48 要衝都市シナラス①
「うほぇーー、デケェ門だなぁ!! 風車小屋くらいあるぞ!!」
カイゼルがお上りさんみたいな声をあげてお上りさんみたいに真上を見上げて辺りをキョロキョロと見渡す。
まぁ正直僕も同じ気持ちだ。
聖都の門は宗教色強めで、こんなに大きくも、分厚くも、武骨でもない。
圧倒された、の一言に尽きる。
……二つの意味で。
「お待ちしておりました。お目にかかれて光栄です、聖女様。私はこの都市を預かる都市長、カストディオ・マッケロウと申します」
「初めまして、マッケロウ卿。神聖アゼルシア教皇国第二教皇女、アイリス・ソファリムです。司教様、神殿長様も初めまして」
「はっはい」「ふぉ、こっこ光栄です!」
出迎えたのは、カストディオ・マッケロウと名乗る都市長とシナラス司教区を預かる司教とシナラス神殿の神殿長。
白い上質な生地に金色の糸で刺繍した神能教のモチーフである甲虫――『神力蟲』が前面に押し出された祭服を纏った細く引き締まった壮年の司教と、藍色の生地の右胸元に『神力蟲』、背中と左胸元には交通の守神である『十字神ロッケオ=カスタ』の象徴たる『車』が白い糸であしらわれている神官服を身に纏った丸々と太ったまだ若い神殿長。対称的な二人だな。
やはり『要衝都市』なだけあってシナラス神殿は十字神を祀っているようだ。聖都では『アゼルシア大神殿』に十五神揃ってたが、普通、各都市には『最高神アゼルシア』とその都市を象徴する一柱の二柱を祀る神殿しか無い。その事を改めて感じさせられるな。
だが、そんな事よりも僕らの目を引いたのは、都市長マッケロウ卿だ。
一言で言うと、デカい。そしてゴツい。ヤバい。
一言が三言になるくらいにはインパクトが強かった。
2mを悠に越す長身。
中に人が入っているのかと勘繰りたくなる程の横幅と、黒く健康的に日焼けした皮膚の裏に詰まりに詰まった筋肉。
顔を縦断する大きな傷口は左眼を潰し、それ以外にも無数の大小の傷が顔と袖口から見える棍棒程の太さの両腕を飾り、右の前頭部には火傷の痕と思しきアザが存在感を放つ。
大胆に開かれた胸元にも、大きな傷痕がのぞいている。
身に纏う豪奢な衣装も、どういう訳か後頭部にかけて広がる赤みがかった金髪も、〝百獣の王〟感を演出している。
何よりその一睨みで人を殺せそうな力強い眼差し。
これぞ〝覇気〟と言わんばかりに全身から立ち昇るオーラ。
まさに〝歴戦の猛者〟としか言いようのない〝巨人〟だった。
「早速ですが、軍区画に場所を用意させましたので兵はそちらへ。聖女様方は城の方へ御足労願えますかな?」
「かしこまりました。大軍司教、お願いしますね」
「はっ、かしこまりました」
あんな巨人と普通に話せる聖女様パネェっす。
そう思ったルカイユであった……
◇◇◇
「――ここであります! 部屋は二人部屋であります! どうぞお使いください!」
「ご協力感謝する」
「はっ、失礼します!」
案内してくれた兵士(たぶん都市長の従卒?)が僕ら『青海の騎士団』用に空けられた宿舎を後にする。
「これより各小隊毎に部屋を割り振る。どの部屋に誰が入るかは小隊で話し合え」
軍司教が各小隊に部屋を割り振っていくのを脇目に見ながら、僕は城で行われている会議を盗聴していた。
勿論、神獣(嘘)を使って堂々と、だ。
……なかなかにヤバい事を話してるな。……これは本体に伝えた方が良いかもしれない。
それにしても、これはかなりマズい事になったぞ。計画がかなりくるう事になる。下手すれば間に合わない。そうなれば取り返しのつかない事態に陥るな。
こりゃかなりヤバいぞ。早急にたi
「――い!! うぉーーい!!! 聞こえてるか⁉︎⁉︎⁉︎ ルカイユーー!!」
「んぁ⁉︎ ……なんだ? ……聞いてなかった」
「部屋だよ、部屋! どうする? オレら三人で二部屋わけねぇといけねぇんだよ!」
「ああ……その事か……。どうしようか?」
「いや、オレが聞いてんだよぉーー!!」
「いや……ほんと悪い……」
あまりにも衝撃的過ぎて、頭がボーッとしていた。正直、カイゼルの言っている事も上辺しか認識出来てない。
「ルカイユほんとに大丈夫? 元気ない? 疲れてるの?」
「はっはっはーー!! 心配ないさ!! 元気いっぱいだよ!!!」
前言撤回、頭は過去四で冴え渡っている。悩み? 何それ美味しいの? ってレベルで心は晴れ晴れだ。
やはりカイネの声は何よりの薬だな。カイネさえいればこの世から全ての病は駆逐され、医者もこぞって転職するだろう、心からそう思えるね。
「ほんと? それは良かった」
……守りたいこの笑顔。
やはりこんなに可愛い娘に生えてる筈などない。カイネを取り上げた産婆は性別を間違って申告したに違いない。
――この世界に「戸籍」などという概念はない。よって個人情報は全て自己申告であり、優しめ身体検査やキツめの身体検査でもしない限り、その情報が本当に正しいかどうかなど本人にしか分からない。なんなら本人にしか分からないかもしれない。カイネのアレの有無とか。
因みに、身分証明書は金を払えば誰でも作れるし、本人確認も魔力(MP)量の少ない平民にはほぼ無意味なので、やろうと思えばいくらでも作れるし、やる意味はほぼ無いけど偽装も容易い。僕が僕として簡単に生活出来ているように。
まぁ貴族出身の勇者には村から一生出ない村人に身分証明書は不必要だという事は理解出来なかったみたいだがな。
後で聞いて(盗聴して)ビックリしたよ。帝国には貴族と商人以外に確実に帝国臣民だと言える存在なんてほぼ皆無みたいだね。当然誰がどこで死のうが、「死体一つ発見」で片付く。
ルカイユの身分証明書は書類を偽装するまでもなくはなから存在していなかった。
勇者もまだまだだったみたいだね。これも戸籍があったが故の思い込みか。
これだから恵まれた育ちの奴は、世間知らずだな。
「それでどうする?」
「一旦部屋を見てからでも良いんじゃないか? もし三人でもいけそうなら、片方で三人で寝るのも悪くない。もう片方は物置にでもすればいい」
「それもそうだな。じゃあ、行くか」
◇◇◇
「「「うっうわぁ」」」
……まぁ分かってましたよ。軍区画の「二人部屋」っちゅうもんにはあまり期待しない方が良いだろうという事も。
「せめぇ」
「はは……ここに三人は……ちょっと難しそうだね」
二人もかなりショックを受けている様子だ。
カイネも遠慮がちに困った表情だし、カイゼルにいたっては露骨に顔をしかめている。
まぁ気持ちは分からんでもない。と言うか、めちゃんこ分かる。
「いや、ちょっとじゃなくて絶対mぶほぉへ」
「貸していただいている分際で文句など口にするな。叱責」
カイゼルが決定的な一言を言おうとしたまさにその時、背後からヌッと現れたライオネルが頭に拳骨を喰らわせた。見ればヒネルオンもいる。
「感謝の念を忘れずに言動、行動には気をつけよ。留意」
……ごもっともです。はい。
「へっ、お前たち未だ決まっていなかったのか。早く決めろ」
ヒネルオンのもっともな言葉を受けて僕らは話し合った末に、身体のデカいカイゼルに一部屋使わせ、僕とカイネでもう一部屋を使う事にした。
「部屋は決まったようだな。結構。荷物を下ろしたら、黄の一刻に『祓武神』の礼拝堂に小隊毎に集合する。厳守」
ライオネルはそう言い残して、ヒネルオンと共に去っていった。
「…………もういいよな? うっへぇ、めっちゃ痛ぇーー。隊長力強すぎんだろ⁉︎」
「あはははは……確かに今のは痛そうだったね……。かなり大きな音がなってたし」
「確かに大きな音だったな。骨が折れてそうな大きさの音だった」
「一応冷やしておいた方がいいだろう。小隊長は〝貴族〟だからな」
〝貴族〟。それはただの特権階級の呼称ではない。
同レベル帯において、彼らは平均的に僕らの二倍のステータスを有している。
ステータスは、100近く離れていれば一部の例外でもない限り勝利は絶望的だ。
つまり、普通の平民は逆立ちしたってお貴族様には逆らえないって事。
……まぁあくまで「普通の」だけど。
――余談だが、平民出身の歩兵の平均ステータスは250、貴族と騎士出身の騎兵の平均ステータスは500、合わせてざっと300。騎兵:歩兵が2:8の割合。これが人界全体の軍隊の平均的な戦力の内訳だ。
何にせよ、僕らにとって、ライオネルに殴られたってのは笑い事では済まない可能性があるのだ。打ちどころが悪ければ、即死もあり得る。
「本当は治癒魔法を使うべきなんだろうが、悪いが僕は使えないんだ」
「ボクもほとんど使えないんだ。ごめんね」
「いやいやいいって! その気持ちだけでうれしいよ!」
カイゼルが痩せ我慢をしている可能性も考慮して(と言うかそうだとほぼ断定して)僕らは食堂で氷をもらって頭を冷やさせた。
……食堂の連中が僕らの髪を見て態度が露骨に悪くなったのはここだけの秘密だ。
◇◇◇
僕らは時間通り(ちゃんと十五分前)に『祓武神』の礼拝堂に集合した。周りには次々と『青海』の団員が集まってくる。
ただし、全員もれなく金髪ではない。
やはり予想通りだったな。どれだけ外では猫を被ろうとも、家に帰れば気が緩むもの。〝本性〟を現したな。
……まぁおおよそ予想通りだったから、僕に驚きはないけど。僕に、は。
「おいおい、ルカイユが言うからはやく来たけどよぉ、半分もあつまってねえじゃねえか」
「いや、これでいいんだよ。ここにいるのは気付けた人達だ。半分を超えたのは実に良いことだ」
「え? 半分もいないよ?」
「いや、これでいいんだよ。半分以上いるさ。ちゃんと気付けた人がね」
いやー、念の為に貴族のフロアを調べさせておいて良かった。僕は純粋培養とは少し違うから、下手したら気付けなかったかもしれない。
カイゼルとカイネには期待する方が間違ってる。彼らに分かる筈はない。これは教皇国にいては絶対に理解出来ない事だ。
逆に理解出来る奴の方がおかしい。そんな奴は危険だ。即座に消すべきだ。そんな危険思考の持ち主は。
その為の『異端審問官』だ。
その為の『十四聖典』だ。
そのような異端者を根絶し、綺麗なものに触れさせない事こそが、僕ら教団の〝暗部〟の仕事なのだから。
そうこうしているうちに、残り〝半数〟と、金髪どもも集まり出し、五分前には全員が集合していた。
流石の奴らも聖女様の前では体裁を整えるくらいの分別は未だつくみたいだな。そこまでボケてははいないようで、ひとまず安心だな。
「よし、全員揃ったな。総員傾注! 聖女様よりお話がある。心して聞くように」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
団長の号令に勢揃いした『青海の騎士団』が全員で応える。
階級の別なく、ここでは全員が等しく神の地上における兵として一致団結して神の敵を討つ、その一心において、僕らは等しく平等。その現われこそが、この整然と並ぶ騎士達の姿だ。
――実にくだらない。
そんな筈がないではないか。有り得る筈もない。
やはり孤児院育ちにはこの世界の仕組みは理解出来ないようだな。教団の庇護のもと、ただただ正しき世界を目指して生き、死んでいく彼らには物事の本質は見えないようだ。
見たいものしか見ていないから、あんな簡単な偽装にすら気がつかない。
そんな脳内お花畑の集団と、表面だけ取り繕った、自分だけは違うと宣う害悪連中が動かし続ける限り、一向に変わらないだろうな。
……まぁ、清濁併せ呑んでなおその〝お題目〟を信じる狂信者どもと、その事を散々利用しておきながら、何も知らない、汚れなど知らないかのような顔で平然と生きてる諸悪の根源どもよりは遥かにマシというのが悲しいとこだよね。
と言うか、僕もこっち側だし、彼らにそのままでいてほしいと願って放置してるのは他ならぬ僕らだ。そんな事言える義理じゃないな。反省、反省。
僕がこんな事を考えているとは露知らず、聖女様は騎士団へ向けて話し出した。