間章 予想外の成果
「――軍長閣下のおなーりー」
「「「「「「「……」」」」」」」ザッ、ザッ
両脇に並ぶ鎧の列が規則正しく敬礼をするのを横目に見ながら、この軍の司令官であり、この城の最高責任者である第七軍長は側近と本隊を引き連れて入城した。
憎き人族から奪い取ったこの城は、未だ彼らの色に染まっておらず、第七軍長は珍しさと共に懐かしさを感じていた。
「ようこそお越しくださいました、主様」
「……ご足労、感謝いたします、主君」
「うむ、二人とも息災であったか」
「「はっ」」
「ならば良い」
第七軍長を出迎えたのは、先行してこの城を攻略させていた腹心のうちの二人だった。
赤髪の青年と黒髪の大男。この二人に青髪の老人と白髪の大男を加えた四人は、第七軍長が未だ『――』だった頃からの側近中の側近、彼が本音で話せる数少ない存在だ。
――ここでは他人の目があるので、普段より仰々しい言葉遣いをする必要がある。
「どうぞ、こちらへ。城主――ここでは「都市長」と呼ばれるそうですが、その者の屋敷に……主様をお迎えする為に整えさせております」
「ああ、すまないな。面倒をかける」
「いえいえ、これが私の仕事ですゆえ……ただ……驚かないでいただきたい」
「ん?」
「いえ、なんでもございません。さあこちらです、参りましょう」
赤髪の先導で城内を行く第七軍長は、そこかしこから怨嗟のこもった視線を感じた。
彼が視線を向けると、裸に剥かれ、奴隷の証である『六枚翅の蟻』の紋を背中に押された女達がこちらを睨みつけていた。
「ん? ああ、あの者達はこの城に元より居た民ですね。あの部隊は確か……戦死者の遺族を担当させておりましたので、防衛戦で戦死した兵士の妻か何かでしょう。何かお気に召しませんでしたか? ご命令とあれば直ちに処理いたしますが」
「……いや、構わん。歯牙にもかける必要はなかったな。忘れよ」
「かしこまりました」
辺りを見回せば、あちらこちらで似たような光景が広がっていた。
占領下の先住民は全て奴隷とする。
魔王軍のこの基本方針は、彼からすれば無意味と思えるものだった。
敗者――すなわち弱者。そんなものを奴隷にしたところで、作業効率が悪くなるだけだ。無駄な遺恨を残すくらいなら、皆殺しにしてしまえば良い。
彼の前職からすればありえないようなこの考えは、彼が元居た地を追われるキッカケともなった思想だった。
そんな事があっても、いや、そんな事があったからこそ、彼はこの考えに固執していた。
精忠無二を誓った魔王の命と言えども、これだけは曲げるつもりはなかった。
「ちゃんと肉付きの良い女は取ってあるんだろうな⁉︎」
「ええ、貴方の為にわざわざ別にしてありますよ。後で案内しますから好きなのを持っていってください」
「おお、恩に切る! 今から楽しみだ!!」
「まぁお前さんは、一口で喰っとるから楽しめておるのか微妙なところじゃがの」
「我が楽しいと思えば良いのだ!!」
部下達は捕らえた人族をどうするか話し合っているようだ。白髪の大男は肉付きの良い女を丸呑みにするのが好みのようだ。
――いくら2mを超える長身とは言え、女性一人丸呑み出来るとは到底思えないが、そこは彼もまた魔族の一員。見た目通りではないという事だろう。
そうこうしているうちに、目的地に着いたようだ。赤髪がある建物の前で立ち止まった。
「ここでございます」
「「「うわぁ」」」
赤髪が指し示す方向には、一目で「都市長の邸宅」だと分かる、他とは一線を画した建物が建っていた。
「……おっおおー、これは……」
「……なかなかに……〝立派な〟屋敷ですのお……」
「……そうか? どちらかと言うとあくsむぐぁむごぉ」
「「「余計なことを言うな!!!」」」
そこに建っていたのは、どこの国の宮殿か? としか言いようが無い程〝立派な〟屋敷だった。
だが、無駄に宝石をレイアウトなども一切考えずに取り敢えず有るだけ散りばめたような外観と、バランスがとてつもなく悪い巨大な本館と掘建小屋並の大きさの別館、金が途中で足りなくなったのか途中までしか彫られていない彫刻など、正直住みたいと思うような住居ではない。
建てた者のセンスを疑うような代物だった。
実を言うと、皆歩いている時から〝ソレ〟が見えていなかった訳ではなかったのだ。だが、脳がその情報を処理する事を拒んだので、〝ソレ〟を認識する事が出来なかった、ようだ。
第七軍長は珍しく〝敗北感〟を味わう羽目になった。少しショックを受けた自分を、彼は見なかった事にした。
「……うっうむ、まぁ良い。貴様の気配りには感謝するぞ。さぁ入ろう」
「「「「はっ」」」」
……若干動揺が出て口調が元に戻っているような気もしたが、それを無視して彼らは屋敷の内部へと足を踏み入れた。
◇◇◇
「――他の住居は民草のものでして、主様と我らだけならともかく護衛共を中に入れる事が出来ず、一旦はここでお寛ぎください。外装には手が及んでおりませんでしだが、内装は取り敢えず目障りな飾りは取り除かせております」
赤髪の言葉通り、屋敷の内部では赤髪の配下の羽毛の生えた者達が大急ぎでナニカを取り除き、次から次へと運び出していた。チラッと見えたモノの悍ましい色を見て、第七軍長は部下の判断の的確さに心からの賞賛を贈る事を決定する。
「諸将は?」
「中庭の天幕に全員呼びつけてあります」
「そうか」
一度本館を出たところにある(恐らくここにも無駄に金をかけているのだろうと思わせるような珍妙な植物が植わっている)豪奢な中庭に天幕を張って、第七軍所属の各級指揮官が勢揃いしていた。
天幕の最奥に設置されていた司令官用の床几椅子に第七軍長が座ると、天幕内の全ての者が最立礼した。
「皆、ご苦労だった」
「「「「「「「はっ、もったいなきお言葉」」」」」」」
「早速だが、現在進行中の作戦の再確認を始めよう」
「「「「「「「はっ」」」」」」」
第七軍長は、机の上に二種類の魔道具を並べる。
片方は遠方と空間を接続して会話する事が出来る『遠話鏡』。
もう片方は取り込んだ図面を立体的に表示する『具現灯』だ。
両方とも、高位魔法たる『遠話』『具現化』を、誰でも使えるようにした稀少な魔道具であり、彼らの知る限りこれは魔王軍にそれぞれ五つずつしか無い。
――魔王軍を中心に動いている魔界において、「魔王軍に」はすなわち「魔界に」と同義だ。
『……お……お? 繋がったのか⁉︎ おい、聴こえておるのか⁉︎』
第七軍長が繋いだのは、遠方で作戦行動中の僚将――第二軍長だった。
「ええ、お久しぶりです。第二軍長閣k」
『いや、我らは同じく『軍長』、立場は同じだ。敬称は不要、『第二軍長』と呼べ!』
「……了解した。では第二軍長、早速だが――」
◇◇◇
「――以上だ」
『了解した! うちの弟達とも擦り合わせておく』
「ああ、頼んだぞ…………はぁ」
第二軍長との通信を切り、立体的に映し出していた地形図を消すと、第七軍長は溜息をついた。
「……とんでもなく楽観的だな』
「左様ですね……あれであの大所帯を管理出来るとは……まぁ土地柄もあるのでしょう」
第二軍は――と言うより魔王軍自体そうなのだが――代々受け継いできた土地で徴兵した兵をまとめて「軍」を作る。よってそれぞれの土地に合わせて、各軍は特色があった。第二軍は良く言えば「前向き」、悪く言えば「楽観的」なのだろう。
――第五、第七軍長は貴族ではない。第八軍長の言葉を借りれば〝成り上がり〟だ。故に彼らの率いる「軍」は少し毛色が違う。
「まぁ、争いとは無縁だろうな、あの土地は……」
第二軍の本拠地へ行った時の記憶を鑑みると、彼らの性質も妙に納得してしまい、第七軍長は苦笑した。
「……話が逸れてしまったな。さて、執務室に参ろうか」
「はっ、かしこまりました」
側近とバツが悪そうに顔を見合わせて――指揮官達は既に下がらせてある――彼らは再度屋敷の内部へと足を踏み入れた。
◇◇◇
「この部屋にございます」
「うむ、ご苦労」
中に入ると、一切の調度の無い殺風景が広がっていた。先程から垣間見える元の持ち主のセンスの無さを鑑みるに、元々ここには目を覆いたくなるような代物が多数飾ってあったのを、赤髪が取り除かせたのだろう。それもかなりの量が飾ってあったようだ。結局新たに運び込めたのは第七軍長の魔界にある本来の居城の執務室と同じ机と長椅子が二脚の一式だけだった。
だが、その事を気にかける者などこの中にはいない。白髪が許可も取らずに片方の長椅子に勢いよく腰を下ろすと、他の四人も定位置へと腰を下ろした。
「先ずはアガス、コノン、二人を労おう。よくやった」
「勿体なきお言葉」「……ありがたく」
「マルクス、ウィクトルお前たちもだ。間一髪でよく救い出してくれた」
「へっへへへ、あんがとよ」「素直に褒められると、照れるものじゃのぉ」
第七軍長の労いに、四人はそれぞれ嬉しそうに反応する。
――本音を言えば、自分だけが主人からの賞賛を受けたかったが、それは望み過ぎである事も彼らは理解していたので、その欲求は心の奥底に仕舞い込まれた。
その事を悟った第七軍長は、誰か――なんとなく彼の脳内では白い短髪が元気に動き回っていた――がぽろっと口に出して雰囲気が険悪になる前に話題を変える事にした。
「キルシュ=プール山脈攻略が思ったより簡単で拍子抜けだったな」
「左様ですね」
第二軍主導で行われた大陸北方の難所『キルシュ=プール山脈』攻略は、現地にいた亜人族の討伐から始めなければならない事から、当初の計画では時間がかかるものとされていた。
地形を巧みに生かしたそれぞれ独特の戦術を用いる亜人は、汎用性に欠ける者が多い事と引き換えに、一点に特化した〝強敵〟だ。遭遇時に戦闘に発展する事はあっても、わざわざ兵力を割いて犠牲覚悟で従える相手ではない。
汎用性に欠ける上に命令に従うどころか意思の伝達も可能かどうかでさえ定かではないような連中である、従えるなどという発想が出る事自体〝異常〟と言えよう。
……だからこそ敵の裏をかけると、魔王はこの案に乗った訳なのだが……
「……彼の地で実験したとは言え、想定よりあっさり終わったな。もっとモタつくかと思ってたんだが」
思いの外アッサリと、山脈に住む亜人部族は降伏した。
頑強な抵抗が予想された――事前の調査では軒並み『古来種』を擁していた――いくつかの種族も、抵抗らしい抵抗もせずに膝を屈し、その地に赤地に黒い月と白い鳩の旗――魔王による支配をすんなりと受け入れた。
「〝アレ〟のとこで傷だらけの古来種を見かけたぜ。多分そのせいじゃねえか?」
「ほう、〝アレ〟に古来種を捕えるだけの戦力があるとも思えんが……まぁそれは〝アレ〟に直接聞けば良いか。〝アレ〟はどうした?」
「主のご命令で撤退した時に陣に放り込んできたが……連れてきた方が良かったかの?」
「いや、今は構わない。後で本城に運んで療養させておいてくれ。治癒魔法は命を縮める。急ぎでないから自然に任せるのが良かろう。人は脆く儚いからな」
「主殿が言うと説得力が違うな」
「それはさておき、〝アレ〟の回収時に一悶着あったと聞いたが?」
「そうだ、聞いてくれよ主殿、なかなかに爪のある奴でよ!」
「彼我の実力差も顧みず、我らに果敢に挑んできましたのぉ。付け加えると……前にも言った気がするのじゃが、それを言うなら『骨のある』じゃ。『爪』ではないぞ」
「ああ、なかなかに気持ちの良い奴だった!」
「うむ、不思議と好感が持てる者じゃった」
「ほお、それは是非会ってみたいな」
「私も興味がありますね」
「……一戦交えてみたい、と思います」
「ははは、楽しみだな。会える日を。なんせ彼らには――」
ふと立ち上がり、窓際まで歩いて行った第七軍長は、窓から見える街の至る所に掲げられ、風を受けはためいている赤地に黒い月と白い鳩、そして中心には『鉱石』をあしらった旗――魔王軍第七軍の旗を眺めながら呟いた。
「――散々邪魔されてきたからな」