53 忍び寄る小さき影②
「にぃちゃんよわっちぃなぁ。ほんとにきしなのか?」
「えっえっと、ボクは……正真正銘の修道騎士だよ? ほら、これがみぶn」
「けんみせてよ!」
「てかほんとに「にぃちゃん」か? 「ねぇちゃん」なんじゃね?」
「ズボンぬげよ!」
「ち◯◯んみせろ!」
「えぅうー、どうしよー、ルカイユー」
カイネが深刻なモラハラとセクハラを受けていた。
悪ガキども(外見年齢は6〜10、1歳くらいか)に周囲をガッチリ囲まれ、四方八方から集中砲火を浴びている。
流石に「困ってるカイネ可愛い」とか悠長なことを言っている場合じゃない。直ちに助けなくては。
だが、救出に際し問題が一つ。
「待ってろ、今i」
「ちょっとぉー、うごかないでよぉー」
「……うす」
――ぶっちゃけ僕も拘束されて身動きがとれないでいる。
僕の方には悪ガキどもとほぼ同じ年代の女子(ただしこちらの方がかなり大人びて見える)に囲まれ、何かの実験台となっていた。
「かおはわるくないのよ」
「そう、そざいはわるくない」
「みがけばひかるわ」
……どこでそんな言葉覚えたんだい? お兄さん背筋がゾッとしたんだけど。
彼女達はよってたかって僕の顔に何かを塗りたくったり何かを書いたりしている。
漏れ聞こえてくる彼女達の相談の内容と断片的な情報から推察するに、たぶん僕に化粧をほどこしているのだろう。
――いわゆるネタ系の「化粧」を。
ほらあれだよ。額に「肉」って書かれたり、顔面が白粉で真っ白な上に唇が「明太子か?」ってレベルで赤く分厚く塗りたくられたり、まぶたに第三、第四の眼を書き足されたりするあれだよ、あれ。
まぁ、端的に言うと「顔のらくがき」だね。
……出来ればなるべく被害の少ない感じの仕上がりにしていただけないっすかね? ピエロくらいで済ましてほしいなぁ、なんて。
「ぷっ、あははははははっ!」
「おにぃちゃんへんなかおー」
「おもしろすぎー」
……ダメだなこりゃ。子供たちの反応を見るに、生優しいものには仕上がってなさそうだ。
ほらあの子なんて腹抱えて笑ってるもん。このままじゃ笑死しちゃうよ。
まぁ、別に死ぬわけじゃないし。しかめっ面よりかは笑ってる方が良いに決まってるよ。そう考えれば、まぁ僕の恥じらいくらい安いもんだ。
……この子達が心から笑えるようになったと思えば、ね。
「…………ふふふっ」
「ん?」
見ると、あの帽子の子が控えめに笑っていた。
他の大笑いしている子たちに比べれば、本当に控えめだが、漏れ出ただけとしても笑えたようで安心したよ。
「ふふふ……っ⁉︎ …………」
ああ、僕が見てたことに気付いて慌てて下を向いちゃった。なんか悪いことしちゃった気分だな。
まぁ、すぐには無理か。僕の顔を見ればフラッシュバックしちゃうもんな……ん? よく考えたら僕、今面白い顔してるよね?
まさか、笑ってるとこを僕に見られて気まずくなっただけ?
……うっうんまぁ、元気なら、それでいいよ……うん。
その後、僕は化粧を施した女の子達に引きずり回され、孤児院中の人間に笑われた。
……カイゼル、絶対許さん。
◇◇◇
「――ねぇ、にぃちゃん。あいつだれだ?」
「うわっ、こっちくんぞ!」
女子から再び男子の下に引き渡され――入れ替わりにカイネが女子に捕まった――、鬼の方が圧倒的に多い極めて理不尽な隠れんぼ(孤児院に隠れる場所はほぼ皆無なのでほぼ鬼ごっこ)に参加させられ、必死に逃げていた僕を訪ねて、極めて無礼な使者がやってきた。
「ルカイヤ六等騎士、次席参謀バルトレイ二等騎士閣下のお召しである。小官と共に直ちに登城せよ」
だからルカイ・ユだよ! バルトレイと言い、なんでそう僕の名前を間違えるんだよぉ⁉︎
しかも前のアレよりかは近い。かなり惜しいとこまできてた。何故あと一文字、「ユ」が「ヤ」になるんだよぉ⁉︎
「ねぇねぇ、なまえまちがえてるよ?」
「ルカイユにぃちゃんだよ? ルカイヤってだれ?」
「あははははっ、おっかしぃー」
「んっ」
「うあっ」
まっマズい。子供ゆえの無邪気な言葉だろうが、この騎士は貴族だ。
確かに金髪じゃないが、第一大隊所属の貴族は全員最低顔は覚えてるので、間違いない。
そして最悪なことにこいつはたしかラントラルト王国出身だ。下民が許可なく話すことすら許さないあの国の貴族が孤児に笑われたことを許容出来る筈がない。
下手したら殺されるぞ。いや、マジで。冗談抜きで。
「おい、貴様ら今なんと言x――なっなんだ貴様、そのふざけた顔は⁉︎」
あっ危ねぇ。間一髪で僕の顔に意識が移った。
どんな顔になったのか知らないけど、まぁ役に立って良かった。
万が一ここで彼が子供を斬り殺すような事態になれば、取り返しのつかないことになる。それだけは何がなんでも阻止しなくてはならない。
はぁ、本当、貴族ってのはなんでこうもバカ揃いなのかね?
「貴族の誇り」? 「男の名誉」?
そんなもんは犬にでも食わせちまえば良いんだよ。一銭の得にもならない呪いなんだから。くだらんプライドなんてドブに捨てた方が身の為だ。
どうせ持つならプライドはプライドでも『傲慢』くらいカッコいい感じの、厨二心をくすぐる感じのを持てばいいのに。
……ごほんっ、まぁなんにせよ、ここでこの子達が、何も悪いことしてない人が理不尽に未来を絶たれるのを今度は防ぐ事が出来て良かったよ。
――僕のこの後は、とーっても心配になっちゃうけどね。
…………オシッコちびりそう。
「それで? そんな顔で出迎えるとは貴様は私を馬鹿にしているのか?」
は? なんでいちいちテメェなんぞをバカにするためにこんなキアイはいったケショーしなきゃなんねぇんだ? チョーシのんなよ? じーしきかじょーキメーんだよ、ああん?
……あまりにもイラッときて思わず薄っぺらいヤンキー(風)モノマネをしてしまった。マ◯ン◯◯◯キみたいになっちゃった。
「なんだ貴様、なにか文句でもあるのか?」
うわぁー、ヒドくメンドクセー奴だなぁ、こいつ。
一々突っかかってくんなよ。会う奴会う奴全員がお前に関してだけ感情が動くと思ったら大間違いだぞ。思いあがんなよ、カス。
……まぁ、今回僕がイラついてんのは100お前の所為なんだけども。それはそれだ。
ふぅ、さて、そろそろ潮時かな。
「カイゼル、馬を一頭引いてきてくれ。すぐに城へ向かう」
「おっおうよ、今つれてくるぜ」
「おっおい貴様、無視するn」
言い返すのも更にめんどくさくなりそうだから、別にこのままからまれてもこいつの株が下がるだけで僕は一向に構わないんだが、いつまでも登城命令を無視してる方が面倒なことになりそうだからこの辺で切り上げさせてもらおう。
「ルカイユ、つれてきたぜ」
「ああ、ありがとう」
「あのー、ルカイユ?」
「ん? なんだ? カイネ」
「その顔のまま行くつもり? そこの人じゃないけど怒られちゃうんじゃないかな……」
「ん、ああ、確かにそうだね。でもこのままで行くよ。一つ確かめたいことがあるんだ」
「確かめたいこと?」
「うん。まぁ心配いらないよ。騎士団の幹部はバカじゃなれない。この程度で一々処刑してたらなにも出来ないなんていう初歩的なことは理解してるだろ」
――誰かさんと違って、ね?
僕は馬にまたがり、比較的きれいなデロスのマントを借りて城へと向かった。
……にしても、この貴族マジでバカだな。
道中ネチネチと顔の落書きについて言っていた(無論馬耳東風モードの僕の耳には入っていない)が、先程僕が言った皮肉にはついぞ気付いた様子はなかった。
まぁ、教皇国に追いやられるような奴の頭なんてお察しか。
◇◇◇
「おっおい、なんだあいつの顔」
「ふざけてんのか?」
「なんであんなことになったのかしら?」
「呪い?」
城への道中、街行く人々が馬上の僕を指差して何やら言っている。
孤児院は教会に併設していて、教会は都市の中央部から見て北の方角に大通りを行ったところにあるので、当然人通りはかなり多い。
そのほぼ全員が僕の顔を凝視してる。二度見三度見は当たり前だ。
まぁ、仕方ないよね。僕だって――今どんな顔になってるのか知らないけど――顔にとんでもない化粧してる人がいたらたぶんガン見するわ。たぶん、ってか絶対する。
「だから忠告したではないか。これでは貴様人前を歩けんぞ、と」
いや言われてないな? しれっと記憶捏造すんな。
まぁ、分かりきっていたことだ。落書きされたままで外を歩けば見せ物になるなんてことは。
だが、どうしてもやらなければならなかったのだ。
降りかかる困難を受けてなお、やらなければならないことが――
城に着いた僕らは、そのまま『聖軍』の指揮官達に貸し出されている区画に案内された。
「ルタイユ六等騎士を連れて来た。通せ」
おい、またさらっと間違えてんぞ。
ル〝タ〟イユじゃねぇ。
ル〝カ〟イユだ、ボケが。
「えっ? るっルタイユ? ですか?」
ほらぁ次席参謀殿の従者(恐らく)、本当に取り次いで良いのか困惑してるじゃん。めっちゃ名簿と遣いの顔見比べてるよ。
「ああ、そうだ。早く取り次げ」
「かっかしこまりました。少しお待ちくださいぃ」
結局、遣いの圧力に負けてしきりに首を傾げながら、取り次ぐ為に室内に入っていった。
……高官の従者なんて易々となれるもんじゃねぇぞ。下手したらこいつより偉いかもしれないのに、すげぇ偉そうだな。肝の座り方が違う。ちょっと見直しちゃったよ。
……半分くらい呆れが加算されただけだが。
「お待たせしました。こちらです」
「うむ。行くぞ」
「うす」
◇◇◇
「ルコーヨ六等騎士を連れて参りました」
「そうか。お前はもう下がって構わない。ご苦労だった。ラコイユ六等騎士はここへ」
「はっ、失礼いたします」「……御意」
ヤベェ、二人とも呼び方が最初のものから原型を留めてない。だんだん離れてるような気がするのは気のせいではないだろう。
わずか20秒かそこらの間に、何故別の名前に変化させられるんだ? せめて間違えるにしてもどれか一つに絞って欲しいんだが。
「では、早速始めるぞ。人払いはしてある、自由に発言しろ」
室内をチラッと見回した感じでは、数人残っているが、アレらは聞かせても問題ないということだろうか。
「……御意」
「先ずはいくつか質問する。第一に何故あんなことをしたのか。隠さなくて良い、話せ」
……もう、ここまで言ってるし、全部吐いちまっても良いよな? 僕の発言によってこの先何が起きてもそれは僕の責任じゃないよね? こいつが『話せ』って言ったんだもんね?
よーし、言うぞー。
「……かしこまりました。では、包み隠さずお話しさせていただきます」
「ああ」
「自分があのような行為に及んだのは、ひとえに帝国国内における身分格差故にございます。皆様はご存じないかもしれませんが、我らにとって金髪とは憎悪の対象です。あのまま路地裏に立っていれば、確実に襲撃を受けたでしょう。例え本願を達成出来ずとも金髪に一泡吹かせたい。それくらいこの憎悪の念は強いのです」
「それはお前もか?」
「当然だ。機会さえあれば貴族など根絶やしにしたいと心の奥底から思っている……います」
即答だ。ゼロコンマどころかマイナスの勢いで食い気味にルカイユが答えた。
それに対し、バルトレイは苦笑いするだけだ。特にお叱りを受けるような素振りはない。
どうやら本当に「自由に」発言して良いらしいな。
「だが、我らは『貴族』だ。仮に一人殺せたところで、すぐさま罰せられるのはお前達でも知っているだろう?」
「下々の民草にとって神能教の聖職者など孤児がつく職業ですよ。貴方がたを見たって「どこかの貴族の落とし子か」程度にしか思いません。孤児に対する殺人は取り締まりませんからね、貴族は」
「ほう、貴族には出来ぬことも、孤児相手ならば出来ると……つまりお前は上官達の身の安全を慮った、という訳か」
「いいえ、違います」
またもや僕は歯に衣着せず暴言を吐いた上に食い気味に強く否定する。
それでもなお、バルトレイに怒る様子はなく、周りで聞いている騎士達はピクリとも反応しない。
「……違うのか」
「はい。ただただ邪魔だったからです。聖女様のお髪も金髪です。あの二人を標的として突発的な襲撃があった場合、我々の注意が聖女様からそれる可能性がある。それだけはなにがなんでも避けなければなりませんでした」
言った。言い切ってやったぞ。これまでの様子を見るとそんなことにはならないだろうが、万が一この発言が理由で首を刎ねられようとも、もう悔いはない。
――どうせ首取られた程度じゃ死なないしね。もうゾンビだもの。
「そうか。……相談するので少し待て」
「御意」
残りの質問に移る気配もなく、バルトレイはその言葉通りに室内に残っていた騎士達と何やら相談を始めた。
…………ヒマだな。マジでヒマだわ。
誰も顔の件に触れてくんないし、小物も全て入室前に取り上げられているので、手持ち無沙汰だ。
あああー、早く帰りたいなぁーー。
……と自分に言い聞かせつつ、僕は必死に会話の内容から目を逸らした。
正確には逸らそうとした。
だってさ、小声で話してるし全部聞こえたわけじゃないけど、「去勢」だの「刺客」だの「殺る」だの「埋める」だの、物騒な単語が聞こえてくんのよ。
怖くない?
仕方ないだろ、被害妄想かもしれないけど、怖いもんは怖い。必死に聞こえないふりをするのもいたしかたないのでは?
「待たせたな、結論が出たので伝える」
「……はっ、何なりと」
相談が終わったらしく、近付いて来たバルトレイの前に僕は跪いてそう応える。
まぁ、そんなヒドい目には合わないだろう。
次席参謀殿が好きに発言しろって言ったから好きにしゃべっただけだし、それで厳罰が下るだなんてそんな理不尽なことは……あるな。この世界では別に珍しくもなんともない。
……なんか急に不安になってきたな。5◯3れる気がしてきた。
大丈夫だよね?
大丈夫って言って?
大丈夫って言えよ。
言え。
言えって。
……お願いします、大丈夫って言ってください。
僕がスキル〈思考加速〉の無駄遣いでバカな現実逃避をしている間に、バルトレイは再び口を開いて僕に結果を言い渡す。
「合格だ。ルカイユ、君を認めよう」
「……へぁ?」
「連れて行く場所がある。準備が出来るまでここで待機しておいてくれ」
「……御意」
…………なっなんだと……⁉︎ 合格? なんの話だ?
突然命令口調じゃなくなったし、名前も間違えてない。
ぶっちゃけ不気味だ。
「ではな、また後で会おう」
「はっ」
そんな僕の気持ちなどバルトレイがおもんばかる筈もなく、騎士達を引き連れて部屋を出て行……と見せかけて、何故か最後尾の少年が振り向いた。
「それと……その顔の塗料は落としておいた方がいいぞ」
「……はっ、かしこまりました」
ようやく顔を見たらしい。
――どうやらこいつらしいな。それが分かっただけでも、このままにしておいた甲斐があったよ。
なんにせよ首の皮一枚で僕の命は繋がったらしい。今は。
……はぁ、マジでビビり倒したわ。
常識的に考えて、僕が始末される訳がないと思いつつも、常識的に考えて理不尽にチャンパ案件かも、と思うとキ◯玉縮み上がったよ。
――僕には首の皮も◯ン◯も存在しないんだけども。
……このネタ使い過ぎかな? ぶっちゃけスベってるよねー、あはははは……
追伸、僕の顔の落書きでしたが、真っ白い顔に、赤いまん丸のほっぺが二つ出現し、二つの眉は薄く一本に繋がり、鼻から唇へと伸びる五本の鼻毛(?)と真っ赤な口紅がチャーミングな、公家化した◯カ◯ンの◯◯みたいな感じになってました。
…………どーしてこーなった?