75 慮内の一手⑥
「――ああ、聖女様ぁ」
僕と一緒に逃げ込んできた女性の一人が泣き崩れた。
聖女様に直接声をかけられ、今まで抑えていた不安や恐怖が、安堵と共に一斉に襲ってきたのだろう。
そんな彼女に、聖女様は優しく寄り添う。しゃがみ込んだ女性に合わせて腰を下ろし、抱きしめる。
なんとも心温まる感動的な光景だ。この場にいる全員の心が浄化されるような思いだろう。
いつまでもこの優しい世界が続けば良い、そう心から思う……こんな状況じゃなければ。
心底名残惜しいが、僕はこの優しい世界をぶち壊すことにした。
「申し訳ございません、聖女様」
「? あなたは……」
「はっ、第四小隊所属、六等騎士ルカイユと申します。都市長閣下より市民の避難をお手伝いするよう命じられて参りました」
「そうですか、それはありがとうございます」
女性を抱きしめていた手を離し、聖女様が立ち上がった。
女性は少し……だいぶ名残惜しそうだが、心を鬼にして続ける――つもりだったが邪魔が入った。
「お前ぇっ、なんだその無礼な態度はぁ! 弁えろぉ!!」
コイツは……何かと僕に突っかかってくる……サイロだ。
コイツが本気でそう思ってるのか、ただ僕が気に入らないから難癖つけてるだけなのかは知らないが、状況を考えてほしいもんだな。
僕は変に感情的にならず、淡々と応じる。
「黙れ」
「はぁ?」
「無礼なのは承知の上。お叱りも罰も甘んじて受け入れよう。しかし、今は非常時だ。礼儀は二の次だろう」
やれやれ、今は非常時なんだぞ? 礼儀なんてどうでも良いだろ。
さっきもキョロ髯に思ったけど、変なとこで融通効かない奴ってどこにでもいるよなー。
「えっ、それって今言わなきゃいけないほど重要⁉︎」ってなるようなことに妙にこだわる人って言うか、僕には理解出来ない〝それ〟にこめられた〝なにか〟を心の支えにしている人。
まぁ、人の考えを否定する気はないけどさ、今はその時じゃないよ。
「避難を聖女様が進めておいでだと伺ったのですが……亜人の妨害が激しいのですか?」
見たところ、この拠点にいる避難民は少ないが、それでもいないわけじゃない。いるのだ。留まる理由がないのに。
馬車が足りないから脱出出来ない、って感じじゃない。僕の知らないわけがあるのだろう。
「一つ気になったのですが、もしやこの拠点門に繋がっていないのですか?」
「……そうです。東門への道は塞がれています」
「なるほど、それで……」
だいぶヤバいな。
口ぶり的に東門が陥落したわけではなさそうだが、これでは避難出来ない。
このまま避難民が集まってきたら、この拠点に入りきらなくなるぞ。
……いや、その心配は残念ながら必要ないかもな。
この拠点も包囲されている上に、敵は都市中の好きな場所に好きなタイミングで出現出来る、と思われるので、避難中の市民が襲撃される可能性がある。
仮に非戦闘員は後回しにしていたとしても、道路には建物の残骸や、死体が溢れてるし、目の前で戦闘が行われているかもしれない。
たどり着けてもこの包囲だ。しかも、あのクソ鳥やそれに類する飛行型の亜人が他にもいる可能性はある。
さっきの馬車は補強されていたから無事に到着出来たが、補強されていない馬車なら拠点に入る前に壊されていたかもしれない。
言い出したらキリがないが、現状僕が把握している限り避難する市民を保護出来るような予備戦力はこの都市にはいない。
「きっ騎士様」「わたしたちは大丈夫なんですよね?」「しっ死にたくないっ」「逃げれないんですか⁉︎」「たっ頼む!」「助けて!」「どうか!」
「っ……」
僕らの話を聞き、さらに僕らが深刻そうな顔をしているのを見た避難民達が詰め寄ってきた。
もちろん民を守るのが僕らの役目だし、個人的にも必死に守る。
でも、気休めは言えない状況だ。
「――ご安心ください。皆さまのことは〝必ず〟お守りいたします」
――しかし、この方は違った。
それほど大きな声ではなかった。
それでも、聴く者全ての意識にはっきりと残る、そんな言葉だった。
一切の迷いなく、澱みなく、曇りなく、聖女様は言い切った。
「『聖女』の名にかけて」
「聖女様ぁ!」「うぉおー!」「ありがとうございます!」「そうだ! 俺たちには聖女様がついている!」「もう心配いらない!」「助かったぞ! 俺たちは助かったんだぁ!」
あまりにも心強い言葉に、避難民の不安は一気に取り除かれたようだ。
暗く、負の感情に支配されていた雰囲気がたちまち明るくなった。
「万歳!」「聖女様、万歳!」「万歳!」「万歳!!」「万歳!!!」
遂には万歳三唱まで始めた。
場は完全に祝勝ムードだ。避難民だけでなくサイロや兵士達も一緒に騒いでいる。
……ここで「事態はなにも変わっていない」って冷めた目で一歩引いて輪に加わらないから、僕は「空気読めない」「場が白ける」とか言われてぼっちになるんだろうなぁ。
まぁ、今回は確実にこっちが正しい。事態は一切改善していない。むしろ、既に勝った気になってる分悪化した可能性まである。
とは言え、ここで水を差すようなことを言えば、最悪亜人の前に僕が袋叩きにされて殺されるってことくらいは流石の僕でも分かってる。
上手く皆を誘導して本当に勝てるように動かなきゃな。
見方を変えれば、士気は最高潮だ。今なら(僕以外は)恐れを知らずに戦えるかもしれない。
なんとか、勝利への道を模索しよう。
……それにしても、恐ろしい統率力だな。
仮に聖女様が闇堕ちなんてした日には、世界終わんぞ。
この力があれば魔族なんて一瞬で殲滅……まぁ言うても僕にはあんま効果ないっぽいし、魔物とか魔族とかには効かないんかね。
まぁそんな上手い話があるわけないか。
それでもこの力、打算無しで心の清らかな聖女様が使ってるからこそ効いてるってのは分かってんだけど、もっと効率良く使ったらこの戦いも結構有利に進めれそうだな。
……大抵、こういう聖なる力の悪用とか企てる輩は痛い目を見るので、やっぱやめとこ。
――すぐにそれどころじゃなくなったし。
◇◇◇
「――くっ、うらぁーー!」「しっ死ねぇーー!!」
バリケードの上では、相変わらず襲ってくるクソ鳥達との戦闘が続いている。
登ってみて分かったことだが、バリケードは急拵えで作ったこともあって足場が悪く、見た目より戦い辛い。
クソ鳥は上からくる以上、踏ん張りの効かないここでは思う存分戦えない。
それでも、敵はそんなこちらの事情に配慮せず、むしろ便乗して攻撃を繰り出してくる。
例の突進も数体で交代しているので、防御側からすると絶え間ない。
まぁ、コイツらのは攻撃は大したことないし、こちらの人数も増えたことだ、じきに終わるだろう。
あの後、聖女様コールがやまないので流石に止めようかと思っていた矢先、クソ鳥の一体がバリケードを越えて襲ってきた。
奇襲とは言え、僕含め武器持ちが集まっていたこともあってすぐに袋叩きにして一瞬で仕留めることが出来た。
そしたら、避難民の中から数名志願する人が現れて、その人達も含めた兵力で、士気の高いうちに鬱陶しいクソ鳥だけでも追っ払うことになった。
それには、メルヘンから貰ったこの徽章が役に立ったのだ。
本来の使用目的を考えれば、むしろこれが正解なんだが、すっかり失念していた。恥ずかしい限りだ。
◇◇◇
「――なんでお前にそんな指図を受けなければいけない! ぼくは五等騎士だぞ!」
「私はあなたに指図をしたつもりはありませんよ。ただ聖女様にご提案をしただけです」
「うっ」
僕がクソ鳥に対象を絞って一気に殲滅することを提案すると、毎度の如くさしたる理由もなくサイロが反対の声をあげた。
いや、今回はアイツが言っていることも一理あるか。僕が六等騎士で、サイロが五等騎士だからあっちのが階級は上だ。戦場で階級制を逸脱するような行為はご法度か。
反射的に皮肉で返してしまったので、サイロは言い返せず黙ったが、さぁてどうやって説得するか。
理詰めで説明したところで、はなから僕が気に食わない奴には届かないだろう。
無駄な話し合いに使っている時間はないんだけどなぁ。
聖女様の洗n――説得で高まった士気も、このまま後手後手に回るだけの戦闘で擦り減らされる展開が続けば長くは保たないだろう。
若干焦りながら、僕が無い頭を振り絞っていると、それまで黙って聞いていた聖女様が口を開いた。
「……ルカイユ六等騎士、その胸の徽章は?」
「えっ、ああこれは南門での功績が認められて臨時に帝国軍歩兵指揮官職を拝命したのです。これはその証ですね」
「ウソをつくなっ! お前ごときがs」
「では、先程のご提案は『六等騎士』としてではなく『歩兵指揮官』としてなされた、そうですね?」
「⁉︎ ……はっ、仰る通りです」
「は⁉︎ えっ⁉︎ はっ⁉︎」
……そういうことか。
この人、思っていたより遥かに頭良いな。
いや、別に聖女様のことを馬鹿にしていたつもりはないんだが、こんな柔軟な思考が出来るとは、失礼ながら思っていなかった。
『正義』と『善』に対して強い信念と使命感を持つ、良くも悪くも〝正しい人〟だと思っていたが……これはこっちが考えを改める必要がありそうだ。
「皆さま、ルカイユ歩兵指揮官のご指示通りに動いてください」
「聖女様⁉︎ この者の戯れ事を信用なさるのですか⁉︎」
「これは命令です、サイロ五等騎士。従いなさい」
「……御意」
聖女様、こんな強い口調でも話せるんだな。またも驚きだ。
この短時間でイメージが変わった。
……まぁ元々ほぼ知らなかったんだから、『聖女』という単語に対する勝手なイメージでしかなかったんだが。
こちらとしては謂れのない理由で睨みつけてきたサイロも、一応聖女様の命令とあって素直に指示に従った。
……あの不貞腐れた顔を「素直に」と表現するのであれば。
◇◇◇
「――うらぁ!」「一体撃破!」
サイロは僕に度々突っかかってくるだけあって(?)それなりに強かった。槍よりも短い長剣で槍を持つ歩兵達よりも活躍している。
その姿に奮起したのか、歩兵達や志願してくれた民兵達の士気も高いままだ。
この調子なら殲滅も時間の問題だろう。
「バーガー、あと二体で全滅します!」
「よし、攻撃を継続! 私は聖女様に次の提言をしてくる」
――因みに、あのクソ鳥『バーガー』って言うらしい。
やっぱり前世の記憶がある分、この世界のネーミングの一部には違和感を覚えてしまうな。
バリケードから地上へ降りた僕は聖女様へ話しかける。
「聖女様、先程私どもが拠点へ入れるようにお使いになった魔法……」
「『聖護光』ですか?」
「そう『聖護光』ですが、なにか発動条件があるのですか? それによって、次の作戦が変わるのですが……」
……とまぁ一応尋ねてはいるが、十中八九なんらかの発動条件――連発出来ない理由はあるだろうな。
だってあれを使えばこの拠点にいつまでも閉じこもっている必要なんてない。あれで足止めをしている間にとっとと脱出すれば良いんだ。
それをしないってことは、出来ない理由があるんだろう。
だから、例の『聖護光』を脱出作戦に組み込むのなら、僕はその発動条件を把握しておかなくてはいかない。二つの意味で。
一つはもちろん避難民を都市から脱出させる作戦を立てるためだ。
これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないので、慎重に一番安全な方法を探る必要がある。
そして二つ目。正直、こっちの方が個人的には重要だ。生命に関わるとさえ言ってもいい。
なんせ『聖護光』は僕にも効くのだから。
何故亜人達だけでなく僕にもあの光――『聖護光』が効いたのか。逆に言うと、馬や馬車の御者達もいる中で、何故僕にだけ効いたのか、それはだいたい見当がついている。
――僕はアンデッドだからだ。
『神聖な』なんてついてるんだ、まず間違いなくゾンビには効果抜群だろ。
なので、発動条件のいかんによっては僕はなにかしらの理由をこじつけて拠点に籠る――『聖護光』の効果外にいる必要がある。
拠点に入る時は賢い馬と、色々な偶然のお陰でなんとか誤魔化せた(と思う)が、今回はそうはいかないだろう。
故に、なんとしてでもその事態は回避しなければならない。
それでいて、『聖護光』が有効な手札であることは間違いないのだから、これを利用しない手もない。
悩ましいところだが、「包囲を突破して都市から避難民を脱出させる」「僕は『聖護光』を避ける」を両立させる作戦を立てなければならない。
何度目かもう分かんないけど……頑張れ、僕!
「ええ、仰るとおりです。『聖護光』には制限があるのです。それは――」
予想通り、『聖護光』には発動に制限があった。
聖女様がそれについて解説してくれる。
神聖魔法には全く詳しくない――他の魔法にも詳しくない――僕でも分かる、完璧な解説だった。
流石は(宗教的な意味の)説教の英才教育を受けた『教皇女』だ。
そして解説が分かりやすかっただけに――
「――なるほど、それは……難しい問題ですね」
――その発動条件がどれだけ厳しいかも嫌と言うほど理解した。
この発動条件では、おいそれと使うわけにはいかないな。その後のリスクがデカ過ぎる。
むしろ、避難民の馬車を拠点に入れるためとは言え、さっきの聖女様はだいぶ無謀だったとも言いたくなる。サイロ達は何故止めなかったのか? ってレベルだ。
……まぁ、一つだけ気休めになることがあるとすれば、僕がその効果を逃れるのはそこまで難しくなさそうだ。理由は未だ考えついていないが、どうとでもなるだろう。
「再度、上から現状を確認してきてもよろしいでしょうか」
「構いません。市民の方々をお救い出来るのであれば」
聖女様に念を押されつつ、僕は考えをまとめるべく歩き出す。
正直、打つ手は全く思い浮かんではいない。
ただ包囲を突破するだけならやりようはあるが、それなりの被害が出るこのやり方を聖女様が採用することはないだろう。
聖女様が難色を示した作戦にここの兵士達や、なにより避難民が乗ることはない。
……やるしか、ないn――
「――馬車接近! 二台です!」
「っ⁉︎ 今行く!」
思考を一度中断して、僕は大急ぎでバリケードの上へ登る。
兵士の報告通り、こちらへ二台の馬車が向かってくる。しかも、今回は護衛付きだ。
馬車の上には大盾で簡易な防衛拠点が作られていて、見える範囲でも数人の兵士がそこに待機している。
都市庁舎の武装馬車か? となると、中にいるのはそれなりの高位の人物?
馬車の接近に気付いた地上の亜人が反転して馬車の方を向いた。
しかし、何故かそれ以上動こうとしない。ただ見ているだけだ。
ある程度接近させてから囲むつもりか? それとも、他になにか理由が?
まぁ、良い。とりあえず今出来ることから終わらせよう。
「クs……残りのバーガーを落とすぞ! 今のうちに拠点からの出入りを妨げる飛行戦力を削る!」
「おいっ、あの馬車はどうするんだ⁉︎」
「今はどうしようもない。もっと接近してから対処します」
それだけ言って、僕は残っていた最後のクソ鳥を落とす。
これで拠点からの脱出を上から妨害されることはなくなった。少なくとも、今は。
あとは地上の亜人をどうにかしないとなぁ。
現状、こちらの戦力は、騎士は僕とサイロ含め修道騎士が四人だけ。兵士は『聖軍』と帝国軍合わせて十九人。それに避難民からの志願兵が六人の計二十九人。
『聖女』様という切り札の存在を考慮しても、全く余裕はない。
そして、最大の問題はこの拠点には飛び道具の類が一切無い、ということだ。
周辺の倒壊した建物の建材を流用して造っただけで、弓や弩を運び込めなかったらしい。
魔法を使える奴も聖女様以外一人もいない。
聖女様は攻撃魔法は使えないので、実質石でも投げるしか遠距離攻撃の手段はないのだ。
よって、あの馬車に弓兵がいるのなら、是非とも招き入れたいと思っている。
一か八かに賭けて決死隊を繰り出して馬車を援護しようか、などと本気で考えていた時、僕は目に入る光景に若干の違和感を感じた。
……うん、やっぱりそうだ。間違いない。
僕の隣にいた兵士の言葉も、それを裏付けていた。
「指揮官殿、おれの目がおかしいんかね」
「いや、私も感じている」
「やっぱ、そうだよなぁ?」
「ああ。間違いなく――」
――馬車の進路がおかしい。
この拠点を目指しているのなら、もうちょっと左向きに走るべきだ。進路がほんの少しずつだが右にズレている。
御者の操作ミスでないのなら、あの馬車はこの拠点が包囲されているのを見て、ここを経由せず直接東門を目指すつもり、なのだろう。
「なっ、それは無謀だ」
「いや、そうとも限りませんよ」
実際、あの馬車がこの拠点ではなく東門わ目指していることは亜人達には気付かれていなさそうだ。
上から俯瞰して見ていたから僕らは気付けただけで、拠点に接近するギリギリまで分からないだろう。
上手くいけば逃げ切れるかもしれない。
――この拠点が〝包囲〟されていなければ。
そう〝包囲〟されているのだ。亜人はこちらの入口の前にいかいないわけじゃない。あの方角からは見えないかもしれないが、拠点の裏側にもいるのだ。
そっちをなんとかしない限り、東門にたどり着く前に捕捉されてしまうだろう。
しかし、絶対に不可能かと言われたら、そうでもない。
「亜人の注意をこちらに引ければたどり着ける可能性はあります」
「じゃあ、どうするんだ。お前、魔法は使えないんだろ?」
使えないのはお前もだろ、と思ったが、ここでサイロと揉めても益はない。
せっかく話を聞いてくれてるんだ、変なことは言わず、端的に言いたいことだけ言い切る。
「簡単なことですよ。入口を開いて奴らの一部を引き込むんです」
場が凍りついた。
裏にも回っているので、ここにいるのは十人強だったが、平気な顔をしているのは僕だけだった。
流石のサイロもあまりの衝撃発言に噛み付けなかったらしい。口をパクパクさせて顔全体で驚きを表している。
まぁ、こんな反応にもなるわな。僕も誰か別の人が言い出したら、ソイツの正気を疑うよ。
でも、今の僕は至って正気だ。追い込まれた末にフル回転した僕の頭脳は、この作戦を自信を持って立案した。
時間はさほどない。僕は説得にかかる。
「この拠点は、計画的に建設された防御拠点に比べればはるかに劣る急造ですが、二つ正規の防御拠点にはない〝強み〟があります」
「なんです? それは」
そこへ聖女様が入ってきた。
僕の一見無謀な作戦で犠牲者が出ると思ったのだろうか。表情からは感情が読み取れなかった。
僕は身体を聖女様へ向け直して説得を続ける。
誰を説得すれば最も手っ取り早いかを考えた上でだ。聖女様を置いて他にいないだろう。
「それは、「入口の構造が単純である」ということと「拠点の耐久力が低い」ということです」
「それは〝強み〟じゃないだろ?」「弱点では?」「やっぱり気が狂いやがったのか⁉︎」
「……わたくしも同意見ですね。それのどこが〝強み〟、なのですか?」
聖女様達の質問はもっともだ。当然予想していた僕は、準備してあった説明を続ける。
ここからが勝負だ。どれだけ納得させるかの。
「この拠点の入口の構造は単純です。故に簡単に変更が出来るのです。
通常の防御施設の門は壁と一体化しているので、突破を防ぐために固く塞ぐことは出来ますが、仕様を急に変更など出来ません。
しかし、この拠点の入口は、上手く材料を組み合わせればいくらでも内部から変更が可能です。それこそ、扉を二重にも三重にも造れるのです」
「……なるほど」
この拠点は、言ってしまえば馬車が一台通れるくらいの隙間を開けて積み上げた瓦礫の山でしかない。その隙間に蓋のように木の板を押し込み、それを裏から補強しているのが入口の〝扉〟だ。
両側に瓦礫を追加すれば、その背後に別の扉を造ることも、内部の構造を変えることも出来る。
急拵えで正式な設計に基づいていないことで、自由度が高い構造になっているのだ。
これは、他の防御施設にはない〝強み〟と言えるだろう。
首を捻る兵士もサイロもいるが、少なくとも最大の説得相手である聖女様の反応はまずまずだ。少なくとも、すぐに否定されることはないだろう。
「……では、この拠点が脆弱であることはどう〝強み〟となるのですか?」
「この拠点が脆弱であることで、奴らは拠点が倒壊することを恐れて無理な力攻めをすることが出来ません」
「?」「は?」「意味わかんねぇ」「なんでそうなんだ?」
「……どういうことですか?」
「このシナラスを手中に収める以外に、奴らがなんの目的を持って襲撃してきたのかは分かりませんが、この拠点への攻撃が苛烈でないところを見ると、少なくともここにいる亜人は無理な力攻めを避けているように思われます」
「確かに……その通りですね」
さっきから不思議に思っていたんだ。
入口も、バリケード自体もさしたる耐久力はない。地上の亜人達が本気で突撃してきたら、突破するのは難しくないはずだ。
なのに、何故かそれはせずに、ただただ囲んでるだけでそれほど本気で攻めてきているようには思えない。
それも、こう考えれば納得はいく。
まぁ、実際に力攻めを避けている理由は違うのかもしれないが、敵が力攻めを仕掛けてこないという前提の下作戦を立てることは出来る。
さぁ、ここからが正念場だ。自分でも弱いと思う理論を勢いとはったりで隠してこの作戦を通す。
「そこで、亜人が十体ほど入ることの出来る区画を入口のすぐ裏に造った上で、入口の扉を上げ格子のように改造します。入口を開き、敵が数体入ったところで入口を下ろし、中に残った亜人を上から槍で突き殺すのです。中の亜人が全滅したらまた入口を開き、次の数体を入れたら下ろして殺します。これを繰り返せば、こちらの被害を抑えて敵の数を減らすことが出来ます。どうでしょうか?」
僕は聖女様を見つめる。他の人達も全員が聖女様に注目している。
自分でも希望的観測が強い作戦であることは分かっている。それでも、この後の脱出のことを考えればなんとかして敵の地上部隊の数を減らしておきたい。
僕の必死さが伝わったのか、それともこの作戦に勝機を見出してくれたのか、聖女様は悩んだ末に小さく頷いた。
「…………分かりました。ルカイユ歩兵指揮官の案を採用します。皆さんも、そのつもりでお願いします」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
「……くれぐれも、怪我のないように」
「……お任せください」
魔力を温存する観点から、怪我をしても聖女様の治癒魔法があればどうにかなる、というわけにはいかない。極力そうならないように立ち回らなくては。
その後は大急ぎで突貫工事に取り掛かった。
他の場所に配属されていた兵士も出来る限りこっちに集め、急いで〝小部屋〟を造る。
反撃にあってもそう簡単にはやられないように高さと安全性を、可能な限り追求する。
全員が一丸となって急ピッチでなんとか〝小部屋〟は完成した。
僕が入口の開閉を担当し、残りの選りすぐりの精鋭を他のサイロ達修道騎士二名に率いさせて〝小部屋〟を囲む。
仮に裏側で不測の事態が起きた時のためにもう一人の修道騎士は裏側に十人の兵士とともに待機させている。
出来る限りのことはした。あとは実行あるのみ。
sこへ、こちらの準備が出来るのを待っていたのか、と思いたくなるようなタイミングでバリケード上の見張りから報告が入る。
「馬車、接近! しかし、進路は東門です!」
「……やはりか。そのまま見張りを継続! 合図は私が出す」
僕は入口の上に立ち、自分でタイミングを見計らって入口を開くため準備をする。
馬車二台は追いすがる亜人をギリギリで避けつつ、全速力で東門へ向かっている。
……よし、今だ。
「始まるぞ! 入口を開け!」
僕の合図で〝小部屋〟に控えていた兵士達が一斉に槍を構える。
僕は入口を大きく開け、亜人を引き入れるために飛び降りて亜人達の前に身を乗り出す。
この身を危険にさらせば敵を釣れるのなら安いものだ。これで十体でも敵を削れれば、それだけ避難民の都市脱出の成功率が上がるのだから。
「さぁ、来い! 亜人共ぉ!! この都市を侵略しようとしたこと、後悔させてやる!!!」