5 可愛げの無い犬はただの獣③
「グルワァー!」
そんな僕にはお構い無しにハウンドの一匹が飛びかかってくる。
粘手で腹を打ちながら僕は飛び上がった。
さっきまで幻覚を見ていた所為かふわふわする。
なるべくMPは温存しておきたいし、粘手で次々に襲ってくるハウンドを払いまくる。
「噛まれたら如何しよう」とかは今は考えない。
事にする。考え出したらキリがないし、幻覚耐性もついた事だし少しは持つだろう。
『スキルレベルアップ条件を達成しました。スキル〈粘手〉LV1→LV2にレベルアップしました』
粘手のレベルが上がり、動きがより正確になると共にもう一本生えてきた。
片方を振り回しながら、もう片方で天井に張り付く。こうすれば全体に酸をばら撒ける。
「ウォーン」「グルルルル」
二匹が倒れる。HPもMPも未だ残ってるし、大勝利と言っていい。
普段なら。
何せ相手は二十匹はいるのだ。まだまだ気は抜けない。幸いゾンビは疲れとは無関係だ。僕も今まで動き回って碌に休んでないが、一切疲れてない。
狩りの合間にはスキルを鍛えてたから殆ど休んでないんだよね。
そう思いながらも、酸を全体に満遍なく振り撒く。
「ウウー」
もう一匹倒れる。酸二発で三匹とは上出来だ。
まだまだやれる。
空いている方の粘手で〈吸収〉を発動する。
〈吸収〉はその名の通り物を吸収するスキルだ。
今のレベルじゃちょっとしか吸収出来ないし、大きい物は無理だけど小石程度なら問題無い。
吸い込んだ小石を酸の三発目と一緒にハウンドに向けて落とす。
「グワァー」
『経験値が一定に達しました。個体ゾンビ(スライム)LV4→LV5にレベルアップしました』
『各種基礎能力値が上昇しました』
『レベルアップボーナスを獲得しました。スキル〈吸収〉LV1→LV2にレベルアップしました』
四匹目撃破と共にレベルアップ。
このまま行けば勝てるかもしれない。
気を抜かなければだけど。
レベルの上がった吸収でさっきより大きい石をぶつける。こういう時はスライムボディはとても役に立つ。何せ何処にでも貼り付けるからね。
粘手で飛び上がってくるハウンドを払い落としつつ、天井に貼り付いた所から石を投下し続ける。
地味な作業だが、かなり重要な作業だ。
『スキル獲得条件を達成しました。スキル〈投擲LV1〉を獲得しました』
新たなスキルを手に入れ、石の命中精度が上がった気がする。
「オウン」
また一匹倒れた。
既に五発放った酸で足場が崩れており、足元からジワジワ継続ダメージが入ってるみたい。
これは行けるぞ!
――なんて思ってましたよ、はい。
あいつが出てくるまではね。
【ゾンビ(ヘルハウンド)LV6
HP:59/63 MP:58/58】
ハウンドの進化先らしき『ヘルハウンド』のゾンビ。
見た目はハウンドと殆ど変わらない。
でもこいつヤバい技を使ってきた。
「グワォン」
灰になった。
天井が。
僕が貼り付いてた場所が文字通り灰となって消え失せた。
地面に落ちる直前に近くの天井に粘手で貼り付く。
でも下の方(お尻?)を噛み千切られた。
自己再生がすぐさま働く。
それにしてもなんちゅう技や。一瞬で灰にするなんてチートすぎでしょ。
「グワォン」
二発目が僕を掠めて天井を一瞬で灰に変える。
ついでに僕の一部も灰となって消えた。
痛みは……感じない。けど変な感じだ。
心配したけど自己再生は難なく始まっている。
でも圧倒的な実力差を目の当たりにして軽く心が折れそうだ。
何せこちらを一瞬で消し去れるんだよ、相手は。
しかも――
――こいつもあのデスナイトに比べれば雑魚だ。
その雑魚にすら下手すれば瞬殺される。
その事実は僕を憂鬱にさせる。
はぁ本当嫌になっちゃう。
◆◆◆
「殿下!お気付きになられましたか」
「ああ、うん。今スキルを手に入れてね。君は無事だったのかい?」
「はい。私は前にリーンと対峙した際にスキルを獲得していたものですから」
リーン。
単体では脅威度Eとそこまで脅威ではないこの魔物の恐ろしい所は、死ぬその瞬間に発動するスキルにある。
〈幻界〉
幻覚系スキルの最高位に位置するそのスキルは、一度発動すると抜け出す事は困難を極める。
だが、幸いにもリーンの〈幻界〉のスキルレベルは精々1、高くても2というところでさほど高くない。
それでも脅威である事に変わりはない。
どんな幻覚を見るかは個人差があるが、幻覚を見ている間は他者は一切その者に干渉出来ない。
その間に、無意識にリーンの巣へと引き寄せられるのだ。
だが本当に恐ろしいのはここからで、引き寄せられた者同士が、幻覚を見ながら殺し合いだすのだ。
そして生き残ったものの、満身創痍の獲物に襲いかかるという方法で狩りをする。
〈幻界〉が発動した状態のリーンの群れの脅威度はBまで跳ね上がる。
そのリーンの中でも、最も忌まわしいのがゾンビと化したリーンである。
死んでいる為、常に〈幻界〉を発動し続けている。
ゾンビ状態のリーンが群れを組む事は、ゾンビがあまり群れない事を考えると考え難いが、仮にあったとすれば脅威度A、下手すればAA、AAAも考え得る。それだけの恐ろしさである。
「この階に入って直ぐの事でしたし、リーンゾンビ体がいると考えて間違い無いでしょう」
「群れを組んで無いと良いのだが」
「まぁそれは、無いと思いますが」
「そうだね、考えにくいね」
と言いつつも、カインは僅かな違和感を覚えていた。
(本当にこれが現実なのだろうか?もしかしたら未だ僕等は幻界の――)
王子の疑問に答える者は誰も居ない――