57 ラポンを襲った理不尽③
「――報告! 神獣様並びに帝国軍指揮官殿に報告です!」
妙に困惑した様子で僕らの所へ駆けてきた修道騎士は馬から降りると驚きの報告をした。
「なっ⁉︎ 敵がいなかった⁉︎」
「はっ、我らの担当した東門には敵影はありませんでした。他の門も同様であったとのことです」
「ここに引きつけたから多少は他の門が楽になるとは思っていたが、一兵もいないとは……不気味だな。何を企んでいる?」
「……」
明らかにおかしい。
勿論、敵がほとんど引き上げていて城内にほとんど兵がいなかった可能性はある。
その場合、敵は二百もいなくて、もっと少なかっただろう。
僕が南門で倒した百人弱が全兵力でも不思議はない。
だが、僕らが対峙していた南門の守備兵の必死さを見るに、他の門はガラ空きだったなんてことはないはずだ。奴らは間違いなくこの城に人族軍を入れないよう抵抗していた。
なのに実際には他の門には一兵もいなかった? ありえない。
流石に人族が南門からしか攻めてこない、なんて思ってた……わけないよな。
まぁ、なんにせよ僕が一人で考えても分かるはずがない。
「大隊長と話がしたい。呼び出してくれ」
「了」
報告に来た騎士にそのままウィルなんとかさんを呼びに行かせる。
その間に〈索敵〉を搭載した小型の分体をありったけ都市中に放す。
敵はいないと油断した僕らを待ち伏せてる可能性もまだ残ってる。念の為確認しておくべきだ。
騎士や兵士が目で探すよりも〈索敵〉分体の方が確実で早い。
何より、未だ出現していないからな。
――ラポン襲撃の際、魔王軍を率いていたという二人の『英雄』級が。
もう既に立ち去ったというのなら喜ばしい限りだが、『英雄』級二人に奇襲なんて受けたらたまったものではない。
「悪魔の証明」にしかならないとしても、探さなくてはならない。
◇◇◇
「――少しいいか」
分体達を送り出し、何の気なく辺りを見回していると、さっきから上の空だった指揮官が話しかけてきた。
――因みに、僕の下手な慰めに生返事していたのは、報告を持ってきた修道騎士に気付いたからではなさそうだ。
「……ああ、構わないが」
「……そうか…………」
僕の返事に「そうか」とだけ返すと、何やらまた黙ってしまい、そのまま歩き出した。
急いでついていくと周囲を見渡せる踊り場的な場所で立ち止まる。しかし、なかなか話しださない。
相当言い辛い内容なようだな。
「………………貴様は何故教皇国が治癒魔法師を遣さないか知っているのか?」
長い沈黙の後、ようやく口を開いたかと思えば、とんでもない豪速球を投げ込んできたな――なんて茶化せる感じでないのは、彼の眼を見れば分かった。
彼の赤い瞳は怒りと悲しみを湛えていた。真剣な眼差しだった。
もちろん、僕は教皇国首脳陣とその件について話したわけじゃないから確実とは言えないが、まぁ想像は容易い。
問題はそれをこいつに言うか、ということだ。
「……知っていると言ったら?」
「この惨状を見ても、心は傷まないのか?」
指揮官の指し示す先には、先程の囮としての役目を果たし戦死した兵士達の遺体と、意識不明の重症者達が並べられていた。
魔法や巨大な矢で身体の一部を潰されてしまった者。
四肢や両眼を失った者。
一生残る傷や身体障害を負った者。
他にも様々な理由で、以前と同じ生活は送れなくなった兵士が視界を埋め尽くしていた。
皆、治癒魔法師がいればこうはならなかったかもしれない者達ばかりだ。
彼らの魔法ならば、即死でなければ傷を癒せる。
高位の治癒魔法ならば失った四肢すら生やせるという。
だが、それも全て適切な処置がすばやく行われれば、の話だ。
この場に治癒魔法師が全くいない以上、彼らが元に戻ることは出来ないだろう。
「教皇国が治癒魔法師を出さなかったのは私たち貴族に失望したからだろう? それが奴らに何の関係がある?」
「大部分の貴族は務めを果たさず逃げ出した。ああその通りだ。だが、奪還の為ここで戦っていた兵達は貴族か? 違うだろ! 民だ!」
「何故逃げ出した貴族の為におれの部下たちが死ななくちゃならない⁉︎」
「その上、なんだお前の強さは⁉︎ そんなに強いんなら、何故お前は最初からここに来なかった⁉︎ 何故一週間もかかった⁉︎ 何故もっと急がなかった⁉︎」
「お前たちが治癒魔法師を遣していれば、お前たちがもっと急いでいれば――」
僕ら以外誰もいない場所に、彼の心からの叫びが響いた。
「――おれの仲間は死なずに済んだ……」
今までの堪えきれない想いの溢れた声と異なり、小さな呟きは、彼の言葉の中で僕の心の一番奥まで届いた。
「…………」
何も、言えなかった。
指揮官の、魂からの叫びに、最後まで言い切り、悔し涙を堪えた彼に、僕は何も言えなかった。
彼の怒りはもっともだ。
教団はもっとちゃんと現場を見るべきだった。
「帝国」と「帝国貴族」を分けて考えるべきだった。
彼の考えは事実と異なる部分もあるが、彼の怒りを受け止める責任は確かに僕にはある。
教皇国は『転移陣』の使用を全面禁止したし、ラポン奪還の為進路を変更しようとした『聖軍』を止め、神獣と赤い神殿兵に申し訳程度の修道騎士をつけるだけで済ませようとした。
でも、治癒魔法師はちゃんと派遣していた。
――避難民の援助の為に街道の各所で足止めされてラポンには到着しなかったが。
だがこれは、単なる言い訳に過ぎない。
肝心の治癒魔法師が到着しなかったのは元をただせば『転移陣』を止めた教皇国の所為だし、ラポンへ派遣される僕らに治癒魔法師を同行させないことを決断したのも教皇国だ。
その僕らも本当はもっと急げたはずなのに急がなかった。
悪いのは全面的に僕らだ。
――大元をただせばあのクソブタと、そんな無能を都市長に据えた帝国だけど……とは口が裂けても言えない。
「私――僕が何を言っても君を怒らせるだけだろうけど、申し訳なかった。謝っても何も解決しないとは分かっているが、謝罪させてくれ」
「………………本当に、お前に謝られても、何も良くならない」
おっしゃる通りだ。僕が謝ったところで何も変わらない。
僕には今から治癒魔法師を呼び出すあてはない。
ましてや過去に――本当に必要だった時に呼び出すことなど出来ないのだから。
……ふっ、さっきの僕の下手な慰めも、彼の怒りに油を注いだだけだったな。やらなきゃ良かった。
何が『当初の目的は達成出来た』だ。『素直に喜べ』だ。
喜べるわけないだろうが!
生前から他人の気持ちが分からない、空気が読めないところは変わらないな。無神経に他人を傷付けては、表面上だけ反省して何も改善しない。
その点、彼はどうだ?
貴族でありながら心の底から平民出身の兵のことを思いやり、彼らの為に怒り、涙を流した彼は。
高潔な人間とは彼のような人物をさすのだろう。
生まれでもなく、能力でもなく、共に戦った友の為に神獣にすら噛み付ける心の強さ。
あれだけの実力の差を目の当たりにしてなお、それを決行できるのは、本当に仲間のことを想っていなければ出来ないことだ。
――相手が悪ければ逆上されて殺されていたかもしれないというのに。
そうしてどれほどの時間が経過しただろうか。指揮官がこちらを向いてぎこちないながらも控えめに笑みを浮かべた。
「……はぁ、お前にあたっても仕方なかったな。悪かった。人外に話しても無駄だってことを失念していた」
何故だろう。彼のそんな言葉にも何も感じなかった。
悲しみも怒りも――違和感さえも。
そんな僕の様子には頓着せず、指揮官は気持ちを切り替えた様子で続ける。
「帝国軍人として与えられた役目は果たす。私はラポンを一刻も早く奪還する。神獣殿、手を貸して欲しい」
「……無論、教皇国の代表として全力でご助力する」
「ああ、頼んだ」
その後、踊り場から元の城門前まで戻った指揮官は城外に残してきた負傷兵達を運び込み、敵兵が潜んでいないことを確認した広場へ並べさせていった。これから安全を確認出来た周囲の建物へ順次移すつもりのようだ。
動ける兵士総出でかなり念入りに建物を一つ一つ調べていったが、依然魔王軍の痕跡はない。
僕が放った〈索敵〉分体からも魔王軍発見の報告はいつまで経っても届かなかった。
本当に魔王軍は南門にいた百程を残して撤退していたのか?
指揮官も敵の気配が一切しないことで安心したのだろうか、
「そういえば未だ名も名乗っていなかったな」
「……確かに」
共に作業を進める中、突然そんなことを言い出した。
僕が人外だからと割り切ったのか、指揮官は教皇国への怒りを微塵も露わにしなくなった。僕とそんな話をすることにも抵抗はないようだ。
「私の――おれの名は、トマス・エd――」
僕が、彼の名を最後まで聞くことはかなわなかった。
無情にも彼の言葉は遮られ、僕の耳に届いたのは――
「――ぐぁは!」
――彼の口から出た言葉にならない言葉だけだった。
◇◇◇
「――しっ神獣様⁉︎ 何が⁉︎」
突然の事態に驚きこちらを見た帝国士官の質問には答えず、僕は叫ぶ。
「今すぐ指揮官を安全な場所へ連れて行け!! アレの相手は私がする!」
指揮官を急いで連れて行こうとする士官を妨害するように飛んできた〝ナニカ〟を僕は〈硬化〉した粘手で受ける。
受けられなかった、と言うより止められなかった。
〈刺突耐性〉のおかげか威力は減衰していたものの、僕の粘手を貫通した〝ナニカ〟は背後から士官の右足首を撃ち抜く――
「うがぁ」
――正面から左胸を撃ち抜かれた指揮官のように。
「動ける者は負傷者を囲んで盾を構え、少しずつ後退しろ! 攻撃を通させるな!」
周囲で惚けていた兵士達に指示したものの、聞こえてるかは分からない。
うち一人の首が飛び、もう一人が腹を貫かれた後はどうなったかはもう知らない。
と言うのも、そっちを見てる暇はもはやなくなってしまったからだ。
「クソが! どこから湧いてきやがった、コイツら」
〝ナニカ〟が飛んできた方向から黒ずくめの一団が襲いかかってきた。全員手には黒塗りの剣を握って一目散にこちらへ向かってくる。
一体あれだけの捜索に全く引っかからずにどこから来たんだ? という疑問を飲み込み、必死に対処する。
全付与総動員した粘手で対処するも、敵もなかなかに強く、回避されたり当たっても上手い具合に威力を落とされ致命傷にならず、あっという間に距離を詰められる。
このままじゃヤバい、そう思った瞬間――
「うわっ、やっちった」
――黒ずくめの脇をぬって飛んできた〝ナニカ〟に首が飛ばされた。
もちろん、粘体で作った偽物だが、首が飛んだことで体勢が崩れた僕の脇を黒ずくめがすり抜けていく。
くっ、させるかぁ!
〈強酸〉を黒ずくめの足へぶっかけ、少しでも足止めを図る。ほとんど気休めにしかならない気がしてならないが、全力で無視する。
体勢を崩した黒ずくめの一人を背中から滅多刺しにし、隣の奴は胴を真っ二つにする。
脇をすり抜けた二人は倒せたが、黒ずくめはまだまだいる。
〝ナニカ〟も一切途切れることなく一定の間隔を空けて飛来しては、背後の帝国兵に悲鳴をあげさせている。僕も黒ずくめの相手をしながらも弾き落とそうとしているがなかなか難しい。
先程までは僕よりも背後の指揮官以下負傷者を狙っていたらしい黒ずくめも、仲間をやられたからか全員が僕の方へ狙いを移したようだ。
しかし、彼らが僕に攻撃を始めることはなかった。
「――何やら様子がおかしいですね。どうやら彼らは、魔族とは違うようだ」
「ナァ、そりゃどうゆうことだ? アイツは見るからに人外だろうがよ? 頭生えてきたぞ?」
「彼は、確かに人ではなさそうですが、彼が、庇っていらっしゃる方々はどうやら人族のようですね」
「てぇとなんだ、オレたちは磨かなくていい石を磨いたってことか? ナァ?」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
見るからに他の黒ずくめとは立場が違う二人が現れた。
一人はかなりの長身、もう一人はかなり小柄で対極的な二人だ。
なんにせよ、僕に悠長に彼らを観察している暇などなかった。
なんの脈略もなく長身な方がこちらへ魔法を放ったからだ。
先程からこちらへ飛んできていた〝ナニカ〟は彼――若しくは彼女が放っていたようだ。
――声的には……彼かな。
疑う余地もなく僕を殺しにきてる。
今までは奇襲だったり不意を突かれたりしていてちゃんと見れていなかったが、しっかり見れば速度20000超えの僕には真正面から僕の脳天を狙う〝ナニカ〟の正体が分かった。
〝水〟だ。
無理矢理圧縮されてとんでもない水圧になった〝水〟が鏃となって猛スピードで飛来しているのだ。
そりゃこんなヤバいアクアジェット(仮称)に貫かれたら並の人間ならたまったものではないだろう。首の一つくらい簡単に飛ぶ。
……問題は防御も20000超えてる僕の首も吹き飛んだことなんだけども。
飛来した〝水〟――『アクアジェット(仮称)』は言いづらい――も黒ずくめの妨害がなければ避けるのは容易い。僕は難なく〝水〟を回避した。
その後、タイミングを合わせて粘槍で上から押さえて無力化させる。
どうやら〝水〟が止んでいる間に帝国軍は引き上げられたらしい。背後には誰もいなくなっていた。
これで〝水〟を無理に受けなくてもよくなる。正面の黒ずくめの対応に全力を割けるぞ。
「おい、止められたぞ、ナァ!」
「ふふっ、南門前に布陣していた帝国軍の城攻めは現状では不可能だと考えていたのですが、なるほど、あのような魔物を手懐けていたのですね。面倒ごとを避けて地上を来たというのに、無駄でしたね」
何かよく分からんが、どうもコイツらは潜伏していた魔王軍ではなさそうだな。
まぁ、この際コイツらが何者でも構わない。僕の背後にはいなくなったとは言えここを抜かれればすぐに追いつかれてしまう。なんとか時間を稼いでせめて負傷兵だけでも逃さなくては。
ちょうど良いタイミングで到着したみたいだしな。
はぁ、こんなことなら最初からずっと側に控えさせとけば良かったかもな。
囮に流石に戦力投入過ぎかも、とか考えなけりゃ良かった。
まぁ、今更言っても仕方ないことだ。切り替えていこう。
「オレが行く! 始めたもんはしかたねぇ! 殺すぞ! ナァ!」
「分かりました。くれぐれも殺しすぎないように」
「ナァ! 言われなくてもそれくらい分かってる! 」
小柄な方がこちらへ突っ込んで来た。
黒いマントのどこに収まってたんだ? ってレベルの巨大な斧――鉞を構えて。
あっちが来た以上、もうここしかないな。僕は出来うる限りの大声を出して叫ぶ。
「第三聖典『火』!!! 敵を屠れ!!!!」
「「「「「「「御意」」」」」」」
周囲の民家の屋根から次々に飛び降りてきた赤い神殿兵――『火』が揃いの赤いローブから二振りの小剣を取り出して一般黒ずくめに襲いかかる。
一般黒ずくめもかなりの手練れだったが、『十四聖典』最強の『火』の敵ではない。対人戦に特化した『火』は一人ずつ着実に敵を屠っていく。
「テメェら! どこから来やがった、ナァ!」
ぶっちゃけ、それはこっちのセリフだ、と言いたくもなったが、それは我慢だ。
小柄な方――ナァさん(仮称)は当然部下(?)がやられていくのを良しとしなかった。
僕の目の前で方向転換するや否や鉞を振るって『火』を吹き飛ばす。
しかし、相手は『神能教』が誇る特殊部隊。多数の魔法具によって人間離れした能力を手に入れた彼らは特にダメージを感じさせることもなく立ち上がる。
「効いていない? ……いや、そう見えるだけですか。……悪趣味な」
何かを勘付かれたようだが、構ってる余裕はない。僕はナァさんの鉞を受けては流し、勢いを殺して相手をする。
頭に血が昇って冷静さを欠いた様子のナァさんは簡単にあしらえた。
その間もたった十一人しかいないとは思えない『火』の活躍で一般黒ずくめはどんどん数を減らしていく。
ナァさん(仮称)の相手を交代しつつ適当にあしらいながら僕も黒ずくめを倒していき、遂に残ったのは二人だけになった。
「おい! オレはどっちをヤればいいんだ、ナァ!」
「そうですねぇ……やはりあの魔物の相手は、w――」
「私が小柄な方を片付ける! 貴様らはあの長身の方を押さえろ! 責任は私がとる。全て開放しろ」
「御意」
何か言いかけた長身の方――〝水〟の人(仮称)を遮り、僕は『火』に命令する。
ここまで来れば出し惜しみはなしだ。
防御20000を突破する攻撃力なりスキルなりを有する相手に舐めてかかれば全滅する。
「……仕方ありませんね。あの魔物はあなたに、任せます」
「ナァ! やってやるぜ!」
ここに僕vsナァさん(仮称)と『火』vs〝水〟の人(仮称)のバトルが勃発しt――
「――遅れて申し訳ない! 今、加勢する!」
――僕の目の前を一陣の剣閃が舞った。