46 強力なパイプ④
「死ねェーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
一難が去り、一息ついていた僕に向けて、特大の火の玉が飛来した。
いくらゾンビシーフは疲労とは無縁だとは言え、精神的にはだいぶ疲弊していた僕に、それを避ける術など無かった。
「ぐおへぇ」
吹き飛びつつ、念の為僕は攻撃の出所を探る。
襲撃者には目星がついているけど、未知の敵が潜んでいないとは言い切れないからね。
「死ねやおらァーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
うん、間違いないな。これは潜んでいた敵の奇襲ではない。
二発目の氷弾を〈回避〉で躱しつつ、僕は立ち上がった。
「大丈夫⁉︎ 怪我は無い?」
こちらに走り寄って来た美少女が、しゃがみ込んで傷の有無を確認する。
まぁ正直、再生能力持ちだし、多少の怪我は一瞬で治っちゃうと思うから見ても怪我したかなんて分かんないだろうけどね。再生が追いつかないくらいの大怪我だったら悠長に怪我の確認とかしてる場合じゃないし。
「ああ、怪我が無くてなによりだわ。わたしの可愛いメグぅーー!!」
因みに、彼女が駆け寄ったのは僕の下ではなく、マーガレットの下だ。なんせ彼女は――
「ちょっ、ちょっとひっつき過ぎよ、ミモザ!」
――マーガレットが助けに来た彼女の姉――イカル・ミモザなのだから。
マーガレットと同じ赤みがかった茶色の髪をボブカットにしている。身長はややマーガレットよりも高いか?
そんな彼女は久しぶりに再開した妹を抱き寄せ、心底嬉しそうに頬擦りしている。
マーガレットと同じ白緑の瞳は、愛おしそうにマーガレットだけを見ている。
そう、彼女は見ての通り疑う余地も無い程生粋の――
「テメェ他人様の大事な大事な妹に手ェだしやがったなァ⁉︎ ぶっ殺すぞ!」
――シスコンである。
「テメェどさくさに紛れておれの世界一大事な、目に入れても痛くない、可愛い可愛い妹の胸揉みやがったなァ⁉︎ 細切れにすり潰して豚の餌にしてやんぞ、ゴラァ!!」
怒り心頭である。一人称が変わってしまう程怒っておいでだ。
因みに僕がマーガレットの胸を触ったと仰せだが、正直心当たりは無い。気付かない程彼女の胸部がt
「メグの胸が小さいから気付かなかった、は無しだぞテメェ! ちっちゃいところも可愛いんじゃボケェ!!」
くっ、バレている。
若干マーガレットを傷付けている気がしないでもないが、それを指摘すれば僕の命は無いから黙っておこう。
……て言うか、もはや僕、何言ってもどう動いても殺されるくね? 詰んでるくね?
「待ってミモザ! アタシは別に気にしてないわ! ゲイルはただアタシをt」
「『ゲイル』? おれの可愛いメグゥ? 今、このゴミのことを名前で呼ばなかったかァ?」
「えっええ、確かにゲイルと呼んd」
「おれの可愛いメグに名前で呼ばれるのはおれの、おれだけの特権なんだよォーー!! それをテメェ、おれに断りもなく勝手に呼ばれやがって! ぶち殺す!!!」
理不尽⁉︎ それはいくらなんでも理不尽極まりないだろ⁉︎ それ僕になんも責任無いよね? 文句はマーガレットに……言うわけないか……。
「……おれ……ァ、……で、う……なァーー!!」
怒りのあまり聞き取れないが、ミモザが何かを叫んだ。ミモザは既に特大の火の玉をその掌に準備している。いつでも発射出来る態勢だ。標的は言うまでもなく僕。
くっ、不可抗力とは言え、どうすれば良いんだ? このまま座して死を待てと?
それは断固拒否する! いずれ死ぬとしても、こんな馬鹿げた死因は嫌だ! 抵抗させてm
「うるさぁーーーい!!! かな? そういうのは他所でやって欲しい、かな?」
若干お怒り気味の声が割り込んだ。誰あろうアスタリシアラノラノ・ヒノネシカ様である。
背後に憤怒の形相の明王様的なナニカが見える、ような気がする。
「結局君もそうなの、かな……がっかりかな」
こちらも意味不明な事を呟きつつ、水で出来た槍を空中に出現させている。その矛先がどこへ向かうのか? 考えたくもない。
ヤベェ、左に嫉妬に狂ったミモザ、右に怒れるアスタ。ぶっちゃけ生き残れる自信が無い。これは本格的にここでお陀仏エンドかな……。マッタクイイジンセイダッタ(遠い目)。
「ちょっと! バカなこと言ってないで早くここから逃げるわよ!」
「「「えっ⁉︎」」」
「ここがどこか忘れたの? 『人界』よ? 見つかったら殺されるわ」
「「あっ……」」
マーガレットの冷静な言葉に二人はようやく正気に戻ったようだ。そして自分達の置かれている状況の悪さにも気付いた。
◇◇◇
ここは一応帝国領だ。
アスタ達はともかく、マーガレット達は見つかればタダでは済まないだろう。なんなら亜人も若干ヤバいかもしれない。聖王国帰りに見つかれば、魔族より悲惨な目に遭うだろう。
でも普段ならば特に問題はない。
帝国もこんな危険地帯に兵を常備などさせてはいない。もっと北の方に防衛線を築いているだけだ。わざわざ森の中まで見回りになど来ない。
だからこそ、マッドの研究所が建てられたりしたんだからな。
だが、今は違う。
僕に率いられた教皇国特殊部隊『森』がこの建物を包囲し、付近の森にも放たれている。
彼らは魔族と内通した裏切り者としてキース・ソルディアを暗殺しに来たのだ。当然、マーガレット達は皆殺しとなる。
優先順位一位 である「キース・ソルディア殺害」の為に一時的に手を結んだにすぎない。奴が死んだ今、僕らが優先順位二位 「魔族殺害」に動かないという保証はどこにも無い。
まぁ立場を無視して忠告するならば、一刻も早くこの場を去る事をお勧めするね。
「じゃあ、ゲイル。色々ありがとう。助かったわ」
「失礼するわね? …………くたばれ、カス」
「また会えると嬉しいかな」
マーガレット以下、各々別れを告げて部屋から出て行く。
未だ自分では歩けない者も他の者の手を借りて続々とその後に続いていく。
「ああ、安心してくれ。少なくとも事後処理が終わるまでは部下は動かせない。その間に距離を稼ぐと良い」
一応、こちらも声ぐらいかけておくか。
まぁすぐに再会する事になるだろうけど。
とは言え、今言った事は事実だ。僕ら、少なくとも僕は彼女達にこれ以上危害を加えるつもりなど無い。と言うか、加えられない、と言った方が正しいか。
いくらこの身体は疲弊しないとは言え、HPもMPも底を尽きかけている。
二つ用意していた回復手段も、あえなく潰えた。上に戻るまで回復出来ない。
ここで戦いを挑めば、彼女達も弱っている事を加味しても勝率は五分五分……いや四分六分くらいかもしれない。
『窮鼠猫を噛む』……この場合は『火事場の馬鹿力』の方が正しいか。怒らせたら女の人の方が怖い。
僕は切実に『地震、雷、火事、親父』の一番前に『お袋』を追加すべきだと思います。
……いやマジで。
――うちの「親」はその限りではなかったが。あれらは全くの〝別物〟だ。
◇◇◇
[隊長、対象は取り逃したが、奴の研究結果は回収した。サンプルも手に入れている]
辺りを隈なく調べ、想定以上の結果に満足しつつ、僕は地上に残して来た『森』に連絡を取った。
[神獣様、中から亜人どもが出て参りましたが、いかが致しましょうか]
[そのまま行かせてやれ。森の端で……分かるな?」
[畏まりました]
うんうん、物分かりが良くて助かるなぁ。やはり安心して気を抜いた瞬間が狙い目だよね。何がとは言わないけど。
[捕らえている護衛共は生かさずとも良かろう。責任者以外全員始末しておけ。私もすぐにそちらへ上がる]
[御意]
隊長に指示を出しておいて、僕はその言葉の人間味の無さに思わず苦笑する。
前世の僕なら、到底言いそうもないセリフだ。
……いや、厨二全開の僕なら言いそうでもあるな。そう考えると、何も変わっていないとも……言えないな。言えるわけないわ。180度違う。その言葉の出た理由からその時の感情まで、何もかもが異なっている。
すっかり異世界に染まっちゃったなぁ……なんてね。生まれ落ちてしまったからには、その場で、与えられた状況で精一杯生きなきゃね。文句なんて言ってる場合じゃないし、言うつもりもない。
……たまに漏れ出る恨み言に関しては、ご容赦願いたい。
どちらにせよ、前世よりはよっぽどマシだ。文句など出る筈も無い。
――それくらいひどかった。ことばにいいあらわせないほどに。おもいだしたくもない。でも、しぜんと現れる。
そんな事を考えながらも、僕は分体を四方八方に送り出して、建物内を隈なく捜索した。髪の毛一本も漏らさずここにある全てを回収する。
奴の存在した痕跡を完全に抹消する。一切の妥協は許されない。文字通り完全にだ――
その時、分体から連絡が入った。確認するとあの二人組の出現前に脱出させていた者に同行させていたやつからだった。どうやら何か問題が起きたらしい。
こいつらには戦闘系のスキルしか与えていない。詳しい状況を説明させるのは難しそうだな。僕が直接行った方が早そうだ。
それにしても、分体に積み込めるスペックをもう少し増やしてほしいなぁ。これじゃあ取捨選択をミスれば一巻の終わりじゃないか。
まぁ、今言っても無駄か。地道にスキルレベルを上げるしかないな。
◇◇◇
[何があった?]
上に着くなり、隊長を見つけたのでそう問いかけた。
パッと見で確認する限り、脱出した女性達に特に問題は無さそうだ。ぐったりしている者も少なくはないが、同族(と思われる。僕には見分けがつかん)に付き添われているから多分大丈夫だろう。
指示通り、『森』は一切手を出していないようだ。
ならいったい何が問題なんだろう。
[神獣様、一大事です]
[……何があった]
あの隊長がかなり取り乱している。いつになく要領を得ない回答だ。他の者の問い掛けなら、他の者の回答なら即座に粛清されていてもおかしくは無い。その上、僕の分体から報告が上がってるというのに隊長から報告が無いなど、消去コースまっしぐらだな。
まぁ僕はそんな事しないし、他ならぬ隊長の回答だ。彼がそこまで動転するくらいの事態が起こったと見るべきだろう。
[連合軍の物資集積地だった『商業都市ラポン』が襲撃を受け、集積中の物資並びに集結中の帝国軍二千が全滅、都市は陥落したとの事です]
[…………………………………………………………は?]
◆◆◆
「此度の事態について、先ずは総軍司教から、報告をお願いします」
円卓を囲む者達を見回した後、教皇――オーゼフォン・ソファリムは一人の前で視線を止め、発言を促した。
「はっ、本日紅の一刻に『商業都市ラポン』を突如として謎の集団が襲撃。兵力は二百前後と推定。二手に分かれ一方は都市南地区に集積中であった兵糧、武器、医薬品、天幕その他軍需物資を焼き払い、もう一方は北地区に集結中の帝国歩兵二千を皆殺しにした。指揮官は二名、いずれも『英雄』級を超える実力であった……との事です」
「「「「「「「「…………」」」」」」」
総軍司教――テルワズ・ゾートリアルの言葉に、部屋にいた全ての――いや教皇を除く全ての総司教の顔が険しくなった。苦虫を2ダース程噛み潰したような顔をした者までいる。
黒髪を掻きむしり、黒い目を十度ほど瞬きした――これは彼がストレスを感じた際の癖である――テルワズは、言いにくそうにそのまま続ける。
「都市防衛隊は都市長の命令で都市を放棄、ラポンは陥落した。現在都市はその集団が占拠している……と思われます」
「……由々しき事態だな。物資と人員を失っただけでなく、いとも容易く都市を明け渡したという前例を作った事は憂慮すべきだろう」
口を開いたのは『男の塔』の主人、『総務司教』だった。名はアバソルト・ソファリム。先代教皇ドリーシュの義弟で、第二百九十四代教皇の第三教皇子である。
薄い緑の髪に眼鏡をかけた怜悧な印象を与える整った顔は、眉間に皺がより、普段よりも近寄り難い雰囲気となっていた。
「直ちに『英雄』を含む部隊で奪還を図るべきだろう。……神獣様に向かっていただいていた例の研究者はどうなった? 失敗したと聞いたが」
アバソルトの質問に、部屋中の視線が一点に集まる。
一応の担当者である総工司教――デイル・アストロカフが焦ったように顔を布で拭いながらそれに答えた。
彼は側から見てもハッキリと分かるくらいにダラダラと汗を流していた。いっそ憐れに思える程に。
……まぁ半分自業自得なので、その場にいる誰も同情しようとは思わないが。
「はっはい、護衛兼監視役として『森』五十名並びに神獣はk」
「神獣様でしょう? 言葉はキチンと使わなくては」
「はっはい、神獣……様はキース・ソルディア暗殺に失敗、逃亡を許したとの事です」
途中入った指摘に、ますます汗を流し、身を縮こまらせた彼は、部屋に居場所が無くなる程の避難の眼差しにさらされていた。その数は合計して十四。もはや救いようはなかった。
「やはり、総工司教猊下には悪いが、意地を張らずに『火』を投入すべきでしたな」
「ああ、全くです」
その発言に、次々と同意の声が上がる。
『火』
教皇国が誇る特殊部隊、『十四聖典』の中でも、最も戦闘能力に優れた部隊である。
八つ――正確にはもう一つあるので実際は九つ――ある班の班長はいずれも『英雄』級。隊長と副隊長に至っては、その更に上位、『英傑』級に迫る勢いの正しく〝戦闘〟に特化した部隊だ。
確かに森林・山岳戦では今回出動した『森』に、河川・海上戦では『鮫』に劣るやもしれないが、総合的な戦闘能力では他の追随を許さないだろう。
――総司教級しか知らない隠し戦力まで投入すれば、〝最強〟集団である『勇者パーティ』にすら比肩しうるとさえ考えられている程に、彼らの強さは群を抜いていた。
今回の「キース・ソルディア暗殺」に際して、この『火』を投入する事も検討されていたが、デイルが強硬に反対し、見送られたという経緯がある。
たらればにしかならないが、仮に『火』を同行させていれば、もっとスムーズに事が運んだのではないかと考えられる。ひいては、早く任務が終わり帰還した、あるいは『火』に単独で任務を与え、はなから任務に参加していなかった神獣が参戦すれば、ラポンの陥落も防げた可能性まである。
―― 『火』だけでなく『十四聖典』はあくまで〝秘密〟の特殊部隊なので、都市防衛戦などに大手を振って投入する訳にはいかない。使い勝手で言えば、神獣の方が圧倒的に良い。
そして、救いようがない事に、神獣に今回の任務を与えるよう提案したのも、またデイルなのだ。ある意味彼は、今回の二つの失敗の大戦犯と言えるのだ。
「今回の任務失敗は、一概に神獣様の非とは言い難かろう。あの方の本領を発揮出来るような状況では到底無かったであろうからな」
「ええ、あのお方の本領はむしろ都市防衛など、ある程度視界の開けた所にこそあるでしょう。不適材不適所と言わざるおえますまい」
彼らがやけに神獣の肩を持つのは、なにも神獣に好意的な感情を抱いているからではない。
単純な話だ。
人が集まればどこでも同じ、という事に他ならない。極々平凡なつまらない――
「聖下、いかがいたしますか?」
「神獣様も任務達成とはいかないが成果を出しておられる。今回は不問で構わないでしょう」
「だそうですが?」
「はっ……ありがたく……存じます……」
――権力争いだ。