41 太古の末裔③
「――じゃあキース・ソルディア討伐に関しての擦り合わせを始めよう」
「……」
「ん? どうした? 何か具合でも悪いのか?」
僕が小屋へ戻りつつ彼女にそう提案すると、何故か彼女は返事をしなかった。ただこちらを訝しんだような顔で見つめるばかりだ。
いや本当どうしたの?
「……アンタ、よくあそこからなにも無かったみたいに話し変えられるね。ちょっとガチでマジ引くわ」
……いや、「ちょっと」なのか「ガチ」や「マジ」なのかはっきりさせてくれい。君はあれか? J◯の一派なのか? (J◯への偏見)
「あれはプライベート。こっちは仕事だ」
「……差ありすぎでしょ」
公私の別がついている、とむしろ褒められるべき案件では? 何故僕はそんな蔑んだ目で見られねばならぬ? 解せぬ。
「……まぁどうでも良いだろ? それより早く話し合おう。時間だって無限じゃないんだ。何より僕にはこの後にも予定がつまっている」
「……そーね、いつまでもあんなくだらない、バカバカしいことに気をとられてる場合じゃないわね」
うん、その事に気付いてくれて僕は嬉しいよ。
言葉の端々に毒が含まれている件については一旦目をつぶろう。また面倒くさくなりそうだし。
◇◇◇
「――じゃあ、僕と部下が奴を囲んでるから、その間に君はお姉さんを救出するという事で良いかな?」
「ん、別にそれでいいわ」
「こちらは君がお姉さんを救出するのを妨害しない。君はこちらへ攻撃しない。キース・ソルディアが死亡するまで両者はこの約束を守る。って事で良いね」
「構わないわ」
「ではそういう事で」
彼女と作戦と取り決めの擦り合わせをし、ここで別れる事にした。
まぁ多分大丈夫でしょ。今のところ、姉を救出する絶好の機会を蹴ってまで僕のツレを殺したいとは思ってないみたいだし、いざ救出した後は一刻も早く安全な所へ逃れたい筈だ。わざわざ僕らに喧嘩をふっかける訳がない。
――とは言っても念の為に保険はかけておいたけど。流石僕。一石二鳥とはまさにこの事だね。
さて、それはともかく――
[状況は?]
[はっ、既に外に居た〝邪魔者〟以下〝障害〟は全て掃除いたしました。後は中のみです]
[ご苦労。恐らく内部に亜人が捕獲されている。手を出すな]
[かしこまりました。各員に徹底させます]
[ああ、では当初の計画通りに突入しろ]
[御意]
僕は彼女に仕掛けた分体の位置から、彼女が襲撃予定区画に居る事を確認し、その上で隊長に突入を命じた。彼女に対しての攻撃を禁じていない事を分かった上で。
これで良いんだ。彼女が姉を救出するのを妨害する気は無いし、積極的に争うメリットは無いとは言ったが、彼女単体への攻撃を行わないと言ったつもりはないし、彼女はその点、言質を取り忘れている。
一方こちらは「彼女からは攻撃しない」旨の言質を回収済みだ。
――言っちゃ悪いが彼女は甘すぎる。色んな意味で。
……まぁ、僕が直接手を下す必要もつもりも無い。これは――
「……っとそんな場合じゃなかったな。僕も中に入らねば」
既に『森』を中に突入させてある程度の時間が経過している。予定通りなら内部の制圧は八割方完了している筈だ。筈なんだが……
「……こりゃマズいな。思ったより戦況が芳しくない」
『森』と共に送り込んだ分体からの報告によると、既に制圧済みである予定の区域のほとんどで苦戦していて、未だ制圧に至っていない。つまり……
「……さてはあの狂人、上げてた報告より性能の高いヤツを隠し持ってやがったな?」
教皇国とて馬鹿ではない。兵器開発を命じた研究者を消そうとするならば、その兵器による迎撃くらいあって然るべきだ。提出済みのものよりある程度性能の良い兵器が投入される可能性も考慮して、様々な制約を抱える騎士団や聖軍ではなく、どんな手でも使える特殊部隊たる『森』を対・キース・ソルディア――正確には対キース・ソルディアが製造している兵器――用にチューニングして投入してある。
それでなお苦戦……いや言葉を飾るのはよそう。それでなお敗北しているのは、想定を遥かに上回る戦力を敵が有していたという事だ。
事前に教皇国側が把握していた奴の保有戦力は、こちらが用意した護衛――Aランクパーティ二つとBランクパーティ八つの冒険者約四十名、奴の下に派遣した研究者約三十名、そして奴が開発していた〝新兵器〟だ。
〝新兵器〟の数は不明だが、実験用に送った素材や、本体となる材料、その他各パーツなどの数から考えて、五十台あるかないかくらいだろう。数の方は無いものから作る事は出来ないから誤魔化しは効かないとすると、やはり質が提出されていたものより遥かに良かったのだろう。
奴から提出された〝新兵器〟は教皇国における軍事担当、『総軍司教』と『火の塔』によると脅威度C〜BBランクとのことだった。これでも平均的な軍人よりも強い。BBランクと言えば帝国の騎兵にも比肩しうる。
それを受けて上層部はBBB〜Aランクに対抗しうる『森』を投入した。
となると奴の〝新兵器〟は最低でも脅威度AAランクはあるって事か。ぶっちゃけ非常に困るな。
と言うのも『火の塔』曰く、僕は推定脅威度Sランクオーバー『災害』級らしい。
これだけ聞いたら、「AAランクとか楽勝じゃん」とか思ってしまいそうだが、それは違う。
なんせ僕――と言うか僕らは暴れ回ってなんぼの「魔物」だ。当然本気で暴れ回った時の強さを、「脅威度」として算定している。
そしてこんな建物の中で、『森』がいる中で全力で暴れられる筈がない。そんな事をすれば確実に彼らを巻き込む事になるだろう。個人的には人族が何人死のうが知ったこっちゃないが、『神獣』としてはそうも言っていられない。
――平然と他者を切り捨てたり、自らの立場に配慮して行動するなど前世の僕からは考えも出来ない行動だ。やはり身も心もスライム、若しくはゾンビ、要するに「魔物」になったみたいだな。それを不思議と悲しくとも残念とも思っていないのが、その最たる例だ。前世の臆病な僕ならこうは思わない。
「……まぁ何にせよやれる範囲でやるだけだな」
〈粘槍〉の発動を準備しつつ、〈探知〉を搭載した斥候用の分体を次々に小屋の内部へと放つ。
〈探知〉は今の種族である『ゾンビシーフ(スライム)』になった時に進化特典として手に入れたスキルの一つだ。能力はその名の通りありとあらゆるモノの〝探知〟。
これを使えるようになってから、僕の出来る事は格段に増えた。僕の〝目的〟にもかなり近付いた。
分体に搭載したのはあくまで本体のスキルの一部に過ぎないから本物よりかは精度も使用可能範囲も落ちるが、それでもかなり使える。それに今は「質」よりも「量」が欲しい。
……いざという時の保険は多いに越した事はないしね。
「……っと、いきなりお出ましか」
分体を送り出した正にその瞬間、〈探知〉に何者かの気配が引っかかる。どうやらこの先の曲がり角の先に展開されているみたいだ。
数は……二……いや三台か。動きからして手動ではなく自動っぽいな。
そんな事を思いながら曲がり角の前まで来ると、用意しておいた粘槍を放つ直前で待機させる。
――分かってるよな?
〔無論だ。既に準備は整っている〕
――なら良い。くれぐれもしくじるなよ?
〝新兵器〟共が角を曲がるその瞬間に、待機させていた粘槍を一斉に放つ。
「うがっ⁉︎」「うっ、くっか」「うごっ⁉︎」
奴らの胸の真ん中を射抜いき、顔面には酸を浴びせた粘槍は、そのまま姿を解いて何本もの粘手に変化して〝新兵器〟共を拘束する。
胸を射抜かれ、顔を酸で焼かれた〝新兵器〟共は当然の事ながらその場に膝からくずれおちた。
それでも未だ絶命はしていなかったヤツが、その毛むくじゃらと化した右手の爪をギラつかせつつ、不自然な程に他と色が違う真っ白くなった左手から光弾を発射する。
光弾を〈吸引〉を発動して消し去りつつ、〈斬撃付与〉を発動した粘手で右腕を斬り落とす。流石に力尽きたらしく、三台――三人とも地面に伏せてピクリとも動かなくなった。
「……それにしても悍ましいな。勝つ為とは言えやり過ぎだろ」
そう、キース・ソルディアが造っていた兵器とは、人体に様々な亜人や魔物の身体を移植して自在に変化させるというものだ。恐らく先程の毛むくじゃらの右手は獣人か半獣、不自然な程白い左手は森人のものだろう。
死体を吸引して〈鑑定〉で見てみると、他にもポイズントードやカルキノスにバジリスク、海人などが移植されていた。
獣人や半獣、エルフ、ポイズントード、カルキノスは報告書にあったけど、バジリスクやマーマンは無かったから、その未知のスキルで『森』はやられた訳か。
いきなり〈石化視線〉なんて使われたらよっぽどの事でも無い限り抵抗なんて出来る訳ないよな。僕は真っ先に顔を酸で潰したから助かったらしい。
……まぁ仮に食らったとしても分体もいるしあんまり問題無かったかもだけど。
「……とは言えこれはなぁ……結構マズいな」
今回はこちら側の完全な不意打ちだった上に、相手は他ならぬ僕――すなわち人外だ。『森』相手ならこうはならない。こいつらの圧勝だろう。
なんせ〈石化視線〉なんて警戒してもどうしようもない強スキルの一つだぞ。何度も喰らえば耐性もつくだろうが、一回喰らえばほぼ死と直結してる。対策なんて打ちようがない。
僕だって〈自己治癒〉があるから受けた所を即座に斬り落として逃れられるから問題無いだけで、それが無かったらかなりヤバい。
「……じっとしてる場合じゃないな」
現在のところ〝新兵器〟に対処出来るのが僕だけな以上、僕がこんな所でボーッとしている訳にはいかない。
一刻も早く全ての元凶を始末しなくては。
◇◇◇
[残存兵力は?]
[把握している限りこの階層はこちら十三、敵十と言ったところでしょうか]
[なるほど]
地下四階まで潜った僕は、『森』達と合流してキース・ソルディアの捜索を行なっていた。
とは言っても〝新兵器〟の妨害が激しくて、こちら側もかなり数を減らしてしまった。
しかし残すは地下五階のみ。こちらの方が僅かとは言え数は多いし、何より僕は〈自己治癒〉により無傷も同然。キース・ソルディアを未だ発見出来ていない事を差し引いても勝機は十分にある――などと僕が油断する訳はない。
キース・ソルディアだけでなく、マーガレットが探している筈の姉も、何より僕らとは別口で侵入している筈のマーガレット達がいない。
[これより下には僕のみで向かう。お前達は上の階にあった全ての研究結果と資料を回収してこの森全体を制圧してこい。僕が奴を始末して上がってくる前に完了させろ]
[御意]
正直足手まといにしかならないこいつらはここで追い払っておこう。あの程度に分体をわざわざ割くのも馬鹿馬鹿しかったし、ちょうど良い。
[では行け]
[御意]
◇◇◇
『森』が姿を完全に消すのを見届けてから、地下五階へと足を踏み入れる。
その瞬間に、途轍もない程の違和感に襲われる。明らかに上層と何かが違う。
そしてすぐさま理解した。何故こんな違和感を感じるのかを。
単純にここだけ異様な程に密度が高いのだ。〝強者〟の。
『森』とて神能教が誇る『十四聖典』の一つ。人族の価値観では十二分に〝強者〟だ。
でもそんな次元じゃない。彼らの強さが生まれ持った才能と努力によるものなら、ここから感じるのは単純な〝強さ〟。何者にも侵しがたい絶対的な種族としての〝強さ〟だ。
僕と同じ様な後天的な強種族の気配が他に二つ。後は生まれながらの〝強者〟達だ。
そんな気配、上の階に居た時には一切感じなかった。何らかの方法で気配を完全に絶っていたのだろう。
後天的な強種族の内、一体は確実にキース・ソルディアだろう。もう一体は分からん。
生まれながらの〝強者〟の内、一体はマーガレット、もう一体はその姉だろう。他の気配はそれ以外に捕らわれていた実験材料ってところか。
未だ生きてる。誰も死んでいない。それだけに恐ろしい。
下手すればその刃は全てこちらへ向けられるかもしれない。捕らわれているからと言って、僕に味方するとは限らない。
正直、かなりマズい。今ここで戦えば勝ち目はない。
キース・ソルディアだけをピンポイントで狙うなどこの中では不可能だ。だがそれ以外に攻撃などすれば藪蛇以外の何物にもならない。
雑魚ならそんな心配など必要なかった。どうせ余波であろうと当たれば即死だ。復讐されるリスクなどはなから存在しない。
だが強者は話が違う。
殺す為に放った攻撃なら未だしも、戦闘の余波如きでくたばってくれる程の可愛げはないだろう。確実に後で復讐される。だから迂闊に戦闘を始められない。
だが奴は違う。
奴は元よりあの〝強者〟達をここへ攫ってきている。つまり既に敵対していて、ここから逃せば自分が攻撃されると分かっている。
だから何も気にする事なく攻撃を繰り出せる。既に攻撃される事は決定事項なのだ。今更配慮する必要は奴にはない。
この圧倒的なアドバンテージの差は、かなり大きい。正直ヤバい。詰んだ。
――だがそうも言ってられない。僕には任務がある。奴は確実に消さなくちゃならない。他ならぬ僕の為に。
仕方ない。暴れられたらまとめて殺るか。
◇◇◇
「……ってもなぁ、こりゃちょっとヤバくないか? 不可侵じゃなかったのか?」
奥の部屋に踏み行った僕を待っていたのは、想定を遥かに上回る種族達だった。
どうやら元々とんでもなく強い種族が弱っているのを〝強者〟と判定してたみたいだな、僕の〈探知〉は。
そこに居た――壁から全裸で吊るされていたのは、大体有名どころの亜人の……上位種の中の上位種、いわゆる『古来種』達だった。