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 シャワーから上がったヤコさんにベッドのシーツを渡す。

 微妙な顔をされるかと思ったけど、意外にもヤコさんは嫌そうな顔を一つせず、むしろほのかに感激した風に受け取ってくれた。チョロい。

 ふと時間が気になって窓の外を見ると、背の高い木々の間からうっすらと日の光が差し込んでいた。


「さーて、朝っぱらかなんやけど、お話し合いしよか」


 運転席から車内のリビングルームへと移送する。

 四人がけの席に二対一。

 私のピタリと隣に日向。対面にはベッドのシーツを体にぐるっと巻いたヤコさんが、気まずそうな表情で微妙に目を合わせずに座っている。


「というわけでまずは自己紹介からやな。ウチは棚町日向十五歳、福岡の中学三年生や。こっちは双子の妹の詩織。よろしゅうな!」

「……よろしくおねがいします」

「えっと、改めまして藤見夜子です。一年前までは群馬の高校三年生でした」


 秘境グンマーの女子高生、ヤコさん。

 だがこちらも修羅の国の出身、相手にとって不足は無し。

 個人的にはぐんまちゃんってゆるキャラの中でもかなり可愛いよねとか思っているんだけど、気さくにそんなことを話しかけるコミュ力は私にはない。


「んじゃまヤコさん。ヤコさんもウチらと同じで日本から転移してきたってことで認識合っとるんか? あの神様を名乗る不審者に無理矢理この世界に連れてこられてからに、魔王を倒して勇者になれーとかなんや言われて」

「あー……そうですね、概ねその通りです……」


 目を伏せながらヤコさんは同意する。

 つまりこの目の前の卑屈そうな女子高生も、神の言うことが正しいなら地球では自殺志願者だったということになる。

 私はそう理解するけど、もちろん声に出したりはしない。お互いにやぶ蛇、触れて良い事なんてないだろうから。


「ウチらは昨日こっち来ばっかなんよ。ほいだら一年先輩のヤコさんにいろいろ質問したいんやけど大丈夫かいな?」

「あ、はい、もちろんです。私なんかで答えられることであれば、なんでも質問してください」

「んーとなぁ……」


 少し困ったような顔で日向がこちらを見る。

 ヤコさんはおおよそ三つ先輩。年上から敬語を使われたことのなかった日向には、その喋り方が若干こそばゆいらしい。

 私としても、少しだけ違和感がある。


「ヤコさん、ヤコさんの方がわたしたちより先輩なんですから、無理に敬語を使わなくても大丈夫ですよ。おねえちゃんは馬鹿なので敬語を使えませんが……」

「なんでさらっとディスったん?」

「いえ、私は敬語以外で喋れないのでお構いなく。それにお二人は命の恩人ですから、たった数年早く生まれただけで上から喋るのは違うと思いますし……」


 ヤコさんは視線を合わさずにぼそぼそと小さな声で話す。

 私としてはそれが嫌ではないし気にもしないけど、考え方からしてもこの人絶対に運動部とか体育会系とか向いてないなと、お互い様ながらひっそりと同情する。

 異世界は陰キャに厳しそうなので。


「まあヤコさんが一番楽な話し方してくれたらそれでええんやけど、それじゃあ……なに聞けばええんやっけ?」

「おねえちゃん……」


 あははと笑いながら振り向く日向に少し呆れる。

 さっき説明したじゃん、本当こいつ話聞かねぇな。

 ――という罵倒は人前なので心に仕舞い、嫌だけど司会を代わる。

 優しい、ありがたく思え。


「正直知ってることの方が少ないですから、ヤコさんには覚悟してもらいますよ」




***




 ――それから少し。


「えっと……じゃあ、わたしたちが転移させられた平原から見てこの森は西じゃない……ってコト?」

「はい、東ですね」

「そやなぁ、地球やないもんなぁ。そしたら太陽も太陽ちゃうし、西から昇ったお日様が東に沈んでくこともあるかぁ……盲点やったわ」


 まず最初に確認するのは地理について。

 自分たちのいるこの大陸はジャガイモのような楕円形で、その中心部にほど近い場所に私たちの転移させられた「なんとか平原」がある。

 治安が比較的良いという理由で南西方面を目指していたはずが、姉妹揃って地球的先入観から方角を勘違いし、東部方面に向かっていたそうだ。


「まず魔王軍が拠点を構えるのが大陸北部。反対に南に位置するのが人類最大の生存圏である帝国、西北には十数の豪族の寄り合いから成立し発展した商業ギルド連合、中央には対魔王軍の最前線である中央諸国共同体、東北は多くの種族が混在する亜人圏、一番近いのがここですね」

「亜人って?」

「エルフとかドワーフとかです」

「いよいよファンタジーっぽくなってきたなぁ」

「巨大とかげの時点で大概だったけどね」


 エルフにドワーフ。ファンタジーに不可欠な要素である人間以外の人類。それは基本日向がやっているRPGを隣で見ていたときに得た知識程度しかない私にも、そこそこ魅力的な響きだった。


「勢力間の関係ってどうなってます?」

「基本的に良好なのは帝国と中央諸国だけです。ここも上下関係がはっきりしているので仲が良いとは言い辛いですね。帝国は魔王出現以前は商業ギルド連合とも亜人とも戦争をしていましたから他二つとの関係は険悪です。現在はさすがに停戦していますし、連合の方は商人らしく割り切っていますが、亜人圏はそうもいかず……」

「え、亜人さん人間嫌いなん?」

「種族による、としか言えません。エルフ、特にダークエルフなんかは人間嫌いですが、国ではなく個としての人間に友好的な種族は少なくありません。ただ共通しているのは帝国関係への風当たりの強さでしょうか、それでも表だっての対立は控えています」

「なるほどなるほど……」


 勢力図はこれからの行動の指針にもなる重要な要素。

 エルフと仲良くなれそうにないのは惜しいけど、地球でも人種問題が根深いようにこの世界も同じなのだろう。

 日向はそれでも仲良くなりたそうにしているが、君子危うきに近寄らず、後で釘を刺しておかないと面倒なことになりそう。


「ヤコさんの所属はどれなんですか?」

「どこにも所属しているつもりはありませんが、拠点は一応中央諸国共同体でしょうか。冒険者ギルドに入会したのも中央です」

「冒険者ギルド?」


 商業ギルドはともかく冒険者ギルドとは。

 いや分かる、なんとなく分かってはいる。なんかあの、モンスターの討伐クエストとか受注するあれでしょ、モ○ハンで見た。

 日向と一緒にラ○ズやりたかったな。

 おねえちゃんスイッチだけに。


「簡単に言えば荒事専門の人材派遣会社……いえ、冒険者は社員ではなくギグワーカーですので地球風に言うと暴力のU○er EA○Sですかね?」

「暴力のUb○r E○TS」


 すごい、一言で納得。


「まあこれ、ギルドなんて言っていますが日本人向けにそれっぽい単語に翻訳されてるだけみたいで、実際のところは国営事業なんですよね。亜人圏を除く三つに存在する冒険者ギルドも、連携こそしていますが基本的には別の組織です」


 ちなみに理屈は全く分からないけど、この世界の住人の言葉は日本語に変換され、自分たちの言葉は異世界言語に変換されるらしい。

 ギルドの本来の意味を考えると誤用の気がしないでもない。まあわかりやすさって重要だよね。うん。


「ふーん、じゃあヤコさんもその冒険者なの?」

「えっと、その、はい……」

「ってことはこの森にはギルドの依頼で来たとか!」

「……そうですね、ユニコーンの捕獲クエストを受注して、目撃情報のあったこの森に調査に来たのですが……」

「あの巨大とかげに出くわしたと」


 沈痛な面持ちで、ヤコさんは頷いた。

 あまり思い出したくない記憶なのだろう、正直私もなかったことにしたい。なんなんあのとかげ。ほんと嫌い。


「ちなみに調査には一人で……?」

「いえ、複数人でパーティーを組んでいました。ですが事前の情報になかった巨大とかげの急襲によってパーティーは大混乱に陥り、その結果他のメンバーは――」


 そこまでを口にして言い淀むヤコさんに、私たちは息を呑む。

 続く言葉は、ある程度察せられた。だってここは異世界だから。


「まさか……」


 とかげの胃の中から大量に出てきた大量の骨。

 詳しく確認はしなかったがあの量だ、人骨があってもおかしくはない。

 そしてその中にはヤコさんの仲間の骨が――


「――私を生け贄にしようと縄で縛って森に置き去りにしたんですよ」

「「タイム」」


 思うてたんと違う。

長いので二つに分けました、明後日ぐらいにはもう一話投稿したいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふむ、パーティーメンバーがヤコの特異体質だかスキルを 知ってて、そのうちにンコと一緒に出てくると知ってたら どうだろう?酷い話ではあるけどまあ命には代えられないし
[一言] ヤコさん不憫過ぎて好きになってきた
[一言] 思ってたのと違いすぎた!
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