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不死者に平和を  作者: 姫神夜神
4 ヒトツキの戦い
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幕間 傭兵都市の噂

「――テメェ! 死ねや!」

「オメェが、な!」


 酒場の一角で男達が掴み合いを始める。

 しかし、それを止める者など一人もいない。もはや囃し立てる者すらおらず、その場にいたほぼ全員が彼らを無視した。

 彼らにとって、喧嘩など日常茶飯事。生活の風景の一部だ。今更興味を惹かれるようなものではなかった。

 その隣のテーブルでは、


「お前らは次はどこに行くんだ?」

「俺らは、聖王国だな。また大勢集めてるらしいからよ」

「じゃあ、エツィオ(水運都市)まで乗せてってやるよ。俺たちも行くからよ。全員で銀貨十枚でいいぜ」

「お前らも聖王国行くのか?」

「いや、俺たちはエツィオでヒガシラシへ行く。どっかの植民市がデカい戦争をやるらしくてよ、傭兵を集めてんだと」


 酒を飲みながら別の二人組が仕事の話をしていた。

 片方の男が、もう一方のありがたい申し出に乗り、財布の中の銀貨を数えながら聞き捨てならなかったことに不満の意を示す。


「なんだよそれ。俺知らねぇぞ」

「おれはしってるぞぉ!」

「なんだお前、酔いすぎだぞ」

「んらとぉー、おれはらー」

「酒くせぇ。あっちいけ。ってか入ってくんな」


 そこへ横から別の男が割り込んできた。

 みるからに酔っぱらっていて呂律も回っておらず、到底まともな受け答えが出来そうにはない。

 当然、元からいた二人は嫌そうな顔をして邪険に扱うが、聞こえていないのかその男は話を続けようとする。

 

「えとなー、おあれは――」


◇◇◇


 ここは、フラルガン大陸南部に広がる都市国家群、『南方都市連合』の一角。

 そのやや大陸中央よりに位置し、南方三大都市の一つと謳われる、男達の夢と欲に塗れた〝楽園〟。

 数多くの男達が、名を上げ伝説に自分を刻まんとその門を(くぐ)り、ある者は諦め、ある者は逃げ出し、ある者は死に、ある者は忘れ去られた。

 その名はロクサーン。

 世に名高き『傭兵王』グレイソンが築いた、人界最高の『傭兵都市』である。


 この酒場もそんな『傭兵都市』(ロクサーン)の中に数え切れないほどある傭兵達の溜まり場の一つ。その奥のテーブルに、数人の傭兵が集まっていた。


「――それでぇ? その話はぁ、本当なんだろうねぇ?」

「へい、間違いござぁせん。確かにあっしのこの耳で、聞きやした。へい」

「そうかぃ……ご苦労だったねぇ。ほれぇ、持っていきなぁ」

「へい、ありがとうごぜぇやす」


 紙切れと引き換えに優男から銀貨の袋を渡され、情報屋はニヤニヤ笑いながら立ち去った。

 その後ろ姿を苦々しげに見つつ、テーブルにつく唯一の女が不機嫌そうに口を開いた。


「アンドレ、アンタまた勝手に金使ったね。それはアタシらのでもあるんだけど?」

「それはぁ、おれぃに金を預けたお(かしら)に言って欲しいなぁ」

「は? アンタ、アタシのこと舐めてんの?」


 優男――アンドレの言い草に女は噛み付く。

 赤髪に気の強そうな吊り目は、並の男なら漏らしてしまいそうなほどの迫力でアンドレを睨みつけていた。

 しかし、アンドレは並の男ではなかった。

 特に気にした様子もない。相変わらず何を考えているのか分かりづらい顔で女を見ている。

 そのことは、当然女の神経を逆撫でする。


「ふざけてんのか? テメェ! ころs」

(ねえ)さん、落ち着いて! アンドレさんも煽らないでよ」

「おれぃは別に煽ってないんだけどなぁ」

「アンドレ、テメェ!」

「姐さん!」


 アンドレの無自覚な煽りに再度吠えた女を羽交い締めにして抑えたのは、少年だった。

 明るい茶髪がよく映える白い顔を真っ赤にして、必死に女を止める。

 しかし、力は女の方が強く、すぐに振り払われてしまう。


「おいビルム、見てないでお前も止めてくれよ! オレだけじゃ無理だ!」

「何故に? 止めたいのはヒュルムだろう? 私はその必要はないと思うのだが?」

「お前、相変わらず面倒くさいこと言ってねぇで手伝えや!」


 一人では無理と悟った少年――ヒュルムは、彼らをただただ見ていただけの大柄な少年――ビルムに助けを求めた。

 しかし、ビルム――ヒュルムにとっては双子の弟――はいつも通りに心底訳が分からないといった風に首を(かし)げるばかりで手を貸そうとはしなかった。

 それに苛立った様子のヒュルムは、一縷(いちる)の望みをかけてテーブルにつく最後の人物を見る。

 そして――


(うん、ダメだコイツ)


 ――いつも通りのその姿を見て諦めた。

 こいつには何を言っても無駄だ。人にそう思わせるえも言われぬ迫力がその男にはあった。

 テーブルの、その男が座っている区画だけが他とは一線を画していた。

 散らばった酒の瓶と、こぼれた酒。床にまで垂れた酒は小さな湖を作り出している。

 口からも服からも酒の匂いを撒き散らすその男は、目の前で行われていることには全く興味を示さず、ただただ酒を飲み続けていた。

 諦めたヒュルムは最終手段に出ることにした。

 手を離し、女にアンドレを一発殴らせたのだ。()()()()()、これで彼女の怒りはおさまる。

 頬を殴られ椅子から転げ落ちたアンドレは、依然として飄々とした態度を崩しはしなかったものの、その口には血が滲んでおり、痩せ我慢の感を拭えなかった。

 そのことにようやく溜飲を下げたらしく、女は鼻を鳴らすと自分の席に戻り、元々の原因について質問する。


「それで? さっきアンタが買ったその情報とやらは、いったいなんの意味があるんだい?」


 ヒュルムに助け起こされながら、アンドレが答える。


「あれはねぇ、最近仕事で帝国方面へ行った傭兵達についての噂話さぁ。どうもぉ、妙な噂が流れてるらしいんだよねぇ」

「待たれよ。そのような噂は私の耳には届いておらぬぞ」

「それはねぇ、かなりの腕利きで口の固い奴にしかその噂は広まってないからさぁ。まぁ、仕事の依頼に関わる話だねぇ」

「ほお……それで、何故にアンドレ殿はそのことをご存じなのか。先の情報屋に調べさせるからには既知であられたのでしょう?」

「うん、知ってたよぉ。たまたまなんだけどねぇ。どうも、アルはこの仕事を受けたみたいなんだよね」

「なんだって⁉︎」「アルが⁉︎」「それ故にか」「……ヒック」


 「アル」

 その名を出したアンドレに他の三人――と聞いているのか判別出来ない酔っ払い一人――は驚くとともに納得した。

 確かに、彼が関わっているのならアンドレは金を払ってまでその情報を手に入れようとしても()()()()()()()()()()()()。その情報は何を置いても手に入れなければならないものとなるからだ。

 

「それなら、最初からそう言いな。キレたアタシがバカみたいじゃないか」

「……いや、姐さんろくに聞こうとしてなかったような……」

「なんか言ったかい?」

「いえ、なにも!」

「……ホントかい? まぁいいわ。それより、詳しく聞かせな、その話」

「分かったぁ。どうもアルはねぇ、じゃk」

「――いや、説明は俺がする」


 説明を始めようとしたアンドレを遮り、よく響く低い声が割り込んだ。

 テーブルにつく(酔っ払いを除く)全員が一斉にその方向を向く。

 そこにいたのは、彼らの想像通りの人物。すなわち――


「「「「「お頭!」」」」「ヒック」


 ――彼らの一団の(おさ)である「お頭」だった。


◇◇◇


「――アンドレ、ご苦労だったな。褒美をやる」

「ありがたくぅ」


 そう言って「お頭」がアンドレの足下に投げたのは、気絶した人間の女だった。

 ボロ切れを纏った彼女は疑問の余地もなく、この都市(傭兵都市)で最も売れ筋の商品である若い女の奴隷だ。

 アンドレはそのことに礼を言ったが、正直不要だった。彼は「女」の奴隷に用などなかったからだ。


「コイツには勿体ねぇだろ。俺様によこせ!」

「クロルニア、お前はこの前の取り分があるだろうが! ()()は俺がアンドレにやったもんだ。アンドレの働きに対する褒美としてな」

「あんなもん、もう()()()()

()()ともか? 早過ぎるだろ。未だ三日も経ってねぇ」

「うるせえ! いいからよこせ!」

「欲しけりゃアンドレから買い取れ。これはもう俺のじゃない」


 「お頭」の背後からついてきたのは、別の傭兵団を率いるクロルニア。

 禿頭に潰れた左眼、比較的長身の「お頭」より頭一つ大きな並外れた巨体で、一睨みで人を殺せそうなほどの威圧感を放っている。

 しかし、この場に彼の威圧感に萎縮するような軟弱者は一人もいなかった。


「交渉はあとにしろよ。今から俺が話す」

「ちっ、わぁったよ」


 「お頭」に睨まれると、クロルニアは思いの外あっさりと引き下がった。

 これは、彼が見た目に反して物分かりが良い……からではなく、純然たる戦力差が二人の間にはあることを理解しているからだ。

 クロルニアが黙ったことを確認して、「お頭」はアンドレが手に入れた情報よりもさらに細かいことまで説明を始めた――


「――つまりだ、まぁ早い話アイツ(アル)はヤベェが金になる話を見つけて、乗ったってわけだな」

「それじゃなんだい。その儲け話にアタシらも一枚かもうってのかい?」


 そう言って、女はわずかにクロルニアの方を向く。

 この場に連れて来たということは、恐らく彼とその一団もこの話に加わるのだろう。しかし、それは正直不安なことだった。

 お世辞にも、クロルニアも彼の一団もお行儀が良い(たち)とは言えない。

 相手のことも考えると、あまり一緒にはいたくない連中だった。彼らが客の怒りを買えば、下手すれば自分達までとばっちりを喰らいかねないからだ。

 そんな女の不安を知ってか知らずか、「お頭」は首を()()振った。


「安心しろノヴァ。俺たちはこの話には乗らない」

「じゃあ……なにを?」


 「お頭」の答えに、女――ノヴァが当然とも言える疑問を抱く。

 それに対する「お頭」の返答は、後の世の多くの男の憧れとなった。


「俺たちは奴らの手はとらない。いくら積まれても、俺は自分の心に反する仕事をするつもりはない。それはこのジーバルト・ゼーガの生き方に反する。俺は奴らを止める側に回る」


 ジーバルト・ゼーガ。

 史上最強の傭兵だったかの『傭兵王』グレイソンの再来と謳われ、五大国の首脳級に名指しの依頼を出されるほどの凄腕の傭兵。

 修道騎士となれば団長、冒険者になればSランクに到達したと言われ、『英雄』級の一人にも数えられる彼は、四大剣士に匹敵するとされるその剣の腕から二つ名を持っていた。

 とうの昔に看板は傭兵同士の喧嘩の余波で破壊され、もはや店主以外名前を知らないであろうこの酒場は、そんな彼の一団の拠点となっていることでそれなりに有名だった。

 曰く――『剣鬼』の酒場、と。


 これは、後の世に吟遊詩人が歌い上げる有名な旅立ちの場面である。

 『剣鬼』率いる傭兵団は、魔王軍の陰に潜んで人界に迫っていた脅威を打ち払うべく人知れず旅立った。

 『勇者』が表で世界を救う為戦ったとすれば、『剣鬼』は裏から世界を救うべく戦った。

 『聖剣』を授かり、多くの民に見送られて旅立った『勇者』に対し、『剣鬼』はこの騒がしい酒場からいつもの仕事と同様に旅立った。

 彼は、これが世界を救うことだとは思っていなかった。自分が戦う相手が世界を滅ぼそうとしているなど知らなかった。

 彼の英雄譚はその全てが偶然の産物だった。

 彼は歌に歌われるような神算鬼謀(しんさんきぼう)の主ではなかった。他の何人にも見抜けぬ悪を暴き、人知れずそれを正してなどいなかった。

 理由は極めて単純にして明快だ。

 彼は――


「――あの馬鹿に良い思いさせるわけねぇだろうが。徹底的に邪魔するぞ。アルの猿真似なんてできるわけないからな。すごいのは俺の方だ」


 ――筋金入りの負けず嫌いなだけだった。


 

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