54 忍び寄る小さき影③
「待たせたな、出発しよう」
「はっ」
五人ほどの騎士を引き連れたバルトレイが戻ってきて出発を告げた。全員バラバラの格好をしているが、マントを着用している点が共通している。
僕も着替えた方が良いかとも思ったが、別に命じられてないし面倒くさいからそのままその列の最後尾につける。
どこへ連れて行かれるのかは知らないが、マントで分かり辛いものの全員服の下に鎖着着てるし、剣も隠し持っている。優雅にお茶、って感じではないだろう。
一行はそのまま『聖軍』に割り振られた区画を抜け、廊下をずんずん進んでいく。
途中で何度か帝国軍の士官に遭遇したが、特に呼び止められることもなく、スムーズに移動出来ている。
……いや、マジでどこ行くつもりだ? このまま突き進んだ先に一体なにが?
そんな僕の思いが届いたのか――たぶん届いてないが――バルトレイは急に立ち止まった。
「ここで良いだろう」
……へぁ? ここで良い? なにが?
着いたのはなんの変哲もない中庭に向けて大きく開いた中廊下だ。強いて言うなら人通りは少なそうだ。人の気配がしない。
もう一度言おう。人の気配がしない。
……え? いや、マジでヤバいって。シャレにならねぇって。
「……」「……」「……」「……」「……」「……」
……いや、マジで怖ぇよ。なんかしゃべれよ。こっちを変な目で見るんじゃねぇ。
絶対違うけど、前世の苦羅寿冥土の僕らを見るあの視線を思い出しちまうじゃねぇか。
…………いやいやいやいや、めちゃんくそ怖ぇから頼むからなんかしゃべってくr――うわっ、と。
「かかれ」「「「「「御意」」」」」
いきなり斬りかかってきたあの〝少年〟の号令で、騎士達が一斉に剣を抜く。
〝少年〟の攻撃は間一髪で避けたものの、既に二人目の刃が僕の首筋を狙ってきている。
ヤバい、殺される。逃げねば。
ビュッ、〈回避〉、ブンッ、シュフィッ、〈回避〉〈回避〉、シャッ、〈回避〉
首を刈りにきた横薙ぎをしゃがんで避けたかと思うと、脚を払う剣先を飛んで避けつつ、左脇下から斬り上げる剣を右に避け、背後から突き刺す切っ先を振り返りざまに引き抜いた剣で払いながらそいつの胸を蹴り飛ばして僕の背後を狙っていた奴に肘打ちを喰らわせて隙間を作る。
ここしか無い。〈縮地〉!
その隙間を抜いて外に出つつ、姿勢を落として剣を〝少年〟に向けて威嚇する。
一瞬でも目を逸らせば、その瞬間に殺られる。
すぐさま左右二人ずつが僕を包囲しようと動き出した。この包囲が完成すれば、誰かを攻撃しても、残りの奴らに袋叩きにされるので打つ手が無くなってしまう。なんとしても包囲の完成は阻止しなくてはならない……と普通ならそう考える。だが、今この場の最適解は違う。
剣に〈硬化〉〈打撃付与〉〈衝撃付与〉〈打撃強化〉〈衝撃強化〉かけてからの〈縮地〉で〝少年〟に肉薄。
そしてダメ押しの一手――〈猫騙し〉
〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙――
成功率がめちゃ低い上に発動時間がクソ短いというネックがあるが、こうすれば一応実践使用は可能だ。
対象を一人に絞った方が成功確率は高まるが、今回は六人全員を対象として限界ギリギリまで発動し続ける。
幸い(?)僕の動きに即座に反応した四人は〝少年〟を庇うように方向転換したから、まとめてかけ易くなったのである程度コストを抑えられる、筈だ。たぶん。高速で回してるので確かなことは言えないが、恐らく抑えられている……だろう。
「ぐっぶっ」
その間に、一瞬足が止まった右側の騎士を一切見ずに剣の腹で殴り飛ばす。これで一人。
〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫――
今の〈猫騙し〉のレベルは9、一回の発動時間は0.9秒。あと少しでカンストする。
そして僕の読みが正しければ、このスキルは進化する。
「ぶふっ」
右のもう一人は蹴り飛ばしつつ、左の二人に向かう。
「はあぁあっ、うごぇ」「ぐっ、くっ」
片方の振りかぶった状態で止まったままの腹に〈打撃付与〉×〈衝撃付与〉の突きをお見舞いし、もう一人の首筋を同じく殴る。これで四人。残るはバルトレイと〝少年〟だけだ。
〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙し〉〈猫騙――
『スキルレベルアップ条件を達成しました。スキル〈猫騙し〉LV9→LV10にレベルアップしました』
いよっしゃ、きた! 予想通りだ。レベルアップした。そして、このままいけば……
『スキル〈猫騙しLV10〉がスキr――
進化先のスキル名を聞く暇すらなかった。
最初の一太刀以来戦う僕らを後ろから眺めているだけだった〝少年〟が満を持して動き出したのだ。
〝少年〟の体格は決して恵まれた方ではない。カイネよりやや背が高い程度だ。
だが、その身体は知らぬうちに僕の間近まで迫っていた。
それを例えるのなら、「風」。そうとしか表現出来ない。速度20000超えの僕をしても動きが捉えられないとは、何らかのスキルによるものだろう。
〈回避〉は間に合わず、喉の皮をかなり持っていかれる。
ヤベェ、ちゃんと血出しとかねぇと変に思われちまうぞ。
とは言え、そんなことを悠長にやらせてくれるほど〝少年〟が優しい筈もなく、首を刈りにきた剣を自分の剣でなんとか防ぎ、押し返す。
ホッとしたのもつかの間、怒涛の連撃を剣でさばいていく。
さっきの瞬間移動(?)ほどではないものの、まるで剣が異次元を移動しているかのようなスピードで上下左右を縦横無尽に駆け回るのでついていくのも一苦労だ。
いくら本体が速度20000出せるからと言って、この身体にその速度で動けって言うのは酷ってもんだよ。この身体じゃせいぜい1000くらいしか出せないし、ルカイユの設定的にそんなに出せない。500くらいが妥当だろう。
その状況下で謎のチートスキル野郎の初見殺しの奇襲に反撃するなんてどだい無理な話だったんだよ。
胴を薙ぎ払う一撃を間一髪で防ぐも嫌な感触と共に吹き飛ばされる。
だが、この隙に以前採集していた人間の血を血管に流す。これで血が全て流れ出てしまうまで不審に思われることはないだろう。
……既に不審がられているのでは? といった声は無視させてもらう。たとえ最初に傷を受けてからわずかとは言え時が経っていたとしても、だ。
大丈夫。戦闘中にそんなこといちいち気にしてらんないよ。絶対大丈夫だって。たぶん。
『スキルレベルアップ条件を達成しました。スキル 〈思考加速〉LV3→LV4にレベルアップしました』
〈思考加速〉がレベルアップするくらいバカなことを考えているうちに、〝少年〟がこちらへ追撃の構えをとった。その切っ先は真っ直ぐ僕の胸――心臓に狙いを定めている。
と思った次の瞬間には剣は僕の胸元に迫っている。もはや避ける術はない。よって、避けない。
胸に剣が迫る〝気配〟を〈恐怖耐性〉で押さえ込み無視する。〈硬化〉を貫通する威力の一撃だ。人なら死ぬかもしれないが、ギリギリを狙う。心臓(のあるべき位置)に到達したらその時はその時だ。大人しく倒れよう。
〈硬化〉〈斬撃付与〉〈打撃付与〉〈衝撃付与〉〈斬撃強化〉〈打撃強化〉〈衝撃強化〉を重ねがけ出来るだけかけた後、〈粘身〉で薄い膜を張り、コーティングする。
その上でOFFにしていた〈自己治癒〉を一時的にONにし、腕が千切れる勢いで生身で出せる最強の一撃を叩き込む。
目を狙う。全力で。首にも胸にも〈硬化〉みたいな防御系スキルをかけられるけど、目は別だ。そんなところにあんなもん展開したらなんも見えないなんてことは誰でも分かるからね。
普段ならこんなことはしないが、今は特別だ。
僕の剣の切っ先が〝少年〟の左目尻近くまで迫ったのと、〝少年〟の剣が僕の隊服を割いて胸部の表皮に到達するのはほぼ同時だった。
ここから先はもはや賭けだ。下手すれば僕はさっきからバカな勘違いで空回っていた可能性もなきにしもあらずだが、その時はその時だ。大人しく死のう――死んだふりをしよう。
僕は今か今かとその時を――その言葉を待つ。
そして、待ちに待ったその時は来た。
「――やめだ。やめだぞ、こんなもの。バルトレイも構わんな? 俺はもうやめるぞ」
「そうだな。お前がそう言うのならやめよう」
〝少年〟の言葉にバルトレイが肯定の意を示す。見れば、ちょうど僕の背中に向けてかざしていた手のひらを下ろすところだった。
アッブねぇー。たぶんアレなんか僕に向けて撃とうとしてたよね? 〝少年〟が止めてくれなかったら今頃背後からズドンされてたわ。マジで危なかった。
「皆の手当てを」
「分かってる」
〝少年〟の指示でバルトレイが僕がさっきのした騎士たちに回復魔法をかけて立ち上がらせていく。全員が回復し、こちらに集合したのを確認して、〝少年〟が再度口を開いた。
「いきなり斬りかかったりして悪かったぞ。お前の実力を測るにはこれしかないと思ってな」
……いや、絶対他にも方法あんでしょ。まぁ昔の日本人も似たようなことしてたけどさ。
「悪いが、説明は後だぞ。いつまでもここに居ては目立ってしまうからな」
そう言う〝少年〟に促されて僕らは急いでその場を後にした。
◇◇◇
「ここだぞ」
「ここは……」
バルトレイから先導役を引き継いだ〝少年〟の案内で、城を出て、妙に騒がしい大通りを抜け、一歩脇の道に入った僕らが到着したのは――
「……エッチなo――特定職種女性交流所?」
――見るからにただの商店ではないその外装、扉を開ける前から匂う漏れ出た独特な甘い香り、通りにいる客引きと二階の窓枠から見える露出多めの従業員(全員女性)。どこからどう見てもしょu――特定職種女性交流所……まぁようするにお金を払ってお姉さんとイカガワシイことをする為の場所だ。
問題は、何故貴族の集団に連れられて僕がこんな所に来たのかということだ。
正直、たぶんコレだろう、というのはあることにはあるのだが、そんなわけがない、と心が受け入れることを拒否している。
――あまりにもテンプレ過ぎるだろ、と。
僕程度が思い至るようなこと、当然敵さんも考えつくからね。
……まぁ、この感じほぼ間違いなさそうなんだけども。
「入れば分かる」
バルトレイに促され、僕らはその店に足を踏み入れた。
……バチクソええにおいしますやん。
中は……まぁ、大方予想通りの感じだった。
鮮やかな、しかし恐らくあまり高価でない際どい服に身を包んだ化粧の濃いお姉さん達が大勢いた。
みんなもうどことは言わないけど見えそうだわ。ぶっちゃけ初心なDTメンタルには直視しがたい光景だ。
お姉さん達は思い思いにたばこを吸ったり、見るからにヤバそうなコナから出た煙吸ったり、煙吸ったり、煙吸ったりしていた。
……いや、みんな煙吸いすぎっしょ。見るからにヤバそうな色してるけど大丈夫か? って思ったけど、厚化粧で顔色分かんねぇからなんとも言えんわ。
そんなお姉さん達には目もくれず――チラッと視線をやってたのは見なかったことにしてやろう、〝少年〟――僕らは店の奥でひときわ長い煙管を吹かしていた女性の下へと向かう。
綺麗な人だなぁ。
いや、この人も例に漏れずめちゃんこ際どい格好してるし、化粧も濃いんだよ?
でもなんて言うのかな、滲み出てるんだよね、高貴さが。何者にも揺るがすことの出来ない誇りが。
煙管の吹かし方一つ取っても気品がある。
貴族の青い血(笑)なんて目じゃない程のこちらを圧倒し、納得させるだけの覇気がある。
「またあんたらかい」
「そうだ。また来たぞ」
「……見たことない奴も一人いるね。新入りかい」
「そんなところだ」
「悪いが急いでいる。早くしてほしいぞ」
「はいはい分かったよ。……っったく、せっかちな男は嫌われるよ」
ぶつぶつ文句を言いながらその女性は僕らをある一室へと案内した。
そのさまに他のお姉さん方が興味を示す様子はない。
見たところ他に〝客〟らしき男性の姿はない。そんな中でいきなり七名(女性一名含む)が奥に通されるなど、普通に考えておかしい。彼女らは疑問に思わないのだろうか。
そんなことを考えながらついて行くと、女性が壁の前で立ち止まった。
「ほらよ。鍵を出しな」
「うむ」
そう言われてバルトレイが一本の鍵を取り出す。
あの鍵はどこかで見覚えがあるような気がする……かもしれない、てかまぁ十中八九アレだろ。もはや隠す気も無さそうだ。
まぁなんにせよ、渡された鍵を受け取った女性は壁を鍵の頭部でなぞるように動かす。ありゃあ……字を書いてんのか? なんて書いてんのかは分からんが、なかなか面倒な仕掛けだな。
そうするうちに壁に扉が出現する。女性はすかさず鍵穴に鍵を差し込み、しゃがみ込んで地面の一部を持ち上げる。すると、地下へと続く階段が出現した。
無駄に手が込んでるな。この感じ、前にも見た記憶がある。
うんまぁアレだな。間違いなくアレだわ。
そのまま階段を降りた先の部屋に入り、こちらに振り向いた〝少年〟は僕にこう告げた。
「不意打ちで連れて来て悪かったぞ。想像もしていなかっただろうが、ここが『十六階』シナラス支部だ」
…………ですよねー。知ってた。
◇◇◇
「――ねぇちゃん!」
道に少年の叫び声が響く。
剣に手をかけつつ急いで振り向くと、腹をおさえて道にうずくまっている少女と、泣きながらその少女にすがりつく少年の姿が目に入った。
くっ、やられたか。
『十六階』から僕に与えられた任務。その対象だった〝奴〟に。
剣を抜き去り周囲に警戒を配るも時既に遅し。〝奴〟は既に僕の目の前まで迫っていた。
――〝少年〟と言い〝奴〟と言い、最近小柄な奴にしょっちゅう接近されてる気がするなぁ。気のせいかな。
もはやここまで近付かれては剣は使えない。だが被害者が出ている以上、見過ごす訳にはいかん。
剣を捨てつつ左フックを喰らわそうとしたその瞬間、〝奴〟は目にも留まらぬ速さで僕の懐へと侵入してきた。
マズい、このままではやられる――
「うぐわぁ」
◆◆◆
「――ぐへへへっ、こりゃあ上玉だぜ」「こんなの見たことねぇぞ」「ヤベェ、オレちょっとヤベェわ」「お頭、ちょっと味見してもいいっすか」
抵抗虚しく、彼女達は見るからにお天道様の下を大手を振っては歩けないであろう集団に捕らえられた。
その集団の下級構成員達の彼女らを見る目は、どこからどう見ても性的なものだった。
(この様子だと、ウチらの正体を知って捕らえたわけじゃなさそう、かな?)
彼女達の正体を知らず、ただほぼ全裸の女性亜人が集団で現れたので捕らえたのか、連れて来られる際に垣間見た取引相手の質を見るに、彼らは『教団』関係者ではなさそうだった。
ただし、仮にそうだとしても彼女達の危機が去ったわけではない。むしろ大部分の者にとってこれから先に確定で受けるであろう仕打ちは到底受け入れがたいものだった。
「バカなことを言うな。こいつらの卸先は決まってんだ。傷一つ付けられるわけにはいかん」
商談がまとまったらしく、この集団の長と思しき人物が醜く肥え太った禿頭の中年男を連れてやって来た。
この男の彼女らを見る目はまさに獣。彼女らのうちの数人はトラウマが刺激されて小さく悲鳴をあげた。
「ぶえへへ、本当に貰っていって良いんかね?」
「ん? なに言ってんだ? 旦那はこっちだぜ」
そう言って指し示したのは、集団を挟んで彼女達のちょうど真ん前に座っていた二人の少女だった。
男達に陵辱の限りを尽くされ、眼から光を失ったその少女達は、今より遡ること五日前、両親とともに巡礼の旅の道中に襲撃を受け、両親決死の特攻虚しく捕らえられ、筆舌に耐え難い目に遭わされて心を壊されていた。
少女達の無残な姿に彼女達のうちの大部分が小さくない悲鳴をあげる。中には見るからに怯えている者までいる。
「ぶふぃ、ふざけとるのか!」
そんな彼女達には頓着せず、都市の奴隷商人に売ろうとすれば底値を付けられるであろう商品を押し付けられそうになった肥満の男は長に喰いかかる。一方の長はどこ吹く風で無視して歩き去ろうとする。
業を煮やした肥満の男が再度文句を言おうと長に近付いたまさにその瞬間、
「おいnぶふふぇ」
「きゃあー!」「くっ首が!」
「ぎゃはははは」「さすがお頭だ!」「ひゅー、カッケェ」
振り向きざまに長が肥満の男の首を刎ね飛ばす。そこには一切の躊躇いも慈悲もなかった。長の表情もただただそうする必要があったからそうした、といった様子でピクリとも変化していない。
「悪いね旦那。そいつらは入荷したらすぐに引き渡す約束があるんだ。あんた如きにこんな安値で売るわけねぇだろ」
長の行いに彼女らが恐怖し、構成員らが沸き立つ中、一人だけが別の点に喰いついていた。
(それは……もしかして繋がっている? 最悪の事態は想定しておいたほうが良い、かな)
彼女がこの集団に対する警戒度を引き上げたまさにその時、突然彼女の背筋にゾワッとした嫌悪感が走った。
「――殊勝な心掛け、感心の至りだな」
「なっなんだ、テメェ」「いきなり現れたぞ!」「どっからきやがった⁉︎」
「へっ、お早いこって」
突然現れた謎の黒ずくめの一団に長を除くその場の全ての者が驚く中、彼女の眼はその一団のうちの一人に釘付けになっていた。この場に絶対にいる筈のない――いてはいけない一人に。
「お久しぶりです、姫」
「……なんで君がここにいるのかな――」
人の二倍はある長い耳に、黒い装束と対照的に透き通るような白い肌、人間離れしたその容姿が示すのは一つの種族しかない。ましてや彼女を「姫」を呼ぶ者などほんの一握りだ。そして彼女はその人物をよく知っていた。
里の禁忌を犯した彼女を取り抑えようとして命を落とした彼女のお目付役、彼女の魔術の師にして兄のように慕っていた全氏族最高の戦士である『九本の枝』の一人。そして――
「――ルフィンシュリシュ・ヒノネザア。我が『水の氏族』の裏切り者め。あれで殺せたとは思っていなかったが、よくもまあヌケヌケと顔を出せたなァ! 恥を知れ、このデギュバングルゥ!!」
「そう怒らないでください、姫。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「貴様ァ、いったいどのツラ下げてぼぎゃ」
「黙れ。我らは急いでいる。この者らは貰って行くぞ。貴様の忠勤には〝タイシ〟もお喜びであった。以後もよく励め」
「へいへい、分かりやした」
彼女を殴って無理矢理会話を打ち切った一人に命じられ、裏切り者のエルフ――ルフィンシュリシュ以下黒ずくめは抵抗する気力も失っていた彼女達を一人残らず担ぎ上げてその場を後にする。
後に残されたのは目の前で行われたことがよく飲み込めていない集団とヘラヘラ笑いながらも目が一切笑っていない長、そして目の焦点があっていない二人の哀れな少女だけだった。
諸事情により、これから1年ほど更新を停止致します。申し訳ございませんが、1年ほどお待ち下さい。(2023/3/5)