64 盗まれたもの⑤
「――何者だ」
「っ⁉︎」
「行け、こいつは、おれがやる」
盗賊を追って路地に入ると突然攻撃を受けた。
ので、腹に〈硬化〉を張って防ぐ。
まさかの手応えに敵は距離をとった。
馬鹿の一つ覚えみたいな奇襲だ。まぁ仕方ないわな。コイツらは僕が昨日これを喰らったことを知らないんだもんな。
盗賊が走り去り、この場には僕とそいつだけが残された。
「……何者だ」
再度問いかけてきたのは、ぱっと見どこにでもいそうな中肉中背の男だった。
それこそ、あまりに没個性すぎて記憶に残らないほどに。もう顔を忘れてしまった。
手に持っている血の滴る棒だけがアンバランスに存在を主張している。
僕が追っていた盗賊はすでに視界から遠く逃走した後だし、コイツを倒さんことには先へは進めそうもない。
見れば、男の背後には血を流して倒れている兵士が数人。間違いなく盗賊を追跡中にコイツにやられたんだろう。ますます、コイツを無視出来なくなってしまった。
とりあえず、僕は質問に簡単に答える。
「修道騎士だ。どうやら、貴様は門番のようなものらしいな。通してくれるつもりはないらしい」
「……修道騎士が、なんの用だ」
質問に答えてあげたのに、僕の言葉には答えず、男は棒を構え直しながらそうつぶやいた。
返答はなかったが、まぁそんな的外れなわけではないだろう。となると、「組合」もそう遠くなさそうだ。
となれば、是が非でも押し通らねば。こっちも剣を抜きながら簡潔に答える。
「決まってるだろう。さっきの盗賊を追ってるの、さ!」
言い終わると同時に踏み込んだ僕の一閃を棒で受け止め、男も技を繰り出してくる。
中に鉄を仕込んだ、硬い木でできたその得物は、かなりの難敵だった。
敵の打撃を剣で受け過ぎれば、刃が潰れ剣が痛むし、踏み込みすぎると剣が木にめり込んで抜けなくなる。
それでいて、自分はそんなデメリットは一切気に留める様子もなく棒を振るう。
コイツ、剣を使う相手との戦闘にそうとう慣れてやがる。
何合も斬り結び、かわしきれなかった攻撃を互いに何度も喰らった。
それでも、互いにダメージを表面に出すことはない。
「……修道騎士、いい、具合だ。早く、死ね」
「悪いが、その要望には応えられない、なっ! っ、ぐおほぉ」
渾身の一撃をかわされ、姿勢が崩れたところに横っ腹にデカい一撃を喰らってしまった。
あわてて、偽血液(ゴブリン製)を口から出しながら後退する。
「……お前、頑丈だな」
「……はは、まぁね」
男が初めて僕に興味をもったように視線を合わせてきた。
僕に斬られた頬から垂れる血を舐めとり、男は追撃の構えをとる。
ここまで激闘を繰り広げているというのに、相変わらず目を逸らした途端顔を忘れてしまう。
……恐ろしいことする奴もいたもんだ。くわばらくわばら。
「欲しい。早く、死ね」
「熱烈なラブコールはありがたいが、生憎と先約があるんでね。お断りさせてもらうよ!」
僕の肩を潰しにきた棒をあえて受け、男の喉を突き刺す。
「ぐぼぅ」
「なんの縛りか知らないけど、頑なに頭を狙ってこないから、読みやすかったよ」
コイツじゃなさそうだな。
手練れではあるが、こんな舐めプ野郎にむざむざやられるほど警邏隊は弱くないだろう。
初見殺しの不意討ちも班で行動する警邏隊には通用しないだろうし、下手人はコイツではない。
……あの天幕で見た怪我人はコイツにやられたのかも知れないけど。
なんにせよ、コイツとやり合ってるうちに完全に盗賊は見失ってしまった。
粉砕された肩のガワだけ取り繕って、僕は剣を喉から引き抜いて男を地面に放り出す。
「……さてと、念の為取り押さえとく……かぁ⁉︎」
「死ね」
殺したはずの男が起き上がり、飛びついてきた。
どういうことだ、確かに喉を突いたぞ⁉︎ 人を殺す嫌な感触があった。その後の力の抜け方も本物だった。
「……おれは、この、程度では、死なない」
「……マジかよ、それじゃまるで――」
――僕じゃないか。
急いで振り払ったが、間違いなく生きてる感触がある。さっきまでとなんら変わりない。
ゾンビとかじゃない。
じゃあ、なんなんだ、コイツ。
……そんなこと考えてる場合じゃない。もはやコイツをなんとかしないことには先には進めない。なにか手を考えないと。
「よこせ。早く、死ね」
「何言ってるのか分からないなぁ!」
棒を拾い上げ先程と同様に突っ込んでくる。
喉には僕がつけた傷が残ったままで、血が絶え間なく流れているので、正直かなり不気味だ。
僕は、これ以上抜き身で応戦したら刃が保たないと考え、鞘に納めて初撃を受け止める。
そのまま、腹を蹴り飛ばし、その隙に手早く分体にひもで剣と鞘を固定させる。
背中から地面に叩きつけられても、全くダメージを負った様子なく立ち上がり再度向かってくる。
頭――顔を狙ってこないのは先程と変わらない。顔を分かりやすく隙だらけで晒しても乗ってこないので、これは間違いない。
僕は顔を全面に押し出して突撃し、どこを攻撃すれば顔に当たらないか逡巡している隙に首を横薙ぎにへし折った。
またも殺した感触があり、ありえない角度に首が曲がった状態で男は動かなくなった。
しかし、数分後には起き上がり、首はそのままに突っ込んでくる。
これで、はっきりした。
さっきは、この顔は魔道具かなにかによって暗殺のために作ったのかと、思ってたが、違うようだな。
コイツ、魔物だ。
◇◇◇
「早く、死ね」
「それは、こっちのセリフだな」
それが分かったところで、なにが出来るってわけでもないが、気持ち悪さは取り除かれた。
……いや見た目満身創痍の男が襲ってくるのは依然として普通にホラーなんだけども。
喉を突いても、首をへし折ってもダメ。となると、切り落とすか?
首無しでも襲ってきたら嫌だし、なんか動きそうだし、万が一首と胴体が別々に動き出したら一生のトラウマもんだから、それは最後の手段にしよう。
……と言うか、そろそろ僕も側から見ればいよいよ常人離れしてきた。
あちこち殴られて、普通なら骨折しまくりでろくに動けない――を通り越して死んでてもおかしくない大怪我を負っている。
〈痛覚耐性〉があるし、慣れちゃったし、なにより元々生きてないからなんの問題もなく動けてるけど、他の人が見たら軽くホラーだろう。
「どけぇ!! えぁっ⁉︎⁉︎ なっなんだ⁉︎⁉︎⁉︎」
「⁉︎ 誰だ⁉︎」
そんな路地に、いきなり人影が飛び込んできた。
小柄でフードを被り、なにか追われている様子。
疑う余地もない。盗賊だな。
僕と対峙していた男も、明らかにおかしな方向へ曲がった首を向けた。さらに、口を開く。
「お前は、昨日の」
「あっ、昨日のキモいヤツか! って、そっちはよく見りゃ修道騎士じゃねぇか。オレはそいつらに頼まれて盗っただけだぜ! つかまえんなら、そいつらからだろ!」
「早く、よこせ。金は、払っただろ」
「もっと高値つけてくれる旦那が見たかったんだ。わりぃけどそっちに売らせてもらったぜ!」
それだけ言って人影は僕らの間をすり抜け走り去る。
いや、待て。
アイツじゃねぇか! 盗んだの!
修道騎士――『十六階』に追われる心当たりあるってことは、そういうことだよな?
しかも、コイツらに頼まれた? 完全にクロだな。
問題は、売った相手はコイツらじゃない、ってことだ。
まぁ、いい。アイツ捕まえれば誰に売ったかも簡単に分かるだろ。
どっちにしても、もうコイツにかかずらってる場合じゃない。早くなんとかしなきゃ。
「……許さん。おれが怒られる」
「それなら、僕を見逃してはくれないか? こんなことしてる場合じゃないだろ?」
「それと、これは、話しが、違う。お前は、死ぬ」
「……そうかい」
交渉の余地なし、か。困ったな。
ここで時間を浪費している間にも〝奴〟は遠くへ逃げてしまう。せっかく見つけたんだ。是が非でも逃すわけにはいかない。
「なら、仕方ないな」
「なにを、する気だ」
「知れたこと。こうするんだよ!」
渾身の飛び蹴りを喰らわし、男を僕らが入ってきた方へ蹴り飛ばす。その手から棒を取り上げ、再度蹴ってそのまま通りへ押し出す。
「それを捕えろ! 魔物だ!」
大声で通りにいるであろう兵士に命じ、僕は大急ぎで〝奴〟を追う。
〝奴〟を追っていたのは、恐らく警邏隊か『聖軍』だろう。〝奴〟は僕が代わりに追うので、あれは代わりになんとかしてもらおう。
どれほど復活しようとも、力自体は鍛えている成人男性並みだ。僕みたいな特別なスキルを持っている感じもなかった。兵士で十分に対処出来るだろう。
僕では無理でも、兵士なら捕えられるはずだ。
路地を抜け、別の大通りに出る。
――因みにガワはちゃんと、走りながら取り繕い済みだ。
やはりところどころに兵士が立っていたり聞き込みをしているだけで市民はいつも通りに生活している。
ざっと見回した限り〝奴〟らしき者はいない。既に逃げ切られたか?
いや、諦めるのは未だ早い。聞き込みをしてみよう。
道を進んで周囲を見渡し、なにか知ってそうな人を探す。とりあえずどっちに逃げてきたかを調べないことには跡を追いようがない。
昨日の集落は……こっちの方角か。なら、こっちかな。僕らを撒くために裏をかいて逆側に逃げた可能性もあるけど、ここは順当にこっちを探してみよう。
そう決めた僕は、いくらなんでも兵士の前は横切らないだろうと考えてあちこちにいる兵士の死角はどの辺だろうと考えながら歩き始めた。
とは言え、アイツはだいぶ小柄だしな。人混みに紛れ込まれれば、死角は多くなるかもしれない。
だが、そんな急いでいる人はいないようだ。こんな所で走ったりしたら目立つんじゃないか? 案外近くにいるかm――
「――ねぇちゃん!」
――道に少年の叫び声が響く。
剣に手をかけつつ急いで振り向くと、腹をおさえて道にうずくまっている少女と、泣きながらその少女にすがりつく少年の姿が目に入った。
くっ、やられたか。
逆側に行ってたのか。完全に不意を突かれた。
剣を抜き去り周囲に警戒を配るも時既に遅し。〝奴〟は既に僕の目の前まで迫っていた。
――〝少年〟と言い〝奴〟と言い、最近小柄な奴にしょっちゅう接近されてる気がするなぁ。気のせいかな。
もはやここまで近付かれては剣は使えない。だが被害者が出ている以上、見過ごす訳にはいかん。
剣を捨てつつ左フックを喰らわそうとしたその瞬間、〝奴〟は目にも留まらぬ速さで僕の懐へと侵入してきた。
マズい、このままではやられる――
「うぐわぁ」
「ちっ」
――それでも、ただではやられない。
左フックはかわされたが、右手で素早く抜いた短剣を肩に突き刺す。
その分、僕も鳩尾にデカい一発を喰らったんだけども。クソいてぇ。
またもや馬鹿の一つ覚えの如く棒だ。鈍器しか持っちゃいけない決まりでもあるんだろうか。
そんなことはどうでもいい。
僕は剣を手繰り寄せ〝奴〟の足を狙う。逃げられるのは阻止しなくては。
「くっ、どけ!」
「どくわけないだろ」
肩の短剣の痛みに一瞬動きが鈍った〝奴〟の進路上に回り込む。騒ぎを聞きつけた兵士が逆側から集まってきた。
足を潰して、捕える。
衆人環視の状況で修道騎士がそんなことして良いのか、と思わなくもないが、まぁ仕方ないだろ。体面より重要なものがかかっている。
「ねぇちゃん! ヘンジしてくれ! ねぇちゃん!! ダレか助けてくれ! ねぇちゃんを! たのむよぉ!!!」
さっきの少年が叫んだ。その声にこめられた必死さに思わず目を向けてしまう。兵士達の足も止まる。辺りの市民の目も一点に集まる。
周囲の足が全て止まったこの瞬間、唯一少年の慟哭に一切気を取られなかった者が一人だけいた。
その隙をついて〝奴〟が逃げ去る。
それに気付いた僕は他の人よりわずかに早く立ち直り、叫ぶ。
「彼女を教会へ運べ! 大至急だ!」
「はっはい!」
体面よりも、任務よりも重要なもの。それは――命だ。当たり前なことだけど。
これから失われるかもしれない命と、目の前で失われようとしている命。
天秤にかけるのも馬鹿らしい。
どちらも大切な〝命〟だ。
だから、ここで止まってしまったことを、僕は後悔しない。絶対に。
だから僕はつぶやく。二重の意味を込めて。
「……クソっ、間に合うか?」
少年の慟哭を優先したことに後悔は一切ない。
だが、そこで生まれた隙に〝奴〟を見失ったのは紛れもない事実だ。
今回は逃げた方向は分かっている。僕は人混みに飛び込んだ。
もはや、なりふり構っていられない。多少無理をしてでも追いついてやる。
せっかく掴んだ手掛かりだ。そう易々と手放してなどやるもんか。
◇◇◇
「――で、捕り逃したと?」
「はっ、面目次第もございません」
「いや、仕方あるまい。人命がかかっていたのだ。民を守る修道騎士として誇るべき行いだ」
「滅相もございません」
「その少女は内臓に衝撃が到達していて危ないところだったそうだが、治癒術師の手で一命を取り留めたそうだ。既に教皇国へ移送する手筈は整っている。貴様のおかげだ」
「はっ、ありがたいお言葉」
そうだとは言え、あれだけ勇んで追いかけといて、これはマジで申し訳ない。
別に油断してたとかじゃないけど、色々重なって捕まえることが出来なかった。
本当に、あと一歩まで追い詰めただけに、とても口惜しい。
収穫ゼロでとぼとぼ帰ってきた僕は、マークに報告していた。
僕の報告を中隊長――マークは身を乗り出して聞いていたが、最後は残念そうに席についた。心底残念そうだ。
どうも期待してもらってたみたいで、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
まぁ、それでもあの少女が助かったんなら良かった。不幸中の幸いだな。
二人で少女が助かったことを静かに喜びあった後、話は再び「組合」のことに戻る。
「……カイゼルが三人捕えたが、いずれも騒ぎに乗じての素人でな、大元には辿り着けそうにもない」
「そうですか」
カイゼルの方も上手くいかなかったようだ。
それにしても、騒ぎに乗じて盗みを働く奴もいるのか。盗賊を片っ端から捕まえればいいってもんでもないな、これじゃあ。
「組合」捜索はやはりかなり難航しそうだ。
「それにしても、そんな化け物を飼っていようとは」
「はい」
あの後、僕が押し付けた男は『聖軍』と駆けつけた修道騎士らによって捕えられた――が、すぐさま逃走した。
足を突き刺し逃亡はないと判断して護送しようとした途端だったそうだ。
やはりダメだったか。やはり魔物は慣れてないと対処は難しいのかもしれない。
……魔物と言えば、冒険者ギルドを見かけないな。
聖都でも、シナラスでも見たことない。
車庫に忍び込んで読んだ限りではこの世界にも存在はしているようなんだが。
まぁ、今はどうでもいいか。そんなことより「組合」の捜索だ。
……分体を仕込めてたら良かったんだけど、両方ともそんな暇もないかなりギリギリの状況だったからね。
「再度市中へ捜索に出てくれ。今は盗賊を軒並み捕えて聞き出すしかない」
「了」
「中隊長殿! 失礼いたします!」
地道な捜索しかない、という結論に至り、僕が部屋を出ようとしたその時、僕の脇を焦った様子の兵士が入れ替わりに飛び込んできた。
「どうした。何があった」
「はっ、城より増援が到着しました」
「そうか。ただちに市中に配置を……」
「……邪魔するぞ」
その兵士の背後から音もなく現れたのは、長身の(たぶん)男だった。声は間違いなく男なのだが、たぶんがついたのは、顔が隠されていたからだ。
大きな目の描かれた赤い布で顔を覆い、黒い神官服を身に纏ったその男は――
「何故このような所に来た。『異端審問官』殿よ」
「なに、尋問の結果が出たのでな。伝えに来たのだ」
――異端審問官は、マークの座る席へと勝手に歩み寄る。
よく見れば、なにか引きずって……って、コイツは――
「それと、そこで拾ったぞ。落とし物だろう」
――さっきの男じゃないか。
脱走したと聞かされたばかりだぞ? そんなすぐに見つかるか?
「……ルカイユ」
「はっ、間違いございません。自分が交戦したのはこれです」
妙に傷だらけで、ろくに動かないのは気になるが、間違いなくコイツだ。
こんな顔だったか全く思い出せないけど、確実にコイツだと言い切れる。
マジでコイツ倒したのか。スゲェな。
「……そうか。届けていただいて感謝する。おい、これを縛り上げて牢に放り込んでおけ」
「はっ」
兵士が男を連れて部屋を出ていく。
部屋に残されたのは三人。僕と、マークと、審問官だけだ。
マークが審問官に一番聞きたいことを尋ねる。
――いったいお前はなにが分かったというのか、と。
「それで、なにが分かったのだ。俺……私は城に捕えた者を送った覚えはないぞ」
「根城だ。先日聖女様を襲撃した者達のな」
「「なっ」」
確かに、聖女様を襲撃した暴徒は全員城へ運んだ。
しかし、奴らは全員殺したはずだ。いったいそこからなにを調べたんだ?
「死者から情報を得ることなど我らには造作もないこと。驚くことはない」
僕の心でも読めるのか? ってくらい的確なタイミングで疑問の答えが返ってきた。怖っ。やっぱ異端審問官怖いわぁ。
……それはそれとして、その襲撃犯の根城が分かったことがどうしたんだ?
「奴らが警邏隊殺害に関わっている。盗賊を雇って市中を掻き回したのも全て奴らだ。狙いは、聖女様のお命、そして〝例のもの〟だ」
「「なっ」」
二重の意味で驚いた。
一つはもちろん、またもや僕の心を読んだ(以下略)
二つ目は、全ての事件が一点に集約したということだ。
こりゃ、院長は正しかったってことだな。本当に文字通り、聖女様が来てからこの都市は物騒になったってことか。
とは言え、これは朗報だぞ。これで全部一気に解決に向かう。
マークは僕と顔を見合わせて頷くと、指示を出す。
「ルカイユ、ただちに兵を全て集めろ。馬車と避難民の警護に必要な人員以外は全てだ」
「了」
「その根城はどこにあるのだ?」
「二箇所だ。南門の付近と繁華街の中。繁華街には既に軍区画より大隊長率いる部隊が向かっている。貴公らは南門へ向かわれよ」
「分かった。ルカイユ、それも伝えろ」
「了」
僕は急いで市中に散らばっていた修道騎士や『聖軍』の兵士、警邏を片っ端から仮拠点に呼び寄せた。
なかなか成果が上がらず意気消沈していた兵達の士気はこの一報に大きく上昇した。
最高潮に達した兵の前にフル装備のマークが現れる。脇にはいつの間にか副官みたいになった僕が控えた。
「我らはこれより、最近起きていた数々の事件を引き起こした元凶を討伐する!」
「「「「「「「おぉ!!」」」」」」」
「勇敢に戦い殉職した五人の同胞の敵をとるぞ!!!」
「「「「「「「うおぉぉお!!!!」」」」」」」
黒馬に乗る異端審問官と、白馬に跨り勢いよく飛び出したマークに騎乗した修道騎士が付き従い、そこに『聖軍』と警邏、帝国兵が続く。
その数四百。
僕らは何事かとこちらを見る市民の間を異端審問官の案内で駆け抜けた。
目指す目標はあと少しだ。自然全員の気合いはさらに一段高まる。
「あの建物だ。その地下に奴らの根城がある」
「よし。者ども、続けぇぇーー!!」
「「「「「「「うおぉぉお!!!!」」」」」」」
剣を抜いたマークの号令に兵が再度湧き立つ。
その勢いのまま建物を包囲しようと僕らが陣形を変更しようとしたその時、突然壁をぶち抜いて数人の男、いや男だったものが飛び出して――飛び散ってきた。
「――っ⁉︎ 止まれ! 全体停止!」
マークが慌てて停止の号令をかける。
しかし、僕が今まで死ぬほど見てきたこれとよく似た状況は必ず同じ結果を招いてきた。それはダメだ。悪手中の悪手だ。
「いや、突っ込め! 踏み潰せ!!」
止まれと言われたかと思ったら、進めと言われる。当然、混乱するだろう。
でも、足を止めれば終わりだ。
そう思った矢先――
「ヒ」「ぱっ」パシャ
「なっ」「えっ」「は?」「あぁ」「うげぁ」
――騎士の一人が馬ごと首を飛ばされた。
「止まるな! 距離を縮めろ!」
僕の言葉に従い、カイゼルやカイネを含む数人の騎士と『聖軍』や警邏が足を止めず建物目掛けて全力で走る。
しかし、
「こぁ」パシャ
「き」「なは」「だょ」「さみ」「あか」「ふら」「めき」「な」「わは」「あょ」「りぇ」「ばた」「いび」「こめ」「やな」「て」「どぁ」「い――
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ――
「……遅かったか。絶対に足を止めるな! 走れ! 一刻も早くたどり着いて元凶を仕留める! それ以外に活路はない」
建物から現れたのは、どこからどう見ても人族とは思えない赤い肌をした3m近い巨体だった。その頭には二本の角が生え、身に付けている鎧は見たこともない奇抜な意匠だった。
あと10mまで迫った僕は鞍を蹴って宙に上がり、上段からそいつに斬りかかる。
「ハア! 威勢のいい奴だ! 名を名乗れ!!」
「人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るのが道理じゃないの、か!」
さっきの謎の遠距離攻撃だけでなく、躊躇うことなく素手で僕の渾身の一撃を受け止めたあたり近接戦闘も自信があるみたいだな。一番面倒くさいタイプだ。
僕の言葉に一瞬驚いたあと、楽しそうに大口を開けてソイツは名乗った。
「ハア! その通りだな! ウヌの名はクルサォス! 魔王軍第二軍亜人部隊臨時指揮官だ!!」
◆◆◆
「――完了いたしました」
「ご苦労だったな」
暗い室内で、灯りもなしに書類を眺めていた長は、部下の報告に目を上げた。
見れば、室内の掃除が終わっていた。
床に転がされた〝生ゴミ〟が音を立てる。
「きっ貴様らぁ、裏切った、な」
「裏切った? 人聞きの悪いことを言うな。我らの依頼した品物を横取りしたのはそちらだろう。我らはただそれを取り戻しただけだ」
「いけしゃあしゃあとぉ!」
「第一、そちらのお仲間も別の場所で我らの同胞を襲ったらしいじゃないか。お互い様というものだよ」
「ほざけぇ!!」
「黙らせますか?」
「いや、構わんよ。捨ておけ」
長は、よく鳴る〝生ゴミ〟から興味を失ったように視線を移し、再度書類に目を向ける。
部下も、力尽きてほどなく音を立てなくなった〝生ゴミ〟から長へ向き直り、報告をあげる。
「オクが捕えられたようです」
「そうか、可哀想にな。奴は役目を果たした。まぁいずれ自力で抜け出してくるだろう」
「はい」
別の部屋で作業していた他の部下達も集まってきた。
最後に来た部下達が運び込んだものが床に設置されるのを確認し、長は全員の顔を見回して頷く。
これで、全ての準備が整った。あとは時間が来るのをゆっくり待てば良い。
「不確定要素は?」
「……猿どもが狂信者めらの拠点を探り当てたようにございます」
「捨ておけ、塵芥がどう足掻こうとも、もはや手の打ちようはない」
「ですが、無礼にも我らを狂信者めらと混同しております」
「断じて許せん。なんという侮辱か」
「待て。勝手に勘違いしてくれる分には問題ないだろう。そう目くじらをたてるな」
「……はっ、申し訳ございません」「……取り乱しました」
「構わない。お前たちがそう思うのは当然のことだ。しかし、あの程度の猿など我らからすれば単なる石塊と変わらない。笑って許してやれ」
「「はっ」」
長の言葉に部下達は一礼して引き下がる。
しかし、未だ納得がいかなかった者が、思わずといった様子で不満を漏らした。
「……元はと言えば、あの者が我らをこのようなくだらん任務につけたのが悪いのではないか」
「お前たちが殿下を蔑ろにされたと憤るのは分かる。私も同じ気持ちだ。しかし、他ならぬ殿下があの成り損ないの計画に乗ったのだ。殿下に忠誠を誓う我らはそれを完璧にこなすことこそ至上の喜びではないか」
「……はっ」
それを拾った長の心からの忠義の言葉に、その部下は従った。
――他の部下とも共有している心に閉まった本音は隠して
そして、その時がきた。
長は自分の中で再度作戦を確認したのち、部下に向き直り命令を下す。
「時間だ。魔力を注げ」
「「「「御意」」」」
事前に指名されていた四人が床に置かれた魔道具に魔力を注ぐ。
「あちらも、手はず通りにやっているだろうな」
「流石の狂信者どもも、自分の役目を忘れるほど愚かではありますまい」
「そうだな……来たか。お前たちはこのまま続けろ。お客様は、私がお相手して差し上げるとする」
ほんの微かに聞こえる足音に、長は数人の部下を引き連れて部屋を後にした。
こちらへ向かってくるお客様の相手が終われば、敬愛する主の下へ帰ることが出来る。それだけで、長の足取りは自然と軽くなった。
慎重に角を曲がるや否や、当然現れた長達に侵入者が驚きの声を上げる。
特に、先頭で心底嬉しそうに笑っている長を見て。
「なっ、なんだ貴様らは! こっこれは、きっ貴様らがやっやったのか!」
「質問の多いお客様だな。そうだ。それは我らがやった」
「いっ、いったい、何者なのだ。貴様らは」
驚き、怯み、訝しみ、恐れる侵入者の可哀らしい態度に笑みを浮かべ、背後から聞こえる足音から部下達が任務を成功させたことを確認し、長は高らかに名乗り上げる。
――心底、誇らしげに。
「私は魔王軍第一軍第二師長にして、大公殿下の右腕、オーリ・シレネだ。お前たちに恨みはないが、我が主の命だ、死んでもらうぞ」
申し訳ありませんが、これから一か月ほど更新をお休みさせていただきます。
その後もしばらく更新期間が空くかもしれません。
(2024/06/25)