44 強力なパイプ②
「――ごめん、遅れた?」
そう言いながらキース・ソルディアの影から出現した彼女、真祖吸血鬼のイカル・マーガレットに、部屋中の視線が集まる。
彼ら(割合的には彼女ら)の言いたいことも、聞きたいこともよく分かるのだが、今は僕の要件を先に済まさせてもらおう。
「いや、全く。それよりもよく分かったな。記憶を読まれる可能性も考慮して、直ぐには分からないようにしたつもりなんだが」
僕が彼女と別れる際に、言葉とは裏腹の意味を裏に隠して話していたのだが、彼女はその裏に気付けたようだ。
気付けなければ彼女がその程度だったまでのこと。気付ければもうけもの。ぐらいに考えていたので、正直、嬉しい誤算だ。
「そりゃ、あの時のアンタの言葉は、いくつかおかしなとこがあったから」
「ほう? 例えば?」
「先ず『キース・ソルディアが死ぬまで互いに手を出さない』っての。あれ、どう考えてもアンタに不利じゃん」
「と言うと?」
「だってアンタはキース・ソルディアを殺ったその瞬間、アタシらに襲われるかも、ってことでしょ? ちょっとしか話してないけど、アンタならそんくらいすぐ分かるだろうな、って思って」
「確かにその通りだ。僕はその事に気付いていた。その事を口にする前から」
「しかも『部下といっしょにあいつを囲んどく」とか言っといて、部下動かしてなかったじゃん。アンタも外から中がどんな感じか分かってたんでしょ? 部下が動かせないくらい弱ってるってこと」
「ふむふむ、それで?」
「アンタ、アタシに『自分が押さえてる間に逃げろ』って言ってたから、アンタがみんなを解放して、逃がしてくれるまでずっと影の中で待ってたの。一目でアタシには勝てないと思ったから」
それは賢明な判断だ。恐らく彼女では勝てなかっただろう。さっきまでの状態のキース・ソルディアには。
彼女が僕の〝裏の〟作戦を見抜いてくれたお陰で、とてつもなく優位に立てた。今なら殺れる。
「でも、なんで影に潜んでたんだ? そこはなにも指定してなかったんだが」
と言うより、そんな能力があるだなんて聞いてないんだが?
『そろそろ来るかも』とは思ったけど、個人的にはあの水晶壁を破っての登場を予想してたんだよな。
あれを破んないとここからは脱出出来ない。が、残念ながら奴と対峙してる僕にはあれを壊す余裕はない。
だから彼女には登場ついでにあれを破って欲しかったんだけど……
まぁそんな事頼んでなかったし、そこまで当てにするのも望み過ぎか。勝手に期待されて、勝手に失望されたら彼女が可哀想過ぎるしね。
「彼女はー、君の知り合いかな?」
放ったらかしにしていたアスタがそう尋ねてくる。
うん、まぁ当然の疑問だよね。勿論僕も答える。包み隠して。
「外で出会った。ここに囚われていた一族の者を奪還する為に来たらしい。名前は、今は伏せておいた方が良いだろう」
「……分かった、かな。何か訳があるのかな?」
「ああ、そうだ。今は詮索しないでもらえるとありがたい」
「分かったかな」
アスタはあっさりと引き下がった。やはりそうとう頭がキレるらしいな。
ここで好奇心を優先するのは下中の下だ。
忘れてはいけない事があるからね。奴が心を読める、という事を。
「君も分かったな?」
「分かったわ」
マーガレットにもちゃんと念を押しておく。
それにしてもこんな簡単な事だったとはな。可能性は常に頭の片隅にあったけど、まさかこんな事だったとは。
これならよほどの馬鹿でもない限りある程度の時間があれは気付いてしまうぞ。
――見た感じ僕が恐れていた『原初精霊』のもう一つの権能は付いてないみたいだし、このままいけば勝てるな。このままいけば、だが。
……未だアレ、出て来て無いんだよなぁー。奴が忘れてんでなければ、出すタイミングを窺っていると考えるのが妥当だろう。つまり未だそのタイミングではないと奴は考えている訳だ。
……ほんと、忘れといてくんないかなぁ。
「身共をぉーーーー、無視ぃーーーーするなぁーーーー!!」
そんな事を思っているうちに、傷を最低限癒した奴が鉤爪で襲い掛かってきた。
即座に〈硬化〉で防ぐ。弱っている上に冷静さを欠いた攻撃など僕の〈硬化〉の敵ではない。簡単に防御し、逆に〈斬撃付与〉&〈斬撃大強化〉で斬りつける。
奴は胸に傷を受けて後退する。
そこをマーガレットが物理攻撃、アスタとその他協力者達が魔法攻撃で畳み掛ける。
「ぐふぁーー!」
奴が見るからに痛手を受けて吹き飛ぶ。
「ここで確実に仕留める! 援護は頼んだ!」
僕の懸念を杞憂で終わらすには、ここで奴を殺っておけば良い。全身全霊、最短最速で殺りに行く!
――結果的に言うと、無理でした。はい。無理でした。不可能ゲーでしたわ。あんなん勝てる訳無いじゃん。無理無理無理。誰が想像出来るんだ? あんなバケモンを、、こともあろうに――
『操作権限保有者の体力、魔力、生力及び身体機能の規定値以下への低下を確認。設定に従い、本機は起動します。操作権限保有者の体力、魔力、生力及び身体機能の規定値以下への低下を確認。設定に従い、本機は起動します』
そんな機械音声的な声と共に、突如として現れた謎の男に、僕は左胸を殴られた。
背後に吹き飛びつつ見れば、僕の左上半身は完全に木っ端微塵となっていた。
とんでもない威力だな。一応僕の防御力20000超えなんだけどなぁ。
しかも僕は〈打撃耐性〉と〈衝撃耐性〉を持っている。いずれも高レベルで、あと少しで上位の〈打撃大耐性〉&〈衝撃大耐性〉にも届くくらいのを、だ。
そのレベルの耐性をもってしても威力を殺せない――と言うより、威力を軽減してなお、僕の左胸を粉砕する程の攻撃力でこの男が僕を殴ったという事だろう。
もう分かったよね? 誰だって想像なんてしないだろ? こんな常識外れのバケモンを――
『反撃対象の存命を確認。再度攻撃します。反撃対象の存命を確認。再度攻撃します』
――完全に自動化するなんて。
◇◇◇
こんなヤバい物を自由にさせるなんて有り得ないだろ?
機械には不具合が付き物だ。せめて各種検査を実施した後に、段階的に自動化しろよ。
なんでぶっつけ本番でフルオートにしてるんだよ⁉︎ どんだけ自分の技術力と作品の制御力を過信してるんだよ⁉︎
……そういやキース・ソルディアはそういう奴だったな。
ナルシシズムの権化。
自己崇拝の極致。
それが奴に似合う言葉だったと失念していた。
これは僕の失態だな。
奴が僕の想定を遥かに凌駕するレベルの気狂いだという事を見抜く事が出来なかった。
奴に未だ科学者としての、人間としての常識的な理性が残存していると愚かにも錯覚してしまった。
奴の自尊心が恐怖心を完全に塗り潰している可能性を考慮出来ていなかった。
それがこんな事態を招いてしまった事は、僕の不徳と致すところだ。
…………こんな馬鹿な事を考えながら、僕は必死にこの新たに現れた〝バケモン〟――『対可逆性能力特化型人造魔人-零式』を抑え込もうとした。そう、抑え込もうとした。決して抑え込めた訳ではない。
何故かと言うと、答えは明快。僕はこいつと絶望的なまでに相性が悪いからだ。
なんせこいつは『対可逆性能力特化』、すなわち、『対〈再生〉特化』なのだ。端的に言うと、僕を倒す為に作られた個体だ。
〈再生阻害〉なるスキルを身体の各所に配置して、どこで攻撃しても僕が再生するのを妨害する。
しかもご丁寧に、〈酸耐性〉までついてる始末だ。
もう僕には手の出しようがない。完全にお手上げだ。
――クソが! 教皇国め、僕を本気で殺すつもりだな? あいつが単独でここまで僕の弱点を調べ上げられる訳がない。誰かが情報を流した筈だ。
なんにせよ、こいつ見た目は目がイっちゃってるだけのちょっと猫背気味の陰気臭い大男なんだけど、その実は『災害』級さえも抑え込めるとんでもないバケモンだ。
再生能力を妨げるだけじゃない。防御力20000超えの僕に再生を必要とする程の傷を合わせられるんだぞ? 当然、そんなものなんて持ってない奴にとっては、ただただ自分を圧倒的攻撃力で上からボコってくるバケモンだからな?
脅威度Sランクは確実にある。一個人が保有して良い武力をとうに越している。しかもキース・ソルディアに与えて良いレベルの武力では絶対にないと断言出来る。
そんなバケモン君は、今のところ僕だけを標的にしているようだ。マーガレットやアスタへ攻撃を仕掛ける素振りはない。
これは絶対に活用しなくちゃならない。
アスタに付けたままの分体から指示を出そうかとも思ったけど、よく考えたらあれは『今だ』しか言えないんだった。
それじゃあ細かい指示が伝わらないし、第一何が〝今〟なのか全く分からん。
しかも根本的にアスタにしか指示を出せない時点で、マーガレット達は動けないから、奇襲の意義は薄れる。
となると別の案だな。
普通に考えれば新たに分体を放って皆に指示を伝えるのがベストだろう。
だがそれは当然敵さんも想定済みの筈だ。この手は使えない。
『反撃対象の存命を確認。再度攻撃します。反撃対象の存命を確認。再度攻撃します』
その間も、『零式』は攻撃の手を一切緩めずに間断無く攻撃してくる。
僕の身体(擬態)はもうボロボロだ。このままじゃいずれ「核」に攻撃が達してしまう。そうすれば僕は終わりだ。
その攻撃の手が次にどこへ向くかなんて、自明の理だろう。それだけは何がなんでも阻止しなくてはならない。
……と言いつつ、結構ヤバいんだよね。僕の身体。
さっきから何度も殴られてるのに、一切再生しないから、どんどん削られて見るも無惨な姿になってしまっている。
もはや原形を留めていない。人型であるかどうかすらも怪しいレベルだ。
これ以上は防ぎきれない。このままでは。
それを避ける唯一の方法は、一度〈擬態〉を解いてスライム態に戻る事だ。
でも、残念ながらそれは出来ない。この場で〈擬態〉を解くのはあまりにも危険すぎる。僕にとって、だけじゃない。他にも実害を被る人(人?)がいるのだ。他ならぬ今、この場に。
だから〈擬態〉を解く訳にはいかない。
…………じゃあどうするんだってばよ? って話になるよね。うん。僕にはちょっと思い付かないかなぁー、なんて。
手詰まり感は否めないが、ここで諦めるわけにはいかない。ここで何もなさずに退くなんて許される筈がない。絶対に退いてはならない。ここで退けばもう〝彼女〟を守る者がいなくなってしまう。せめて〝彼女〟が逃げられる時間くらいは稼がなくては。
……とまぁ、うだうだ言っても始まらないか。なんとかしn――
――時間稼ぎはこんなもんでいいか。準備は?
〔上々だ。いつでも始められる〕
――OK。君はどうだ?
[大丈夫。準備は出来てるわ]
――よし、それじゃあ始めるぞ。
〔[了解]〕
二人――一体と一思念体に合図を送り、僕は行動を開始する。
◇◇◇
それは突然だった。奴が先程作り出した水晶壁が音を無く文字通り消え失せたかと思うと、『零式』の頭部が燃え出した。黒い炎を上げながら。
『零式』の背後で驚愕に支配されているキース・ソルディアに向けて僕は言い放った。
「残念だったな、さっきまでのは嘘だよ」
――一部はな。ヤバかったのは結構マジだ。かなりギリギリの賭けになった。
でもそんな事を素直に奴に話してやる義理はない。
さあここから――
「――反撃開始だ」