42 太古の末裔④
「なんちゅう面子だ。正直ここにいる奴らだけで帝国くらいなら滅ぼせるんじゃないか」
室内には、名だたる上位種の中の最強種――『古来種』が生まれたままの姿で吊るされていた。
『上森人』に『古土小人』、『上獣人』、『古半獣』、『古海人』『上半蛇』『上鬼――そして『真祖吸血鬼』。
これらは全て『古来種』に分類される。
そして何より問題なのはここに居るのは僕が〈探知〉した限り雌型だけだ。
女を剥いて両手を頭上で縛っているのは個人的にそそられない事も無くも無くも無い訳ではある。要するに結構そそられる。前世の残滓が、そう囁いている。
だが彼女達からすればそんな事言ってる場合では到底無いだろう。すぐにここから逃げ出したい筈だ。
僕だって解放してやりたい。正直見目麗しい(外見上は)美女や(見た目)幼気な少女達が苦しそうな顔で縛られているのは心臓に悪い(僕心臓無いけど)。
でも女だけを集めてる理由を察するに、そう簡単に放してはくれないだろう。
となると、こちらに打つ手は無い。奴の気の迷いを誘うのも一手だが、報告書を見る限りそういうタマじゃ無さそうだ。
「何をしているのですか? 入り方がお分かりでない? 馬鹿なのですね?」
僕が悩んでいるとそんな声が聞こえてきた。
耳触りの良い、非常に良い低音ボイスだった。……内容さえ違えば。
「どうしたのですか? まさか身共の言葉がお分かりになられない? 馬鹿なのですね?」
僕が黙りこくって(呆気に取られて)いたのを何を勘違いしたのか奴は言葉が理解出来ていないと思ったらしい。心底馬鹿にした様な顔で僕の前に現れた。
「ん? どうかなさいましたか? 身共の美しき顔に見惚れていらっしゃるのか? 審美眼はお持ちの様だ」
帝国貴族の象徴である金髪を長めに右肩に垂らし、両の眼は細められていて色は分からない。まぁ何があるのかは大体分かるけども。
そして不自然な程に身体のラインを隠している真っ白なコート。細身な様にも、案外鍛えられている様にも、はたまたふくよかな感じもする。恐らく認識阻害系の魔道具か何かだろう。
「貴殿がキース・ソルディア殿であっているな?」
まぁ奴の格好など気にしている場合ではない。もはやこちらの方針は決まった。あとはその通りに実行するだけ。とっとと話を進めよう。
「いかにも」
「私はさる方の命により貴殿を討ちに参った者だ。大人しく頸を差し出されよ」
「拒否すると言えば?」
「力づくでその命、奪うまで」
キース・ソルディアが簡単に命を差し出さない事など想定内。むしろ素直に従われた方が気持ちが悪い。
取り敢えずは「正々堂々」を地で行く馬鹿を装う。
この手の自分に自信があるいわゆる「ナルシスト」は、他者の事を無条件に見下す傾向にあるが、内心の臆病さを隠し自分に自信を持つ為に特に無能だと判断した相手には実力をセーブして対応する。そうやって自分は本気でなくとも他者より優れていると安心する。要するに舐めプをする。
そこにこちらの唯一の突破口がある。
もはや勝つ事は捨てた。一瞬でも触れられればもはやこいつを殺さずとも良い。そしたら逃げよう。
「はっはっは。わざわざ宣言してくださるとはお優しい事だ。馬鹿なのですね?」
いや馬鹿はテメェだ! なんでそれを言っちゃうんだよ⁉︎
……敵にツッコんでる場合じゃない。落ち着け。落ち着いて自分のペースで進めるんだ。
…………よし、大丈夫だな。多少想定外な感じだが、未だ巻き返せる。
「どうしたのですか? 来ないのですか? まさか無策で入ってきたわけではありませんよね? だとすれば馬鹿なのですね? 来ないならこちらから行きますよ?」
そう言って、奴は左の掌をこちらへ向けた。〝新兵器〟と同じエルフって事は無いだろう。普通に考えれば上位互換のハイエルフってとこかな。要するに魔法が来る。
「『雷撃』」
雷属性の攻撃魔法が飛んで来た。ぶっちゃけ困った。何故なら僕はその手の属性攻撃に対する耐性を会得していないからだ。
だって仕方ないじゃん。僕が今まで殺り合ってきた奴らは属性攻撃なんて使わなかったんだもの。
まぁどうとでもなるけどね。なんせ僕の速度能力値は20000超えだから。余程の事が無い限りいとも容易く避けられる。
「ぐっ、はっ」
――まぁ余程の事が起きちゃったんだけどね。
よくよく考えたら雷って光なわけで。
速度能力値20000がどんくらいかは知らんけど、確実に1秒で地球七周半とか無理ゲーなわけで。
……早い話僕では光を見てからは避けられなかった。もう遅かった。
土手っ腹に思い切りくらい、僕は吹き飛んだ。
一応人型を取ってはいるものの、重さは元の半液体のフォルムと同じだ。強い衝撃を受ければ簡単に吹き飛ぶ。
「ふふ、どうやら身共をあの〝失敗作〟共と同等と見くびっておられたようですね? 不快ですが、当然の結果ではありますね。自分の才能が恐ろしくなります」
「……あれで〝失敗作〟か。確かに本当に「恐ろしい」な」
『森』をあんだけ殺しといて、〝失敗作〟とはなかなかに厳しいな。となるとこいつにとっての〝成功〟はなんなんだ? どんだけ自分に厳しいんだよ。
「ふふふ、どうやら反撃は無いようですね? ならばこれで終わりですね『雷弾』」
そう言って、奴は一切の躊躇い無く二撃目を構えた。しかもご丁寧に雷系統の別の魔法だ。全く手を抜く気も、痛ぶる気も無いらしい。
正直ちょっとくらい遊んでくれた方がつけ込めて楽だったんだけど、そうもいかないか。
仕方がない。そろそろこちらも手の内をさらそう。
――準備のほどは?
〔無論、問題ない〕
分体の準備が整ったようなので、行動に移す事にしよう。
「ふふふ、うまく避けたかもしれませんが、これで万策尽きたとお見受けいたします。ご愁傷さまです。無駄な足掻きは不要ですよ。ご安心下さい。これで終わらせて差し上げますので。『雷球』」
奴が三撃目を構えたその瞬間、僕は「体」はそのままに「核」だけでその場を離脱した。
そのまま奴の背後に用意しておいた別の「体」に「核」を移す。
――射て
僕が命令を出すと同時に数千の粘槍が一斉に射ち出された。
「ふふふ、甘いですね。その程度はお見通しですよ」
流石に僕が攻撃する事は読まれていたようだ。
奴は一切動揺する事なく身体を硬化させた。恐らくカルキノスのものより頑丈な、例えばハイラミアとかのスキルだろう。
確かに粘槍ではあれを貫く事は出来なさそうだ。未だ僕は奴には〈強酸〉を見せてないから、そう思うのも無理はない。
――まぁ奴がどう思おうが僕には関係ないんだけどね。
確かに間違いなく先程僕は数千発の粘槍を一気に放ったさ。縛られている彼女達へ向けて。
はなから僕の狙いはキース・ソルディアの殺害ではない。この任務を受けた時から。
奴にはもう少し掻き回してもらわなくちゃならない。何より奴には未だまだ使い道がある。こんなところで殺すなんてもったいない。
「あっ」「えっ⁉︎」「……」「ぬはぁ」「なっなぜ⁉︎」
当然拘束を解かれ、彼女達は戸惑っているらしい。中には受身を取れずに尻もちをついた者までいる。
だがそこはやはり流石は腐っても各種族の選ばれし生まれながらの貴種、古より続く血脈の末裔たる『古来種』だ。自らの姿などには目もくれずすぐさま戦闘態勢をとった。
「ほう、狙いはそちらの方々でしたか。となると身共の命を獲るとのお話は……」
「ああ、一種の方便だ。結果として欺いてしまう形になった事については謝罪する。だがk」
「……に……さん」
「ん? なんと仰った?」
「絶っっっ対に許さん!!!!! このキース・ソルディア様を、帝国一の秀才たるこのキース・ソルディア様を、人界一の賢人たるこのキース・ソルディア様を、あろうことか愚弄するとは! 貴様は今この場で必ず殺す!!!!!」
おお、想像以上にお怒りにおなりあそばされていらっしゃられる。二重どころか五重敬語くらいになっちゃてるけど、僕の気持ちは伝わったと思う。
――ぶっちゃけ、めちゃクソ馬鹿にしてる。この程度でここまで激怒するとは流石に想定外だけど、元々の目的は達成出来てるしなんの問題もない。
それにしても……まさか煽り散らかす前に一度嘘ついた程度でブチギレるとは……正直やっぱりびっくりだ。煽り耐性ではなく嘘耐性すら無いとはね。ソウトウイイトコデソダッタンダネ。
――だが未だ足りない。あと一押しだ。
「簡単に殺してやる訳無いだろ? お前は大切な実験対象なんだから。だってそうだろ? お前だって当事者で無ければ喉から手が出るほど欲しがった筈だ。そうは思わないか?」
「きっ、貴様ぁーーーー!! 口を閉じろ!!」
奴の叫びを無視して、一拍の後に僕は『本』の報告にあった通りの事を口に出した。
「――原初精霊の先祖返りよ」
◆◆◆
「――どういう事だ⁉︎ 何故あの男は未だに到着しておらぬのだ⁉︎」
「はっ、どうやら出立の直前に敵に勘付かれ、襲撃を受けた様にございます」
「なんだと⁉︎ あやつは鼻につくいけ好かん奴だが、頭だけはキレるのではなかったのか⁉︎ そのあやつが勘付かれるなどというヘマをやらかすとは! 信じがたいな!」
現地での案内役兼内通者の到着が遅れるとの報に、遠征軍の司令官は思わず叫んだ。今幕舎内にいるのは彼とその副官、そして(もはや名ばかりではあるが)参謀長以下幕僚だけだったが、この大声では他の者にも伝わると考え、幕僚の一人が慌てて司令官を諌めた。
「閣下、流石に声が大きゅうございます。少し抑えて」
「あ⁉︎ なんだって⁉︎ 声が小さ過ぎて聞こえんわ!」
「かっ閣下ぁ〜」
いつも通りの風景に幕舎内は笑いに包まれた。毎回この幕僚が大声を諌め、それを聞き取れないと司令官が返すのがこの軍における慣例だった。無論、幕僚も司令官も分かった上でやっている。少なくとも司令官は。
「ですが、このままでは侵攻計画が成り立たないのもまた事実。一刻も早くなんらかの処置を行わねば」
そう口にしたのは半ば形骸化した幕僚部を率い、ほぼ一人でこの軍の作戦を立案している参謀長だった。
「ならば兄者よ、この俺に命じてくれい。ちょっくら行ってあのいけ好かん奴を引っ張ってきてやる」
「いやバカ兄貴には任せられん。ここはオレっちに命じてくれ。必ず任務は果たしてみせる」
参謀長の言葉に、すぐさま二人の人物が反応した。いずれも参謀長の弟、さらに付け加えて言えば司令官の弟達でもある。彼らの国では特に珍しい事では無いが、彼らは兄弟でこの軍を取り仕切っているのだ。その他の幕僚も親戚や数代前から続く付き合いの者ばかりだ。
「いいや、わざわざ迎えに行く必要もあるまい! 奴は頭はおかしいが腕は立つ。包囲程度は軽く敗ってすぐに合流するだろう。我々がすべきなのは奴抜きで侵攻計画を始める事だ!」
そこへ司令官が口を挟んだ。この軍の司令官の命である。誰にも否やは無かった。
「「「「「「「閣下の仰せのままに」」」」」」」
◆◆◆
「――どうやら第二軍は〝クルイビト〟を待たずに侵攻を開始するようです」
「へぇー、相変わらずの脳筋だね」
「ええ、参謀とは名ばかりの阿呆揃いですからね。仕方ありません。そんな無能に振り回される兵卒には同情します」
城代の報告に、主人は常よりもくだけた様子で応じる。これは城代達『魔王派』への揺るぎない信頼の表れであった。
そこに第三軍長が加わる。
「……その割には士気が高い。……解せない」
「確かにその通りですね。まぁ上が阿呆なら下も馬鹿なのですかね」
「……それなら納得」
「それで納得してしまうんですね……」
第三軍長の言葉に、城代は思わず微苦笑を浮かべた。
「そんな事よりさ、第五軍長は上手くいっているとして、第七軍長は何してるのかな?」
戦争を「そんな事」で片付けた主人を嗜める者がこの場には存在するはずもなく、城代はその質問に答えた。
「ああ、彼でしたら今頃は――」