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投稿遅いよね。わかる、わかるぜブラザー。
悲報、ヤコさんが可哀想な人だった。
「なあ詩織ぃ……あの人ただの可哀想な人やないか?」
「む……むむむ……」
ヤコさんとのお話中にタイムを取って車外に出た私と日向。
なんや思うてたんと違う展開に急遽緊急会議を開催、なにぶん初めてのことなので対応に困っていた。
「だ、ダメだよおねえちゃん! 確かに十中八九可哀想な人だけど、もしかしたら演技なのかもしれないじゃん! わたしたちが中学生でこの世界のこと何も知らないからって嘘の話で同情買って利用するつもりかもしれないんだよ? あの人がまだどんなチート持ってるかもわからないんだし、もうちょっと警戒心持ってよ! そんなだからおねえちゃんは学校のみんなから『日向ちゃんって泣けばどうにでもなるからチョロいよね』とか言われるんだ!」
「初耳~」
「とにかく、まだ心を許しちゃダメ。わたしたちの方が利用してやるぐらいの気持ちでないと、この先異世界じゃ生きていけないよ!」
「せ、せやなぁ……ウチ、頑張るわ」
***
それから車内に戻って。
「――私のチートですか? 不死身です」
「「え」」
私が必死になって遠回りに聞き出そうとした情報を、ヤコさんは特に気にした様子もなく暴露してくれた。もしかして、警戒心という言葉をお知りではない?
「まあもうぶっちゃけてしまうとはい、私って不死身なんです。藤見だから不死身、はいめちゃくちゃ面白いですね。クソウケる。死ねば良いのにあの神」
不死身、それならとかげの中で服だけ溶けていたのも納得である。
「良かった、ヤコさんは痴女やなかったんやな……」
「違いますって!!」
「えっと……そ、それ言っちゃって良いの……?」
とはいえ新たに疑問も浮上する。
ヤコさんの言ったチートの内容、不死身というのは往々にして畏怖の対象だ。もしその能力が公に露見でもしたならば――
『研究所などに拉致されて一生実験体にされる』
『神の敵や悪魔憑き扱いされて退治される』
『化け物扱いされて周囲の人間から虐げられる』
――といったお話や展開は日本の漫画やゲームなどにも多く存在した。
もちろん現実にそうなるのかは、一般通過女子中学生である私にはわからないけど、実際始皇帝みたいな人物もいたのだから可能性は低くないと思う。
だからこそ、そういうのは普通隠すものではないのか。
「ああ、大丈夫ですよ。確かに言い触らすことではありませんが、この世界って魔法とは別にユニークスキルってのがあるようで。言ってしまえばヒ○アカの個性の劣化版みたいな感じですかね」
「ヒロ○カ」
「ええ、特別な固有能力を誰しも一人は持っているんです、そういう世界の仕組みとして。これが大概何でもありで、ほとんどは似たり寄ったりなしょっぱいスキルなんですがたまにヤバいのがあるんですよ。ですから不死身も『まあ、そういうスキルもあるだろう』って反応でして。ユニークは他人から絶対に奪えないって決まってますからね」
「じゃあ私たちの能力もユニークってことにすれば人前で使えるんだね」
「そうだと思いますよ」
その事実に内心ほっとする。その話が事実なら、現地の人におねえちゃんスイッチを見咎められて、魔女裁判みたいになるのは避けられるらしい。
「でもすごいですよね。不死身ってめちゃくちゃ強い能力じゃないですか?」
だからふと、ちょっと気を抜いて口にしたそんな一言に。
「……本当にそう思いますか?」
「ひっ」
ずっと視線を右斜め下に向けていたヤコさんが、前髪に隠れた瞳をギロリと私の方に向けた。すっごい怖い。
「えっと……そ、そうでもないん?」
シンプルにビビった私に代わって日向が尋ねる。
この様子を見るにもしかしたら地雷を踏んでしまったのかもしれない。
「……確かに不死身って聞くと強そうに聞こえるかもしれません。だけどお二人が思い浮かべる不死身って、怪物って言葉がセットだったりしませんか?」
「……………」
図星~。
「蟻に残機が100あったところで象に勝てますか?」
言われて、想像して、首を横に振る。
「……勝てません」
「不死身っていうのは当人にある程度の能力があってこそ初めて有効活用できるんです。私なんて群馬のFラン女子高生でしかも帰宅部、スポーツの経験もなければ喧嘩なんてしたことがない、なんなら友達だって一人もいないカースト最底辺ですよ。そんな人間が身一つで異世界に放り出されて生き残れると思いますか? 思いませんよね? その通りです。私はね、陰キャを自称しながらいざ異世界に行くと普通に他人と会話できるようなファッションコミュ障共とは違うんです。真性です、真性の陰キャです。スーパーの店員とのちょっとの会話にすら緊張してレジ前で事前に脳内シミュレーションする女が私です。そこに加えて戸籍もお金も保証人も何もない状態、詰みゲーですね。まともな仕事になんてありつけません。こういうときって普通の異世界物だと豪快で優しい飯屋の女主人なんかが住み込みで働かせてくれて、私も毎日を真面目に働いた結果、常連客の間で密かにアイドルになるみたいな展開になることが多いですけど、そもそも私接客業とか無理でした。どうやってお金を稼げと言うのでしょう。魔王討伐? 知らねぇよそんなもん、データ入力のバイト寄越せ。でもこの世界にパソコンはないんです、島根にだってパソコンはあるのに。結局、私も命を質に入れたなら誰にだって門を開く冒険者になるしかありませんでした。でも採取クエストだけじゃまともにご飯も食べれません。仕方なく討伐クエストなんて受けてみましたが、当然魔物を相手にロクに戦えるはずもなく、スライムに二桁殺されましたよ。知ってます? 窒息ってね、苦しいんですよ。焼死ってね辛いんです。骨が折れるのも内臓が潰れるのもめちゃくちゃ痛いんです。私は知りませんでしたし、知りたくもありませんでした。人生はダ○ソでもブ○ボでもありません。死に覚え? はは、不死身だからって痛覚がないとでも思いましたか? 怖いんです、死ぬのは怖い、痛いのも怖い、不死身ってのは死なずの身体じゃありません、死ねずの身体なんですよ。私があのクソ野郎から貰ったのはチートではなく異世界の多種多様な死因体験ツアーの片道切符。はーマジでゴミクソカスですよあの神。百回死ねばいいのに。もう何もしたくないって思いましたよ。だけど、不死身だってお腹は減るし眠くもなる。野宿は嫌、雑草を食べるのも無理。なら働かないといけない。でも魔物と単独で戦えないならパーティーを組むしかないじゃないですか。とはいえ無能にはブラック企業ぐらいしか雇い手がいないように、私なんかが参加できるパーティーなんて確定的にクソなのは明らかですね、つらい。それでも鈍臭い私が生きるためにはそうするしかなくて、他のパーティーメンバーから見下されながら荷物持ちや雑用をして、魔物を釣るための餌にしかならないと散々馬鹿にされながらも耐え抜いて、実際に囮にされようが頑張って走りまくって結構パーティーに貢献したと思うんですよ。なのに私が不死身だからなんでしょうね、あいつらそれを見て笑ってました。私が大怪我しようが大声で笑うんですよ。罪悪感とかないんでしょうね、だって何しても死なないんだから。痛みを怖がって泣いてる姿がピエロみたいで面白いんですって。はいはい、所詮私の人生なんて喜劇ですよ。今回だって見捨てられて、化け物に喰われて。いつもこんなんばっかです。いつも、あっちでもこっちでも、良いように利用されては使い捨てられて、ハブられて、私はカースト上位勢の幸福の養分になって搾取されるしかない運命なんです……はは、世の中ってクソだわ」
「「タイムアウトォオオオオオオオッ!!!」」
***
再び車外。
重苦しい空気が私たち二人の間に流れる。
自分たちは甘く見ていた。現代日本人が異世界に飛ばされるという事実を甘く、そして軽く考えすぎていた。
「おねえちゃん、あれ可哀想な人だ」
「せやな、間違いなく可哀想な人や」
先程のヤコさんの言葉が演技だとはさすがの私にも思えない。
じっとりとした憎悪と怨嗟、心なしか車内の湿度が上がった気さえした。
まず間違いなく、ヤコさんは可哀想な人と見て良いであろう。
「あんな異世界の闇の煮凝りみたいな人、本当にいるんだね……」
「……おねえちゃん気付いてしもたんやけど、不死身って事はウチらがとかげをポップなコーンにするまでずっと胃液で――」
「あーーーー!!!! やだやだやだ聞きたくない!!!!」
グロいグロいグロい。
「なぁ詩織ぃ……せめて服ぐらい出してやってもええんちゃうか?」
「ぐぅ……さすがの私も良心の呵責に耐えられそうにない……」
元から衣類は出すつもりだったのだ、これは仕方がないのだ。
別段情に流されて判断を誤ったとかそういうのではないのだ。
服、しょうがないね服。まあ出そうと思って出せるか分からないのがこのスイッチの悪い癖。だけど、とりあえず救おうとした事実は覚えていてほしい。
「ほいじゃーセット&プッシュ」
おねえちゃんスイッチ『ふ』。
「……………」
「……………」
しばしの沈黙。
「……なんも出ぇへんな」
「え、なに、もうバグった?」
スイッチを呼び出し『ふ』を押した。
しかし日向の手元には何も起こらなかった。
まさか本当にパルプンテだったのかと訝しんでみるけど、スイッチに表示される魔力残量を確認すれば微量ながら減っているのが確認できた。
まず考えられる理由としては、不発か。
「ハズレとかあるのかなこのスイッチ」
「あったらあまりにもカスやろこの能力。……まあヤコさんの話聞いてから言うのもなんやけど」
「うーん……」
さてはてどうしたものなのやら。
なにがなんやらわからんちんである。
あの神サーの下っ端、まじで一回殴らせてくれないかな。
「どうする? もう一回押す?」
「そうしたいところやけど、おねえちゃんさっきから気になっとんことあんねん」
「あ、おねえちゃんも?」
つい数分前から妙に感じる気配と視線。
満員電車なんかでたまに感じる類いの気持ち悪いあれだ。
一旦呼吸をしてから二人で意を決して、体はそのまま首だけちらりとその方向に向ければ、遠くの木々の間に白い何かいた。
「よく見えないんだけど、おねえちゃん分かる?」
「あれ馬よ、綺麗な白馬やな。なんや知らんけど頭に角が生えとう」
「角の生えた白馬って……それヤコさんの言ってたユニコーンってやつじゃない?」
ユニコーン。
ファンタジーでも度々モチーフにされる幻獣だ。
癒やしの力を宿すと言われるねじれた黄金の一本角が特徴で、気高く美しいその見た目から日本でも人気のモンスター、だったはずだけど。
何か忘れているような……と私は首をかしげる。
「逃げてください!!」
「え、ヤコさん?」
そのとき、車内のヤコさんが窓を開けて叫んだ。
「早く逃げて! ユニコーンは、この世界のユニコーンは――」
そう、私は忘れていた。
ユニコーン最大の特徴の一つ。
綺麗な見た目をしておきながら中身は下衆。
「処女を性的に喰います!!!!!」
――そう、処女厨であると。
「詩織! 後ろや!」
「え……?」
振り向けば、瞬間移動でもしたのかという速度で距離を詰め、私の真後ろに立つユニコーン。
「え」
親猫が子猫にするように、服の襟を噛まれて持ち上げられる。
「え」
そして急遽転身、そのまま逃走するユニコーン。
「え」
――ああ分かった。さてはこれ、ピンチだな?
「詩織ぃいいいいいいいいいいいいいいい!?」
「助けておねえちゃあああああああああん!!」
慣性が凄い。
言い忘れていましたがこのぐらいの下ネタはそこそこやるかもしれません。




