43 強力なパイプ①
「……」
「……」
「……」
場を沈黙が支配する。
僕の思いもよらない発言に、誰もが言葉を失っていた。
そりゃ誰も思いもよらないだろうね。キース・ソルディアが『原初精霊』の末裔だなんて。
少なくとも外見上は全く分からない。どうやって見抜いたんだって思うのも分かる。
……まぁ僕もどうやって見抜いたのか分かんないんだけどね。
「なっ」
うんうん、予想通りの反応だな。まんまと引っ掛かっている。
いやー、面白いねぇー。
他人をおちょくって楽しむ奴は虫ケラ程度のゴミカスだと思ってたけど、少しだけ気持ち分かるわ。確かにこれは面白いかもしれない。
――まぁそれと同時に吐き気を催す程自己嫌悪に陥るから二度とやりたくないけど。
何にせよ心を読める奴を煽るのは簡単だと学んだね。適当に思いつくままに心の中で好き勝手言ってたら、相手が勝手にキレてくれるんだから。
口に出すよりよっぽど簡単で効率良いわ。
◇◇◇
先ず前提条件として所謂『精霊』ちゅうもんは相手の心をある程度読める。
勿論、心理学とかそういう類の読心術じゃない。スキルとしての、所謂『テレパシー』的なものだ。
その中でも『原初精霊』は完全に相手の心を読む事が出来る。
〝事前情報〟で、対象K・Sには嘘が通用しないと聞いていたので、もしかしてと鎌をかけてみたら見事ビンゴだった。
――この為にわざわざ面倒な仕込みまでしたんだから、成功してもらわないと困るんだけどね。
「……つまり貴様は、このキース・ソルディア様を騙したと? どうやって?」
衝撃からようやく立ち直ったらしい奴が尋ねてきた。
まぁ当然の質問だわな。僕が奴でも同じ事を尋ねるだろう。
なんせ心を読める相手を騙すだなんて不可能としか言いようがない。〝普通〟ならだけど。
そして僕は残念ながら所謂〝普通〟とはかけ離れた存在だ。僕なら奴も騙せる。
「僕がそれに答える必要を感じない。回答は拒否させてもらおう」
――ただしそれを馬鹿正直に教えてやる義理は無い。
「きっ貴様ぁーー!! 一度ならず二度もこのキース・ソルディア様を愚弄する気かぁーー!!」
「案外優しいんだな。僕は一度や二度どころではない程君を愚弄したつもりなんだが」
徹底的に煽り倒す。この手のプライドの塊は、怒りがある一定以上のラインに達したら逆に冷静になるからな。その前にけりをつける。そうすれば皆んなハッピーだ。
「殺す」
おお怖っ。
キース・ソルディアは鬼の形相で両手を変形させて突っ込んで来た。あの形状は……『王種人狼』かな?
何にせよ、奴は本気で僕の命を殺りに来るみたいだ。
まぁこいつの相手は任せるとして、僕には取り組まなくちゃならない別の事がある。
――出来るよな?
〔当然〕
返事を確認して、僕はキース・ソルディアから目を離す。
「――それで? 何か僕に質問は無いか?」
新たに目を向けたのは、先程解放した女性達。
彼女達は解放されたとは言え、大部分は負傷している。すぐには動き出せないだろう。未だ全員がその場に座り込んだままだった。
◇◇◇
「……結局キミは何をしにここに来たのかな? ウチ達を救いに来た……という様子ではない、かな?」
口を開いたのは、囚われていた女性達の一人(一体?)、上森人の麗人だった。
僕の想像通りの人間離れした――実際「ヒト」ではないが――美貌と180はありそうな長身に、身長の割に小さな顔の両側には20cmはある長い耳がついていた。
その腰まである長い金髪は、乱れていながらに美しかった。
正直自分でも何言ってんのか分からないけど、そうとしか言いようがないのだ。それくらいに不思議な美しさが彼女にはあった。
外見の俗物的な「美しさ」だけではない。内面から溢れ出る精神的な「美しさ」だ。
「どうしたのかな?」
「……ああ、失礼。こちらとしては彼にはここから着の身着のままで退去していただきたく、それを目的としてここへ来た。一旦奴に集中したいので、出来得るならばこちらへの攻撃は遠慮していただきたい」
「なるほど……正直なところは、かな?」
「共に戦ってほしい。言葉を飾らずに恥をしのんで言うが、勝てる気がしない。助けてほしい」
「あははは、本当に言葉をかざってないかな。良いよ、ウチは協力してあげるかな。助けてもらったしね、かな」
彼女は見たところ髪が乱れて肌が多少汚れている以外は特に目立った外傷は無さそうだった。ハイエルフの特性か何かだろうか?
何にせよ、「共に戦う」という彼女の言葉は嘘ではなさそうだ。
「ご協力感謝する。僕の名前はゲイル、人族ではないが、魔族と敵対する者だ。諸事情により奴にはこの地より去ってもらわねばならない」
「へぇ、そうなんだ。ああ、ウチの名前はアスタリシアラノラノ・ヒノネシカ。アスタと呼んでほしいかな」
スゴい名前だな。どこまでが名前でどこからが姓か分からなかったぞ。まぁそんな事は今はどうでも良いけど。
「では、アスタ殿。僕の〝分身〟が崩れると同時に両側から挟撃という事でよろしいか」
「うん、かまわないかな」
そう言って僕とアスタが目を向けた先では、僕と全く同じ姿をした者が、奴と戦っていた。 僕のスキルを使って。
そう、〝分身〟だ。僕が新たに〈粘体〉の派生で手に入れた〈粘身〉と〈粘心〉の二つのスキルを組み合わせたものだ。
分体との差は自立性の高さだ。なんとこいつは自分で考えて行動出来る。勿論稼働可能数は分体と比ぶべくもないが、それを補って余りある程の使い勝手だ。
現在僕が出せる分身は二体。うち一体をここに連れて来ている。
今僕の代わりに奴と戦っているのはその分身、〝神獣’s〟のNo.2、『分体統括』だ。役割はその名の通り各地に散った分体から上がってくる情報の取りまとめと僕の戦闘の補助の為の分体の操作。要するに現在のところ全ての分体を統括する事だ。
分体と違って、各ステータス及びスキルに制限時間がある事を除けば僕と遜色無い。その証拠に冷静さを欠いているとはいえ、奴とも十分に戦えている。
――と、そんな事よりも重要な事がある。
「その前に、君達に何か羽織れる物を支給しよう」
「え? なんでかな?」
アスタは気にしていなかった(もしくは気付いてすらいなかったかもしれない)が、彼女の背後の女性達――ある程度元気そうな者はほぼ全員が嬉しそうな顔でこちらを見ている。大きく頷いている者までいた。
彼女達は未だ、裸だったのだ。
……いや、ヤバいでしょ。これ。
『裸だったのだ』とか言ってみたけどさ、普通にヤバい状況だよね。
だって僕、全裸の美少女ガン無視して敵を煽ったり、敵を煽ったり、敵を煽ったりしてた訳だろ?
しかもその後アスタと会話してたのに、彼女が全裸である事を微塵も気にしていなかった。彼女が何も身につけていないと認識していたにも関わらず、だ。
マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい――だんだん考えが人間離れしてる。このままじゃ文字通り〝人でなし〟になってしまう。これじゃあの塵糞粕共と一緒じゃないか。
――絶対に〝あんな真似〟はしないと『彼女』に誓ったのに。これでは誓いを破ってしまう。
それだけは絶対にしてたまるものか。意地でもここで耐え切る。
「――ル。全員に行き渡ったかな。これで始められるかな?」
「あ、ああ……そうだな、それでは始めるとしよう」
アスタに呼びかけられ、見ると、皆んな服を着て取り敢えず全裸ではなくなっていた。
これで心置きなく戦える。
――勝ったな。
◇◇◇
「今から分身を解く。合図と共に両側から挟み討ちという事で良いな?」
「かまわないかな」
「じゃあ合図の為にこいつを渡しておこう。こいつが『今だ』と囁いたら決行だ」
「分かった、かな」
そう言って、僕は彼女に超小型の分体を渡す。
もはや『今だ』としか言えない、それしか出来ないとことん無駄を排した最新型だ。
そうそう、忘れてはいけない事があったんだ。先にそっちを済ましておかないと。
「君達は僕の分体を護衛につけるから早くここから脱出してくれ。無理を言っているのは分かっているが、恨み言は外で聞く」
戦闘に加わらない――アスタ以外にも数人(数体?)名乗り出てくれた人がいた――人達に向けて僕は呼びかけた。
既にフル装備の分体(スライム戦闘ver)を十体配置済みだ。これ以上は今のHP、MPからするとキツかったが、出来る限りの護衛を用意したつもりだ。
「……恩にきる」
イヌ耳を生やした美女が複雑そうにそう言いながら、動けない人達を動ける人が抱えつつ、部屋を出て行く。正確には出て行こうとした。
「『水晶壁』」
毎度の事ながら妨害が入った。僕が先程入って来たこの部屋唯一の入口が突如出現した謎の壁によって塞がれてしまう。
犯人は言わずもがな――
「身共が、かんた、んに、の、がす、と、でも、おおも、い、です、か? 馬鹿、なので、すね?」
――ミンナダイスキ、キース・ソルディア君。
息も切れ切れだが、その眼は未だに戦意と怒りを宿している。
見ると、僕の分身が倒れていた。気付かなかった。まさかこんな事になっているとは。
かなりの激戦だったのだろう。既に彼の右腕は完全に異形と化していた。腕を擬態出来ない程に傷付いているようだ。
他にも右脇腹は存在しておらず、人のものとは思えない異様な形状の骨がそこから覗いていたり、左脚は分身の放った粘手の所為だろうか? あちこちが異常に膨らんだり、変色したりしている。
それでも彼の勝利は疑いようもない。床に転がっている分身からは何の応答も無い。
――転がっている分身から、は。
「どうや、ら、身共の、じつり、ょくを、みあま、ってい、た、よ、うで、すね?」
何はともあれ、僕の作戦は第一段階から崩れた訳だ。分身が奴を抑えている間に完璧な配置から挟み討ちする作戦だったんだから、分身が倒されたらもう使えない――とでも思ったか、馬鹿め! はなからこんな事は想定済みなんだよ!
「んなっ⁉︎」
――僕の読みではそろそろ来る頃なんだけどな。
その瞬間、キース・ソルディアの身体が突然傾いた。
「ん⁉︎ ぐっぐわぁ!!」
見れば、奴の影から巨大な紅い槍が、奴の腹部へ向けて伸びていた。
「ひっ、ひしゃまぁ、ろきょはらひh――」
羅列の回っていない奴が何か言っているが、それをガン無視して奴の影から現れた人物に僕は向き直る。
アスタを含め、僕以外は皆呆気に取られているから、僕がやるしかない。
と言うより、僕が呼んだんだ。僕が応対するのが筋ってもんだろう。
「――ごめん、遅れた?」
奴の影から現れたのは、外で別れた真祖吸血鬼、イカル・マーガレットだった。