある方は挙手お願いします」
「ヨーグルト!」
「ブルガリアに帰れ」
「容赦……」
「そんなものはない」
しゅんとうなだれる日向。
いやまあブレインストーミングと言うんだっけ、思いついた先からアイデアを出すのは悪い方法ではないそうで。しかし、いくら腸内環境が大事だとしても現時点でヨーグルトの優先順位は低いし、仮面○イダーはこれまた殺意が高過ぎる。
それらの出現確率を下げるために、不要な物は極力否定するべきだ。
そして他に案が出てこないことを確認して、私は二人に尋ねる。
「それじゃあ『よ』押すけどさ、それでOK?」
「私はお任せします」
「日向ちゃんも大丈夫やで」
「……おねえちゃん、余計なこと考えないでよね」
「こ、今度こそ大丈夫やから……」
じとっとした視線を向ける私に、萎縮する日向。
ドラグノフも、ベレッタも、フロイド・メイ○ェザー・ジュニアも、私の辞書には存在しなかった単語だ。
既に前科は三つ、ここいらで名誉を挽回してほしいところ。
「ほいじゃーポチッとな」
洋服目指してスイッチオン。
瞬間光り出した日向の手元に出現したのは――
「……………」
「……………」
「……………」
――黄緑色のひょうたんのような形をした、あれ。
日向の手に収まるサイズのそれは何処をどう見たって洋服ではない。
まあ、確かに「洋」までは合っているのだけど。
「もしかしてさ、お腹空いてた?」
「……少し」
「なにこれ?」
「洋梨」
「おねえちゃんは?」
「用無し――ってやかましいわ!」
「……………」
「……ごめんて」
――おねえちゃんスイッチ『よ』洋梨。
このあと『く』でクローゼット(中身可変)を出しました。
さすがに運動エネルギーの計算ぐらいはできるので、黙れゴッ太郎でもあるまいしメイウェザーでは馬を殴り倒すのは無理と理解はしていましたがやりたかったのでやりました。




