45 強力なパイプ③
「何今の……まさか! 無詠唱魔法⁉︎ かな⁉︎」
「惜しい、今のは無詠唱魔術よ」
アスタの思わず漏れ出たような疑問に、マーガレットが答えた。
意外とマメ……と言うより律儀なんだな。僕なら直接聞かれない限り訂正してやる気はないんだが。
こういうところが、僕が性格が悪いと言われる所以なんだろうな。
「むっ無詠唱魔術⁉︎ あれはもはや失われた系統の筈では⁉︎」
先程礼を言ってくれたイヌ耳の美女が驚愕の声を上げる。
まぁ当然の反応だろう。『無詠唱魔術』なんて、1500年前の『古代大戦』時代の技術だ。『古代種』と言っても、その頃から生きている様な者はここにはいないだろう。
大部分の種族の寿命は長くても千年程だし、そこまで長く生きた個体が人族如きに遅れを取ることなど有り得ない。むざむざ捕まるなど論外だ。
必然、そんな高等技術を扱える者は、この世界にもほんの一握りだろう。
だからこそ、彼女がそれを使える事は、ギリギリまで隠さなければならなかった。タイミングを計る為にも〈擬態〉を解く訳にはいかなかった。
〈擬態〉には弱点がある。その一つが「〈擬態〉発動中に起こした変化は、〈擬態〉を解くとリセットされる」というものだ。
僕の場合、〈擬態〉中に本体から分裂させた分体は、〈擬態〉を解いた瞬間に機能不全に陥ってしまう。
念の為に、〈擬態〉を発動する前に本体とは別に分裂用の分体……と言うより粘体の塊を用意していたのだが、そいつらはマーガレットを拘束するのに使ってしまっていて、あの時彼女に仕掛けられるのは〈擬態〉中の本体から分けた分体だけだった。
〈擬態〉を解けばただのグッタリしてビクともしないスライムになってしまう。タイミングを完璧に合わせる為にも分体にはちゃんと稼働しておいてもらわなくちゃならなかった。
だが、今は既に一撃を喰らわした後だ。もう解いても構わないだろう。とっとと〈擬態〉を解いて、『零式』に殴られた傷痕から少し離れた所で自分で斬り落として〈自己治癒〉で元に戻してしまおう。
最後に更なる追撃を加えるよう要請するや否や、僕は〈擬態〉を解いてスライム態に戻る。
「うわぁ、思ったよりボロボロだな。あともう少し遅かったらヤバかったかも」
〈擬態〉を解いて尚、僕の姿はスライムには見えない。もはや、もっと悍ましい別のナニモノカだ。
本当に危機一髪だった。もう少しで「核」に攻撃が到達する勢いだった。
……いや本当に。冗談抜きで。マジでヤバかった。
◇◇◇
「……ふぅ、まぁこんなもんで良いだろう」
手早く①斬り落とす→②自己治癒→③いい感じの大きさでストップ→①→②……という手順で姿を整えて、もう一度人間態になった僕は『零式』とキース・ソルディアの方へ向き直った。
――因みに、何故〈擬態〉状態でこの一連の処置を行わなかったのかと言うと、〈擬態〉はあくまで〈擬態〉でしかないからだ。
簡単に言うと、ヒトの身体は(あくまで僕の中でのイメージでは)それを取り巻く筋肉やらそれに包まれた内臓やらで構成されていると思うが、〈擬態〉で似せた僕の人間態にはそんなものは無い。ただただ外見をヒトと瓜二つに作ったに過ぎず、僕には不必要な骨やら筋肉やら臓器は存在しない。だから身体の中身はかなりデタラメだ。人体の構造上あり得ないような所から外見だけを取り繕って腕やら脚やら頭やらを生やしているに過ぎない。
欠損した部分をその場で再生させるならなんの問題も無いが、僅かでも離れた所から再生させようとすると人間態ではなくスライム態として再生されてしまうだろう。
〈自己治癒〉には「欠損した部分を素の姿に戻す」という効果しかない。〈擬態〉で作り出した姿は素の姿とは到底呼べない。
流石に斬り飛ばされたばかりの腕を腕として再生する程度の融通は効くが、腕の付け根から再生しようとすれば間違いなくスライム態になるだろう。
未だレベルが足りていないのか、それとも元来〈擬態〉というスキルはそういう代物なのかは分からないが、〈擬態〉は例えば「ヒト」に化けるならその「ヒト」という〝モノ〟そのものにしかなれない。「ヒト」の一部分だけに限定的に化ける事は出来ない。
とまぁそんな訳で、〈擬態〉を解くまで処置は施せなかった。
……などと呑気に考えていたのが裏目に出たのかもしれない。
「危ない!!」
そんな声にハッと声の先を見ると、詠唱準備――こちらはただの魔法だ――に入っていた一人の方へ〝ナニカ〟が高速で飛来していた。それも無数に。
◇◇◇
油断しているつもりなんて無かった。
彼女に追撃を頼んでおいたし、アスタ達が攻撃態勢に入ったのも、他の面々が分体に護衛されて避難を開始したのも確認済みだった。
更には『分体統括』を再生中も警戒に当たらせていたし、最大出力の〈粘槍〉をいつでも発射出来る態勢で準備させておいた。
にも関わらず、その攻撃に声が聞こえるまで気付いてすらいなかった。
因みに……
「っ⁉︎ あっ⁉︎」
「……ふぅ、間に合って良かった」
一応、待機中だった粘槍を発射しつつ、二本を粘体状態に変えて〈硬化〉で急拵えの壁にし、残りで飛翔体を弾き飛ばす事が出来たので、攻撃が到達する事だけは防ぐ事が出来た。
逆を言えば、攻撃が到達する事だけは防ぐ事が出来た。
多分この攻撃、〈破壊付与〉がかかってる。
弾き飛ばしただけの粘槍があり得ない形に変形してしまった。
〈破壊付与〉はその名の通り「破壊」を「付与」するスキルだ。僕も一応持っていて、耐性をつける為に自分に向けて使用した事がある。
で、ぶっちゃけとんでもなく強いスキルだ。
先ず、触れた部分を無条件で文字通り木っ端微塵にしてしまう。人間などに使えば、放送コードに引っかかるレベルの姿になるだろう。
その上、これは他の「付与」系スキルにも言える事だが、MP消費は一切無い。よって好きなだけ使える。
まぁ勿論、デメリットも大きい。そのデメリットがあるので、実践使用はなるべく避けるように僕はしていた。
「斬撃」や「刺突」ならなんとかなるんだが、「破壊」は使い勝手が悪過ぎる。
でも、今の攻撃はそのデメリットを一切気にしていなかった。
勿論、ただただそのデメリットを無視しているだけかも知れない。
でも、それを可能にするくらいに、奴らは規格外な雰囲気を纏っていた。
◇◇◇
「――ほう、この攻撃を防ぐ者が居るとはな」
「あちゃあ、当たっておらぬぞ⁉︎」
「……ふっ、ああ不甲斐ない限りじゃな」
青髪で紺色のローブを身に纏い、顔に長い戦歴を感じさせる深い皺を刻んだ老人と、白髪で顔中と剥き出しの上半身に数多の傷をつけ、腰に大型の動物の皮を巻いただけの大男。二人(?)は突如として現れた。
突然現れた事にはもはや驚くまい。敵さんからすればこちらも同じようなもんだろうしね。
だが、この場違いなまでの覇気はなんだ? 脚がすくんで1ミリとて動けそうにない。
「これが『覇◯色』か」なんて冗談すら言えないくらいの絶望的なまでの戦力差を全身で感じる。
「まあ安心せい。次で仕留めてやるわい」
青髪の老人が次弾を準備し始める。
それはパッと見、パイプのようだった。
先が尖った、中央が空洞になった鼠色の物体。太さは完全な円筒型ではないが、だいたい直径5cmくらいか。
それが合計五本。疑う余地も無くこちら、正確には僕の真後ろ、ハイエルフと彼女を庇うような態勢で固まっている真祖吸血鬼――マーガレットに狙いを定めている。
もはや一刻の猶予も無い。〈破壊付与〉つきの槍なんて身動きの取れないこの状況下で喰らえば結果なんて実際に見るまでもなく明らかだろう。
「つまらぬな! これではとんだ無駄筋では無いか!」
「まぁそう言うな。面倒なく短時間で終わったと喜べば良かろう。付け加えると、『無駄骨』じゃ。『筋』ではない」
もうウダウダ言っている場合じゃ無い。
既に白髪の大男が瀕死のキース・ソルディアに何やら小瓶から液体をふりかけ、『零式』の残骸と合わせて担ぎ上げている。
このまま〝彼女〟を始末してここを去るつもりだろう。
その後に起こる惨劇を考えると、ゾッとしない。何がなんでもそれだけは防がなくてはならない。
背に腹は変えられん。
前世も含めた僕史上三番目――一番はあの時、二番はあの塵糞粕共にアレした時だ――の勇気を振り絞り――
◇◇◇
――念じる。
遠くから〝ナニカ〟が潰れる音と悲鳴が聞こえる気がする。
無視する。
続行する。
遠くから〝ナニカ〟が潰れる音と悲鳴が――
『経験値が一定に達しました。個体ゾンビシーフ(スライム)LV3→LV4にレベルアップしました』
『各種基礎能力値が上昇しました』
『レベルアップボーナスを獲得しました。スキル〈粘身〉LV2→3にレベルアップしました。スキル〈粘心〉LV3→4にレベルアップしました』
レベルアップと同時に、予想通りに金縛りか解けるや否や、僕はありったけの粘槍に〈破壊付与〉をつけて青髪の老人とキース・ソルディア目掛けて放った。
相手がデメリットを度外視して使ってきた以上、こちらも腹を括らなくちゃならない。
「⁉︎ ……ほう」
「うおっ⁉︎」
不意をつかれた二人(?)は僅かに体勢を崩し、老人の攻撃は霧散した。
間をおかずに〈鑑定〉を発動するも、
【鑑定不能】
【鑑定不能】
と表示された。
そんだけの実力差があるって事か。まぁ分かってはいたけど、実際に突きつけられるとこたえるものがあるな。
そんな事に一々構っている場合じゃない。すぐに思考を切り替えなくては。
その刹那、再び動きが阻害される嫌な気配を感じたので、僕は即座にマーガレットに飛びついた。
「⁉︎」
声すら上げられていない彼女を無視して、背中に〈硬化〉と〈破壊耐性〉をかけた粘体で何重にも盾を作る。
そこでまた身動きが取れなくなった。本当に間一髪だったな。
「なかなかに皮のありそうな者もおるではないか! どれ、我が直々に相手をしてやr」
「馬鹿な事を申すな。儂らの任務はこやつの回収じゃ。ここでそやつの相手をしてやる義理はないぞ。付け加えると、『骨のある』じゃ『皮』ではない」
今にも飛びかかってきそうな白髪を青髪がたしなめつつ、すぐさま次弾の発射準備に取り掛かった。
正直、状況は全く改善していない。
戦うなどもっての外だが、ここまで来て何も成果が無いのも受け入れ難い。
何か手を打たなくては。
……とは言え、現状打てる手などごく僅かだ。
いや、言葉を飾るのはよそう。そんなものは無い。
このままでは何をしても根本的な解決にはならない。ジリ貧になるだけだ。
ひとまず、身体が動かなくなる事をなんとかしなくてはならない。
「馬鹿な事は言わずに、大人しくしておれ。そやつは儂が片付けてやるわい」
マズい。このままじゃやられる。
奴の〈破壊付与〉のレベルは先程の攻撃を見るにかなり高い。
少なくとも僕の〈破壊耐性〉よりかは上だ(僕の〈破壊耐性〉はLV2)。
体感的に僕の〈破壊耐性〉のレベルが上がる前に僕の防御は貫通されて木っ端微塵になると思う。
その上、奴が〈再生阻害〉持ちでないなんて保証は無い。
今は発動してないだけで、いざ発動されればもう終わりだ。悠長に再生させてくれる程甘くは無いだろう。ぱぱっと処理されるに違いない。
もう一回いけるか?
半々ってところだな。もうさっきと同じ手は効かないだろう。
……一応〝布石〟は打っておいたけど、どこまで通用するかは未知数だ。
でもこのまま指を咥えて見ている訳にはいかない。最低でももぎ取る。
◇◇◇
例えどんな手を使ったとしても、ここで終わって良い筈はない。
全ての犠牲は報われて然るべきだ。
例え取るに足らない命だとしても、当人とその周囲からすれば大切な〝命〟なのだから。
(仕方ないな)
身体が軽くなると同時に、僕は本体を粘槍形態にして分体に全力で射出させた。
そのままキース・ソルディア目掛けて飛んで行き、奴の突き出ていた左足を〈吸引〉で強引に取り込む。
と同時に発射直前だった老人の槍も丸ごと飲み込む。
全身に激痛が走り、取り込んだ粘手が悲鳴を上げて砕け散る。
無視する。
驚いた顔でこちらを見る二人は、一拍の後、思い出したかのように動き出した。つまり――
「はあああーー!!」
「どうりゃあーーー!!!」
――僕の殲滅にだ。
二人同時に、一般人にはまだ追うどころか攻撃している事すら認識出来ない程の速度で拳が僕の心臓目掛けて飛んでくる。
無論僕の「核」はそこには無いが、確実にその余波は僕の「核」を捉えるだろう。
これで良い。例え僕が死んだとしても、体内に取り込んだ奴の一部は残る。
これを有効活用出来ない程彼らは無能じゃないだろう。
これでなんの成果も無いなんて事にはならない。
彼らの犠牲に報いる事が出来る。
彼らの死を無駄にせずにすむ。
彼らの命に価値を持たせる事が出来る。
――僕の命と違って
◇◇◇
奴らの攻撃が僕に当たるまさにその時、二人の動きがピタリと止まった。二人ともしばらくその態勢のままで何かをぶつぶつと言っている。
「「……かしこまりました」」
最後に口を揃えてそう言い、拳を収めた二人は、
「命拾いしたのう」
「また会い見える時は戦場だ! また会おうぞ!」
と言い残してキース・ソルディアと『零式』の残骸と共に消えた。文字通り綺麗さっぱり跡形も無く。
ふぅ、どうやら助かったらしいな。
はぁ、本当に寿命が縮まる思いがした。肝(僕スライムだから肝なんて無いけど)が冷えたよ。
まぁ何にせよ、命拾いして本当に良かった。最終的にあの二人には誰も殺されてないし。
――ここに来るまでに見たモノや隣の部屋にあるモノについては後で考えよう。
今は命が助かった事を素直によろこb
「死ねェーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
死角からの攻撃が、僕に直撃した。