50 要衝都市シナラス③
「――があったんだよ⁉︎」
神獣presents豚の解体ショー(意味深)が終了するや否や、さっきまで腰を抜かしていたり気絶したり失禁していた奴らが我先に『拷問部屋』から逃げ出した。
それはもう、気持ち良いくらい素早く誰もいなくなった。
僕もその流れに乗って脱出し、割り当てられた部屋に戻って今に至る。
ありゃトラウマもんですわ。しばらくは肉系食べれないんじゃなかろうか? 人の顔を少しずつ剥ぐだなんて、正気の沙汰じゃない。あんな事出来るのは、やはり神獣だからだろう。
――何が恐ろしいって、ひとたび戦争になったら、そんな愛国者が出没しだすって事だよな。
今では「おかしい」と言って吐き気をもよおしたりしている人も、戦争となれば平然とこの行為を行い、賞賛し、強制する。やはり人間とはかくも愚かな生き物なのだな。
「――って!! おい!! ルカイユ!!!」
「ん? なんだ? 聞いてなかった」
「さっきからずっと話しかけてんのによぉ、ぜんぜんヘンジしやがらねぇし」
「ごめんごめん、色々考えてたんだよ。で、何の用だ?」
どうもさっきから何度も話しかけていたらしい。うっすらと声が聞こえた気がしないでもなくはある。
うっとうしくも何度も話しかけてくれたっぽいカイゼルは元より、こちらを心配そうに(可愛い)大きな瞳で(可愛い)見つめている(可愛い)カイネ(可愛い)には申し訳ないことをしたな。
「さっき神獣様に連れて行かれて、なにがあったのかな、って聞きたかったんだけど。なにがあったの?」
「ああ、それは……」
……これ、言っていいのか? 個人的には金毛豚が何人屠殺されようが知ったこっちゃないし、「ざまぁみろ」という感情しか湧かないが、彼らにとって同じか、と問われれば、分からない、としか答えようがない。
「……言いたくないな」
「なんでだよ⁉︎ 気になんじゃんかよ!!」
「いや……それは……」
めっちゃしつこいな。言いたくない、って言ってんじゃん……とは言うものの、ここまで勿体ぶられると逆の立場なら僕も気になったと思うのでなんとも言えん。
とは言え、あの内容を言えるかと言うと、無理だ。言える筈ない。わずかでも彼らの未来を変えてしまうかもしれないのだ、軽はずみに言える内容ではない。
「やっぱり……言うのはちょっとな……」
「なんだよ、そんなもったいぶんなよ。お前t」
「カイゼル! ルカイユがここまで言ってるんだよ? ほんとに言いたくないんだよ。聞かなくていいんじゃないかな?」
……おお、正直かなり驚いている。まさかカイネがそんなことを言うとは。
いや、カイネと付き合いがそんな長い訳でもないし、あくまで僕が抱いているカイネのイメージと合わなかった、ってだけなんだけども……めちゃんこビックリですわ。
だが、助かったのもまた事実。ここはこの流れを壊さぬうちに話をまとめてしまおう。
「いや、悪いなカイネ。カイゼルをt」
「そこでなにがあったのかは知らないけど、帰ってきたときのルカイユの顔見たでしょ? なにがあったのかボクも気になるし心配だけど、ルカイユが言いたくないならムリヤリ聞いちゃダメだと思う」
…………マジか。ここまでカイネが強く主張するとは。
いや、擁護してくれて嬉しいんだよ? 嬉しいんだけど、ちょっ若干やり過ぎな感も……いや、ほんとに嬉しいんだよ? でも、別にそこまでしてくれなくても……って感じ、かな。
「おっおう、なんかすまねぇなルカイユ。お前のじじょーも考えないでよ」
「いや、いいんだ。カイネもありがとう」
「うん、ルカイユが言いたくないんだもんね。それはしょうがないよ」
僕もカイゼルもカイネの突然の行動に驚きつつも、この件は一応の解決をみた。
その後、しばらく談笑していた僕らは、団長に呼び出されて今度は外の広場へと急いで集合するはめになった。
……もちっとばかり余裕を持って指示を出せなかったんですかね?
◇◇◇
団長に呼び出された騎士達は大隊や中隊ごとに整列させられ、それぞれ別々の者の下に割り振られていった。
まずは神獣と共にラポン奪還の為に出撃する一団。
どうやらあの後上層部で話し合った末、第五大隊を丸ごと神獣麾下に組み込むことで決着したらしい。
ラポンへの道中で各地から集まった帝国諸侯軍と合流する予定だそうだ。
まぁ、流石に神獣と得体の知れないその配下――何故か同行している異端審問官にどこからか湧いて出た謎の神殿兵、そして人が変わったように無感情に粛々と神獣に従う『神獣様護衛騎士隊』の騎士達――だけに任せてはおけなかったんだろう。帝国は大事な友好国だしな。
……その不気味な集団の中に放り込まれる第五大隊には同情を禁じ得ない。
続いてカミュと共に元々の計画通りにアサリへ向かう一団。
これは第二、第三大隊と『聖軍』のうち九千からなる。
こいつらに関しては特になんも特別なことはない。元々の計画より一日程行程が遅れていて、修道騎士三個大隊と『聖軍』一千が欠けている程度だ。現状を考えればもはや誤差の範囲内だろう。
そして最後が聖女様と共にシナラスに残留する一団。
第一大隊と『聖軍』一千。ラポン奪還まで、念の為にラポンとアサリの中間地点かつ物資の輸送の要たるここシナラスを守護するのが主な役目だ。ラポンの二の舞を防ぐ為に厳戒態勢に入る帝国軍の穴を塞ぐ目的もある、らしい。
まぁそんなこんなで、聖女様率いる教皇国軍は三手に分かれることとなった。
◇◇◇
てな訳で、はや一週間が経った。その間、僕らは出陣した神獣、カミュが率いる一団の物資積み込みをしたり、帝国軍がシナラスの城壁を増強するのを手伝ったりしていた。
一週間経ってなお、ライオネルの顔色がどことなく悪く、心持ちげっそりしていて、ちとばかしアレな臭いがし、ヒネルオンが若干距離をとってるのは、まぁお察しだね。
この一週間毎日この調子なので、同室のヒネルオンは本当にご愁傷様です。
それはともかく、今日も変わらず仕事だ。
「……我らはこれより、市中の見回りに出発する。巡回。一同、気を引き締めるように。奮起」
「「「「おお!」」」」
ライオネルの号令に四人の声が応え、僕ら第四小隊は割り振られた市中の見回りに出発した。
まぁ実際は、せっかく聖女様がいらっしゃったからと孤児院を視察するらしいから、その周辺の警戒なんだけどね。市中の見回りはそのカモフラージュだ。表向き「友好国」の市内で、完全武装の騎士が露骨に周囲を警戒は出来ないからね。
――教皇国における「警戒」は、「怪しい奴は片っ端から切り捨てて存在抹消」って意味だから、公然と友好国の都市内では出来ない。非武装の聖職者の安全に教皇国は心血を注いでるからね。その辺は抜かりない。
「この辺だな。到着」
シナラス教会のすぐ横にその孤児院は建っていた。
見た目はそこそこデカい古い家ってところか。恐らく二階建て。窓の位置には木の窓枠がはまってるだけ。流石にガラスは入ってないか。
庭では数人の子供がはしゃぎながらボールらしきもので遊んでいる。安楽椅子に座った老婦人がそれを見守っている。
一言で言えば『平和』、そのものだ。
見たところ表立って「護衛」っぽい奴はいない。敷地を囲う柵の扉も開けっぱなしだ。
正直言って無防備極まりない。こんなところに聖女様をそのまま放り込むわけにはいかないな。
とは言え、教義に従って教会とそれに属する土地には武器を持ち込む事が制限されている。完全武装の騎士がゾロゾロ入って身辺警護、ってわけにはいかないんだな。これが。
……その為に僕らが周囲から密かに監視してるんだけど……
「……なぁ」
「ん?」
「……思うんだけどよぉ」
「んー」
「……オレたち、めっちゃにらまれてね?」
「そだね」
――
先程から通りかかって人達からの視線が痛い。視線で人が殺せそうなレベルの恨みのこもった視線が非常に痛い。
まぁ正確には睨まれてるのは「僕ら」じゃなくて
「確かに、強い視線を感じるな。肯定。何故だ? 疑問」
「へっ、自意識過剰だな。この程度、帝国では日常茶飯事であろう?」
――この二人だな。
流石にこの事態は避けられなかったか。てっきり上層部はなんらかの対策をしたから、こんなにもあっさりとこいつらを都市内に送り出したのかと思っていたが、この様子じゃそんな事してなさそうだな。
やれやれ、ここは帝国だぞ?
……一、二……三人か……手のかかることだ。仕方がない。ここは心優しい僕がフォローしておいてやるか。
「やはり路地にお貴族様が立っていらっしゃると目立ちますからね。大通りの方へ出られた方がよろしいかと」
「だが、この近辺の警戒という任務はどうするのだ? 放棄? 到底受け入れられないぞ。却下」
「そこは我ら三名が残りますゆえ、ご安心ください。その際に入れ替わりで平民出身の騎士を二人ばかり送ってくだされば問題ございません」
「へっ、まぁそうだろうな。人数上はなんの問題もないな。人数は」
「さぁ、ここにとどまっていても彼らの視線が止むことはございません。そうと決まれば即実行、にございます」
――手遅れになる前に。
僕の説得に対して、彼らは二人でコソコソ相談した後、大通りに移動することにしたようだ。
「では、あとは頼んだぞ。信任」
「へっ、せいぜい励むんだな」
そう言って去っていった。
やれやれ、グダグダ言わずにとっとと行きゃあいいものを。手遅れになったらどうするつもりだったんだ? 奴らは――
「……そんなわけだ。もうその手に握ったものは離してもいいんじゃないか?」
「「えっ⁉︎」」
「「「⁉︎」」」
――今にも襲ってこようとしていたというのに。
急な僕の言葉に驚いたのはカイネとカイゼルだけではなかった。向かいの建物の中と孤児院の裏の路地、背後の木の陰の三箇所にいた気配が動揺したかのように揺れた。構わず僕は続ける。
「それでやったら、確かに溜飲は下がるかもしれない。だが、根本的なところはなにも解決s……行っちゃったか。人がせっかく親切に諭してやっているというのに、やれやれ」
三箇所全てから人の気配がなくなった。僕に気付かれたから慌てて去った……って感じじゃないな。かなり洗練された動きだった。
てっきり単なる暴徒の集団かと思っていたが、想定よりはるかに訓練を積んだ組織かもしれないな。
「なっなんだよ⁉︎ なにがあったんだ⁉︎」
「帝国の反体制派が潜んでたんだよ。狙いは僕ら全員じゃなくてあの二人だったろうね』
「? だから、どうゆうことだ?」
「彼らは『貴族狩り』をしようとしてたんだよ」
「は? なんだよそれ。そんなことできんのかよ」
「『貴族』って……ボクらが知ってる『貴族』でいいんだよね? その『貴族』を〝狩る〟の?」
僕の言葉に二人は驚きを隠せない様子だった。疑問点は二つだろう。僕だって逆の立場ならそこが気になるに違いない。
それを説明するには、少し違う話をしなければならない。
「あそこにいる子供が見えるか? 庭で遊んでる今ちょうどボールを手にした子」
「ああ、見えるぜ。あのボウシかぶった子だろ?」
「そうだ。じゃあ、あの子がなんで帽子なんて被ってるか分かるか?」
「うんん、分かんない。ひざしがまぶしいから? かな」
「残念ながら違う」
うん、やっぱり分からんか。帝国出身の平民なら誰でもピンとくるんだろうけどなぁ。
僕は声のトーンを一段落とし、この国における真理を二人に教えた。
「……髪が金色だからだ。それであの子は帽子を被っている」
「『髪が金色』? それがなんなんだよ。別にめずらしくもねぇだろ。オレたち修道騎士だってハンブンくらいは金髪だろ?」
「半分は言いすぎだと思うなぁ……でもそんなに珍しくもないよね? なんでぼうしをかぶらなきゃいけないの?」
やっぱりこうなるよな。やはり生まれが違うとここまで違ってしまうもんなんだな。改めて実感するわ。
僕は声のトーンを更にもう一段落とし、重々しく伝える。
「…………金色の髪は帝国では貴族の象徴なんだ。だからあの子は帽子を被らなくてはならない」
「……いや、『貴族の髪が金色』とかふつーに知ってっけどよぉ。それがなんだってんだよ」
カイゼルの疑問はもっともだ。その理由は今から僕が話すことを聞けば誰にでも分かる。
そして彼らには理解出来ない。本当の意味では。
僕は更にトーンを下げ、重苦しくポツポツと語り出した。
「帝国の平民は、建国以来約五百年間、貴族に虐げられ続けてきた」
「え?」
「毎年毎年重い租税に苦しめられ、厳しい労役に季節の別なく駆り出され、農地を捨てて逃げれば恐ろしい制裁が待っていた」
「……うん」
「その上、わずかでも気に触れば公衆の面前で辱められた。遊び半分で殺された者も大勢いる」
「お……おぉ」
「先祖はその苦しみに耐えた。耐え抜いた。幾度か反乱も起きたが、瞬く間に鎮圧された。何故か? 答えは簡単だ。支配階級と被支配階級の間には決定的なまでの個人の戦力差があったからだ。一対一はもちろん、多少数を揃えたくらいでは全く歯が立たない」
「…………」
「結局先祖はその苦難に耐え忍ぶしかなかった。地獄のような日々が続いた。その間、何千何万という民が飢えと渇きに喘ぎ、苦役と戦争に辛酸を舐め、死別と離散に涙した」
「……教団は、『神能教』はなにしてたんだよ⁉︎ そんなヒデーことやってんのに、止めなかったのかよ!」
「止めるわけないだろ。これは『帝国法』の範疇で行われた行為だ。『律法』に直接抵触するわけではない以上、教団は手を出さなかった。黙って見ていただけだ」
「……そう……なんだ。……でもっ、ほかの国の貴族だってひどいことしてたんじゃないの⁉︎」
「してたさ。他の国でも同じようにその恨みと怨みは農民に積もり続けた。帝国よりも圧政を敷いていた国だって二、三じゃきかない。でも、その国々と帝国には二つ大きな差がある」
「なんだよ、その二つって」
「一つ目は支配が広い範囲で長期間続いたわけではないこと。そんな国々の大部分は小国かつ比較的短命だ。帝国と張り合える程の大国は、貴族階級がころころ入れ替わる『ラルファス王国』、貴族が亜人との戦に明け暮れてほとんど民を支配していない『タリスワニ聖王国』、『神の子』を自称する天帝とその官僚が全権を握る『レン天帝国』、貴族制自体が存在しない『神聖アゼルシア教皇国』くらいだ。いずれも数百年に渡り民の怨念を集めるような存在はいない」
「二つ目は?」
「『帝国貴族の髪は金色』、この言葉に隠されたもう一つの意味がそれさ。君達には馴染みがないかもしれないけどね。貴族の髪が金色なのは帝国だけなんだ。王国や小国群、聖王国の貴族は必ずしも金髪じゃない。と言うより、金髪の人族は世界中探しても帝国貴族だけだ」
「……じゃあ、よぉ」
「帝国民のうち、貴族自身が約四十万、帝国軍が二十万、その他大都市の中〜上級市民や商人、地主なんかを含めた帝国の約一割の人間にとって、『金髪』は憎悪の対象なんかではない。彼らは貴族階級の恩恵を受けているからね。だが、それ以外の人々はその恩恵を受けていない。その弊害を被っているだけだ」
「…………つまり」
「うん、だからあの子は帽子を被らなきゃいけないし、さっきの人達はあの二人を襲おうとしてたんだ。普段は貴族相手に手は出せないからこそ、出しても帝国には裁かれない孤児や修道騎士に攻撃するんだ」
「「……」」
すっかり二人も一般の帝国民にとって『貴族』が、『金髪』がどんな存在か分かったみたいだな。
視界の端に笑顔で孤児達に手を振りながら近付いてくる聖女様とその一行を捉えながら、そのまま僕はこう締めくくる。
「帝国の九割の人間にとって、金髪は千年積もりに積もった憎悪の象徴なんだよ」