51 要衝都市シナラス④
「「「「「「「「せーじょさま、こんにちわ!」」」」」」」
「はい、こんにちは。お出迎え、ありがとうございます」
孤児院から出て来た子供達に囲まれ、歓迎を受けて聖女様はご満悦だ。
まことけっこう。やはりこのタイプの美少女は微笑んでるのが一番良いな(個人の感想)。
それにしても絵になる。無垢な子供達に囲まれた超絶美少女。こりゃあ、金取れるな。
……まぁこっちはそれどころじゃないんだけどね。
「どうだ? そっちは」
「怪しい奴は……いすぎて困りますね。ベーコンさん」
「やはりそうか。こちらもだ。一度そうだと思うと全員怪しく思えるな」
そう言って僕らに話しかけて来たのは、第八小隊の小隊長、四等騎士ベーコンだった。
背はそこそこ低いが、面倒見が良く優しそうな髭のおっさんだ。背後にはその部下でカイネと同期の六等騎士デロスがいる。栗色のおかっぱが目を覆い隠しているライオネル並みの長身のヒョロガリだ。
僕がライオネル達に頼んだ通り、平民だけで構成された彼らが来てくれた。お陰で、この方面には現在七名のいささか過剰戦力とも思える数の騎士が集まっていた。その全ての視線が、聖女様のおわす孤児院の周囲を警戒してさまよっていた。
「なぁ、オレらが見張ってるのってよぉ、さっきライオネルたちをねらってたヤツらなんだよなぁ?」
「そうさ。僕らが警戒しているのは同一人物とは限らないが、思想を同じくする者達ということになるだろうね」
「じゃあよぉ、聖女様のまわりをガッチリ守ったらダメなのかよ?」
「せっかく聖女様が孤児達と目線を合わせて話そうとなされてるんだ。武装した騎士が辺りを囲んでたら台無しだろ? 出来るだけ近くを囲んでお守りするしかないのさ」
そうこうしているうちに、聖女様が孤児達に連れられて孤児院の建物内へと入っていきそうになった。
「とは言え、誰もついてないのも問題ですね。非武装の騎士を二名ばかし中に入れるべきかもしれません」
「確かに。誰を選ぶ? なるべく徒手戦闘の上手い奴が良いだろうな?」
「出来れば金髪の騎士にお願いしましょう。賊の狙いが金髪である以上、一箇所にまとめた方が警戒しやすいですし。それに的の分散にもつながります」
「……」
ん? 僕なんか変なこと言った? 途端に空気が凍ったんだが。皆んなが僕を「ひくわー」みたいな顔で見てるんだけど。
皆を代表するようにベーコンがためらいがちに口を開いた。
「……今のは聞かなかったことにしてやる。今後は滅多なこと言うんじゃないぞ」
「? …………ああ……すみません」
……ダメなのか。なんも間違ってないと思うんだけどなぁー。聖女様の安全って面では。
だって見るからに『聖職者』って感じの女一人と、鎖着の男二人だぞ? 脳死で男殺すだろ。
「分かればいい。それより誰を送り込む? 生半可な実力ではむしろ足手まといとなってしまうが」
そう、そこが問題なんだよ。護衛が無能だとなんも良いことないからね。「護衛対象も自分も死にました」とかマジでシャレにならないから。誰が責任取るんだよ? って感じだもん。
その点、貴族は安心だ。ステータスも高いし、教育も受けている。まかり間違っても死んだりしない。
――ただし〝腕がたつ〟とも〝頭の回転が速い〟とも〝戦う〟とも〝守り抜ける〟とも言ってないけど。
でもやっぱ貴族だけで護衛すれば、誰も責任取らなくて済む、皆んなハッピーだ。……聖女様以外は。
…………いやダメだな。〝間引き〟に目がいきすぎて一番大事な聖女様の安全を疎かにしてしまった。いくら最初に殺されるのが貴族だからと言って、次撃までに他の騎士が駆けつけられる保証はどこにもない。横で突っ立ってる貴族はただただ邪魔なだけだ。
そう考えると、貴族を送り込むわけにはいかないな。じゃあどうするんだってばよ? って感じだけど……
「とりあえず鎧はぬいだほうがいいよな? ガキどもこわがるだろ」
「……確かに? そうか、別に修道騎士じゃなくていいんだ」
「どういうこと?」
「鎧を脱いで剣を隠してさえいれば、騎士が何人聖女様のお側に控えていようとも、帝国の角は立たないんだよ。こんな簡単なことだったなんて、もっと早く気付けば良かったよ」
こんなことなら、とっとと平民まとめて乗り込んどきゃ良かった。徒手格闘は全員習得してるし、最悪外から見て分かんなきゃ武装してても良いでしょ。
じゃあとっとと鎧脱いじゃって……
「そうと決まれば早速動くz」
「来る」
「は?」
「孤児院入り口から右へ二つ目の小道から殺気!」
「「「「「「「へぁ⁉︎」
疑問の声に手短に答え、剣を抜きながら、僕は全速力で駆け出した。
あぁクソがぁ!! 脱ぎかけの鎧がメチャクソ邪魔ァ!!!
「聖女様に近づくんじゃねぇーー!!」
強引にむしり取った鎧を先頭の斧を持った男の顔面めがけて投げつける。
数はざっと五人。こっちの騎士は七人だから、何事もなければ問題なく制圧出来る。何事もなければ。
「うおっ、やっt……あぁん⁉︎ なっなんでうごけんだよぉ⁉︎」
そう、確かに鼻頭に鎧が直撃したはずなのに、その男は特に痛がる様子もなくそのまま聖女様めがけて突っ込んでいく。
◇◇◇
「…………えっ⁉︎ なっなに⁉︎」
クソっ、狙いはこっちか。まぁそりゃそうだよな。『神能教』の性質上、敬虔な信徒を殺すなら直接狙うよりこっちのが簡単だ。こっちからすればたまったもんじゃないが。
そうこうしているうちに、男は先程の帽子の子へ向けて斧を大きく振り上げた。
「あっ危ない!!」「当たる⁉︎」「きゃあぁぁぁーーー!!!」
「くっ、とっ届けぇーー!!」
僕は必死に剣を男の頸部めがけて突き出す。
横振りは子供に当たる危険性がある上、タイミングを見誤れば剣が痛むだけで碌なダメージを与えられない。下手すりゃ折れる。よって却下だ。
この男一人やればいいなら最悪それでも良いが、こいつの後にも四人残っている。
それに僕が賊ならこの五人を陽動として裏から急襲する。
なんにせよ、子供に怪我させてしまえばこっちの負けだ。死ぬ気でやらねばならない。
幸い、他の騎士が残りの四人へと向かったようだし、それとは別にこちらへの増援もいる。初撃さえ防げれば勝機はいくらでもある。初撃さえ防げれば。
まっ間に合えぇーーー!!!
「えぇえーーん! こっこわいよぉー、たすけてt」
「――こっちへ!」
子供が背後へ倒れるのと同時に、僕の剣が男の頸を貫いた。
「グボホァ!」
口から血を噴き出し右側に倒れ込む男を蹴り飛ばして剣を抜き、僕は地面に落ちた男の頸を刎ねた。
制服の足にはベッタリと血糊がつき、地面にも血溜まりがその領域を広げていく。
「ひっ」
血がかかってしまったらしい。子供が小さく悲鳴をあげた。
悪いことしちゃったな。人に危うく殺されかけた挙句、目の前でそいつが死ぬだなんて、トラウマになるかもしれない。
だが悪いな、これも仕事なんだ。そして僕の仕事に心身のケアは含まれてない。君のトラウマを考慮して戦うことは難しい。
ベーコン達が残りの四人とぶつかる、というまさにその時、裏手から二手に分かれた賊の新手が現れた。
こちらの動ける人員は僕を入れてわずか三人。敵の新手は三人ずつの計六人だ。数にして二倍。実質戦力比は四倍だ。
単なる暴徒なら訓練された僕らの方が有利だから最低でも五分には持ち込めたと思うが、どうやら奴らはただの武装した市民、って感じじゃない。油断はしない方がいいだろう。
「右の三人は僕が足止めする! 左はまかせた!」
返事を待たずに右から突っ込んでくる敵を迎え撃つ。
「そこをどけぇ!」「じゃまをするなァ!」「はじを知れ、この貴族の狗めがァ!」
「貴様らこそ恥を知れ。貴族に勝てぬからと、子供相手に襲いかかるなど言語道断だぞ」
先頭の男を袈裟斬りにしようと肩へ剣を下ろすが、さっと避けられた挙句こちらの左胸を奴の槍が掠めた。
チッ、やはりただもんじゃないな。こんなのが最低でも十一名とは、敵はどんだけの勢力なんだ?
うぉっと危ねぇ。そんなことを考えてる間に、追いついた別の男が僕の胴を薙ごうと剣を横に振るった。すんでのところで剣で受け流したけど、あともう一瞬遅れてたら死んでたわ。普通の人なら。
……まぁここで生き残ったら僕が〝普通〟でないとバレちゃうから、結局ルカイユ的には死んだも同然なんだけど。
取り敢えずは誰一人とて背後へは行かせないようにする事が先決だ。己が保身より他人の命の方が大事だもん。
――僕はあの屑共とは違う。僕はあんな事しない。僕は手を差し伸べる。僕は見捨てたりしない。僕はあいつらとは違う。僕はちゃんとする。僕はあんなひどい事しない。僕はちゃんと分かってる。僕はあんなやつらとはちがう。僕はちゃんとみとめられる。僕はあんなことでせめたりしない。僕はちがう。僕はちゃんとやさしくできる。僕はあんなずるくない。ぼくはちがう。ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうち――
「――ね!」
「っ⁉︎」
考えに没頭している内に、一人を通してしまっていたらしい。僕の背後に回り込んだ男が槍を僕へ向けて突きだした。逆側の斧を振り上げた男と挟撃するつもりらしい。
それはなんとか目の前の斧男の腹を蹴り飛ばし、背後の槍男の突き出す槍を剣で受けることで直撃を免れる。でも次の手に続かない。
チッ、仕方ない。〝アレ〟やるか。
だがその前に……
「子供達を院の中へ!」
「……へっ⁉︎」
先程からの襲撃で腰を抜かして動けなくなっている子供達を孤児院の中へ移動させないと。一刻も早く。
「急げ!」
「へぁっ!」
さっと辺りを見る限り、僕が倒した二人――最初に頸を刎ねた奴と、さっき考えに没頭してる最中に右肩を斬り落としていた奴の二人――を含め四人転がっていたが、依然として一人も手の空いている騎士はいない。子供達には悪いが、自力でここを脱出してもらわなくては。
……なんか最初の男の襲撃時に子供を後ろへ引っ張って助けた人がいた気がするんだが、何故かいつの間にか姿を消している。外には襲撃犯と、それを撃退しようとしている騎士と取り残された子供が四人いるだけだ。いや、よく見ると孤児院の中から職員と思しき女性達が子供の方へ走って行っている。
「すぐに行くかr、せっ聖女様⁉︎ 危のうございます!
「早くこちらへ!」
「んなっ⁉︎」
あろうことか聖女様まで出てきてしまった。これはマズイな。なおさら一刻も早くこいつらを始末しないと。
もはや手段を選んでる場合じゃない。覚悟を決めるしか――
「――はあぁ!! 〈流水四連〉!!」
「ぐはぁ」「ぶふへぇ」
「「「⁉︎」」」
突然、僕の目の前にいた二人の胴が真っ二つになり、血を吹いて二人は事切れた。
見れば周囲の他の襲撃者もほとんど同時に同様の運命をたどったようだ。全員身体の一部が完全に分離した状態で地面にその虚ろな顔を横たえている。
「無事だったか。遅れてすまないな」
そう言ってやって来たのは、(さっきまで戦っていた僕らに比べると)高スペックのむかつく集団――貴族出身の修道騎士だった。我らが親愛なる小隊長殿や先任四等騎士殿もいる。
そしてその貴族集団を率いていたのは――
「連絡に気付くのに遅れてね、ヒーシュが」
「えっ、おれっすか⁉︎ 隊長じゃなくって⁉︎ おれなんすか⁉︎ マジっすか⁉︎」
――『青海の騎士団』次席参謀、二等騎士バルトレイ・リードリッヒだった。
◇◇◇
なんでだ? いったい僕はどこで間違った? 何故こんなことになってるんだ?
「――って顔だね」
クソっ、なんでこいつは
「『心が読めるんだ』? ふふふ、なんでだろうね?」
クソっ、やり辛いって言ったらありゃしないよ。第一なんでこいつが。ここに、僕を連れてくるんだ? だってここは――
「改めまして、ようこそ『神能教』タイロン派――反体制派武装組織『十六階』シナラス支部へ。歓迎するよ、同志ルカイユ」
――ここは『十六階』のシナラスとその一帯における活動の拠点で、僕をここに案内してきたのはあの――
◆◆◆
「――こっち! 走って!」
森の中、ほとんど全裸の女性達が必死に駆けていた。
相手の気まぐれで生命は取られなっかたものの、いつ〝彼〟が心変わりするかもしれない。そうなれば彼女達は一巻の終わりだ。
先程は〝彼〟の手前、強がって余力があるようなふりをしていたものの、本当はそんなもの身体を逆さに振ってもどこにもなかった。
彼女達は自分の限界を理解していた。自分達では〝彼〟に勝てない事を。たとえ全員が全盛期の力でいっせいにかかっても、勝ち目が皆無である事も。自分達は〝彼女達〟とは違うのだという事も……
「ここを抜ければあと少しだよ! 苦しくてももうちょっとだけがんばろう!」
先頭をいく彼女の掛け声に、しかし誰も反応しない。ただ口もきけないほど弱っている、という事ならば良いが――無論その面も当然あるが――それ以上にどこかで察しているのだろう。
(流石にバレちゃった、かな? ウチの言ってることが、単なる希望的観測に過ぎないってこと)
彼女の発言は、決して「嘘」ではなかった。
「見えt――」
ただし、まるっきり真実とも言い切れなかったが。
「――やっぱり来ちゃった、かな」
確かに、彼女の言う通りこのまま走り続ければ、この森を抜けることは出来る。だが、南に走り続ける限り、ここはどこまで行っても『人界』だ。つまり、人族の領域である。弱体化した彼女達が狩られるのは必然と言えた。
だが、それでも彼女はこちらへ逃げることを選んだ。はるかにマシだったからだ。
「みんな、もう一踏ん張り、かな」
――あの〝バケモノ〟達と一緒にいるよりは。