60 盗まれたもの①
「――盗人だぁー!」
大通りで男が叫んだ。
周囲にいた全員の視線が声の主に集まり、その後彼の指差す先を走る小さな人影に向く。
そんな中、その人影をいち早く追いかける者がいた。誰あろう、僕だ。
群衆の間をすり抜けて人影は逃げていく。僕も野次馬をかき分けその跡を追うが、なにぶんこっちは修道騎士の制服姿だ。
鎧こそ着てないが、マントを羽織り腰には剣を帯びている。身軽な盗賊に比べれば人混みを走り抜けるのは難しい。
「道を開けてくれ、奴の跡を追ってるんだ」
「おお、頑張れよあんちゃん!」「そっち行ったぞ」「応援してるぜ」
「ありがとう。あっ」
人影は大通り沿いの建物の屋根にヒラリと上がると、そこをつたって逃走を続ける。
僕も〈衝撃付与〉と〈浮遊〉を使って屋根に登りその跡を追うが、軍靴では屋根を走りづらい。ドンドン引き離されていく。
このままじゃダメだな。なにか手を打たないとまた撒かれてしまう。
何故僕が盗賊の追跡をしているのか。
もちろん民が困っているから、修道騎士として当然……ってのもあるんだけど、それだけじゃない。
その最大の理由は、昨日命じられたある任務だ――
◇◇◇
「――では、その盗まれたものを奪い返せばよろしいのですね?」
「ああ、帝国軍にも他の騎士にも見つからないようにな」
「……かしこまりました」
『十六階』のシナラスにおけるアジトへと連れてこられた僕は謎の指令を受けていた。
まぁ、言われたからにはやりますけど、なんかめっちゃ怪しいな、この任務。
他のヤツにバレないように? めっちゃ後ろめたいことありそうですやん。
「これは、君の入団試験だとでも思ってくれ。期限は『聖軍』が出陣するまで。盗賊を捕える必要はない。恐らく盗まれた当人たちも捜索しているだろうが、接触は避け、なるべく騒ぎは起こさないでくれ」
「…………かしこまりました」
盗まれたのはこいつらじゃないのか。てっきり失態を揉み消そうとしているのだとばかり。
……かなりきな臭くなってきたな。出来れば関わり合いになりたくない。それでもやらなきゃいけないってのが修道騎士悲しいところだな。
――冷静に考えればこれは修道騎士の仕事じゃなくて、『十六階』の仕事だから従う義理なんて僕にはないような気もするのだが、その時の僕は全く気付かなかった。
という訳で、僕は命じられるがままに盗賊を探す為街に出た。
なにぶんシナラスはバカデカい。なにせ『要衝都市』だからね。
スリだのひったくりだのの被害はそれなりに多く、捜索は難航し……なかった。
「なんだい、あんたも盗賊を追いかけてんのかい?」
「えっ、ああ、そうだな」
盗みの被害者を見つけようと聞き込みで声をかけたら、一発目で見つかった。
たまたま声かけただけだったからかなり幸先良いなあ。
その人によると、この都市で盗賊として活動するには「組合」に入らなきゃならないらしく、その「組合」にさえたどりつければ〝交渉〟しだいで取り返すことは可能なんだそうだ。
なんだ、思ったより楽そうじゃないか……と思ったのも束の間、僕はある重大なことに気付いてしまう。
僕、重要なこと、なんも聞いてなくね? と。
誰が、何を、いつ、どこで盗まれたのか、という情報を与えられていなかった。
『入団試験』だと言っていたから、それを自分で調べることも試験の一部ってことだろう。
なかなか困ったことになったな。
とりあえず、「組合」を探すか。
持ち込まれた盗品を見たら何か思い浮かぶかもしれないしね。
「ありがとう。とりあえずはその「組合」を探してみるよ」
「おうよ、頑張れよ」
情報提供してくれたおじさんと別れ、僕は歩き出した。
大通りは多くの人で賑わっている。
そりゃそうだ。
魔王軍侵攻を受けてアサリへ向けて物資や兵が続々と運搬されてるから、様々な人や物がいつもよりも街道を通ってる。
それらの物資は一度このシナラスに集められてアサリへ向かう軍に護衛されながら運搬される。
さらにラポン陥落を受けて発生した避難民は、ラポンから延びる街道を通ってシナラスを経由し、帝都方面へ逃げるなり、教皇国方面へ逃げるなり、はたまたここに残ったりする。
普段の人通りなど僕が知る由もないが、確実にいつもよりも人は多くなっているだろうね。
……その後起こることをなにも知らなかった僕は、こんな暢気なことを考えていた。
「逃げたぞ! 回り込め!」
そんな声に振り向くと僕を押し退けて小さな人影が大通りを走っていく。
その背後からはどこかの店の店主だろうか、前掛けをした髭面のおじさんと三人ほどの帝国兵――警邏隊が走ってくる。
「そこの修道騎士! 盗賊が出た。協力してくれ!」
「⁉︎ 了解した」
いきなりお出ましか。
警邏の要請に従い僕は人影が逃げた方向へ走り出す。そうとう足が速いのか――恐らくはなんらかのスキル――既にかなり距離を稼がれている。
これは、うかうかしていられないな。こっちも全力を出さなくては。
警邏が大声をあげて追っているので、市民も道を開けてくれる……なんてことはなく、むしろ野次馬で道がごった返して追いづらい。
そんな道でも盗賊は人の間を抜けてどんどん距離を離していく。
その先の脇道から新たに警邏が二人出てきて行く手を阻もうとするも、盗賊は彼らの顔面を蹴り飛ばして難なく切り抜けた。
「何奴⁉︎」
さらに前を横切る貴族の馬車を軽々飛び越え、護衛と思しき騎士二人の突き出す槍も(見えてないけど)涼しい顔でかわす。
すごいな。こんな状況じゃなければ僕も眺めていたいくらいの技術だ。
だが、今はそんなことしている場合ではない。このままでは見失ってしまう。
とは言え、この格好はあまり人混みをかき分けるのに向いていない。腰の剣もマントもあちこちに当たるから走るのも一苦労だ。流石に市民をなぎ倒しながら追うわけにはいかないからね。
クソっ、登城するからとちゃんとした格好したことが裏目に出たか。
せめて任務を受けてから一回着替えればよかった。私服にでも着替えればもう少しマシだったろう。
まぁ、今さら言っても始まらないか。
覚悟を決めた僕は、腰で揺れて邪魔な剣を鞘ごと外して左手に持ち、マントも外して左手に巻きつけて少しでも走りやすくする。
ちょうどそのくらいで馬車が渋滞をしていて歩道が塞がっていた。
盗賊の足が鈍ったこの瞬間がチャンスだ。
僕は近くの建物の中で最もしっかりしてそうな柱を蹴って宙へ上がると群衆の頭を跳び越えて盗賊に迫る。
それを受けて盗賊は大通りから脇道へ入った。僕もその脇道に入る――まさにその時に腹に一発喰らい、左に倒れ込む。
みえみえの罠だったな。引っかかった僕から言うのもなんだけど。
僕の鳩尾にクリーンヒットしたのは杖……と言うよりは棒かな?
それをサッとしまうと盗賊は脇道をどんどん進んでいく。
まぁお生憎なことに僕たる僕は鳩尾に特に重要な器官などない。打撃を喰らったダメージはあれどすぐさま追跡を再開出来る。
警邏は既に引き離してしまっていて周囲に味方はいない。僕が追わなければならない。
僕は起き上がるとともに拾い上げた石に〈打撃付与〉〈打撃強化〉をかけて〈投擲〉で盗賊の背へ放ち足止めを図った。
――他のスキルも使わなかったのは後で説明するのが面倒くさいからだ。一介の修道騎士は〈硬化〉だの〈斬撃付与〉だのは持っていないのだ。その点〈打撃付与〉〈打撃強化〉なら当たり所が悪かったのだろう、で片付けられる。
盗賊はその攻撃を難なく避ける。背後に目があるようだ……と言うよりは石が空を切る音が聞こえたからだろう。単に慣れているからかもしれない。
なんにせよ、石による足止めは失敗した。僕は大人しくその跡を追う必要がある。
脇道をさらに行った先は住宅街だった。
大通りと比べると日の光が届かず薄暗い。雑な造りの数階建ての集合住宅が所狭しと並んでいて、路地も多く隠れる場所は多そうだ。
一度でも見失えばそう易々とは追いつけないだろう。絶対に目を離してはいけないな。
建物と建物の間の隙間で子供たちが遊んでいた。
僕らに気付いた子供たちは遊ぶ手を止めてこちらを見た。そこに盗賊は近付いていく。
何する気か知らないが、ヤバそうなにおいがする。
僕がギアをさらに上げて盗賊を追おうとした時、突然ぼくの目の前に子供たちが飛び出してきた。
「うわっ⁉︎」
「ここはとおさないぞ!」「くんな!」「かえって!」「はやく!」
「なっ……」
子供たちに纏わりつかれ僕の足が止まる。
流石にこの子たちを押し退けるわけにはいかない。突き飛ばして打ち所が悪ければ死んでしまいそうだ。
どの子も痩せ細っていてとても強そうには見えない。それでも僕を見る目はとても力強く、なにがなんでも先へは行かせない、という意思が伝わってくる。
……困った。この間に盗賊は既に姿を消している。もう追うのは無理だな。
とは言え、このまま帰るわけにはいかない。
あの盗賊の盗んだ、もしくは奪った盗品を奪い返さなきゃいけないのもそうだが、跡を追えば「組合」へ辿り着けるかもしれない。
僕の任務的に、ここで諦めるなんて出来ない。なんとかしてここを脱した後、追跡を再開しないと。
「はやくかえって!」
「分かった。帰る。だから一つ聞かせてくれ。さっきの人は君達の知り合いなのかい?」
「そうだ、ストにぃはオレたちのn」
「バカ! いっちゃダメだろ!」
「あっ! いまのはナシだ!」
「……分かった。聞かなかったことにする。じゃあね」
五、六歳の男の子が口を滑らせた。
やはりこの妨害はあの盗賊――「ストにぃ」の為に行われたのだ。そして、この集落で張っていれば奴はここをもう一度訪れるかもしれない。
ここは帰ったふりをしてどこかに身を潜め……るのはやめておこう。
あんな怪しげなテロ組織の為にこの子たちを危険に晒すわけにはいかない。
どうせ、入団試験とやらに落ちたところで僕は痛くも痒くもないのだ。また新しい身体を操って『十六階』に接触させるなり、分体を使って諜報活動するなりやりようはいくらでもあるのだから。
素直に帰って別の盗賊を捕まえよう。うん、そうしよう。
こちらをやや不安そうに見つめる子供たちに背を向けて僕は走り出した。完全に大通りに出るまで足は止めず、速度もゆるめない。そうしないとあの子たちが安心出来ないから。
「おお、捕えたか?」
「いや、取り逃した。申し訳ない」
「そうか……ご協力感謝する」
「力になれず申し訳ない」
大通りに出るとようやく追いついた警邏が僕の姿を見るなりそう尋ねてきた。
冷酷に職務を全うすればまだ追えたかもしれないだけに、若干申し訳ないので僕は誠意を込めて謝罪する。
「おいおい、顔をあげてくれ。お前だけのせいじゃないんだから」
顔を上げて見ると、その警邏はくたびれた感じのおじさんだった。この人、そうとう苦労してそうだな。
背後には部下と思しき警邏が数人。いずれも制服はあちこち汚れていたりシワがよっていたりして、その仕事が激務であることを物語っている。
「ご協力感謝する。急だったのによく引き受けてくれた」
「いえいえ、僕も任務で盗賊を探していましたから」
「ほお、何が盗まれた? 何か協力出来るかもしれない」
「そのお言葉は嬉しいのですが、申し訳ありませんが答えられません」
だって僕も知らないから。仕方ないよね。
それにしても、この人善い人だな。僕とか性格悪いから絶対こんなこと言わない。自分も仕事あるし疲れてんのに他人の面倒なんか見ないわ。
「そうか、とりあえず我々が現状捜査した事柄を共有しよう。何か助けになることがあるかもしれない」
「ありがとうございます」
「よし、ついてきてくれ。歩きながら話そう」
めっちゃ善い人だな、この人。面倒見の鬼か? 一回申し出を断られてるのにそれでも何か手を貸そうとするだなんて。
それともあれか? 僕の心が狭すぎるのと、今まで器の小さい奴にばかりにしか会ったことがないだけで、本当は皆んなこれくらい優しいものなのか? 分からん。
まぁ、なんにせよこの人が善い人であることは紛れもない事実だ。
警邏隊は都市を見回りながら色々教えてくれた。
最近急に都市内の人口が増えたことで様々なトラブルが増えていること。
そのせいか窃盗、強盗の被害も増えていること。
そして――
「――本当に貴族軍てのはウザい!」
「そうだ! 家によって差が激しすぎる! ほぼ正規軍くらい統率がとれてる家もあれば、農民をただ集めただけって家もある」
「一番たちが悪いのはほぼ犯罪者だろ、みたいな傭兵どもだ。あいつらすぐに問題を起こしやがる」
「しかも一応名目上貴族の家臣だから、取り締まるのも楽じゃねえ」
「お貴族様の顔色を一々うかがいながら警邏なんかやってられっか!」
――貴族が連れてきた兵士たちが問題を起こしまくっていること。
もはや途中からは貴族に対する愚痴をただただ聞くだけの会と化していた。
聞けば警邏隊のメンバーは全員シナラスや周辺の村や小都市などから集まった一般人らしい。正確には帝国軍の兵士ではなく、あくまでシナラス都市長――マッケロウ卿の私兵という扱いらしい。
それゆえ色々面倒なこともあるらしく、特に貴族関係はかなり厄介だとか。
マッケロウ卿よりも爵位や家柄が上の貴族やその家臣などとはよくトラブルになるのだそうだ。
今はいつもの比ではないほどの貴族がシナラスに集まっているので、トラブルも増え、さらに貴族同士や家臣同士の衝突も起こっているらしい。
それに加えて盗賊が暴れている。しかもどうやら複数グループが別々に動きつつ複雑に絡み合っていて、捜査も難航しているとのこと。
やっぱりかなり苦労してるんだな。なんか酒でも奢ってあげたくなった。
彼らの今日の当番が終わったら――僕は飲めないけど――飲み屋でも案内してもらおう、そんなことを考えていた矢先、僕は突然肩を背後から掴まれた。
「――貴様ァ、ふざけているのかァ⁉︎」
…………はい? なんのことですか?