55 ラポンを襲った理不尽①
ご無沙汰しています。
約一年ぶりに本編を更新します。今回は神獣の話です。
またお付き合いいただけたら幸いです。(2024/03/12)
「もっと急げないのか?」
「無茶を仰らないでいただきたいですね。昨今の情勢を鑑みて、出来うる限りの速度で動いておりますので」
「そうか……これで本当に間に合うんだろうな?」
「それは自分には分かりかねますね」
「……そうか」
僕は今、馬を走らせていた。
全力で、と言いたいところだけど、見た感じ速度は全く出てなさそうだ。
周りには一緒にシナラスを出た『青海の騎士団』第五大隊が約百騎。それに神獣付きの『神獣様護衛騎士隊』と僕が聖都より連れてきた〝赤い神殿兵〟が合わせて二十三騎。
帝国が整備したラポンからシナラス、そしてアサリへと延びる軍用街道を逆走して、ラポン奪還の為に行軍中だ。
行程はようやく全体の七割を越えたか、といったところ。正直予定よりかなり遅れてる。
それもそのはず。僕らは今かなり大きめの問題を抱えているのだ。
「どけ! 俺が先だ!」「邪魔しないで!」「道を開けろ! 荷車が通れない!」「そんなもん押すんじゃねぇ!」「子供がいるの! 開けて!」「て言うか邪魔だ!」「どけよ!」「お前がどけ!」「いやお前が!」
「押すな! 我々が誘導する!」「止まれ! 部隊が通れん!」「おっおい! 止まれ! 本当に止まれ!」「ぎっぎやぁーー!」
――軍用街道のはずなのに、どう見ても軍関係者じゃない一般人が向こうから押し寄せていることだ。
「おい、どういうことだ? 何故民が軍用街道に押し寄せている?」
「自分に仰られましてもな……単純に帝国のバカが自分の民も管理出来ない無能というだけでは?」
「王国と帝国が仲悪いのは十分過ぎるほど理解したから、もう少しまともな返事をお願いしたいんだが……」
僕は横を走る騎士にそう尋ねるが、望むような返事はもらえない。
まぁ、いたし方ないか。
大隊長――ウィルソンだかウィルタンだか何とか、まぁウィルなんとかさんで良いか――は王国貴族、ここは帝国。やっぱだいぶ仲悪いみたいだな。
まぁ普段なら僕には関係のない話だからどうでも良いんだけど……今はそうも言っていられない。
「先程まで別の渋滞に巻き込まれて、ようやく抜け出したかと思ったらまたか? しかも先程よりもなお混雑しているようだが……」
「ですからそれは帝国のm」
「ああ、大隊長では話にならん。別の者に頼みたい」
「……はっ、恐らくですがラポン陥落を受け周辺の都市の民の避難が始まり、混雑を避けようとした貴族や騎士が軍用街道を使用。その際に入口を閉じ忘れたか押し切られたかで民もそちらに流れたのではないでしょうか。大街道よりも道幅は狭いですがよく舗装されてますし、貴族なら使用しかねないかと」
……は? ふざけてるのか?
そんなアホなこと、あってたまるか。
ちょっと考えたら分かんだろ普通。なんでそこ立ち入り禁止になってんのか分かってねぇのかよ。
「…………はぁ、こればかりは大隊長に同意だな。まさかそこまで愚かな者がいるとは。この様な非常時に軍を円滑に動かす為の軍用街道だろうに。何故それを利用するのか、理解に苦しむな」
「……恐れながら、神獣様……」
「ん? あっ」
僕の言葉に応えてくれた騎士が言いにくそうに視線で僕に示した先にいたのは――
「……それはそれはっ、ご迷惑をおかけいたしましたなっ」
――怒り心頭の帝国貴族だった。
今にもピキピキピキッ、とでも音がなりそうなほど青筋がたっている。かなり怒ってるな。
格好からして……騎士か軍の士官ってとこか。今にも剣を抜きそうだ。
まぁ、個人的には自業自得みたいなもんだし気にしてやる義理もないが、一応フォローくらいはしてやろう。
「不快に思ったのなら謝罪しよう。図星を突かれて頭に血が昇るのは民草も貴族もかわらんようだな」
……やっ、やっちまったぁーー。
完全に煽ってるわ、今のは。
でも、仕方ないよね。マジでその通りなんだもん。
「それで、何の用だ?」
「……」
「早くしろ。私はあまり気の長いたちではない」
「…………い……を、……いて……だきたい」
「あ? なんだって?」
『抱きたい』だぁ? 冗談も休み休み言いやがれ。モジモジと卑猥なこと口走りやがって、気持ちわりー。
偉そーな感じで接触してきた割に、エロに目覚めたばっかのガキみてぇな奴だな。そんなこといきなり言い出すとは。
若干見下してる感じをのせつつ目線で催促すると、ようやく覚悟を決めたらしく男は再度口を開いてこんなことをほざいた。
「……転移陣を、開いていただきたい!」
「……………………は?」
◇◇◇
「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「……はい、重々承知の上にございます」
……こいつ、さては頭わいてんな?
何で転移陣が使用不可になってるのか忘れたんじゃなかろうな。
帝国貴族であるラポン都市長が、民を見捨てて一人逃げた上に、何の断りもなく勝手にシナラス-ラポン間の転移陣を破壊しやがったからだぞ?
それを? どの口が? そんなこと言うのかな? お?
……危ねぇーー、思わずブチギレるとこだったぜ。
こういう恥知らず大っ嫌いなんだよね。
せめてもうちょっと言い方ってもんがあると思わない?
「……何故転移陣を(使わせてもらえると思った)?」
「あちらのご婦人が、早く安心出来る場所で休みたいとおっしゃっておられまして」
僕の皮肉は騎士には効かなかったらしい。彼は僕の質問(風の皮肉)を了承と受け取ったらしく、手で道の脇を示した。
騎士の指し示す先には、化粧を塗りたくって青白いバケモンみたいになった太ったおばさんが乗る馬車が見えた。
全身は見えないが、見えている上半身だけでもゴッテゴテに趣味の悪い宝石で着飾っている。その服もはち切れんばかりの巨体だ。
確かに脂肪の所為か苦しそうだ。こっちを、早くしろとでも言いたげに見ている。
……アレは見るに堪えんな。早く楽にしてやろう。
「……馬車から降ろせ」
「…………は?」
「『簡易転移陣』を使ってやる。ただし馬車は一緒に送れん。早く馬車から降りさせろ」
「かしこまりました!」
『簡易転移陣』なんて初耳だろうに、
騎士は嬉しそうに――なんなら若干尻尾フリフリが見えた気までした――僕にお辞儀すると、馬車へと駆け寄った。
その間に僕は大隊長――ウィルなんとかさんに目配せする。
しばらく外す。少し先で待っていてくれ、と。
大隊長には正しく伝わったらしい。彼は小さく頷くと部下を引き連れて馬を進めだした。
――因みに、さっきからこの騎士が騒いでるからか、あんだけいた避難民はこの辺を避けて迂回路を通ってる。
可哀想だ。キゾク・ゼッタイ・ユルサン。
……なんて益体もないことを考えてるうちに修道騎士達はどんどん離れていく。しばらく先で停まってくれるだろう。
それを見送りながら、僕は念話で『森』の隊長を呼び出した。
[いきなりで悪いが、『簡易転移陣』の準備をしてくれるか]
[御意]
急な命令にも関わらず隊長は即座に準備をしてくれるらしい。
あのクソマッド襲撃で数を減らした『森』は、負傷者と交換で聖都から人員を補充し、三十名が今回のラポン奪還に同行していた。
……改めて思うと、僕、『森』に加えて 例の〝赤い神殿兵〟まで着けるとか、上層部もだいぶ戦力投入してんなぁ。そんだけラポンを重要視してる……わけないか。
まぁ、なんか理由があんだろ。知らんけど。
しばらくしてノッソリという効果音がしっくりくる感じでおばさんが降りてきた。
いや、待たせすぎだろ。馬車から降りるだけでどんだけかかってんだよ。舐めとんのか? ああん?
……ダメだ。どうも貴族相手だと喧嘩腰になってしまう。ルカイユの記憶の所為だな。
「送るのはそいつだけで良いのか?」
「『そいつ』ぅ? なんですかあのb ――」
「ご厚意誠に感謝いたします。神獣様。こちらの方々もお願いできますでしょうか」
僕の言葉に何か言おうとしたおばさんを遮って、騎士が別の人達――当然全員金髪だ――を連れてきた。
数は八人。子供もいる。全員おばさんと同じく趣味の悪い無駄に高そうな服を着てるな。
よく見たら、おばさんの馬車の他にも貴族の派手派手趣味悪馬車が停まっていた。あれに乗ってたんだな。民が必死こいて徒歩で逃げてたって言うのに。良いご身分だな、まったく。
……まぁ、本当に貴族なんだけどもさ。
「……転移先はこちらに任せてもらうぞ。希望は聞けん」
「はい。勿論、お任せいたします」
「三人ずつ送る。最初の三人を選び、それ以外の者はしばし待て。近くにいると何か不測の事態が起こる可能性がある。そこまで面倒は見切れん」
「かしこまりました」
少し話し合った後、騎士はすぐに三人を選抜し、戻ってきた。
「こちらの方々からお願いします」
「分かった。ついてこい」
彼らに背を向け、僕は道の脇の茂みへと歩き出す。
念のため隊長に付近の人を遠ざけるよう命じといたから、誰かに見られる心配はない。
茂みの中の少し開けたところに、5m四方くらいの布が広げてあった。
表面には円を何重にも描くようにびっしりと文字が書かれている。
見るからに、the「魔法の道具」って感じだな。
これが『簡易転移陣』だ。
通常の転移陣との差異は、持ち運びが可能であること、そして事前に登録した一箇所にしか転移出来ないこと。それ以外はこれと言った差は無い。
「では、始めるぞ」
「御託はいいから早く始めてくださる?」
ちっ、このクs――人いちいちうるせぇなぁ。黙ってろや。こっちは厚意でやってやってんだぞ?
その三人の中にはさっきのおばさんもいた。そのおばさんがゴチャゴチャ言い出したが、ガン無視決め込んで僕は『簡易転移陣』を〝使用〟する。
「……はぁ、これだから使えないg――」「我らを待たせるとは、万s――」「なっ、きっ貴s――」
〝使用〟が終了し三人はその場からいなくなった。
ちょっと汚れちゃったなぁ。
[悪いが、急いで片付けてくれるか?]
[御意]
隊長が〝片付け〟をしてくれている間に、騎士を呼びに行く。
既に次の三人は選び出されていたので、そいつらを連れて『簡易転移陣』まで戻りさっきと同様に〝使用〟する。
「この汚らしい布g――」「貴様ぁっ、何w――」「おっ、おいn――」
もう一往復。これで最後だ。
「なっ何w――」「やっやm――」「たったs――」
ふっ、これで全員いなくなったな。
「なっ、どっどういうことだ!」
「ん?」
振り向けば奴――騎士がいた。
あちゃー、見られちゃったか。
まぁ、仕方ないか。なぁに、〝使用〟する相手が一人増えただけだ。
「おっ、おい……俺をどうするつもりd――」
……あぁ、言い忘れていた。『簡易転移陣』にはもう一個普通の転移陣と違うところがあるんだった。
転移失敗によって「行方不明」になる人が多いんだよなぁ。怖いね。
◇◇◇
[では、〝片付け〟は頼んだぞ]
[御意]
僕は貴族九人+最後に飛び入りで〝使用〟することになった騎士の計十人分の〝片付け〟を隊長に任せ、待たせている大隊を追おうと歩き出した。
それにしても「転移」か。
確かに馬鹿正直にわざわざ混雑してる軍用街道を行かなくても良いな。もっとコスパのいいやり方がある。
僕を待っている大隊が見えた頃には、考えもまとまっていた。
……うん。これならいけそうだな。
問題は、どうやってその状況にするかだが……
[……隊長。度々急で悪いんだが、用意してもらいたいものがある]