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不死者に平和を  作者: 姫神夜神
4 ヒトツキの戦い
91/120

69 シナラス攻防戦⑤

 僕がクルサォス(敵指揮官)を討ち取ったと宣言すると、味方の士気は一気に上がった。

 しかし、逆にクルサォスを失った亜人達の士気が下がったかと言うと――


「ゴロゼェ!!」「ウオォーー!!」「ドラァ!!」「死ネェ!!」


 ――全く下がらなかった。なんなら上がってるまである。

 主君を討たれ敵討ちに燃えている……とは到底思えない。

 どっちかと言うと「クルサォスが死んだ(上が空いた)なら、次は俺がトップだ!」って感じだ。僕の行動はむしろ敵のやる気を掻き立ててしまったらしい。

 ……いや、知らんし。

 まぁ、確かにまとまりは欠いてたし、クルサォス死んでも別に影響ない可能性は考えなかったこともなかったりしないこともないが、だからってまさか逆に士気が爆上がりするなんて分かるわけないじゃん。

 僕はただ単に厄介な敵の一人を討ち取っただけ。この異様な士気の盛り上がりは僕のせいじゃない。ないったらない。

 うん……ない。


 あちこちで小規模に行われている乱戦は、だんだんと門側へ集結しつつある。

 つまり、人族軍は押されてる(負けている)というわけだ。

 僕の狙い通りにことが運んでいれば、士気が上がった人族軍が巻き返しを図るはずだったのだが、何故か敵まで士気が上がったので上手くいかなかった。

 むしろ敵の勢いが増して押し込まれるペースが速くなったようにさえ思える。

 こうなれば無理にでも乱戦を解いて集団戦に移行した方がいい。

 個々の戦闘力では差があろうとも、このまとまりの無さを見るに連携ではこちらに分がある……はずだ。

 ……『聖軍』と帝国軍、盗賊の討伐部隊と門の防衛部隊、貴族と平民の急拵え混成部隊の連携がどのくらい上手くいくのか若干不安ではあるが、まぁ大丈夫……だろう。

 となれば、一刻も早く合流しなくては。

 おい、中隊長(マーク)。別に他の指揮官でも良いよ。早くそういう指示出せよ。お前らが出さなきゃ動けないでしょうが。

 命令系統とか色々面倒くさくて、(六等騎士)はなんも言えないんすわ。

 いや、もうマジで早く合流しよ? このままじゃどんどん兵が削られていって、せっかく合流してもすぐに潰されちゃうよ?


 ……と言いつつ、かく言う僕自身はとても向かえそうにないんすけども。

 と言うのも――


「待て。そこの毛無猿。その首、返してもらうぞ」


 ――なんか更に面倒臭そうな、てか明らかに絶対クソめんどくさい輩に絶賛絡まれているからだ。

 そう、誰あろう(くだん)の狼亜人――狼軍曹(仮称)だ。

 さっきの言葉を見るにどうもクルサォスとは知り合いだったっぽいね。

 ……煽っといて、大事なもん()取り返してあげようとするとか、ツンデレか?

 とりあえず狼軍曹とその部下二十人くらいが、こちらへ包囲陣形で迫ってきている。

 正確には背後へは未だ逃げられるんだけど、門への方向から奴らが来ているので僕が門へ合流するのは難しそうだ。

 だとしても、このまま迎え撃つなんて阿呆のやることだ。

 城壁を一撃でぶち抜けるような奴と正面から戦うなんて自殺行為だ。僕は絶対にそんなバカな真似はしない。

 とりあえず、合流は諦めて生き残るために逃走するか。


 ……とは言っても、すんなり逃がしてくれるとは到底思えない。

 何か役立つものはないか。藁にもすがる想いで周囲を見渡す。

 血の匂いと共に見えるのは死体、死体、死体。

 ……この景色、僕がまともな感性の持ち主ならキラキラ(意味深)もんだわ。

 そんなことは今はどうでもいい。この危機を脱するなにかを見つけなければ。

 

「……この俺が無視されるとはな。舐められたものだ!」

「うおっと」


 急に距離を詰めた狼軍曹が、そんな僕の思考を物理的にぶった切る。

 荒メイス(仮称)の威力は凄まじく、避けた僕の足元にいたオーガの死体が一撃で粉みじんになった。

 まともに喰らってたら、普通に終わってたな。これじゃあ万全の状態でも勝負にならない。

 クルサォスが攻防のバランスが取れて遠近両方いける万能型だとしたら、狼軍曹は近接戦特化のパワーファイターってところか。

 はなから僕に当てる気はなく、あくまで脅しのつもりだったのか、狼軍曹はこちらを睨みながら一方的に話しかけてきた。


「聞こえなかったのならもう一度だけ言ってやる。その首を置いてとっとと逝け」


……心なしか「とっとと行け」が「とっとと逝け」に聞こえた気がするが、まぁ要するにこの首(クルサォス)を返して欲しいんだね。

 うん。痛いほどよく分かったよ。君の気持ちは。

 ただね……もう少しだけ穏便にお願いしてもううことは出来なかったのかな? 普通に怖いわ。物理的手段に訴えんのも早いし。

 しかも、心なしか知能が退行してる気がする。さっきよりも語彙力とか理性とかがなくなっているような感じだ。

 ……頭に血が上るとなんも考えられない系の()なのかな。


「置いていかない気かぁ! ならb」

「え、じゃああげる」

「へぁ――うっうおぉ、あぁ」


 僕がポンと(ほう)ったクルサォスの首を視線で追った後、慌てて狼軍曹は首を回収するために手を伸ばしながら走り出した。

 その隙に全速力で距離をとる。多少大回りだとしても門へ向かう。ここで狼軍曹に付き合ってやる必要を感じないからね。


 別にクルサォス(強敵)さえ戦闘不能に追い込んでしまえれば良かったし、その首も敵の戦意を削ぐどころか逆に戦意を高揚させてしまうのなら不要どころかもはや害悪でしかない。

 欲しいってんなら、喜んであげちゃうよ。


 狼軍曹の部下達は少し逡巡(しゅんじゅん)した後、上司に従いクルサォスの首を追った。つまり、僕の行く手を邪魔するものは一先ずなくなった。

 当然、全力で門まで駆け抜ける。

 目立つ場所、すなわち門を守る塔の上から叫べば指示は通るだろう。

 もう命令系統など知ったことか! 後で怒られようが、今は合流を優先させる。

 これ以上、()()()流血はさせない。


 僕が門にたどり着くと、この都市(シナラス)に到着した時も思ったが巨大な門が鎮座していた。

 来た時と異なる点は二つ。

 マンション一棟丸ごと入るのでは、と錯覚するような二重の門扉は今は固く閉ざされていること。

 そして、門に何故か道具もなしに生身でタックルをかましている亜人がいる、ということだ。

 クルサォスやトロールよりも更に巨大な二体の亜人、見た目は人をそのままデカくした感じだし、たぶん巨人(ジャイアント)かその亜種だろう。

 10mは言い過ぎかもしれないが、そのくらいあるように見える。

 そんな奴らも、門と比べると小さく感じてしまう。

 改めて本当にデカい門だなぁ。

 ……って、そんなことはどうでも良いんだよ。今はあの巨人をかわしてなんとか塔に登らなくては。

 巨人の足元には死体が散らばっている。格好を見るに帝国の門防衛部隊だろう。

 まともな戦闘も出来ず踏み潰されるのは可哀想でならない。でも、弔ってる時間は申し訳ないがない。

 ――亜人共を駆逐した暁には必ず丁重に葬るから、それまで待っていてくれ。


 扉を破ることに夢中な巨人達に僕に気付く様子はない。

 ……まぁ、だからどうした、って感じなんだが。

 先ず、大きさが違い過ぎる。下手にうろちょろしてたらペチャンコになって一巻の終わりだ。

 マジでやれることがない。

 門には塔に侵入出来る入口があるはずなんだが、そこは要衝都市、簡単には見つからない。

 下手に動いたら踏み潰される以上、観察して場所を割り出し、一発で侵入しなきゃならない。

 そんなわけで少し離れた所から戦闘を避けつつ、門を観察していたんだが、僕はふとあることに気付いてしまった。


 コイツら(巨人)って、どうやってここまで来たんだ?


 コイツらってクルサォスが連れて来たんだよな? つまりあの「組合」のアジトにあったと思われる盗まれた『転移陣』から出て来たわけだ。

 通れるか? こんなデカい奴が二体も出て来れんのか? 

 『転移陣』の方はともかく、あの建物はこんなのが()()()()出て来られる感じじゃなかった。

 もしかして、巨大化出来るスキルを持ってるとか? もしくは……この大きさは見せかけ、幻術を使っている……とか。

 いやいや、わざわざ幻術で大きく見せて扉へ体当たりするのはおかしい。偽物の巨人の体当たりには意味がない。

 となると、巨大化出来るスキル持ち、か。心当たりは……ないな。

 でも仮にその場合はまたも面倒なことになるぞ。もしこれが種族スキルとかじゃなかったら、あっちで戦ってる亜人達が突然巨大化する可能性がある、ということになる。

 「ただただ大きい」そのことがどれだけ恐ろしいかは、わざわざ説明する必要もないだろう。

 巨大化には、なんらかの条件があるのだろうか。だから今はコイツら二体しか巨大化していない?

 ……仮に、仮にだ。コイツらがスキルか何かで巨大化しているとしてだ、この大きさで打ち止め、という保証はどこにもない。

 そうなったらヤバいなんてもんじゃないぞ。体当たりの重さがませば門をぶち抜かれるかもしれないし、その巨体でちょっと歩き回るだけで都市を制圧出来るようになるかも。

 そんなことは絶対にさせない………………殺すか。


 口腔内へ突撃して〈強酸〉をばら撒く……のは、この巨体に見合う胃袋があると考えると胃酸の逆流程度のダメージしか与えられないかもしれない。ダメだ。

 一発撃てたら良い方の〈粘槍〉なんか体内から撃ったところで痛くもかゆくもないだろう。これも却下。

 捨て身特攻は……一番効果ないな。論外。

 門に残っている防衛部隊は巨人へ上から矢やら石やらを浴びせているが、碌な効果はなさそうだ。

 なんとか上へ登れたところでコイツらをすぐに止められそうにない。

 第一、それが可能ならとうの昔に防衛部隊がやってるだろう。

 それでも、このままではダメだ。

 これでは門へ部隊を集結させてもまとめて踏み潰されるだけだ。先にこの巨人をなんとかしなくては。

 では、どうすれば良いのか。その策が思いつかないことには、どうにも出来ない。


 ……うーん。どうもなぁ、これといった案が思い浮かばん。

 こっちに向かってくるならやりようもあるけど、こっちに気付いてないので罠を張るにも難しい。

 下手に煽って踏み潰されたら(以下略)。

 足裏だけでも1m悠に超えてるから、落とし穴を掘るにしても相当な大きさになる。

 ましてや、動線と言えば門へ体当たりして、ちょっと戻ってまた体当たり、これを延々繰り返してるだけ。張れる罠もだいぶ制限される。

 完全に手の打ちようがない。


 しかも、これの最大の問題点はこれ以上の巨大化があると決まったわけじゃない、ってことだ。

 これで打ち止め、もしくははなから巨大化なんてしていない、という可能性もある。

 杞憂なら、それで構わないんだけど、どっちにしてもこのまま門の前にずっといられても困る。

 今はびくともしていないが、いつかは門を壊されるかもしれない。

 て言うか、さっき城壁に穴開けられたから、門を抜く意味はあまり……ない…………ん? 待てよ? 

 よく考えたら、コイツら(巨人)をボコせそうな奴に一人心当たりがあるな。

 僕の脳裏に、結構脳筋な疑惑のあるワイルドな男の姿が浮かんでいた。


◇◇◇


 方針は決まった。問題はどうやってかち合わせるか、だ。

 こんなことならクルサォスの首持ったままにしときゃ良かったか?

 ……まぁそんなことすればここにたどり着く前に肉片にされてただろうし、それは無理な話しだな。


 ――と言うか、冷静に考えたらあまりにも馬鹿げた作戦だ。目の前の障害(巨人)を取り除くためにもっとヤバいもの(狼軍曹)呼び寄せてどうすんだよ。

 それでも、正直な話、巨人は今の手持ちの戦力じゃ攻略出来ない。でも、狼軍曹なら困難ではあるが不可能じゃない。アイツの大きさは精々僕の二倍くらいだ。弱点に手が届く。それなら未だ倒せる。

 今打てる中では最善ではなくとも最良の手だ。


 とりあえず、奴がどこにいるかだけでも確認しとくか。

 僕がクルサォスの首を放り投げた方向を頑張って見る。

 首を回収して満足して帰ってくれていたらそれはそれでありがたいんだけど……うん、いるわ。めっちゃいるわ。てか、こっちに向かって来てるわ。

 全体的に押し込まれ気味の戦線は狼軍曹とその部下の参戦で完全に人族軍の敗色が色濃くなっていた。

 僕が呼びかけなくても近いうちに人族軍は門の前に集結するだろうな。()()()()()()()

 すり潰された後の兵力では碌な抵抗も出来ずに全滅あるのみ。

 これでは、狼軍曹の渾身の一撃を利用して巨人を倒す、なんて言ってる場合じゃない。

 この状況下であんな化け物まで来られたら全滅が早まってしまう。

 どっちにしろ全滅するなら変わらないだろ、という意見もあるだろうが、僕は無駄な殺戮は嫌いなんだ。わざわざオーバーキルしにこなくても良いじゃないか。

 門は落ちてないけど城壁に穴は開いてるんだ。それでもう良いだろ? なにもこれ以上ぶっ殺さなくても。

 ……まぁ、狼軍曹と戦っていた部隊がどのくらいの規模だったのかは知らないけど、戦闘開始がこちらと同じくらいだと仮定すれば、まぁ頑張った方なんじゃないか? そろそろ諦めるべきなのかもしれないな。諦めたら案外、楽に逝けるかも。

 最後にせめて門の昇降機を破壊しておくように帝国軍に進言しようと僕が再度塔へ登る入口を探していると、亜人と戦っていた帝国兵が数人門にたどり着いた。

 もしかしたら入口の場所を知っているのではなかろうかと僕が近寄ると、その内の一人に逆に問いただされる。


「おい、アンタが、クルなんとかっていうのを、殺した、修道騎士……ですか?」

「え? ……ああ、そうですけど、それがn」

「あっちの、犬頭が、呼んでる……呼んで、ます。すぐに、来い……ください」

 

 犬頭が呼んでる? 犬頭ってことは、狼軍曹が呼んでるのか?

 それはまぁ分からんでもないが、何故それを人族の兵士が伝えに来るんだ?

 まぁ、良い。ルカイユ(この身体)の最期として亜人の指揮官との一騎討ちの末に死亡ってのも悪くない。

 そう結論付けた僕は兵士に背を向けて狼軍曹の方へと歩き始めた。


 ……今思うと、僕はまたもや高揚していたようだ。情緒もだいぶ不安定で、傍から見てたらアブないヤバい人でしかない。今回は上手くいったので結果オーライだったが、もし間違っていれば別の意味でもだいぶ危なかった。


「っ⁉︎ なぜ、分かった⁉︎」

「さあ? なんとなく、かな」


 背後から僕を突き殺そうとしていた兵士の剣を振り向きざまの一閃で払う。

 なんの根拠もなかったが、考えるより先に身体が動いていた。結果的にそれは大正解だったわけだ。

 ――コイツ、人族じゃない。


 偽兵士は奇襲が失敗したとみるや距離をとって、動かなくなった。僕も慎重に距離をとり観察を続ける。

 そんな突然の人族同士の小競り合いに周囲は騒然となった。

 見れば、さっきまであれほど押し込んできていた亜人達は進軍を停止していた。その隙に兵士達が続々と門へと集まってきている。

 そんな様子をチラッと見ただけで僕は視線を例の偽兵士に向ける。

 特に動きはないが、こう見るとなんとも言えない違和感がある。見れば、一緒に来た他の兵士達は別に人外ではなさそうだ。心底驚いた様子で若干距離をとっている。

 そんな中で、偽兵士へ向けて剣を向けると、僕は尋ねた。


「それで? 君はいったいどこのどなたなのかな?」


◆◆◆


「――第四小隊! 下がれ! 負傷兵を収容しろ!」

「閣下、危険です! お下がりください!」

「下がれるか! 私はこの城を皇帝陛下よりお預かりしているのだぞ。みすみす亜人如きに渡してたまるか!」


 部下の静止を振り切り、男は撤退する第四小隊とは逆の方向――敵の方へと馬を走らせた。

 男の名はレルギン・コトッゾ。この『石工都市ヒーフラ』の都市長である。

 帝国西部にあるこの都市は、背後に臨む『北方山地』から切り出した良質な石材の加工技術の高さで有名な都市であった。

 建材を扱う石工と彫刻を扱う石工の双方が互いに協力し合いながら半ば自治のような形でこの都市を治めていた。帝国より派遣される都市長もほとんど芸術家肌の者達で、政務よりも自らの技術を磨くことに忙しいくらいの平和な町である。

 西部国境の防衛線を建造する際に大きな功績があったとされた名工ヒーフラの名にあやかって名付けられたこの小さくも活気のある石の町は今、襲撃を受けていた。

 昼下がり、休憩していた石工達が工場へ戻るさなか、突如として『北方山地』から亜人が奇襲を仕掛けてきた。

 数は約二千。ほとんどが鱗猫(ブラーハ)という亜人だった。

 全身に爬虫類のような鱗を持つ、二足で直立する山猫のような姿をしており、『北方山地』の北部を主な居住地としていた。

 しかし、ヒーフラ周辺には本来いないはずである。ましてやこんな大勢での襲撃など、普通ならばありえない。なんらかの異常が発生していた。

 現在ヒーフラの守備兵は四百。

 前線から遠く平和な町とは言え本来はもう少し配置されているが、招集を受け既にアサリ(城塞都市)へ出立した後であった。

 

「石工の避難を優先させよ! 作品も石も、この(ヒーフラ)さえも作り直せば良い。しかし失われた技術は、生命は簡単には取り戻せぬのだ!」


 指揮を執っているコトッゾ卿もまた例に漏れず芸術をこよなく愛する老貴族であった。剣など嗜み程度にしか扱ったことのない彼は、大切な石工達(帝国の宝)を守るために必死に戦っていた。

 とは言え、最前線配備の精鋭部隊でもない守備兵たちは、数の不利もあり有効打を打つことも出来ずただただ押し込まれるばかりであった。都市が完全に敵の手に落ちるのも時間の問題化と思われる。

 コトッゾ卿の指示で最初に襲撃を受けた都市西部の工房の石工達の退避は完了していた。今は東門から順次逃がしているところである。


「閣下! 城壁を伝って東門へと亜人めらが向かっております!」

「このままでは支えきれません!」


 部下が悲痛な叫びをあげる。

 元々数が少ない上に石工や市民の避難誘導並びに時間稼ぎのために兵の大部分は地上に下ろしている。遮る者のいない城壁を回ってブラーハらは東門への攻撃に遂にかかり始めていた。

 コトッゾ卿が時間を稼ぐべく自ら兵を率いて市街戦を決行したことが裏目に出ていた。守備隊はほぼ全てがここでの戦いに投入されており、すぐに動かせる予備兵力はなかった。

 仮に東門が落ちることになれば、避難経路が絶たれるだけでなくそこに集まった民達が一網打尽にされてしまう。

 コトッゾ卿は自分にまともな戦争の経験がないことをこれほど恨んだ日はなかった。

 しかし現実は待ってはくれない。すぐにでも決断を下さなくてはならない。


「……交代で下げた部隊をこの場に残し、未だ戦える者全てで東門へ行け。民の避難が完了するまで門を死守せよ」

「閣下……」

「この場には私も残る」

「なっ」「……」

「負傷兵達を無駄死になどさせぬ。一匹でも多くの亜人を道連れにしてなんとしてでも時間を稼ぐ」

「……閣下、せめて閣下も門へお向かいください。ここは我々g」

「かしこまりました。この生命に変えましても必ずや民を逃がしてみせます」


 コトッゾ卿を説得しようとした文官長を遮り、守備隊長は力強く言い切った。

 この都市のほぼ唯一の従軍経験者は、上司の覚悟を察し、最期の願いを叶えることを誓った。それを受けて、渋々ながらも文官長も引き下がる。

 部下達が命令を受け入れたことを確認し、コトッゾ卿は笑顔を見せた。

 

「……うむ、頼んだぞ、守備隊長、文官長」

「はっ」「……はっ」


 二人が無事な兵を率いて離れていくのを見守り、コトッゾ卿は辺りを見回す。

 五十人強の負傷兵が愛するこの町(ヒーフラ)の為に痛む身体に鞭打って死に物狂いで戦っていた。


「兵達よ! 私の愚かな行動で君達を危険にさらしたことを詫びよう! しかし、今一度私に力を貸してほしい! 全てはこの町を、諸君らの愛したこのヒーフラを守るためだ! 私に続けーー!!」

「「「「「「「おおぉーーーー!!!!」」」」」」」


 剣を高く掲げ敵への突撃を敢行したコトッゾ卿に兵達が応え、士気が最高潮に達した守備隊は亜人に襲い掛かった。

 ……ほんのわずかな間でも民を逃がす時間を稼ぐために――



 ――この日、亜人の悪逆非道なる襲撃から三刻の後、天下に栄えある『石工都市ヒーフラ』は陥落した。

 都市長レルギン・コトッゾ卿以下守備隊四百三名は全滅。

 しかし、市民の被害は重傷八、中軽傷二十五で、死者は一人も出なかった。


 

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