70 慮内の一手①
「――どけ」
僕の質問には答えず短くそれだけ言うと、偽兵士は周囲の兵士を押し除けて門へ向けて走り出した。
当然みすみす逃すわけはない。僕も追いかける。
まぁ、答えが得られずとも、ある程度察しはついている。
……その場合、「何やってんだよ」と言ってやりたい奴らがいるんだが、まぁこの非常事態だし仕方ないか。
偽兵士はなかなかの速度で、人の群れをすり抜け――られずに無理矢理こじ開けて門へと走る。
そのすぐ後ろを奴がこじ開けた隙間をすり抜けて僕が追う。
走る速さ的に速度能力値はさほどでもないな。見た目通りだ。
能力値は見た目に引っ張られる感じかな? となると、ただただ兵士に紛れるためだけにこの姿をとっていることになる。
だいぶリスキーなことするな。思い切りがすごい。
……まぁ、この程度の軍勢からなら逃げ切れる、と僕らが舐められてるだけかもだけど。
流石に修道騎士に追われる兵士に違和感を覚えたらしい辺りの兵士が妨害のために偽兵士を意図的に妨害したり、槍や剣を向け始めた。
それに対して偽兵士は反撃したりはせず、ぬらりくらりとかわして乗り切ろうとする。
正直、意外だったな。てっきり邪魔するなら全員ぶっ殺、って感じかと思ってた。
これじゃあ、僕の方がよっぽど人外みたいじゃないか……いや、僕は人外なんで間違ってないんすけどもね。
……だんだんこのネタこすり過ぎて飽きてきた感あるな。てかウザいかも。自重しよ。
僕がそんなアホなことを考えている間に、さすがにかわし切れなくなった偽兵士と兵士達の戦闘がようやく始まった。
未だ偽兵士の正体が分からず、遠慮が残る兵士側は数の有利を活かしきれず苦戦している。
対する偽兵士も急ぐ理由でもあるのか一々相手はせずにあくまで道を切り開くために戦っている様子だ。
追いつくや否や斬りかかった僕も軽くあしらい、偽兵士は門へ進み続ける。
ここまで門へ向かうことを優先してるのを見ると、到達させて何したいのか見たい気もしてくるなぁ。
……まぁ、敵さんの狙い通りに行かせたら100%碌なことにならないのでそういうわけにもいかないんだが。
「行手を塞げ! ソイツは恐らく魔王軍の手先だ!」
「えっ⁉︎」「なっ⁉︎」「そ……は⁉︎」「おっおい!」「うっ」「えっ、はっ、え?」「ひっ、ひゃー!」「どっ」「あ、あぇ⁉︎」
僕の言葉に兵士達に動揺が走る。薄々分かっていたとしても、いざ言葉にされるとこうなってしまうのは分かる。
その動揺によって生じた綻びを突いて偽兵士は兵士達の海を遂に抜けた。抜けてしまった。あとは門へ全速力で駆けるだけだ。
流石に明かすのが早過ぎたか? もうちょっと後にすれば良かったのか?
……いや、悔やんでも時は戻らない。僕は全力で奴の目的を阻止するだけだ。
そんな風に僕は半ば諦めていたのだが――
「とっ止めろ!」「そっそうだ! 塞げ!」「いや、追え!」「そうだ、捕まえろ!」「門の連中も止めろぉ!!」「行かせるなぁ!!」
――そんな声が兵士達の中から次々あがった。そして偽兵士に追いすがる。兵士達は僕が思っていたよりもずっと「強」かった。
さっきまでと異なり本気で止めに来ている兵士達に、流石に逃げながらで対処は出来ず偽兵士は足を止めた。
次々に突き出される槍の全てを払い除けることは出来ず、足に、腕に、腹に、顔にと次々に槍を受けて偽兵士は見るからにズタボロになっていく。
僕が追いついた頃には兵士達に取り囲まれて姿が見えなくなっていた。どうやら、足をやられたかなにかで立てなくなった倒れ込んだらしい。そんな状態になっても兵士達は追撃の手を緩めずに槍を次々に突き出す。
このまま偽兵士も絶命か、と思われたが……
「うっ、ぐあっ」「ごぉ、ぼほっ」「ぐぶっ」「ぶばぁ」「おえっう」
突然その包囲が破られた。正確には、偽兵士に上から覆い被さっていた兵士達がまとめて吹き飛ばされたのだ。槍はへし折れ、顔や首から血を噴き出している人もいる。結構な重傷だろう。
そんな兵士達が弾かれた中央から現れたのは、路地裏で戦って、僕を散々苦しめたあの男だ。
やっぱりコイツだったか。ということは、あの後脱走したんだな? 見張ってた奴何やってんだよ、って言いたくもあるが、まぁ逃げてしまったものは仕方がない。ここで再度捕らえる――と言うより手っ取り早く殺す。
あのなんとも言えない、一度見たら次の瞬間には忘れている姿。全く覚えていないのにいざ見ると、アイツだってことは分かるんだよなぁ。気味悪さを通り越して、逆にどんな姿してるのか気になってきた。
かく言う奴は、迫る僕には目もくれず、再度遠巻きに囲むだけになった残りの兵士達をかき分けて一路門へと向かっている。
ここまで来れば仕方ないな。いっちょ使うか。
僕はさっき拾った騎士の剣を納めていた鞘を〈投擲〉で奴目掛けて放つ。当たらなくてもいい。一瞬でも気を引くことすら求めていない。ただただ近くまで飛んでいけばそれで良い。
狙い通りに頭上から奴を狙う軌道に入った鞘は、一瞥された後、難なく避けられる。
しかし、鞘に張り付かせていた分体が密かに奴に飛び移っている。これで奴を完全に捕捉したので、もう逃す心配はないし、好きなタイミングで〈強酸〉なり〈麻痺毒〉なりを体内に直接撃ち込める。
奴は鞘を避けた後そのまま門へと一心に駆けている。このペースで行けば、周りの兵士達の動きで多少は変わるだろうが僕に追いつかれる前に門に到達するだろう。
こうなれば、門へ行って何する気かは知らないが、始めるか始めないかくらいのタイミングで隙を見て奇襲する方向に切り替えるか。
奴を追っているのは僕だけになってしまったが、人族軍自体は続々と門付近へ集まってきている。他の方面から来たこちらでの騒動を知らない兵士達が、二人だけ急いでいる奴と僕とを怪訝そうに見ている。
本当なら彼らにも奴を止めて欲しいんだが、奴に気取られる芽をわずかでも摘んでおきたいから、今は黙っていよう。
僕は彼らを一旦思考の外に追いやり、奴の背中だけを目掛けてひたすら走った。
遂に奴が門にたどり着いた。そのまま未だに門への体当たりを敢行している二体の巨人に近付く。
タッチの差で間に合わなかったのは残念だが、奴が無防備な背中を晒しているのもまた事実だ。僕は走るのに邪魔だから一度納めていた――何代目かもう分からなくなった――自分の剣の柄に手をかける。
チャンスは一度きり。息を潜め、気配を絶ち、奴の完全な意識外から必殺の一撃を叩き込む。
きた。
奴が巨人の前で助走をつけた。飛び乗る気か? まぁなんでも良い。この機を逃すわけはない。
なるべく音を立てないよう〈縮地〉で距離を詰め、居合の要領で引き抜く間に全力で〈斬撃付与〉〈斬撃強化〉〈酸攻撃〉を刃に乗せる。
〈跳躍〉かなにかで跳び上がった奴から一拍ずらして〈衝撃付与〉した足で大地を蹴り、空中に全身を晒している奴を逆袈裟斬りにする――はずだった。
「止まれい!」
◇◇◇
「はっ⁉︎ えっ、うわっ⁉︎」
「同士討ちとは、不届きなやt――ぎゅぐ、おごっ」
いきなり目の前に現れた騎士――帝国騎士が僕の行手を阻み、そのまま奴の上段斬りを受けて絶命した。
その騎士の所為で体勢から構えから、何から何まで崩されていた僕も、奴の横薙ぎをモロに受けてしまう。
間一髪で〈回避〉が間に合い首を取られるまではいかなかったが、首から鎖骨にかけて深く斬られてしまった。
クソっ、コイツさてはわざと隙を見せて誘ってやがったな……と言いたいところだが、たぶん違う。この状況に、コイツもそこそこ驚いているようだ。
恐らく騎士が僕を制止する声を聞いて慌てて剣を振り下ろしたら位置エネルギーとか諸々が重なってこうなったのだ。僕にも咄嗟に横薙ぎを放ったのは反射のようなものだろう。
……それで僕にここまでのダメージを与えられるコイツは相当な使い手なんだろうな。それを改めて思い知らされる。
まぁ、ようするにこの騎士が大声を出して割り込まなければ、僕の奇襲は成功していた可能性が全然あるし、少なくともこんな怪我をすることはなかった。それに他ならぬこの騎士も死なずに済んだ。マジで要らんことした上に自分の生命まで失って……なんも良いことなかったな。
……ぶっちゃけ邪魔しかしてないわ、あの人。
そんなお邪魔騎士様(仮称)の尊い犠牲により、少なくとも奴の狙いは阻止された。何する気だったのかは知らないけど、地面に戻って来た以上、その目的は果たせていないはずだ。
相変わらず表情が全く読めないが、しばらく動きを止めた後数度頷くと、ようやくこちらへ意識を向けた。
「お前、また邪魔する、のか」
「……当たり前だろ、僕は魔王軍の人族軍だぞ」
先ずは僕を排除しなきゃいけないと思ったのだろう。剣をこっちに向けて語りかけてきた。やっぱり――顔は全く覚えていないが――あの男で間違いないようだな。
互いに剣を向け合い牽制し合う。あっちが何故仕掛けてこないのかは知らないけど、僕は最悪コイツをここに張り付けてさえおければそれで目的は達成されるので、無理はしない。
さっきの奇襲が失敗した時点でコイツを一人で撃破出来るとは考えていなかった。目的を妨害出来れば十分だ。
「せっかく、見逃して、やったのに、死ににくるとは、バカめ」
「は? 冗談キツイぜ。お前が逃げた、の間違いだろ? 形勢不利と見るや一目散だったぞ?」
この煽りには乗ってこないか。特に堪えている様子もない。
……まさか、このド直球な煽り文句を煽り文句と認識してない、なんてことはないよな? 流石に。
本当にコイツ、何考えてるのかマジで分かんないんだよなぁ。顔から何も読み取れない。何故なら顔が全く思い出せない――記憶に残らないから。
いつの間にか、僕らが牽制合戦――僕の煽りはあまり響いてはいなさそうだが――を繰り広げている周りには兵士達が輪を作っていた。
僕らと同じ方向から来た兵士達が別の方向から来た人に説明したのだろう、槍や剣こそ向けてはいないが、これはほとんど包囲陣だ。
別に狙っていたわけじゃないが、結果的にこっちにとって良い感じになってきたな。
それとなく――もちろん、単純に危ないってのもあったが――巨人の足元から離れていたのもあって、再度コイツが目的を果たすべく動くのはだいぶ難しくなったはず。
……まぁ、ぶっちゃけ何故僕が、僕だけがいつまでもコイツと睨み合ってなきゃいけないのか疑問に思わんでもないが、それは言っても詮無きことか。
「おれの、邪魔、するな。大人しく、死ね」
「前にも言ったが、それは出来ない相談だ。もう僕の顔が見たくないのなら君が死ぬしかないね」
「お前の顔、欲しい」
……ううーん。前にも思ったけど、なんでコイツこんなに僕の顔に執着してるの?
今も若干ズレたこと言ってるし、なんならさっきまでよりも戦意が高まっているような気もする。
いや、マジでなんなの? 恐らく種族的な性質かなにかだとは思うが、普通にコイツの趣味の可能性もないわけではない。
……どっちにしろ気持ち悪いし、嫌だわ。
結局、動いたのは奴の方からだった。
なにを考えているのか全く分からないその顔のまま、音も気配もなく突っ込んできた。
それを僕は問題なく受け流し、反撃する。そのまま僕らは数合斬り合った。
前は棍棒で戦っていたし、やはり剣は棍棒より苦手なのか、あの時よりもやりやすい。顔を狙ってこないのは前と一緒だが、更に狙いが読みやすくなっている。
足狙いの斬撃を足さばきだけでかわし、僕の剣は奴の肩を斬り裂いた。傷は浅めだが、確実に奴にはダメージが蓄積していた。僕はこれといって攻撃を喰らうこともなく、ほぼ一方的に攻撃出来ている。
またも僕の突きが奴の右腕に穴を空ける。やはり人外だからか剣を取り落とすことはなかったが、確実に動きは鈍っている。
兵士達によって作られたリングの中で、僕優勢のまま斬り合いは推移していた。
……なんとなく違和感を感じて、僕は攻撃をわざと外してみた。当然僕にはそれなりに大きな隙が生まれる。しかし、奴は乗ってこなかった。形だけの簡単に避けられる攻撃をするだけだ。
やっぱり、なんかおかしい。明らかにコイツ手を抜いている。
考えてみれば、さっきまでの謎の牽制合戦だって、コイツにはそんなものをやるメリットはどこにもないはずだ。なのに特に意味もないこの行為に無駄な時間を費やした。
……まるで僕――僕らの意識を自分に引き付けようとでもしているかのように。
◇◇◇
「どうした、ついに観念、したか」
「そんなわけないだろ。僕には未だやらなきゃいけないことが残ってるんだ。君のために死んでやるわけにはいかない」
鍔迫り合いへともつれ込んだ時、奴はそんなことをいけしゃあしゃあとほざきやがった。僕が奴の立ち回りを訝しんでいることを察して会話で僕の気を引こうというのだろう。
なにも考えてない、みたいな顔して――まぁ、肝心の顔は未だに記憶に定着しないんだが――とんだ喰わせ者だな、コイツ。
鍔迫り合いから互いに距離を取り、再度斬り結ぶ。
今度は堅実に、奴の剣をなるべく足さばきや体さばきだけで避けずに剣で受ける。攻撃も堅実に大穴は狙わず基本に忠実に。
さっきまでの一方的な攻勢とは一転、控えめになった僕の様子に周囲の兵士達の中にも状況の変化を感じ取った人が現れ出したらしい。輪の一部が欠け始めた。敵の狙いが人族軍の注意をここに釘付けにすることなら、この包囲を崩してでも辺りに散らばるのは良い選択だ。
さっきのアホ騎士とは違って、兵士の中にもかなり勘が鋭かったり、頭が回る人がいるみたいだな。案外、帝国も捨てたもんじゃない。
と、そんなこと考えてる場合じゃない。コイツがなんのために注意を引いてみせているのか分からないが、とりあえず乗せられて夢中で攻撃し続けるのはやめにしよう。
何合も斬り合い、互いに剣ばかりが交差して、相手には一切届かない状況が続いた。
何度目かの鍔迫り合いから距離をとると、奴が口を開いた。
「どうした? 疲れた、のか?」
「ふっ、そんな泣き言言えるようなホワイトな職場だったらどんだけ良かっただろうね。違うよ」
全く心配しているような声のトーンじゃなかったし、実際――少なくとも僕の――心配など微塵もしてなどいないだろうが、字面だけなら心配しているかのようなことを左腕目掛けて斬り下ろしながら言ってきた。
それに剣を擦り上げて右手首を狙いながら僕も応答する。もはや互いに敵を本気で殺したりする気はなくなっていた。消化試合のような空気が両者の間には流れている。
何度目かもう分からない数合の斬り合いからまた距離をとる。もう相手の隙など互いに探っていない。ここに斬りかかってくるんだろう、という予想のもと斬り合うだけだ。
とりあえず、察しの良い兵士達が敵の本命の狙いを看破してくれるまで、僕は大怪我を負わないようにここで時間稼ぎに勤しむだけだ。
「魔王軍め!」「よくも俺たちの街を!」「覚悟!」
そこへ三人の兵士が乱入してきた。僕の攻勢が緩まったことを、深く考えずに疲れたとでも思ったのだろう。罠など微塵も疑わず躊躇うことなく奴に一斉に槍を突き出す。
そして、声を出す暇もなくほとんど同時に喉を突かれ瞬殺した。
0コンマの差で奴に一番最初に槍を突き立てた兵士の槍を右手で素早く掴み盗り、石突で腹を強打した後、目にも止まらぬ速さで槍を翻して喉を一突き。
続く二人目の槍も空いている左手でひったくると同時に右手の槍で喉を一突き。
最後の三人目は槍を避けもせず左手の槍で喉を突いて三人とも瞬く間に殺してしまった。
……おそろしく速い槍さばき、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね、なんて言いたくなるくらい鮮やかなものだった。
やっぱり本気じゃなかったのか。コイツ強過ぎんだろ。
兵士達に動揺が広がり、明らかに包囲に綻びが生じる。外側から順に先程離れていった兵士達とは確実に違うであろう理由で兵士達が一人、また一人と離脱していく。
しかし、奴にはそこから脱出する気などさらさらないようだった。
顎で哀れな三人を示し、僕にこんなことを問いかけてくる。
……今思えば、この時点でコイツには完了の報告が来てたんだろうな。だから惜しげもなく強さを見せつけたし、こんな余裕だったんだろう。当時の僕にはそこまで分からなかったけど。
「お前も、こう、なりたい?」
「愚問だな。なりたいわけn――うわっ、えっ、なにっ⁉︎」
しかし、僕はそれ以上言えなくなった。地面が急に揺れたのだ。
立っていられないほどの激しい揺れが伝わってくる方向へ目を向け、ぼくはなにが起きたのか理解した。
二体の巨人が、門からこちらへ歩き出していた。
◇◇◇
「もう、終わりだ」
無感情に告げられたその言葉が、どちらにとっての終わりを指しているのか、など自明の理だった。
巨人の接近に先程までとは比べものにはならない勢いで一目散に逃げ散っていく。
そりゃそうだ。魔王軍と全身全霊で斬り合った後討ち死にするならまだしも、虫ケラのように一方的に踏み潰されるなど絶対にお断りだろう。
とは言え、巨人から直線的に逃げても一歩の大きさが段違いなのだ。いずれ追いつかれて踏み潰される。皆んな進行方向を避けてあちこちへ逃げていっている。それでも逃げれる範囲は限られている。
今度は逆に亜人達に包囲されている形になっているのだ。
要するに、僕らはまんまと敵の策にはまったわけだ。
陣内に侵入した奴に注意を誘導されて亜人達が包囲を敷いていることに気付けなかった上に、むしろ奴を包囲しているつもりでみすみす門の前に固まってしまっていた。
そこで巨人を動かせば、勝手に集まった人族軍を一網打尽に出来る。
巨人から逃げ出したところで、安全圏まで逃げ切るにはある程度の距離を空けて人族軍を門付近に閉じ込めている亜人達と戦うより他にない。
当然あっちは作戦通りに万全の態勢でそれを待ち構えていることだろう。
それでも、巨人にただただ無差別に踏み潰されるよりはマシと覚悟を決めた兵士達が亜人達へ突撃を開始した。
完全に敵の策に踊らされてしまっている。
「おれは、行く。お前とは、今度だ」
「そうか。まぁ生きてたらな」
そう言うと、奴は巨人の足下へと走り出し、踏み潰されないよう間隙をぬって跳び上がり足に取り付いたかと思うと、そのまま器用に登っていき、最終的に肩に乗った。何気に色々すごい奴だ。
見れば奴の乗った巨人ではない方の巨人の肩にも誰か乗っている。まぁ、十中八九魔王軍だろうな。
てか、ぶっちゃけ誰が巨人の肩に乗ってようがもうどうでも良い。
僕だって巨人に踏み潰されて死ぬのはごめんだ。〈縮地〉と〈回避〉なら巨人の足下をすり抜けるくらいなら出来るだろう。
……最悪足に取り付こう。踏まれるよりかは幾分かマシだろう。
なんにせよ僕も早く逃げよう、と思って走り出そうとしていたその時、僕は信じられないものを目撃した。
人族軍の突撃に応戦することなく、亜人達が――魔王軍が後退を始めたのだ。
再度――踏み潰されないよう気を付けながら――巨人の動きを観察し、僕は理解した。
そう、二体の巨人は人族を踏み潰すべく歩き出したのではなかった。
ただただ、引き上げただけなのだ。