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不死者に平和を  作者: 姫神夜神
4 ヒトツキの戦い
97/118

74 慮内の一手⑤

「――(亜人共)の一部が忽然と姿を消した」


 やっぱりな。思った通りだ。

 攻めてきた敵の数と討ち取った敵の数は一致していない。

 改めて考えてみると、いくら火力が相当強かったと言っても二百体はいた亜人をほとんど焼き殺すなんて無理なはずなんだよ。

 たぶんその辺に転がってた燃えかすや炭の塊を調べたら二百体分はないだろうな。

 とは言え、火攻めを敢行してすぐに逃げる敵を討ち取るために地上部隊とタイミング合わせたし、カイネ達掃討班も残していったので大勢が逃げれたとは思えない。

 どうやったのか分からないけど、数十体単位で姿を消していることになるな。

 瞬間移動でもしたのか?

 数十人単位をまとめて転移させるには、今のところ『転移陣』を使うしかない……ということになっている。

 だが、転移陣は基本的に設置型だ。好きな場所から好きな場所へ無制限に行けるわけじゃない。

 仮に魔王軍が新型の簡易転移陣なり、転移魔法なりを開発したとすれば……これはかなりデカい問題だ。

 数十体の亜人を一瞬で逃がせるということは、逆もまた可能だということだ。

 部隊の少ない箇所に、好きなタイミングで亜人を送り込まれたら、対応が後手後手に回らざるを得ない人族軍は気付いたら取り返しがつかない事態に、なんてことにもなりかねない。


 それだけに、何故都市長が兵を率いてこんなところにいるのかが本当に疑問だ。

 もちろん、この事態はかなり緊迫している。高度な判断が求められるだろう。

 とは言え、とは言えだ、都・市・長が、来る必要はなくない?

 敵が数十人規模で自由自在に転移出来ると仮定して、絶対落とされてはいけない都市中央部にこそ都市長(最高責任者)はいるべきなんじゃないだろうか。それも、推定五百人の兵まで連れている。

 都市長が直々に率いているんだ。まぁ間違いなく都市守備隊の中でも精鋭だろう。

 ……この人、マジでなにしに来たの?


「南門側に逃げたのでもないとなると……本格的に転移を疑わざるを得ないな」

「左様ですな、流石は閣下! 御慧眼にわたくし、感服を禁じえませぬ!」


 うわっ、この見た目(禿頭髭面の大男)で太鼓持ち属性かよ、コイツ(厳髯公)

 さっきの態度から僕の内での評価は(元からなかったけど)下落を続けていたが、一気に小物感が増したな。ダメだコイツ。

 ……なんかコイツに〝公〟は不要な気がしてきたなぁ。〝厳〟でもないし、「キョロ髯」に変更しよう。

 

 まぁ、そんなことはどうでも良い。

 問題は敵さん(亜人)がそんな新型の転移を使っている、と思われると()()()()判断した、ということだ。

 これは、このシナラス(要衝都市)がその前提で動く、ということだ。

 ――『聖軍』(教皇国)も含めて。


「ルカイユ六等騎士、君は聖女様の(もと)へ向かってくれ」

「聖女様の下、ですか?」

「姿を見失ったとは言え、敵が存在したままであることに変わりはない。亜人が姿を消している間に民を避難させたいそうだ。君には聖女様を補佐して現場の歩兵を指揮してもらいたい」

「御意」


 ほぉ、聖女様がそんなことをねぇ。

 まぁ、驚きはない。イメージ通りだ。むしろ、この非常時に何もしようとしないことの方が違和感あるわ。

 もちろん、僕に否やはない。命令でなくとも、民の避難には賛成だ。喜んで協力する。

 ……そういや、朝城でちょっとだけ見かけた時、大隊長(ルーカス)に馬車の手配を命じてたな。ルーカスもなんか避難がどうたらとか言ってた気がする。その後のことが濃ゆ過ぎてすっかり忘れてたわ。


「君は私にも過度に委縮したりせず疑問を呈すことが出来るようだからな。聖女様のことも止められるだろう、と判断した。頼むぞ」

「はっ、ありがたきお言葉。不肖ながら励ませていただきます」


 はははっ、この人、けっこう話せるな。身分が下の者にも無意味に威張り散らしたりしない。

 自分の身分――貴族――と立場――都市長――が持つ権威、影響力と、それに伴う責任をしっかりと認識している。

 それに今の(ルカイユ)への評価、一見僕へのお褒めの言葉のようだが、実際はキョロ髯達に対する皮肉だな。

 当のキョロ髯は、僕を心底軽蔑した目で睨んでいる。

 自分が(言うほどでもないが)遠回しに皮肉られていることなど微塵も疑っていない。

 ――やっぱ、コイツ、ダメだわ。


「その馬を連れて行くといい」

「はっ、ありがとうございます」


 都市内の簡単な状況を都市長自ら説明してくれた後、僕は馬を一頭与えられた。

 メルヘンと言い、一部の人からの評価異常に高いな、ルカイユ。

 なんでだ? 

 顔か? 顔なのか? 味わい深い顔してるからか?

 ……分からん。


「馬上からですが、失礼いたします」

「では、頼んだぞ」

「はっ」


 与えられた馬に跨り、都市長に挨拶して立ち去る。

 本当はこれは失礼なことなんだろうし、目上の人の前からお(いとま)するのにはなんか作法的なものがあるんだろう。僕は知らないけども。

 まぁ、作法は知らないってのもあるが、今は非常時だ。

 こんな時に無駄なしきたりを遵守する必要なんてないだろ。

 失礼なことしたから魔王軍に負けました、みたいなことにはならないんだから。逆ならあるかもだけど。

 だから、「この不調法者め」みたいな目で僕を見るの、やめてもらっていいですか? 


 まぁ、そんな視線は意にも介さず、僕は聖女様がいるという東門へ向かう。繁華街の先だ。

 夕日を背に、僕はそれなりに急いで東門へ向かう。

 長かった気がするが、未だ同じ日なのか? 今日はだいぶ濃かったなぁ。

 ……まぁ、未だ未だ全然終わってなどいなかったのだが。


「ぐあっ」パシャ

「んぁ?」


 なんとなく聞き覚えのある特徴的な音が聞こえ、馬ごと僕は振り向いた。

 そこでは、()()()()乗騎ごと切断された騎兵と、その向こうにはさっきまでいなかった集団の姿が。

 そしてその先頭には、ほんの短い時間ではあったが、とても濃密な時間を共有した(死闘を繰り広げた)あの男……ではなく――


「――狼軍曹」


◇◇◇


「――蹂躙せよ」

「げぁ」パシャ


 狼軍曹(仮称)は飛ぶ斬撃(仮称)で次々と騎兵を葬っていく。

 マジかよ。コイツも使えんの? 聞いてないんだけど。

 ……まぁアイツが復活したわけじゃないってのは喜ぶべきことなのかもしれないけど。めっちゃ苦労したし。殺すのに。

 情報共有がなされていたのか、前のような愚行は犯さず帝国騎兵達は素早く散開していっきに殺されることを防いではいるが、誰も狼軍曹に近付けないでいるので一人ずつだが削られていく。

 と言うのも、狼軍曹は一人ではなかったからだ。またも部下を引き連れている。

 数は五十ほど。

 トロールやらオーガやら前もいた連中もいれば、サイクロプスや羽の生えたハーピーもどきみたいな変な亜人など、さっきは連れていなかった新顔もいる。

 なんにせよ、かなりの精鋭に阻まれて帝国軍は逃げ惑うことしか出来ていなかった。


「うらぁああ!! どけぇい!!」


 ――いや、一人を除いては、だ。

 都市長はその見た目に違わず、凄まじい強さだった。

 馬上から剣を振るい、オーガの一体と斬り結んでいる。それも、都市長がかなり優勢で、だ。


「俺の前にのこのこと現れたこと、後悔させてやるわ!!」

「グァウハッ」


 遂に一体斬り殺した。

 その勢いのまま狼軍曹との間に立ち塞がるサイクロプスへ突撃して行く。

 なんと、隙をついて都市長へ放たれた飛ぶ斬撃すらも斬り払った。

 どうやら、タイミングを合わせられれば剣で受けられるようだ。

 都市長は、その勢いのままサイクロプスを袈裟斬りにし、飛ぶ斬撃を斬り払われたことでサイクロプスが呆然としていたのもあるかもしれないがあっという間に討ち取ってしまった。


「甘いわ!」

「はっ! 面白い!」


 周囲の騎士達も主人に負けじと落ち着いて応戦を開始した。

 飛ぶ斬撃は飛んでくれば防げる、と割り切ったのか積極的に亜人達へ襲いかかる。

 そうなれば、元より帝国兵の方が多い。一気に戦況は拮抗に持っていかれた。

 キョロ髯も巨体に見合って流石に強かった。

 ……あれで見た目負けの小判鮫だったらどうしようと思ってたから、良かったわ。


 やはり、都市長が率いていたのは都市内でも精鋭だったようだ。

 全員がとまでは言わないが、多くの騎兵は僕が見てきた中でも随一の連携と強さを見せた。

 さっきはあれだけ苦戦したオーガやトロールも、一体、また一体と倒れていく。

 人族側の被害も南門前での戦闘に比べると軽微だ。

 そして、その中でも都市長の強さは頭一つ抜きん出ていた。

 他の騎兵が二人、三人若しくはそれ以上で相手取っているトロールを一人で相手取り、もうそろそろ倒せそうなくらいに追い込んでいる。

 

「ルカイユ! ここは我らがやる! 君は聖女様の下へ急げ! この様子では、あちらもどうなっておるか分からない!」

「かしこまりました! ご武運を!!」

「君もな!!」


 頼もし過ぎる都市長のお言葉に甘え、僕は変に目をつけられる前に東門へ急ぐことにする。

 最後にちらっとだけ見た狼軍曹の顔は、歓喜に満ちていた。

 良かったな。


 とは言え、これでこちら側(人族軍)は更に不利になってきたぞ。

 これで、(魔王軍)が――僕ら(人族)が把握していないだけで制約があるのかも知らないが――好きに移動出来る転移の手段を持っていることがほぼ確定した。

 敵は好きなタイミングで好きな場所に兵を送り込めるわけだ。

 こっち(人族軍)の手薄な所へ戦力を集中したり、逆に抵抗の激しい場所から追撃を受けることなく撤退出来る。

 最初の戦いにおいても、「組合」が盗んだ転移陣の欠片からだけでなくこの方法でも兵を送り込んでいた可能性もある。

 まぁ、もはや僕があれこれ考えたところで状況が自然に好転することはない。受け入れよう。

 とりあえず、これで各所へ攻め寄せた敵の数と討ち取った敵の数が合わない謎は解けた。

 ……まぁ、だからどうした、と言われたらそれまでなんだが。


「――ギョエーー!!」


 都市南側の住宅街から東側繁華街に入り、東門へ近付くに従って、建物の損傷が激しくなってきた。

 何か大きなものによって潰された店舗や、何かによって抉り取られた壁など、ここでも激しい戦闘があったことが窺い知れる。

 そんな繁華街の大通りで、僕は鳥の亜人に襲撃されていた。


「ギョギィエーー!! ギェ!!」

「くっ、うる、さい! 大人しく、しろぉ!」


 あまり高くは飛べないのかさっきから低空飛行しかしていないが、剣が届きそうで届くけどあんまり届かない、微妙な高さを飛ばれるのはそれはそれで邪魔だ。

 なまじあっちの攻撃も弱過ぎて大したダメージにならない分、鬱陶(うっとう)しさが半端ない。

 僕も飛ぶ斬撃(仮称)が使えたらなぁ。そしたらこういうウザったらしい連中を遠くから仕留められるのに。

 まぁ、無いものねだりしても始まらない。今ある手札でコイツを除く方法を考えよう。


「ギョエーー!!」


 クソ鳥1号(仮称)が何度目か分からない謎の突進をかけてきた。

 それに合わせて渾身の一撃を放つ。

 まともに奴と――と言うか奴が接近してくるのはこの時だけだ。

 凄まじい速さで(くちばし)から突っ込んできて、すぐに旋回してしばらく僕を煽る。ただひたすらにそれを繰り返すだけ。

 僕は東門へと速度を落としながらも近付いてはいるんだが、この妨害の所為でなかなかたどり着けないでいる。

 なるべく早く済ませて東門へ向かいたいところだ。


 今度の一撃はあえて大振りせずに奴の勢いを利用して真っ二つにするつもりで構える。

 奴は罠には飛び込んでこなかった。突進は途中で中断され、再び旋回して微妙な高さでの挑発に戻る――つもりだっだろう。


「ギョギ⁉︎ ギョ、ギョギャァア! ギャォア!」

「くたばり、やがれぇ!!」


 今まで頑なに馬の鞍から動かなかった僕か跳び上がり、その腹を下から斬り裂いたのだ。

 突進を中途半端に中断したことで生じる隙を粘り強く誘発した僕の勝ちだ。

 完全に斬り裂ききることは出来なかったが、飛ぶ力はなくなったようだ。鞍に戻った僕に向かって降って来た。

 再度斬りつけ、地面に落とす。

 

「ギョオ……ギ、ギュ……ギ……」

「……ようやく死んだか」


 一度馬を降りて、確実にとどめを刺すべく首をはねる。これでたぶん死んだだろ。

 ……昔アメリカに首を斬られた後しばらく生きてたチキンがいた、みたいな話を聞いた気がするけど……まぁ、大丈夫だろ。

 再度馬に跨り、今度こそ東門へ急ぐ。

 この様子じゃ、東門も襲撃を受けていても不思議じゃない。早く駆け付けないと。

 なんとなく嫌な予感を感じながら、僕は馬を走らせた。


◇◇◇


「――ギョエーー!」「ギャイ! ギャイ!」「ギョギューー!」


 案の定、東門は――東門前の広場に、周囲の倒壊した建物を利用して築かれたバリケードはクソ鳥達の襲撃を受けていた。

 クソ鳥は2号から……8号までの7体。さらにオークが十数体と名前の分からない亜人が複数種、合計三十体くらいか? 

 南門を攻めていた連中に比べると数は少ないが、空を飛べるクソ鳥がいる分、こっちの方が厳しいかもしれないな。

 

「くっ、うおぉおーー!」「うっらぁああ!!」「たあ! やあ!!」


 応戦しているのは見える範囲では『聖軍』の兵士が数人と修道騎士が一人だけ。

 敵も決して多くはないが、防衛側が圧倒的に数が足りていない感じだ。

 僕に背を向けている形の亜人達だけでなく、こちらを一応向いている兵士達も必死なのか僕の接近に気付いていない。

 僕はこの機を逃さず、馬をバリケード目掛けて突撃させる。 

 

「ウオ? ウゴォゴ」「クウン、クアッハ!」


 一番手前にいたゴリラみたいな亜人をすり抜けざまに斬り、次いで河童の親戚みたいな亜人にも斬りつける。

 ここにきて亜人達は背後から奇襲を仕掛けてきたかたちの僕に気付いたようだ。バリケードを上から攻撃している――とは言っても相変わらずあんまり高くない微妙な低空飛行だが――クソ鳥ズを除く全ての亜人がバリケードへの攻撃をやめてこちらを向いた。

 ……バリケードから攻撃を逸らせたのは良いことかもしれないけど、そこまで熱烈歓待されても困っちゃうなぁ。

 突き出された槍を剣で弾き、斧を足で蹴って逸らす。攻撃を受けるのが精一杯で反撃する余裕はない。

 僕が地上の亜人達の攻撃を引き受けている間に、バリケード上の兵士達はなんとかクソ鳥を一体落とせたようだ。

 出来れば、とっととクソ鳥を全滅させてほしいんだが、それは未だ無理そうだな。

 しばらく全方位から繰り出される攻撃を防ぎ続ける。

 精神はすり減るし、亜人達が謎のこだわりで真っ先に()を潰しにこないおかげでなんとかやれてる感じだ。

 でも、もうちょっと無理だわ。

 次々に繰り出される攻撃から、僕は一旦距離をとることにした。

 馬を反転させて、繁華街へ戻る。

 亜人は追ってこなかった。


 一旦状況を整理しよう。

 先ず僕の決死の時間稼ぎの末、クソ鳥は最終的に四体が落ちた。これで残るクソ鳥は三体。

 そして、地上にいた亜人は一体も落ちていない。

 僕は攻撃を防ぐのに必死だったから、多少の反撃はしたがいずれも致命傷には至っていない。

 あのバリケードの向こうに聖女様と、避難しようとしている市民がいるはずだ。

 そこへ合流するにはあの包囲を突破しなくちゃならない。

 別にここでチクチク亜人への攻撃を繰り返して注意を引き付けてても良いんだけど、僕は一人だしそれだといつか死んじゃいそうなんだよなぁ。

 この状況では〝あの手〟をまた使われかねないし、出来れば止められる場所にいたい。それまで死ぬわけにはいかない。

 なにか手はないか? 思いつけ、僕!


「……お? なんだ、あれはっ⁉︎」


 悩む僕の視線の先に飛び込んできたのは、こちらへ全速力で向かってくる一台の馬車だった。

 矢こそ刺さってはいないが――何故か亜人達は弓矢を使わない――ここに来るまでに相当な攻撃にさらされたのだろう。幌はかなり傷んであちこち穴が空いている。 

 まぁまず間違いなくシナラスからの脱出を図る市民か商人だろうな。

 馬車には一体のクソ鳥が取り付いている。また一体増えたってわけだ。

 さっきここに来る前に僕に襲いかかってきたのと同様の理由だろうな。

 馬車はクソ鳥のへなちょこ攻撃で今すぐにでも壊れる、という感じではないが、バリケードを包囲している亜人の中を抜けられるとは思えない。

 恐らくたどり着く前に止められて中にいる人は殺されるだろう。

 しかし、流石に馬車が近付けば――あるのか知らないが――バリケードの入口が開くかもしれない。

 それに乗じれば僕もバリケードの中に入れる。

 よし、ここでじっとしてても何にもならないし、あの馬車を護衛してバリケードまで行こう。

 

「ギョエー!」


 バリケードを包囲する亜人になるべく接近しないよう気をつけながら僕は馬車目掛けて馬を走らせる。

 そんな僕に気付いた様子を一度は見せながらも、クソ鳥9号は僕を無視して馬車への突進を継続している。

 僕の時とは違い馬車からの反撃がないからか、煽りがいがないからなのか、突進のペースはかなり早い。

 突進し、旋回したかと思うとまた突進。それをひたすら繰り返している。


 ……見てて思ったんだが、飛ばしている馬車に張り付いて自分も移動しつつ突進を繰り返すのは難しいことではなかろうか。

 そうなると、あのクソ鳥、実は結構すごいのかもしれないな。


 ……まぁ、そんなことはどうでも良い。

 馬車にかなり接近した僕は、馬車へ突進を仕掛けるクソ鳥9号のタイミングを掴んで斬りつけた。

 斬りつけられた9号は、さっきの1号は見せなかった俊敏さを発揮して間一髪でそれを避ける。

 コイツ、やっぱ結構優秀か?

 ここまでされてようやく攻撃対象が馬車から僕へ移ったのか、9号は今度は僕目掛けて突進を仕掛けてくる。ご丁寧に、(右利き)が反撃し辛い左側からの突進だ。

 その突進を馬を加速させることで避け、身体をひねって9号の羽を斬る。

 深くは傷つけられなかったが、左右のバランスを崩したのか飛行が覚束なくなっている。

 その機を逃さず頭を斬り破り、9号を落とした。


 僕と9号の戦闘を尻目に――本当に気にしていられるような状態じゃなかったんだろうが――距離を離されていた馬車に追い付く。

 今回はさっき来た僕が戻ってきたのに加えて、馬車が結構音を立てて走っているのもあって亜人達はこっちに既に気付いてしまっている。

 馬車の前に出た僕は剣に――〈破壊付与〉〈破壊強化〉を除く――ありったけの付与と強化をかけて亜人達の中へ突っ込む。

 馬車への攻撃をどれだけ防げるか、(大したことない)僕の腕の見せ所だな。


『聖護光』(ホーリーシャイン)!」


 ――と思った途端、視界が真っ白になった。

 えっ? は? え? は? なっなに? なにが起こったの?

 馬が走る振動は伝わってくるし、周囲の空気が動いているのも感じる。馬車が背後からついてくるのも聞こえるし、その振動も伝わってきている。

 でも、周囲の亜人達が動く気配はない……と言うか、たぶん動けないんだろう。

 何故分かるかって? そりゃ分かるさ。

 ――僕も動けないんでね。


 マジで指一本動かせない。

 借りた馬が賢いから、勝手に走ってくれてるから良かったけど、そうじゃなかったら変な方向に走ったりしてたかも。

 幸い(?)、手綱も剣もキッチリ掴んだ状態で固定されているので、取り落とす心配はない。

 問題は、この金縛り的状態はいつまで継続するのか、ってことだな。

 目潰し(バ◯ス)される前のバリケードまでの距離と、この馬の速度的に、そろそろ到着しても良い頃だろう。

 バリケードが開いてさえいれば、そこから入れる。

 ただし、その入口が目の前になかった場合、手綱を操れない今の僕じゃどうしようもない。

 そして、仮にこの目潰し&金縛りの効果が解けるとすれば、たぶんだが僕と亜人達は同時に復活するだろう。

 つまり、視界と身体の自由を取り戻して入口へ進路を変更する頃には亜人達もその入口へ殺到しているだろう、ということだ。

 ヤバいなぁ。控えめに言って超ヤバい。

 どうしよう。マジで。


 馬が急に進路を左に変えた。

 そっちに入口が開いたから進路をくれた……とかなら良いんだが、たぶん単に壁にぶつかるから避けただけだろう。

 実際、背後からついてきていた馬車は進路を右にとっている……っぽい。振動的に。入口はそっち(右方向)にあるんだろう。

 目が見えずとも、手綱さえ引ければそっちへ行けるんだが……相も変わらず指はピクリとも動かな……くない! 動くぞ!

 過去最速くらいの運動神経を発揮して馬を右側へ向かわせる。

 視界も回復している。入口はすぐそこだ。

 馬車の最後尾がちょうど入り切るか、ってところだった。

 そして、予想通り亜人達も行動を再開している。入口へ向けて全員が走り出した。

 ここからはスピード勝負だ。

 馬車(と僕)を止めるために全員が一度バリケードから離れていたから、ちょっとだけ猶予がある。

 その間に僕が入口にたどり着ければ、僕の勝ちだ。

 でも間に合わなかったら……良くて僕が外に一人残されてフルボッコ。

 最悪の事態は入口を閉じ切る前に亜人が中に雪崩れ込んでバリケードが突破されることだ。

 そうなれば東門からの脱出は不可能となるだけでなく、避難するためにここに決死の思いでたどり着いた市民が殺されてしまう。

 それだけは避けないとね。

 さぁ、あと少しだ。頼むぞ、馬くん!

 

「ガガァアg」


 なんとか間に合った。

 危機一髪だった。背後に迫っていた亜人の刃が背中を掠めるか掠めないかのギリギリまで追い縋られたが、奴らが侵入する前に入口は閉ざされた。

 すぐに歩兵達がありったけの廃材で入口を固く塞ぐ。

 ギリギリで間に合ったし、何故か馬車に先を譲って入口と逆側で馬を止めたのも殿(しんがり)を務めてた、っぽい感じで誤魔化せそうだ。

 鞍から降り、頑張ってくれた馬くんを精一杯(ねぎら)う。

 馬車からも人が降りてきた。

 男性が二人と女性が四人、子供が……十一人。たぶん商人が子供連れのご婦人方と一緒に逃げてきたんだろう。

 あの馬車によくこんだけ乗ってたな。

 見たところ、普通の幌馬車に多少の防御機能を持たせただけの馬車だ。

 クソ鳥の攻撃じゃ破壊まではいかずとも、あの亜人達にそのまま突っ込んでいたら確実に破壊されてただろうな。

 周囲には似たり寄ったりの馬車があと数台停まっていた。どれもそれなりの損傷を受けている。

 そして身を寄せ合う幾つかのグループ。ここに逃げ込んできた時のグループ毎に固まっているのだろうか。

 それにしても、思ったよりこの拠点狭いな。

 門から少し離れた所にバリケードを築いているから、広場を横断するくらいの大きさはあると思ってたんだが。

 バリケードの上の兵士が少ないかったのも、長い防衛線にバラけざるを得なかったからだと思っていたんだけど……どう見てもそんな大きくないぞ?

 どうなってるんだ?

 そこへ修道騎士二人を引き連れた女性が歩いてきた。


「皆さま、ご無事でなによりです。ここに来たからにはひとまず安心してください。ご安全は必ずお守りいたします」


 修道女の修道服を着ているが、明らかにただの修道女じゃない。

 頭巾から覗く御髪(おぐし)は触れたら壊れそうなほど儚げな薄い金色。

 そしてその(かんばせ)この世のものとは思えないほど美しかった。

 どちらかと言うと冷たい印象を受ける顔つきだが、その表情からは「慈愛」の二文字しか読み取れない。

 心の奥底から命からがらここに逃げ込んできた民を想っていることが痛いほど伝わってくる。


「皆さまをここまで導いてくださったこと、皆さまと生きてお会い出来たことを神に感謝いたします」


 そう、このお方こそ――


「――わたくしはアイリス・ソファリム。身に余る称号ではありますが、『聖女』を名乗らせていただいております」

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