56 ラポンを襲った理不尽②
「――おい。おい起きろ。ウィルソン大隊長、起きろ」
「うんにゃ、俺はウィルトンだ……ぞ……。……ん……んん? ……しっ神獣様?」
僕がウィルなんとかさん――ウィルトン大隊長を揺り起こすと、彼は少し寝ぼけていたがすぐに覚醒した。
いつの間にか周囲の景色が変わっていることに気付いたらしい。辺りを見渡しながら僕にここはどこか尋ねてきた。
「軍用街道を少し外れた森の中だ。ラポンまであと少しといったところだな」
「なっ、いつの間に?」
「ははは、それは……聞かない方が良いかもしれんな……」
「……え?」
まぁ、ちょっと勘の働く奴がいれば分かるかもしれないなぁー。僕の種族を知ってたら思いつく程度の方法でしかない。
ちょうど分体の一体が最後の小隊を排出したところだった。
『スキルレベルアップ条件を達成しました。スキル〈貯蔵〉LV3→LV4にレベルアップしました』
おお、やっとレベル上がった。
いやマジで一部のスキルまったくレベル上がってくんないんだよね。
まぁ、それは今はどうでも良い。早くラポンへ向かわねば。
「隊が準備出来次第、出発する」
「かしこまりました」
ウィルなんとか大隊長が寝ぼけ眼の騎士達を起こしていく。
中には何らかの違和感を感じてる人もいるみたいだ。あの人なんか身体を拭おうとしてる。
……なんか、罪悪感感じちゃうなぁ。第五大隊には女性の騎士もいるわけで……
運び方が……ね? ちょっとアレだから。
彼女達が知ったら、仰天するかもしれない。
いや、まぁそれは男性にも言えることなんだけれども。なんか男相手だと対応が雑くなっちゃうなぁ。
やはりこれも消せきれてない性欲の所為かしら。
そんな馬鹿なことを考えてる間に、準備が整ったらしい。
目が覚めた騎士が馬を次々に整えていったので、瞬く間に終わった。
流石は騎士ってところか。さっきまでの寝ぼけた感じは微塵もなく、全員ピシッとしている。馬までキレイに整列している。
「よし、行くぞ」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
大隊長の号令の下、騎士が出発する。
まぁ、先行した分体との距離を考えれば、十分もあれば着くだろう。
そんな近くまで来てるんなら直接ラポンまで行きゃあいいじゃん、と思うかもしれないが、修道騎士無しで僕が帝国貴族とまともに会話出来ると思うか? 僕は思わない。
おっと、忘れるところだった。
[『森』は少し離れてこの森からラポンを監視しろ。追って指示を出す]
[御意]
ここまで騎士達を運ぶのを手伝ってもらった――主に眠らせる為の薬の調達とか――『森』にはこの森の中で待機してもらう。逃げ出してきた敵を捕らえたり、始末したりしてもらう為だ。
僕に加え第五大隊と神獣様護衛騎士隊と赤い神殿兵がいるとは言え、人数は百人強ほどしかいない。討ち漏らす敵がいるかもしれない。
「あっあれが……」「ラポン……なのか……?」
騎士達のざわめきに視線を向けてみると、無惨な姿となったラポンがそこにあった。
城壁は焼け焦げ、ところどころ崩れている。
いくつかある塔も元の姿を残しているものは一つもない。全て巨大な槍や岩がめり込んでいて、もはや使い物にはならないだろう。
極めつけは――
「おっおい! あれ!」
――惨たらしい姿へとなった兵士達の遺体がそこかしこにぶら下げられていた。
顔の見えているものは全て苦悶の表情を浮かべている。
「なんて酷い……」「何故ここまで……」
視線を下に移せば、帝国軍の陣が城からの矢が届かないギリギリの所に敷いてあった。
ここもかなり酷い有様だった。
怪我人だらけで、そこかしこで今も処置が行なわれている。
にも関わらず神官や聖職者の姿はほとんどない。治療は治癒魔法ではなく薬……というより薬草と包帯による簡単な応急処置しか行えていないようだ。
それもそのはず、この世界は治癒魔法がそこそこ発達している上に教皇国がかなり力を入れて治癒魔法師を育成しているから、他の治療法は廃れてしまっている。
庶民向けの薬師などはいるが、ほとんど独自の民間療法に頼っていて信用ならないので軍などでは採用されていない。
だから治癒魔法師がいなくなった途端、治療が行えず死者が爆増する。
その陣地の天幕の中から指揮官らしき男が二人出てきた。二人とも金髪だ。
「貴様らがここの指揮官か」
「ああ、そうだ。貴公らは……」
「私は教皇国修道騎士団『青海の騎士団』第五大隊大隊長、ウィルトン・ホーメスだ。ラポン奪還の為我ら第五大隊百余騎が派遣された」
「それはありがたい……」
指揮官は何か言いたげな様子だ。
気持ちは分かるぞ。「こんだけか?」って言いたいんだろ? うん、まぁ気持ちは分かるぞ。
「安心しろ。派遣されたのは第五大隊だけではない」
「おお、それは本当か?」
「ああ、こちらにおられるのが神獣様だ。御降臨されたことは貴様らも耳にはしているだろう」
「神獣……様?」
増援は他にもいると言われ一瞬期待した指揮官は、その増援が神獣だと言われると露骨にガッカリした表情を浮かべた。
まぁ、うん。分かるよ。分かりたくはないけども……分かるよ。
いきなり生えてきた自称〝神獣〟だなんて信用ならないよな。
だが、こいつらに信用されようがされまいが、僕の役目は変わらない。
「現状集まっている戦力を報告しろ」
「は?」
「聞こえなかったのか? ラポン奪還の為に我らは派遣されて来たのだ。当然のことだろう。早く報告しろ」
「…………分かった」
僕らの話し声を聞きつけたのか陣のあちこちから人が集まり始めていた。
彼らを見て覚悟を決めたのか、渋々ながらも指揮官は現状の報告を始めた。
「……各々の駐屯地よりアサリへ向かう途中だった正規軍が約五百。ラポン陥落の報を受けすぐさま動き出した近隣の諸侯の兵が約四百……」
「ほう。思ったよりも集まっておるでh」
「……の大部分が負傷するなどして使い物にならん。動ける者が多く見積もっても八百。まともに戦える者など四百にも満たない」
「何故そんなことになる。先走って城攻めを強行でもしたのか?」
「違う。奴らが時折打って出てくるのだ。数こそ少ないがいずれも手練れな上に空を飛んでいる。矢もほとんど当たらず、我らに魔法の心得のある者が少ないこともあって一方的に被害を被っている」
「「「「「「「……」」」」」」」
うーん。ぶっちゃけなかなかにヤバい状況だな。まったくもって楽観視出来ない。
確かに集まってきた人たちは皆満身創痍といった感じだ。この人たちでもマシな方なのだとすれば、指揮官の見立ては正しいのだろう。
となると第五大隊を含めても戦えるのは五百人ほどか。
ボロボロとは言えラポンは城。『英雄』級二人に率いられた推定二百人が立てこもる城にこの数――しかも八割が疲労している――で挑むのは無謀だ。
――まぁ、それはあくまで〝人族〟のみで考えた場合だが。
「……ふっ、なに安心しろ。貴様らにはこの神獣がついている。なんの問題もない」
指揮官たちは僕の自信満々の力強い言葉にも不安げな様子を隠そうともしない。
まぁ、仕方ないわな。気持ちは分かるぞ。だがこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。このまま続けさせてもらうぞ。
「何をしている。早く部隊長を全員呼び出せ」
「………………………………分かった」
少し……だいぶ…………かなり長く悩んだ末に指揮官は各部隊長を呼び出した。
ここにいる帝国兵全員の命を握っているとすれば、慎重になるのも無理はない。
だが、動かなければ事態は好転しない――悪化することはあっても。
今は胡散臭くともこの手をとるべきだ。
◇◇◇
「――よし。計画通りに行くぞ」
「「「「「「「……了」」」」」」」
指揮官並びに帝国軍の部隊長達との軍議が終わり、各部隊が配置についたという報告が仮本陣となっているこの天幕に続々と集まってきた。
よし。準備は完了だ。あとは〝ヤツラ〟を待つだけだ。
「……疑うわけではないが、本当に大丈夫なんだろうな?」
「ああ。私を信じろ」
ははははは……実に空虚な台詞だ。まったくもって信用ならない。こんなんで信じろったって、どだい無理な話だ。
――まぁ、信じられなくても信じてやってもらわにゃならんのですけれども。
「きっ来ました!」
「……来たか」
そこへタイミングよく――もはやこっちの準備が終わるのを待ってたんじゃないかって思うくらいの絶好のタイミングで――お待ちかねの〝ヤツラ〟が来た。
「約二十! いつも通り城壁よりこちらへ飛来しております!」
「全部隊に通達、ただちに所定の行動を開始せよ」
「了」
遂にこの時が来た。
公にゾンビシーフ(スライム)となった僕の戦闘シーンをお披露目するのは今回が初だ。
――まぁ、ゾンビシーフ(スライム)時代の戦闘も人族の前でやったのはキングトロール相手の一回だけだったから、ほぼこれが神獣の初陣みたいなもんなんだが。
それにしても……
「あれは……鳥か? 人間か?」
「魔鳥人だな。空襲は常に奴らが担当しているようだ」
ほう、魔鳥人ねぇ……。初めて聞く種族だな。
城壁より飛び立ち、上昇しながらこちらを目指して飛んで来ているのは、赤い鳥の胸から下に人間をくっつけたみたいな――ただし足は再び鳥そのものの――見た目の謎の生物だった。
まぁ、まず間違いなく魔族の一種だろうな。
「くっくるぞ!」「盾隊、構え!」「弓隊、放てぇ!」
その魔鳥人は上空100mくらいまで上昇した後、こちらへ魔法を放ってきた。
100mも上空にいるもんだから、その魔法も位置エネルギーの所為でとんでもない威力になってる。盾隊の盾もじきにひしゃげて使い物にならなくなるだろう。
そのうえ、こちら側の攻撃は、高低差があることに加え奴らが移動していることもあってほとんど当たらないし、当たっても碌なダメージを与えられていない。
……こりゃ一方的にボコボコにされますわな。
とは言え、このままやられていくのを黙って見ているわけにはいかない。
「……では反撃に移る。援護を頼む」
「了」
横にいた指揮官に声をかけると、僕は待機させていた粘槍を〈投擲〉で上空の魔鳥人へ一斉に放った。
当然、自分達めがけて飛んでくる謎の飛翔体を彼らが黙って受けるはずはない。矢同様に避けられる。
「んなっ⁉︎」
――だがしかし、僕の粘槍は一味違う。
見事に喰らった一体が胸を貫かれて絶命、落下を始めた。
『分体統括』がリアルタイムで操る粘槍は何度避けられようとも敵を追尾し、必ず命中する。
〔分かっているとは思うが、一度に制御出来るのは十本が限界だぞ〕
――分かってる。続けてくれ。
『分体統括』が完全に操れる粘槍は一度に十本だが、まぁ問題ない。敵がそのことに気付く前に手早く全員地に落としてしまえば良いだけだ。
「ぎゃあーー!」「うがぁ!」「うぉへ!!」
地上への攻撃を止め、飛来する粘槍相手に魔法を飛ばしたりジグザグ飛行で避けたりと敵もかなり抵抗したが、結局は一体、また一体と粘槍に撃ち落とされていく。
「あれだけ苦戦した魔鳥人がこうも容易く落とされるとは……複雑な気分だな」
「貴様らが気にすることはない。単に適性の問題だ。それよりも第二段階に進むぞ」
「ああ、分かっている」
僕の横にいた指揮官は自らの部隊に多大な被害を与え続けた敵の呆気ない終わり方に動揺していたが、すぐさま作戦の次の段階へと思考を切り替えることが出来たようだ。
粘槍が城壁に戻ろうとしていた最後の一体を撃ち落とすのと同時に、指揮官が号令を出す。
「全隊、前へ!!」
ここにいるのはほとんど戦闘には加われないような怪我人と戦闘可能だが怪我の比較的重い者ばかりだが、敵の目を引く囮にはなる。
総勢六百名の囮が、数人がかりで大盾を構えつつ少しずつ門へと迫っていく。
当然、城壁の上から矢――人族のものよりもだいぶ巨大な、城壁の各所に突き刺さっていたのと同じやつだ――や魔法が降ってくる。
「ぐぁ」「うっ」「ごぇ」「うぉ」「ぐぁは」
先程の魔鳥人の魔法攻撃と合わせて耐久力の限界を迎えた大盾がいくつかヒビが入り、もしくは砕けて兵士のうめき声があちこちであがる。
だが、ここまでは想定内だ。多少の被害は考慮した上で、この作戦は実行されている。
「そろそろ始めるか?」
「いや、未だだ。もう少し敵をこの部隊に引きつけねば」
「了解した」
少しずつとは言え、部隊が門へ近付いていっていることもあり、敵の攻撃は刻一刻と激しさと正確さを増してゆく。
遂に、ほぼ全ての小隊の盾が限界を迎え――
「――今だ」
「了解した」
――その時が来た。
盾隊の構える大盾の下で展開出来るギリギリまで展開していた数千にのぼる極小化した粘槍――粘針を〈投擲〉で一斉に城壁の上へと打ち上げる。
同時に指揮官の合図で狼煙も上がり、他の部隊に行動開始を命じた。
数千の針は空へ登ると同時に槍へと変わり、門のほぼ真下にいる人族軍を狙わんと身を乗り出していた魔王軍へと突き刺さる――とはいかなかった。
飛行していた魔鳥人とは違い、城壁の上に足をつけている魔王軍は正確に粘槍を魔法で撃ち抜き、寄せ付けなかった。
数千の粘槍は次々に撃ち落とされ、まとめて焼き払われ、吹き飛ばされて数を減らしていく。
このままでは当然ジリ貧だ。このままでは。
――用意は?
〔もちろん、完了済みだ〕
――よし、五、四、三、二、一、やれ。
カウントダウンの終了と同時に、『分体統括』が、僕を〈投擲〉で打ち上げる。
それとタイミングを合わせて、僕も〈衝撃付与〉で『分体統括』の手のひらに衝撃を放ち、すかさず〈浮遊〉で浮いてその勢いのまま城壁の上目掛けて飛んでいく。
迎撃の為放たれた魔法を全て掻い潜り、城壁を少し過ぎた辺りで粘槍形態を解いて人型に戻る。
城壁に着地するや否やそのまま〈斬撃付与〉〈斬撃強化〉〈硬化〉を発動させた粘手を十本あまり出して手当たり次第に周囲の魔王軍を次々に斬り殺していく。
最初は突然のことに呆然としていた魔王軍も、すぐに反撃を開始した。
やはり、強い。
一人一人の強さが体感的には人族の倍近い。
魔法と近接戦闘術の組み合わせも巧みで、基本どちらかに偏っている人族とは全く違う。
――なんて言ってるけど、僕は人族とは戦ったことないので、単純に比較は出来ないんだけどね。
それでも、(文字通り)手数でゴリ押して門の開閉室の前まで押し込み、開閉室を死守する敵をバッサバッサと斬り倒す。
背後や前方からは敵の増援が迫ってくる。しかし、倒した奴を含めても二百はいないな。
流石に全員は釣れないか。
だが、ここに敵を引きつければ引きつけるほど他が楽になる。
このままいくぞ!
◇◇◇
結局、彼らにとっては奮戦虚しく開閉室は二十分ほどの激闘の末陥落し、開いた南門から六百の人族兵が入城して来た。
「戦闘不能な者を広場に寝かせろ! 残りの者は周囲を警戒、敵を一兵も見逃すな!」
僕が城壁から降りると、指揮官が残敵の警戒を兵達に命じているところだった。
見たところそれなりの被害は出ているようだ。担架で運ばれていく者も一人や二人ではない。
「被害状況は?」
「死者三十、戦闘不能は七十ほどだ。大事をとってあと百ほど部隊から離脱させる。残りは約四百だな」
「損耗率三分の一か……」
手放しに喜べる結果とは言い難いが、僕らの合流以前から考えればラポンへの入城は果たせた分マシなのではないだろうか。
目標へ向けて一歩前進出来たことを今は喜ぶべきだ。上に立つ者の顔が暗いことは下の者を無駄に不安にさせるだけだからな。
不要かもしれないが、似合わないことでもしてみるか。
「報告があるまで安心は出来ないが、南門に敵兵を引きつけられた分他の門は楽になったはずだ。既に入城していてもおかしくはない」
「ああ……」
「この部隊の当初の目的は達成出来た」
「……そうだな」
「そこは素直によろこ――」
「……ん? あれは……」
「あ? ……ん? あいつは……」
僕の下手くそな慰めに生返事を返す指揮官――この様子では損害のことは別に気にしていないようで、慰めは完全に蛇足だったようだ――に若干いらつき彼の視線の先を見ると、こちらへ走ってくる騎馬が一頭。制服的に帝国兵ではない――修道騎士だ。
でも、なにか様子がおかしい。
妙に焦っている――と言うよりは困惑した様子でこちらへ一目散に走ってくる。
「報告! 神獣様並びに帝国軍指揮官殿に報告です!」
一体何があったんだ?