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不死者に平和を  作者: 姫神夜神
4 ヒトツキの戦い
87/118

65 シナラス攻防戦①

「―― ハア! その通りだな! ウヌの名はクルサォス! 魔王軍第二軍亜人部隊臨時指揮官だ!!」


 赤い肌の亜人――クルサォスはそう高らかに名乗り上げ、腕を振って僕を投げ飛ばした。

 僕は受け身を取りつつ、やや距離をとる。予想通りの馬鹿力、正面からぶつかるのはやはり分が悪そうだ。

 まぁ、なんにせよ先ずは――


「……はぁ、()()()、ね」


 ――それが問題だな。

 どうやってラポンを突然襲撃したのか疑問だったが、今回と同じようにしたんだろう。

 つまりは、『転移陣』を奪ったんだな。外から直接都市内部に乗り込んで来たわけだ。

 『十六階』(テロ組織)が僕に奪還を命じたのも、兵士達が城で秘密裏に探していたのも、あの「組合」がコイツら(魔王軍)の依頼を受けて盗んだ『転移陣』だろう。

 ……はぁ、なんでこうも悪い予想だけ当たるかねぇ。ホント嫌になるわ。


「どうした! ヌシの力をもっとウヌに見せてみろ!」

「……うるさい。誰もがお前と同じように戦いが好きとは限らないんだよ」


 クルサォスを警戒しつつ、背後の味方の様子を探る。

 さっきの飛ぶ斬撃(仮称)で受けた被害はかなりのものだ。

 僕が辿り着いたことで攻撃自体は止んだが、騎乗していた騎士や騎兵はほとんど斬られるか馬を潰された。

 歩兵も首を飛ばされたり胴を斬られたり、マーク(中隊長)の指示で足を止めたところをまとめてやられたようだ。

 やっぱりあの斬撃、かなり攻撃範囲が広いな。もう撃たせるわけにはいかない。

 戦意を失っている人達も加えれば生き残りは三百ほどか。

 ……あの飛ぶ斬撃(仮称)だけで百人近く殺されたってことだ。恐ろしい話だ。

 とは言え、全滅したわけじゃない。命も戦意も取りこぼさずにすんだ騎士や兵士が続々と僕の周りに集まって来た。

 数は少ないが、目の前で仲間が惨い死に方をしても(ひる)んだり逃げたりせずにここまで走ってきた人達だ。覚悟が違う。


「警戒を怠るな。恐らく、敵は奴一人だけではない」

「分かっている」「もちろんだ」


 僕の言葉を裏付けるように、クルサォスの背後から亜人が地上へ上がって来た。

 オーク、オーガ、リザードマン、コボルト、トードマン、ミノタウロス、スネークマンにトロールもいる。その他にも色々な亜人が鎧を身に着け、武器を手に続々と姿を現わす。

 ざっと……四十ってところか。しかし、これで全部とは限らない。それでも今ならギリギリ数の上では優位をとれるだろう。


「ギャオォーー!!」

「うおっ⁉︎」


 その中のコボルトと(おぼ)しき一体が棍棒を振り上げて飛び出した。

 僕目掛けて……かは分からなかったが、僕も応戦のため剣を構える。

 しかし、その突撃が僕らに届くことはなかった。

 

「邪魔するな! コレはウヌの獲物だ!」

「ギァヤーー!」グシュ


 クルサォスが突然振り下ろした拳が、コボルト(仮)の頭蓋を粉砕したのだ。

 それに対し、同族と思しき数匹が抗議の声のようなものを挙げる。しかし、クルサォス側は謝る気などさらさら無さそうだ。なんならそいつらまで一気に殺してやろう、って感じがする。

 どうやら、一緒に来ているとは言っても、仲良しこよし、というわけではないようだ。

 それにしても、こう見るとクルサォスは言語が堪能だな。奴と言い争い(?)をしてる他の亜人は〝言葉〟とは到底呼べないレベルのうめき声しか出ていない。

 やっぱり、「オーガ」って言うよりは「戦鬼(オーガ)」って感じだな、コイツは。


 クルサォスが部下(仮定)と揉めている間に、僕の周りに騎士や兵士が続々と集まって来た。カイネやカイゼルもいる。その数は恐らく百人強。修道騎士、『聖軍』、警邏、帝国兵、その全てから構成されている。思ったよりも残ったが、欲を言えばもうちょっと欲しかった。

 それでも十分だ。

 これだけの人が戦意を失わずに、民を、都市を、故郷を、家族を、友を、恋人を、守るために武器を捨てずに勇気を振り絞って敵に立ち向かったのはとても素晴らしいことだ。この掛け替えのない勇気が一人でも多くの市民を守ることにつながる。

 一つ気になることがあるとすれば――


「……中隊長殿は?」

「……分からん。ここにはおられない」


 ――中隊長(マーク)の姿が見えない、ということだ。

 逃げた……可能性ももちろんあるが、彼は先頭を走っていたし、すぐに足を止めた、と言うかそうするよう命じた張本人だ。真っ先に戦死していても不思議ではない。

 ……実に悲しいことではあるが。


「……それよりも、異端審問官殿の姿も見えないのだが」

「……それも、分からない」


 そして、異端審問官もいない。アイツも先頭を行ってはいたから、同じく戦死している可能性はある。

 ……まぁ、アイツに関しては、まったく分からん。逃げることはなさそうだが、平気で僕らを見捨てて別の任務を遂行しようとして撤退する可能性はある。

 だが、それについて深く考えてる暇はなかった。


「ワォーーウフ!!」「ギャオーーン!!」「イク、ゾォーー!」「ウオォーーオ!」


 敵が一斉にこちらへ突撃を開始した。亜人側の諍いは一応の決着をみたようだ。

 こちら(人族側)も応戦の構えをとる。その場の全員が各々の武器を手に、自分にとっての敵に向かい駆け出した。

 至る所で、武器と武器がぶつかる音がほぼ同時に響き始める。僕が相手取ったのは、意外にもクルサォスではなかった。斧を構えたミノタウロスだ。

 ……流石の(?)奴も、個人的な欲求(闘争本能)よりも「指揮官」としての役割を優先したか。部下達より少し背後、出て来た穴の辺りで全体の指揮を執っている。

 

「ハアァ!! 死ネ!!」

「うっ、くっ」


 一撃が重い。かなりゴツいもんなこのミノタウロス。片言だけど意味のある人語らしきものを話してるし、コイツも「ミノタウロス」よりも「牛頭鬼(ミノタウロス)」って言う方が正確だろうな。

 下手すればクルサォスと良い勝負しそうなほどの巨体だ。身長170強のこの身体(ルカイユ)からすれば、文字通り上から降ってくるような打撃となる。元からの馬鹿力に位置エネルギーが加わり、まともには受け止められないような一撃だ。恐らく正面から受け続ければすぐに僕の剣は使い物にならなくなるだろう。あの謎の魔物との戦いでも酷使したし、クルサォスの攻撃も受けた。今限界が来ても不思議ではない。


「オマエ、強イ、ナ?」

「……いや、知らんけども」


 まぁ、それなりには強い……かもしれないと思ったが、よく考えれば全然だわ。(ルカイユ)より強い奴なんて腐るほどいるわ。実際何度も見てきたし。

 剣で無理に受けず、流しつつ反撃のチャンスを伺う。幸い、敵は縦にもデカいが横にも奥にも中々にデカい。懐に入り込んで攻撃を(かわ)すのはそれほど難しくなかった。

 ……実は、そこそこギリギリな時もあったし、顔を掠めたこともあったが、まぁ一発KOされるようなヘマはしてないし、OKっしょ……たぶん。

 一つ、また一つと敵に傷が増えていく。しかし、なにぶんコイツは色々とかなり分厚い。致命傷どころか動きを鈍らせることすら未だ出来ていない。

 (アンデッド)は疲れないとは言え、足がもつれたりタイミングを見計らい損ねたら、つまり一撃まともに脳天から喰らったら、終わりだな。そうノンビリとはしていられない。

 その上、数では勝っているとは言え、周囲では敵に討たれた者も出始めている。やっぱり、単純な身体能力で言えば、亜人の方が人族よりも優秀だな。このままでは、こちら側(人族)だけ数を減らされ続けてしまう。(亜人側)に増援が来たりして、数で逆転されればもう勝ち目はない。数では勝てている今のうちに、一体でも多く倒して優位をとっておかなくては。

 最悪なのは、クルサォスが亜人の増援を率いてどこかへ行ったりすることだ。

 魔王軍がどのくらいの規模で、どれだけ送り込まれたかは分からない。けど、コイツらだけってことはないだろう。別の所で戦っている人族軍を背後から襲撃されたり、都市の主要機関を占拠されたりしたら、組織的な抵抗力をどんどん削がれ、シナラスも魔王軍の手に落ちてしまうかもしれない。『要衝都市』の陥落は、人族側に多大な影響を及ぼす。ラポン奪還の報も入っていない現状で、それはマズいだろう。なにがなんでも、(クルサォス)を自由に動かさせてはならない。

 その為にも、一刻も早くミノさん1号を仕留めなければ。


「チョ()()、ト!」

「ふっ、残念、惜しいな。チョ()()、じゃない。チョ()()、だ。流石に、まだまだ流暢(りゅうちょう)とはいかないようだ、な!」

「グワァア!!」


 ――だからちょっと、()()させてもらった。

 剣を振り上げるのに合わせて、〈酸攻撃〉を発動させたのだ。胸に深い傷をつける。チマチマ削ってる暇はない。悪いが最短最速で攻略させてもらう。

 剣が作った斬傷からジワジワと広がる痛みと熱さに、ミノさん1号(仮称)が苦しみの声をあげる。

 その隙に比較的弱いと思われる両腕の肘窩(ちゅうか)(肘の内側)を斬りつけ、斧を取り落とさせる。

 更に、左膝窩(しっか)(膝の内側)にも深い斬り込みをいれる。そこへ足払いを仕掛けてミノさん1号を転ばせ、首を落とす。

 ……つもりだったんだけど――


「――キュゥオォーーオ!!」

「うわっ」


 ――首を、落とせなかった。

 後ちょっと、ってところで、ミノさんが意地なのか、実は僕の攻撃など全く効いていなかったのかは分からないけど、身体を持ち上げたのだ。それで、剣が……まぁ、有体(ありてい)に言うと、折れてしまったのだ。肉と肉の隙間に入ったので、身体を起こした時にへし折れたんだろう。

 ……もしかしたら、早く倒そうと焦って〈酸攻撃〉なんて乗せたから限界を迎えるのが早まったのかもしれない。

 刃はミノさん1号に刺さったまま。僕の手元には刃のほぼ根元の部分と柄だけだ。生憎と替えの剣は持ち合わせがない。武器無し(じか)でのスキル発動は流石にリスキー過ぎる。これじゃこれ以上ダメージ与えられないぞ。

 ……普通にヤバいな。

 正気を失った様子のミノさん1号は、既に斧を拾い上げて臨戦態勢に入っている。狂乱状態にでもなっているのか、僕を見つけられていないようだけど、見つかったら……まぁちょっとどころじゃなくピンチですね。どうしよう。

 その時、僕らの近くに、不幸にもやられてしまった兵士が吹っ飛んで来た。顔面が完全に潰れてる。可哀そうだが、もう助からないだろう。そして僕は、彼の剣をお借りすれば、未だ戦える。

 問題は、そこに近付くまでに見つかれば殺される、ってこと。そして、闇雲に斧を振り回しているミノさん1号が邪魔だってこと。なんせ、目的の剣――を持ってる兵士は、その背後に横たわってるんだからね。


「ソコ、カァ!」


 ……ははっ、一瞬で気付かれた。

 なんとか転がって避けたものの、片手持ちとは思えない威力で振り下ろされた斧が、さっきまで僕がいた地面を砕く。この辺は未だ道が完全に整備されていなかったので、地面は舗装された石畳ではなく小石混じりの普通の土だ。そこに放たれた一撃は周囲に殺人級の石つぶてをまき散らした。そのいくつかが頬に突き刺さったので、慌てて()()()()

 ヤベェー。死ぬかと思った。

 血を首と腕から絶え間なくまき散らしながらも(何故か)間髪入れず繰り出される攻撃の中、なんとか立ち上がる。

 

「ニ、ゲル、ナァ!!」

「いや、それは……無理な相談だね」


 右腕はほぼ使いもんにならないくらい(おぞ)ましい色に変わっておりとても痛いだろう上に、左腕一本で振っているのに、この威力だ。

 牛頭鬼(ミノタウロス)もアドレナリンとか、その類のもんが出るのかは知らないけど、両腕そろってたなんのダメージも受けてなかった頃と変わらない、いやむしろそれ以上の力で斧を振り回している。若干コントロールは悪くなってはいるものの、恐ろしいことこの上ない。

 ……もういっそ、股潜りでもするか? 下からアソコを斬り上げれば、この元・剣でも攻撃出来る……かも。一瞬の隙さえ作れれば、あちら側へ回り込んで剣を回収出来る。せめてほんの少しでも、隙が出来ればなぁ。


「ううぉ――!!」「加勢します!!」

「グウォーー!」


 そこへ、二人の兵士が槍を手に乗り込んで来た。所属は……制服から見て帝国兵か。

 一人が槍をミノさん1号に突き立てる。狙ってか偶然かは不明だが、その一突きは僕が付けた傷に刺さったようで、思いの外ダメージが入った様子だ。

 ミノさん1号は苦し気に呻き、体勢を崩した。元より傷んだ足で無理に立っていたのだ。一度体勢が崩れるとそのまま倒れた。

 そこへすかさず二人目が落ちかけの首に剣を振り下ろす。断ち切るには至らなかったものの、刃は首のかなり深くまで入り、血が勢いよく噴き出し帝国兵の顔を真っ赤に染めた。

 その間に剣を回収しようと、僕はミノさん1号を避けて大きく回り込む。流石に今の攻撃で仕留められたなんて油断はもうしない。


「ぐあはっ」グゴキッ

「えっ、ぶばぁ」グジュッ


 ミノさん1号がもう動かないはずの右腕を振り上げ、首に斬り込んでいた兵士を剣ごと()()()()と、胸に刺さっていた槍はそのまま起き上がり、その勢いのまま槍を捨て剣を構えていたもう一人の兵士の顔面を殴り()()()

 そして、剣を掴もうと伸ばした僕の手には飛来した兵士の身体が降って来た。ミノさん1号が拳に張り付いた兵士()()()()()を投げ飛ばしたのだろう。普通の人間だったら腕折れてたぞ、これ。

 まぁ、僕は骨折とかもはや関係ないんで、何の問題もなく剣を掴み、立ち上がった。

 ミノさん1号はその違和感になど一切気付かず、と言うより何にも関心を寄せている様子もなくただひたすらに叫び、周囲のありとあらゆるものを破壊する、ただそれだけしかしていなかった。さっきより狂乱状態が進んでる気がするのは、気のせいではないだろう。

 二人の遺体は何度も叩き潰され、斬り刻まれ、踏み荒らされて、原形を留めていない。

 これ以上死者が汚されるのを防ぐためにも、コイツの息の根を止めなくては。本気で。もう周囲の目など気にしてはいられない。

 辺りを見回しても、亜人との個々の戦力差を受け、かなり苦戦していて、僕らを注視している者など誰一人いない。一瞬で終わらせて何食わぬ顔で他の人に加勢しよう。

 〈硬化〉を発動させた剣による首からの袈裟斬りに〈酸攻撃〉〈酸強化〉〈斬撃付与〉〈斬撃強化〉を惜しみなく発動する。

 見る人が見れば剣にスキルが盛りまくられてることは分かるけど、何故かこの世界の人達はスキルを発動する時にそのスキル名を叫ぶ習性があるから、叫ばなければ注目されることはあまりないだろう。

 ……必死だったので、自分でもよく分からない理屈でそう納得すると、ミノさん1号が僕を探して背を向けたその瞬間に、全速力でその首に斬りかかった。


「ギヨェーー!! グオホッ!!」

「ぐっ、うはっ」


 首を斬り落とす、正にその直前、というところでミノさん1号が何度目か分からない最後のあがきを見せ、強烈な肘鉄を喰らわせてきた。

 手から剣が離れ、僕は後ろへ吹き飛ばされ地面に叩きつけられた背中から行ったので、僕が只の人なら脊髄損傷で即死なレベルの致命傷を負った。

 ……どこにこんな力があんだよ、マジで。いや、見た目からはそれくらいの膂力(りょりょく)は十分にありそうですけどもね。でも、僕も、この兵士達もかなりのダメージを与えたはずなんだよなぁ。

 それこそ、二、三度殺せそうなくらいの傷を負わせている。それでも、ミノさん1号に止まる気配はない。動きが止まったと思っても、何度もそこから復活する。そして、毎回のように反撃、それも()()()重い反撃を喰らわせてくる。

 それで僕は今回も――全然うれしくないが――めでたく吹き飛ばされたわけだ。

 ――しかし、今回の僕はただただ大人しくやられたわけじゃない。なんとなく「でも、これでも死なないんだろうなぁ」と思っていたので、ちゃんと仕込みをしておいた。


「グロォ! ガァ! g――ゴ? ゴグォ……ボ……」


 手から離れた剣の刃に、この身体(ルカイユ)に残っていた全分体を投入して傷を広げさせたのだ。傷口から侵入した分体がランダムに動きながら〈強酸〉をまき散らし、内部からミノさん1号を崩す。

 ……『分体統括』はいないから精密な操作は出来ないけど、これでも十分過ぎるほどの威力を発揮してくれた。

 これは傍から見ていると剣がひとりでに傷口に深く沈み込んでいく怪現象に見えただろう。でも、もう周囲の目線など気にせずにコイツ(ミノさん1号)を殺すと決めたから、多少の懸念要素は無視することにした。


 ミノさん1号は口から血の泡を吹きながら倒れた。首から上だけがありえない角度に曲がりながら身体より先んじて落下している。ミノタウロスも頭が重いのは人間と同じようだ。首と胴体は今にも分離しそうなところまできているのだが、中々しぶとく、未だかろうじて繋がったままだ。

 素早く立ち上がった僕は首に刺さったままの剣を掴み、一思いに斬り落とした。

 首を落とされたら流石にもう動けないようだ。ミノさん1号は遂に完全に沈黙した。


「ふぅ……とりあえず、僕の勝ちか……」


 首から抜き去った剣を拭いながらそんなことを口に出してしまったのも、仕方ないだろう。ちょっと気が緩んでしまったのは自分でも自覚している。

 二人死んでしまったし、他で戦っている味方(人族軍)にも犠牲が出てしまっている以上、ただ無邪気に喜んでいるのもどうかとも思ったが、その瞬間はそこまで考えていなかった。ただただ目の前の(牛頭鬼)を倒せたことに一先ず安堵していただけだった。

 気を取り直した僕が目を向けると、クルサォス(敵の指揮官)は未だそこにいた。敵に増援が来た気配もない。来る前に叩いておかなくては。

 加勢するのは、悪いが後回しだ。先ずは(指揮官)を潰しておく。

 ……今思えば、僕は気分が高揚していたようだ。注意力が散漫だったと非難されても文句は言えない立場だろう。


「…………っ⁉︎ ぐはっ」


 クルサォスへと息を潜めて迫った僕は、横合いからの直撃を受けて転がった。横腹に打撃を喰らったようだ。

 驚きを無理矢理抑え込んだ僕が身体を起こすと同時に剣を向けると、それを無視したように突き出された槍が胸を突いた。

 完全に突き刺さる寸前のすんでのところで剣で払うも、別の敵の棍棒――さっき僕を殴ったのはコイツかもしれない――が脳天に落ちてきた。

 骨が本来の役目を果たしていれば、痺れて剣を取り落としていたかもしれない。しかし生憎と(スライム)には大したダメージにはならなかった。

 ――見れば、槍を構えているのはコボルト、棍棒を持っているのはリザードマンだった。最悪のタイミングで出てきた敵の増援だろう。

 即座に反撃に出る。即席チームなのかいまいち連携は取れていない様子。今のうちに各個撃破してしまおう。

 体格的にまだ僕でもいけそうだったコボルトに渾身の蹴りをお見舞いして退場願うと、間髪入れずにリザードマンの首に一閃を叩き込む。


「キュエー! キャイ!!」


 鱗に阻まれ致命傷には至らなかったが、それなりにダメージは与えたようだ。このまま先ずはこのリザードマンを()る。

 目も横薙ぎにし、視力を奪う。そのままむやみやたらに振り回される棍棒や他の亜人の横槍――特にさっきの槍持ちのコボルト――に気を付けつつ無力化を図って全身を斬りつける。

 なんらかのスキルを使う暇も、逃げる隙も与えない。一気に畳み掛ける。

 剣は最初から〈硬化〉に〈斬撃付与〉&〈斬撃強化〉している。折れたら棍棒を奪って同じようにスキルをかけて敵を殺しまくる。

 ――もう周囲の目は一旦気にしない。先ず(魔王軍)殲滅(せんめつ)する。

 

「キュアーー!!」


 赤い血――正直意外だった――を噴き出してリザードマンが地に伏せる。念の為に心臓(の辺り)を素早く一突きしておく。

 ……うん。たぶん間違いなく死んでるな。さっきのミノタウロスみたいに急に動き出す、なんてことはなさそうだ。

 胸から剣を引き抜いた僕は、あることに気付いてしまった。かなり重要なことだ。


 ――クルサォスはどこだ?


 さっきまでの場所からクルサォスは忽然(こつぜん)と姿を消していた。辺りを見回しても見当たらない。どこ行った?

 それ以上の捜索は打ち切らざるを得なかった。新手が来たのだ。


「死ネェーー!!」

「くっ、死ぬわけ、ないだろ!」


 新たに襲いかかって来たのは、奴とは似ても似つかないオークだ。さっきのコバルトもいつの間にかどこかへ行ってしまったようだった。

 妙に顔を突き出してくるオークの鼻先を斬りつけながら、僕はふとその背後を見た。そして発見してしまった。


「クソっ、やられた!」


 ――クルサォスは部下を引き連れて僕の視線の遥か向こう、シナラス(要衝都市)の南城壁へと向かっていた。


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