幕間 面倒臭い冒険者(達)
「――ほぁ? 『無能の幽霊』じゃなくて、魔王軍が出て来たんでげすか? 本当なんでげすか?」
第三王子の使者の報告に、地龍討伐の為の冒険者による別働隊を率いていた個人ランクAAAの高位冒険者、パイダーン・ファルコイは驚いた。
右眼を隠す金色の長髪を肩の辺りで切り揃え、青いどこか金属らしくない神秘的な板金鎧を身に纏い、その手にはこの世のものとは思えないほどに美しい槍が握られていた。
美しいながらも、その装備に見合うだけの経験に裏打ちされた自負に満ちたその顔は今、驚愕に支配されていた。
事前に王子から可能性を示されていたとは言え、彼個人としては半信半疑だったのもまた事実だった。
「魔族は北から来るもの」
この先入観がそうさせた。帝国出身のパイダーンにとっては尚更『聖域』からの魔王軍の侵入は信じ難いものだった。
「まぁ来てしまったものは仕方ないでげすな。オラっち達もちょちょいと地龍の旦那をやっちまうしかないでごんすな」
Sランクパーティ『竜滅騎士団』のリーダーであり、『竜士槍使い』の異名を持つ大陸屈指、人界中にも三十人もいないAAAランク冒険者たるパイダーン・ファルコイには一つだけ大きな欠点と言うか特徴があった。
――強さに見合っていないその独特な口調だ。
別にどんな言葉使いだろうが本人の勝手ではあるのだが、金髪で長身の、平均を大きく上回る非凡なる美貌を持つ強者に、その口調は全く似合っていなかった。
彼に初めて会った人は皆、この口調を聞いて驚く。そのくらいこの口調は珍しいものだった。
「了解した。ゆっくりと落ち着いて時間をかけて地龍をいたぶるのだな?」
そこに口を挟んだのはこの場を仕切るもう一人のAAAランク冒険者、カタダ・カクシダだった。
片方の角が半ばから折れた黒い角兜に一切髪の無い頭を収め、髪の分まで伸びきって地面に着く勢いの焦茶色の髭を生やした深碧の鷹のような眼をした戦士は、平均的な人族の男性の半分程の身長で、片手斧を両手で持っていた。一目で一級品と分かるその〝片手斧〟は彼が並大抵の戦士でない事を示していた。
王子からの伝令の話を横で聞いていた彼は、自分の中でそう結論づけたようだった。
「いえ、そうではなくてごんすね、地龍の旦那はパッパッと片付けて王子さんの援護に向かうんでげすよ」
「了解した。一撃ずつジワジワといたぶってせいぜい苦しませるとしよう」
Sランクパーティ『オラ=ウラク』のリーダーであり、『流星砕き』の二つ名を取るフラルガン大陸では珍しい亜人種『土小人』の重戦士であるカタダ・カクシダにも欠点があった。
――相手の話を全く聞かない事だ。
そもそも土小人という種族が他者にあまり興味を示さないという特徴があるのに加えて、本人のマイペースな性格が災いしてこうなってしまったのだ。
こんな様子では到底冒険者など務まらなさそうではあるが、何故か依頼を受けたモンスターだけは確実に仕留めてみせるので、やっていけている。これは冒険者ギルド・エレンファソ支部の七不思議の一つに数えられている。
今回もパイダーンの言葉に相槌を打ちつつ、その実内容は全く聞いていなかった。
「だから、早く倒さないといけないんでごんすよ! 一刻も早く王子さんを助けてあげないとでごんすから」
「任せておけ。かの地龍には考えうる限り最も残忍な方法でじっくり苦痛を与えてみせよう」
「だから違うんでごんすよ! お願いするでげすからはn――」
「――ああ、もう焦ったいのお! ちっこい髭の方は他人の話を真面目に聞けい、バカ者め! そっちの黄色いガキもガキじゃ。もっとはっきり話さんか! お前が気を遣って強く言わんからこんな事になっとるんじゃぞ? 分かっとるのか? 第一その変な語尾はなんじゃ? 余計分かりづらいわあほうが!」
二人の噛み合わずに一向に進まない会話に業を煮やした一人の冒険者が声を上げた。
彼らが到着するまでこの場での最高位だったBランクパーティ『耄碌爺』のリーダー、Aランク冒険者のルクセンだった。
「しっ師匠! そんな口の利き方は……」
ルクセンの余りにも直裁な物言いを、『耄碌爺』のもう一人のメンバー、BBランク冒険者のシンガが慌てて諌める。が、
「げはははは、肝の据わった方でげすねぇ。そこまで歯に衣着せず言われたのは初めてでげすよ」
「ふん、そんなに褒めずとも良いわ。照れるではないか」
二人は特に怒る事なく穏やかに受け止めた。
……ルクセンの言葉が正しく受け取られているかどうかも少し怪しいが……
「何を言うておるんじゃ、ワシの話を本当に聞いておるのか?」
案の定、ルクセンは全く話が通じていない(ように思える)カタダに再度小言を言う。
「いえ師匠、『土小人』という種族はいかに他者の指図を受けないかという下らない事を誇りとするどうしようもない種族ですので、カクシダ卿に何を言っても無駄なんですよ」
「ほお、そうなのか? よく知っとるのぉ」
そこにすかさずシンガが『土小人』についての説明を加える。それによりようやくルクセンも納得した。
「いや、あんたさんも結構な言い種でげすね。一切遠慮を感じないのでごんすが」
シンガのフォローしているようで全くフォロー出来ていない発言に、パイダーンのツッコミが入る。
「……てぇそんな事はどうでもいいんじゃ! 早く地龍を討って王子に合流するんじゃなかったのか? そこでボケェーとつっ立っとらないで早く動かんか!」
そう、かなり下らない事で立ち止まっていたものの、元々彼らは地龍討伐の真っ最中だったのだ。
現在はディファット将軍率いる貴族軍が罠へと誘導した地龍に一斉攻撃を仕掛けていた。
これで倒せればそれで良し、仮に倒しきれなければ両Sランクパーティを中核とする冒険者を投入する予定だった。あくまで冒険者は対『無能の幽霊』戦の為に動員されており、出来有る限り温存する事になっていたのだ。
だが状況が変わった。
魔王軍にはやはり同等の貴族軍の方が対処しやすい。
ならば一刻も早く貴族軍から地龍を引き継ぐ必要があった。こんな下らない事で揉めている場合ではなかったのだ。
「本当でげすね。ぱぱっと始末しないとでごんす!」
「吾輩に任せておけ。奴にはこの世の地獄というものを嫌と言うほど味わわせてやろうぞ!」
そう言うや否や、二人はほぼ同時に駆け出した。その後にはそれぞれのパーティメンバーが続く。どちらのパーティも平常運転のリーダーの面倒臭さに今の今まで息を潜めて様子をうかがっていたのだ。
勿論その後には『耄碌爺』を含むその他のパーティが続く。
◇◇◇
「冒険者が到着した! 速やかに道を開けよ! 第一陣から順に殿下の下へ急げ!」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
パイダーン、カタダの両名の到着を確認したディファットが兵に交代を急がせ、次々にカインの下へと送り出していった。
流石は国難に真っ先に駆け付けた忠臣とその部下である。多くの貴族の混成軍にも関わらず、一切の滞りなく兵達は続々と規則正しく戦線を離脱していった。
「げははは、覚悟するでげすよ? ピンチの王子様をオラっちが颯爽と助ける為に、とっととやられて欲しいでげすよ!」
「この吾輩に斧を抜かせた事、せいぜいあの世で後悔する事だな。総員、かかれ!」
二人の号令に合わせて約三百名の冒険者が一斉に地龍へ襲いかかった。
流石は本職、二人の指揮の下各パーティが連携して休む間もなく地龍を攻撃し続ける。
――因みに、パイダーンの笑い声やカタダが初めから斧を手に持っていた事に対して何か言う者は一人もいなかった。……内心はどうかは知らないが……
冒険者の攻撃の甲斐があり、軍が傷を与えていた事を差し引いても、明らかに地龍は弱ってきていた。
「初めからこ奴らを出せば良いものを。こんなに集める必要は無かろう」
「それはそうですけど、そうもいかないんでしょう。Sランクパーティは色々と大変なんですよ」
ルクセンの言う通り、三百名の冒険者の中でも一際目立っていたのは二人のAAAランク冒険者だった。
パイダーンが振るうのは彼がかつて討伐した、パーティ名の元にもなり、他ならぬ彼自身の二つ名の表す水龍の角や牙、骨から造られた『竜士槍』だ。
火と水系統の攻撃に対する耐性と、攻撃への水属性付与と刺突強化を可能とする特殊効果まで付いている。
彼の板金鎧も、金属ではなく同じ水龍の最大の弱点、『逆鱗』から造られている。ただでさえ討伐数の少ない龍種の鱗、それも弱点である『逆鱗』が無傷で手に入る事など殆どない。
一方のカタダの持つ〝片手斧〟も一眼で非凡であると分かる。
錆銀色の刃には複雑な紋様が刻まれており、この紋様には魔法が込められている。多少腕に覚えがある者ならば、一眼で使い手を選ぶ事が窺えるだろう。
それもその筈、これは天よりの贈り物、三界には本来存在しない物質から作成されている。
もし転生者がその場に居れば確実にこう呼ぶであろう。これは隕石である、と。
――更に専門知識を身に付けた者ならもう一歩踏み込んだ解答を二通り用意出来るだろうが、それは望み過ぎというものだ。
どちらも各国の文字通り最高戦力『英雄』が装備する神話の時代から続く伝説の武具の数々と比べても遜色ない代物だ。小国の国庫が傾く程の値がつくだろう。
それに見合うだけの実力を二人が保有していることは誰の目にも明らかだった。
そんな彼らは、確かに敵を圧倒しつつ、首を傾げた。
「妙に張り合いがないでごんすな。今まで戦ってきた他の龍達より遥かに弱いでげす」
「これではいたぶっている吾輩が無情なようではないか。面白うない」
どうやら彼らレベルとなればこの程度では満足出来ないらしい。
「おいおいマジかよ。これで弱いだと⁉︎」「普通に今までの敵の中ではダントツ最強なんだが⁉︎」「やっぱりSランクの野郎共は言うことが違うなぁ」
――ほとんどこの二人とそのパーティがやっているので、他の冒険者からすればこの地龍は十分な〝強敵〟なのだが……
だがそんな状況も長くは続かなかった。(皆にとってどうかは分からないが)二人のとっては幸いな事に(?)新手が現れた。
「――うわぁ、マスターの言う通りにうじゃうじゃといるわね」
「その通りでございますね。正直不快でございます」
それもかなりの――の、だ。
◇◇◇
「――くっクソがぁ」
地龍の死骸の前に、累々と連なる冒険者の死体。
まだ息のある仲間を見捨てて、生き残った者達は必死に逃げ出す。
あのような〝化け物〟を前にして、連携など何の意味も成さぬと本能が理解した。情けなど邪魔でしかないと理性が叫んだ。
首が飛ぼうが、身体が四散しようが、構わず駆け抜けた。
あれは自分達とは別次元の『怪物』だ。手に負える訳が無い。
逃げ出す者達の背後で、僅かに残った冒険者の精鋭達が、必死に殿を務めていた。
満身創痍ながらも、流石は人族の上位勢。かなりの粘りを見せていた。
――圧倒的な武力の前には無力である事に変わりはなかったが。
「とんだ貧乏くじでげすよ。こんな勝ち目の無い戦いだとは聞いてないでごんす」
「何を言っている、頭がおかしくなったのか⁉︎ これのどこが報酬に見合っているというのだ⁉︎ 吾輩はこんな結果認めんぞ!」
こんな事なら最初に撤退しておけば良かった。全員がそう思った事だろう。巧妙に隠されていた敵の力量を正確に読み取れていれば、今頃こんなに苦しむ必要はなかった。
だが誰に責める事が出来るだろうか。見抜けなかったのは皆同じだ。第一分かる訳がない。
「やっぱ張り合いがないわね。マスターくらいとは言わないけど、責めてあの鱗男くらいは頑張ってほしいわ」
「旦那様と比べる事すらおこがましい程の弱者ですよ? それはいくらなんでも可哀想でしょう。相変わらず容赦のない方ですね」
「なんですって⁉︎ 聞き捨てならないわ!」
「何度でも言って差し上げます! 貴女は――」
――今目の前で言い争いながら片手間でSランクパーティをあしらっているこの『怪物』達は、うら若き乙女の姿をしていた。