52 忍び寄る小さき影①
「ばっバルt――次席参謀殿⁉︎ 何故ここへ⁉︎ 連絡とはいったい⁉︎」
「いやそこの二人が部下も連れずに持ち場を離れて大通りにいたのでな、問い詰めたら第四小隊の六等騎士が上官を追い払ったと聞いてな、これは何かあるだろうと駆けつけた次第だ」
「いや、マジでおれが大通りに行かなかったら誰も気付かなかったっすよ? もっとおれのことほめてくれたってバチはあt」
「何故そんなことをした?」
軽薄そうな騎士――たしかヒーシュとか呼ばれてたか――の主張を無視し、次席参謀殿は僕にそう当然の疑問を投げかけた。
「……正直に答えても?」
「ああ、構わない。責任はこのバルトレイ・リードリッヒがとろう」
「では……率直に申し上げさせていただきますと、お二人、すなわち貴族が邪魔だったからです」
「「「「「「「んなっ⁉︎」」」」」」」
「なっなんだとぉ⁉︎⁉︎」
「……ほぉ」
予想通りの反応だな。ライオネル達だけでなくベーコン達までもが驚きの声をあげた。一際うるさいのはカイゼルだ。
……おっかしいなぁ、君達にはちゃんと説明したはずなんだが。実際カイネは特に驚いたそぶりを見せていない。むしろいきなり大声をあげたカイゼルにビックリしていた。可愛い。
それはともかく、僕とカイネを除けばこの場で唯一まったく動じたそぶりを見せなかったバルトレイは柔らかかった気配を一瞬で研ぎ澄ましてこちらに一歩近付いてきた。
口元は笑ってるのに、纏っている気配には緩みが微塵もない。怖い。
「詳しく説明してもらおうか。そんなことを言ってどんな目に遭うかは、我らよりお前らの方がよく分かっている筈だろう?」
おお、こりゃ茶化せるような感じじゃねぇな。オブラートに包みつつ全部言っちまうか。
「では――」
◇◇◇
「目の前でこけて擦りむいたってだけで近くを歩いてた奴が目を潰されるような人種と、その人種を数十世代にわたって憎み続けてきた連中の住む付近で誰が一緒に仕事をしたいと?」
「その連中が投げた石が頬を掠めただけで、『何故代わりに受けなかった』と言われて四肢をもがれ」
「その連中が武器を持って近付いてきただけで、『何故みすみす接近をゆるした』と言われて首を刎ねられる。こんな人種に誰が好き好んで近付きますか? 残念ながら我々はそこまでお人好しではないし、そこまでしたいと思う程その人種のことが好きではない」
「いや歯に衣着せず申し上げると、そんな人種のどこに我らから好かれる要素があると? こちらには何もしてくれず、我らから全てを取り上げ、謂れのない罪で罰してくる人達に何故「憎しみ」以外の感情を覚えるでしょうか?」
――とか言えたらなぁ。
いや、本当にこんなこと言えるわけないじゃん。それこそ首と身体が今生のお別れしちゃうよ。無礼にも程があるからね。
考えただけでブルっとくるわ。おお怖っ。
てかさ、他人、特に自分より偉い人に『怒らないから、正直に言ってみ?』とか言われてバカ正直に答える間抜けなんている? どこをどう見たって正直に言ったらブチギレられるよね? ブチギレられるようなことやらかさないとそんなこと聞かれないもんね。
なんにせよ、この場はテキトーなこと言って誤魔化さないと……
「では、まぁ端的に言えば、お貴族様にトラブられたら困るから、ですかね」
……みっミスったぁー。毒が効きすぎてオブラート貫通しちゃった。ほぼ敬意のこもってない〝なんちゃって敬語〟はいくらなんでもマズすぎる。これでは流石の貴族様も気付いてしまうだろう。
実際、次席参謀殿が連れて来ていた騎士(めちゃ可愛い女騎士。こいつ許すまじ)がこっちを睨んだ、気がする。
一刻も早くフォローを……
「あぁ、別にお気になさらず。はなからお貴族様方には期待していませんから」
…………まっマズったぁああーーー!! この上なく失礼。お前何様だよ、って感じだわ。
さっきの美少女騎士もこちらを穴でも開ける気か? ってくらいにジッと睨みつけている。
端的に言ってこれはあれだな。『首チョンパ案件』だな。
ふっ、短い付き合いだったが、これでお別れのようだな、胴体。元気でやれよ。
僕がそんな覚悟を決め、諦観の境地に達しようという時、ついにお沙汰が下った。
「分かった。ひとまずお前達はこの孤児院をしっかり固めておけ」
「「「「「「「……へっ?」」」」」」」
「我はお前達がこの者達に遅れを取る程弱いとは思っていない。今回の敗因はここから離れ過ぎていたことだろう。非常事態だ、武装を許可する。敷地内でアリ一匹通さぬ厳戒態勢を敷け」
「「「「「「「…………」」」」」」」
どんな厳罰が下るのかと戦々恐々としていた平民騎士は一様に次席参謀殿のお言葉を受け止めきれていなかった。
想定より遥かに軽い、本来なら絶対に有り得ないような寛大な沙汰だ。
「残留する『聖軍』も含めた各軍の幹部を招集し、ただちに対応する。それまで孤児院の守護はお前達に一任する。励め」
「へゃっ!」「りょ了解いたいしました!」「お任せくらへゃい!」
口々に上がる返事の声も上ずっていたり、噛み噛みだったりで散々だったが、まぁその気持ちも分かる。ぶっちゃけ何が起きてるのか分かんないよな。
取り敢えず僕らが返事したのを確認して、次席参謀殿はこう言い残して貴族と捕らえられた襲撃犯の生き残りを引き連れ去っていった。
――因みに、聖女様は既に他の騎士に伴われてこの場を去っている。次席参謀殿達が襲撃犯を全滅させたほんのわずかな間でだ。手際が良すぎる気もしないでもないが、藪蛇になるといけないので適当に流す。
「詳しい話は後でする。……ルキーヤ? だったか? は後で我の部屋に来い。以上、卿らの奮励に期待する」
ル・カ・イ・ユ、だよ!! なんだその間違い方。わざとか? わざとだな。クソっ、なかなかにムカつく野郎だぜ。本当によぉ。
……見えなくなる最後の最後まで美少女騎士はちらちら振り返ってはこちらを睨みつけていた。怖い。女の子怖い。
◇◇◇
……まぁ、なんにせよ彼らの去ったこの場には未だに放心状態の騎士達と……無惨に転がった襲撃犯の死体だけが残された。
「で、どおすんだよお⁉︎」
我に帰ったカイゼルが当然とも言える疑問を叫ぶ。
ちらっとベーコンさんの方を見るが……ダメだなこりゃ。完全に目の焦点があってない。復活にはしばらくかかりそうだ。
それくらいショッキングなことだったのだろう。
二等騎士なんて雲の上の存在だもんな。
そりゃまぁ僕やカイネも、カイゼルも出世すれば階級は上がっていく。でも、僕らの限界は四等騎士までだ。それ以上はまぁまず進めない。
『神の前では皆平等』などと言っていようが、現実は無慈悲だ。それくらいの差が僕らと彼らの間にはある。
その差を埋められるわずかな例外は漏れなく『冒険者』になる。『騎士』のままでは出世などかなわない。
そんな雲の上の親玉格がわざわざ現れた挙句直接声をかけてきたのだ。ビビり倒さないほうがどうかしてる。
だが、今はそんなこと言ってられない。他ならぬ次席参謀殿の御下知に従ってここを守らなくてはならないのだから、皆には悪いが呆けてる場合ではない。
取り敢えず動ける奴に僕が指示を出すか。
……素直に聞いてくれるかは保証出来ないけど……
「いつまでもこいつらを放置するわけにもいかないだろう。先ずはこいつらを片付けて、ここにいる者達で護衛の配置を組み直すぞ」
「おう! わかったぜ!」「うん、分かった」「了解した」
カイゼルやカイネを筆頭に、正気に戻った騎士達が次々に返事をしてくれる。
ふぅ、ひとまず僕の命令に素直に従ってくれるみたいで安心した。ここでゴネられると面倒極まりないからな。
作業の進捗が悪くなるだけならまだしも、『ルカイユが言ったことなど絶対にするものか』とか言い出してムキになられると、この場が何も片付かずに終わってしまう。そんな最悪の事態だけは何が何でも避けなければならなかった。
そうならなくて本当に一安心だ。
「じゃあ、カイゼルは孤児院の方に頼んで大きな何か包めるものを用意してもらえ。カイネは荷車の手配。デロス君は――」
全員に大まかな役割を割り振って、僕自身は〝死体〟を片付ける為に〝死体〟に近付いた。
――脳内お花畑の彼らにここまでのことは頼めないしね。僕がやらなくてはならない。
それからしばらくはそれぞれが黙々と作業に取り組む。
「……に……ひ……ころす…………」
「そうか」
誰を殺すのかは知らないが、まぁ頑張れよ。
皆にバレないよう超微細粘槍〈粘針〉で〝死体〟の首をチクッとした僕は、膝の砂払いながら立ち上がる。
僕の懸念は的中したが、最終的には全員文字通り「死体」になったのでまぁノーカンだ。カイゼル達にも手伝ってもらって順次荷車に放り込んでいき、上から筵(的な何か)で覆っていく。
皆でテキパキと行ったこともあり、十人分の死体は全て片付いた……ん? なんだこれ?
斬られたことにより露わになった右胸に、何やら黒い刺青があった。
こっこれは⁉︎
「お? どした、ルカイユ?」
「いや、なんでもない」
カイゼル達にバレないよう他の九人の胸も確認したが、全員に同じ刺青が入っていた。
まぁここまで来ればまず間違いなく〝アレ〟が関わってるんだろう。
実物を見たことがない限り〝アレ〟が分かるとも思えないが、バレれば面倒なことになる。なんとか隠さないといけない。
袖に仕込んでおいた極小の分体を荷車の中に放ち、全員の右胸の皮膚だけを切り取って吸収させる。
ふぅ、まぁこれですぐさまバレるなんてことは無いだろう……たぶん。
「じゃあ、城に運んでくるぜ!」
「ああ、頼んだぞ」
死体は城でまとめて見せしめにするらしいので、カイゼルに頼んで運んでもらう。
これでひとまずは全部片付いたことになる。
さて、問題はむしろこの後だ。どうしようか。
「……孤児院の中に入って近くで警護する奴を選抜しなきゃならないんだが……誰かやるか?」
六人も集まれば一人は子供好きがいそうなもんだけど、今回は事情が事情だからな。
だって子供達からしてみ? 目の前で人が斬り殺されたわけじゃん? 修道騎士に。トラウマだよね。
その辺のケアもちゃんとしないといけないよ。そんな状況になったのは元はと言えば身分制度の所為だから、僕らにはどうしようも出来ないことだけど、そんなの子供には関係ないもんね。
怖いもんは、そりゃ怖いよ。
だって目の前に目ギラギラさせて武器持ったおっさんが現れて、横から来た別のおっさんに斬られて血噴き出して死んじゃったんだよ?
普通に夢に見るし、一生もんの悪夢だよ、そんなもん。
「ぼっボクがやるよ!」
恐る恐る、といった感じでカイネが名乗りを上げてくれた。
ぶっちゃけめちゃ助かる。カイネはこの中では比較的そういうことしてなさそうだし、見た目も優しい感じだ。カイゼルみたいな見た目ゴリゴリの武人が行くよりか受け入れやすいだろう。
「じゃあ頼めるか? 一応僕もすぐ近くまで行くつもりだったが……この臭いはな……」
「……ははは……たしかに、そうだね」
いくら服を交換しても、この臭いはすぐには拭えないからな。僕は最初の一人をかなり近距離で仕留めたから思いっきり浴びちゃったし、なおさらだろう。
とは言え――あまりこんなこと言いたくないが――この中じゃ僕は比較的マシな見た目をしている(主に顔面の濃さと体格的な意味で)ので、僕が行かないと恐らくダメだ。
――ただでさえ、孤児院は元々僕らを含めた騎士や兵士、冒険者を『人殺し』と呼んで蔑む教育を施してる。血塗れで見るからに「仕事終わりです」みたいな格好に加えて、デカい剣提げてどう見ても「そっち方面の人」っぽい見た目の大男なんてまっぴらごめんだろう。
はぁ、気が重いなぁ。でもやらなきゃな。どれだけ忌み嫌われようと、彼らを守るのが僕らの仕事なのだから。
結論から言うと――
「――ルカイユにぃちゃんこっちこっちぃ!」
「おそいよ! もっとはやくはやくぅ!」
「はあ、はあ、はあ、ちょっと、まって、くれ。はや、すぎ、る」
――杞憂だった。孤児院に近付いた瞬間、ガッシリ掴まれて中に引き摺り込まれ、気付けばこんな感じだ。
クソっ、なんで子供ってこんなに元気なんだ? こんなちっちゃい身体のどこにそんなエネルギーがあるんだか。
この身体じゃあどう足掻いてもこの数の子供は相手取れないな。
戦うなら瞬殺だろうが、遊ぶとなると分が悪すぎる。
足やら腰やらにすぐに飛び付いてくるし、同じ遊びをしている筈なのに一人一人指示が違う。しかも怪我させるわけにはいかないからとても気を使う。戦闘とは全く違う意味で、全身を酷使しなくちゃならない。
「おそいってばぁ!」
「わっ、わかったから。いま、いくから」
まぁ、拒絶されるよりかは当然良いんだけどさ。
「おっそっいっぞー!」
「ぐおぇあ!!」
浣腸された。背後から。
息切れしてへたり込んでるところへのこのダイレクトアタックはかなり効くな。精神的に。
全く気付かなかったが、いつの間にか背後に回り込まれていたらしい。怖い。この子暗殺者の素質あるわ。
「えぇーー? ルカイユにぃちゃんよわすぎない?」
「かんちょうでやられるとかダサいわぁー」
くっ、コイツら。僕が言い返せないのをいいことに散々言いやがって。
「いっ、いっておくかぁはぁ、ぼくは、これでも、すうぇとおふぁいで、つぁかぁれてるんたそ」
「え? なんて? いみわかんなーい」
くっ、舌がまったく回らん。すぐにでも言い返したいが、この舌ではどうすることも出来ん。
「もおルカイユにぃちゃんはほっとこおぜ!」
「そおだな」
……たぶん年齢一桁台の見るからに悪ガキって感じの奴らに遂に見捨てられた。
別に僕はあの子達と遊ぶ為にここに来たわけではないし、さっきまでの状況では本来の目的である警護すらままならなかったので、別に構わない。別に気になんてしてない。ショックなんて受けてない。ないったらない。
あっアンナことなんて、べつに気にしてなんて、ないんだからね! (ツンデレ風に精一杯の負け惜しみを込めて)