40 太古の末裔②
「はああああーー!!」
「ぶはぁ!」
吸血鬼――彼女の強烈な一撃をくらい、破片を辺りへ撒き散らしながら僕の身体は宙を舞って木の幹に激突した。
〈痛覚耐性〉〈打撃耐性〉〈衝撃耐性〉の3コンボと元々の防御力の高さでほとんど痛みもダメージも無いし、〈自己治癒〉で傷は即座に塞がるとは言え、一瞬動けなくなるのは事実。
そこを逃す事なく彼女は次々に攻撃を繰り出してくる。
即座に〈硬化〉を発動するが、相手の攻撃力もなかなかのものな上に、吸血鬼なだけあって耐久力も再生力も並大抵じゃない。ダメージを軽減しただけで全く時間は稼げなかった。
「……これで本気じゃないとか冗談でしょ」
そう、たぶん彼女は未だ本気を出してない。
さっき『始祖の血を引く』とかなんとか言ってたし、恐らく彼女は誰かの眷族とかって感じでは無いだろう。
要するに彼女は生れながらの吸血鬼、その中でも一部の血統にしか現れない稀少種――『真祖』だ。
だいたいの種族における『真祖』は種族特有の弱点の克服や、各種能力の大幅な強化、新たな固有スキルの発現など、様々な点において通常個体よりも強くなる傾向にある。
吸血鬼の『真祖』は日の光をはじめとする吸血鬼の弱点の一部を克服してる可能性が極めて高い。当然戦闘力も上がってるだろう。
元から、上から数えた方が早いくらいの上位種族のくせに更に強くなるとかチート過ぎだろ。マジで。
その吸血鬼の中でも尚強いであろう彼女は、情け容赦無くスライムに加えてデバフ盛々のゾンビたる僕をタコ殴りにしようとする。
僕だってただただ殴られっぱなしってわけじゃない。ちゃんと反撃の用意は整えていましたよ。
〔準備完了〕
――ご苦労。さぁ反撃に移るぞ!
◇◇◇
辺りを見回すと、鬱蒼と木が繁っている。当然だ、ここは「森」なのだから。
そう、この世界の大半のモノは一度「それ」だと認識してしまえば、「それ」としか認識しなくなってしまう。多少変化した程度では頭の片隅にさえも引っかからない。戦闘中ならば尚更だ。
命取りだ。その事を今、ここで証明してやる。
――やれ
〔あいよ〈粘槍〉〕
「はああ――あっ⁉︎」
流石は吸血鬼、彼女は発動の直前に察知し、跳び上がる。
まぁもう遅いがな。ついでに言うと跳んでも無駄だ。なんせ四方八方から飛んでくる訳だからな。
約千本にもなる極細粘槍――ただし強度は通常のものと同等――が彼女の身体中に突き刺さり、貫通して空中に文字通り縫いとめた。
そこへダメ押しとばかりに何千本ものこちらも極細の粘手が粘槍から枝分かれして彼女の体内へ突き進む。
体内に入った粘手は更に細く細かく枝分かれして身動き一つ出来ない程に完全に拘束する。
「あっ! ……くっ!」
いやー、惜しいなぁ。『くっ』と来たら『◯せ』まで言わないと。
そんな事は今はどうでも良いか。早く彼女とお話ししないと。
とその前に、先ずは……鑑定。
【真祖吸血鬼LV2
攻撃能力値:1457
防御能力値:1438
速度能力値:1461
魔法攻撃能力値:1205
魔法防御能力値:1196
抵抗能力値:1009
HP:1687/1687 MP:1521/1521】
やはり予想通り『真祖』――『真祖吸血鬼』だった。
〈鑑定〉のレベルが低くてスキルなどは不明だけど、それだけでも強いのが分かる。
レベルこそまだまだ低いが、ステータスは既に四桁、人族の『英雄』級に匹敵する程だ。並の者では相手にならない。
やはり今のうちに完全にm――
「変態」
――りょ……へっ変態⁉︎ 何をいきなりこの娘は言い出したんだ⁉︎
「今、アタシの中覗いてたでしょ。変態」
「だから何故そんな事で変態と言われなきゃならないんだ⁉︎」
うっ、思わず反応してしまった。しかも結構素で。これで当初の予定は台無しだ。これじゃあイニシアチブを握れない。
……ん? と言うか、それ以前に……
「何故君は僕が〈鑑定〉を発動して君を見ていたと分かったんだ? 僕は発動の兆候を全く表に出していなかった筈だが?」
「だってアンタに縛られた後、舐め回すような視線を感じたから」
「いや『舐め回す』て……第一僕は縛ってなどいない! 拘束しただけだ!」
「ほとんど同じじゃん!!」
失敬な! 全く違うぞ!! ここでその違いについての講義を始めてもこっちは一向に……構うな。うん構うわ。僕それどころじゃなかったんだった。
「ゴホンッ……悪いが君に構っていられる時間はさほど無い。話す気があるなら所属と目的をとっとと話してくれ」
「……話す気が無かったらどうなんの?」
「まぁ無理にでも絞り出すことになるね。後でじっくりと」
「ふーん。……ゲロったら放してくれんの?」
「それは君の態度次第だな。どうする? 話す? 話さない?」
まぁ自分でも無茶な事を言っているという自覚はある。別に拒否されたからと言って彼女に何かするつもりは無い。僕は。
そう言えば、全然関係ないけど『森』は所謂〝暗部〟というやつに当たるから、教団が表向き保有していない事になっている『拷問官』――『異端審問官』は『拷問官』ではなくあくまで『尋問官』である――が在籍してるらしい。知らんけど。
いやもう本当今、偶々ふと思い出しただけだ。他意は無い。
別にここで喋らなかったら彼女が彼らのお世話になるとかそういう事ではない。多分。
「……分かった、じゃあ話すよ」
「うん、そうだよね。そう簡単にはしゃべr……へ? 今なんと? 僕の耳が腐ったわけじゃないのなら今、『話す』って言った?」
「言った。アタシの知ってる事は全部話す」
「まっマジっすか……そんな呆気なく……」
◇◇◇
「――ま、こんな感じ? 他になんか聞きたい事ある?」
「いや、特には無いかな」
若干拍子抜けするくらい簡単に、僕は彼女から〝情報〟を聞き出す事が出来た。
彼女が言っている事が本当なら、それなりに同情の余地はある。本当ならだが。
――流石の僕も〝敵〟の言葉をそのまま鵜呑みにする程お人好しじゃない。『元よりお人好しじゃないだろう』なんて意見は聞かないことにする。
「……で?」
「ん? 『で?』とは?」
「だからっ、アタシを放してくれんの? って聞いてんの。言ったでしょ? 急いでるって」
……いや聞かれては無いかなぁ……。言われはしたけど……ってそんな事はどうでもいいんだ。それより先にしなきゃならない事がある。
「ああ、これはすまない。直ぐに解こう」
やっぱりこういう事は早く済ませておかないとね。
……女子ってキレると恐ろしいし。ここで下手な返事をしようもんならとって喰われるやもしれん。
そそくさと彼女に刺さっていた粘槍と粘手を引き抜いて回収していく。
「これで終わりだ」
字面だけ見るとトドメの一撃っぽく言い放って全て回収し終えると彼女が地面に降り立った。
「んーーん。ん。結構痛いねこれ」
「ああ……まぁ痛めつける為に開発したから」
「へー……S?」
「バカちげぇよ! 僕にその手の性癖は無い!」
前世での名前のイニシャル的にはSっちゃSだけど、僕は断じて『S』では無い! ここはかなり重要だ! 強く主張させてもらう!
……こんな事してる場合じゃないんだった。冷静になるとかなり馬鹿馬鹿しいな、僕。
「じゃあ行こうか」
「……は? 行くってどこへ?」
「どこへって決まってるじゃないか。君のお姉さんを助けにだよ」
「なんでアンタが? アンタにそんな義理無いでしょ」
「あれ? 言わなかったっけ? 僕らの目的も君と同じキース・ソルディアの暗殺だから。同じ敵を殺したい同士だしわざわざ別行動取る必要無くない? 僕はこの手で奴を消す事に拘ってるわけじゃ無い。最終的に奴がこの世から居なくなればそれで目的は果たされるからね」
「え……いや、だってアタシら『人族』と……『魔族』だよ?」
偉い。ちゃんと『人族』→『魔族』の順で言った。
謎の拘りを持ってる奴も居るからね。円滑なコミュニケーションには結構そういう細かいところが重要だったりする。
「関係無いだろ。今問題なのは「どの種族か」じゃなくて「誰が敵か」だろ? 少なくとも僕はそちらから攻撃しない限り君と戦う気はない。そんな事しても時間と労力の無駄だもの」
……まぁ、僕に関して言えばそんな心配無いけどね。僕はそんなくだらない拘りなんて持ってないから。
そんな事より、今はキース・ソルディアの始末が先決だ。元々僕らは奴を消す為にここに来た訳だしね。
未だ彼女は納得してないみたいだけど、ここは強引にでも連れて行こう。
……と、その前に――
「未だ名乗ってなかったな。僕の名前はゲイル。姓は訳あって無い。君も薄々気付いてるかもしれないけど、僕は生粋の『人族』では無い。どちらかと言うとその逆――『魔族』に近いかな」
――ちゃんと名乗っとかないとね。
「なるほど……〝訳あり〟ね……」
「ああ、そういう事だから取り敢えず今はよろしく」
そう僕が言って手を差し出すと、彼女はおずおずと握手をしてきた。
「ええ、よろしく……」
「ああ、よろしく」
――かかったな? みすみす墓穴を掘るとは、まだまだ甘いな。
今僕はある鎌をかけた。そして彼女はそれにまんまと引っかかった。
これで大体彼女の〝正体〟――いや〝背後〟かもしれないから迂闊に断定は出来ないが――が掴めたぞ。
――なんて言ってる場合じゃ無かった。それどころじゃなくなった。
その時ふと彼女がずっと被っていたフードを取ったのだ。信頼の証か。はたまた牽制のつもりかは分からないけど、そんな事どうでも良い。
そこに現れたのは、端的に言うと――
「…………うわっ、クソ可愛いな」
――とてつもない美少女だった。それも『絶世の』とか『傾城の』とかが頭につきそうなレベルのクソ美少女。
赤みがかった茶色の髪を背中の中程まで伸ばし、その大きな瞳は白緑に輝いている。
そしてなんと言ってもその薄い唇からは吸血っ娘あるあるの一本だけ長い八重歯がのぞいている。
やや目つきが鋭いが、それもまた良い。と言うかそれが良い。
まぁ早い話、僕の好みドストライクの美少女だった。
――清楚な黒髪ロングのツンドラ美少女も、小柄でショートの仔犬系男の娘も、世話焼き系の巨乳幼馴染も好きだけど、僕はこの手の正統派ツンデレが一番好きなのだ。特に最初ツンツンしてたのに、落ちた後デレたいけどプライドが邪魔して出来ないのが非常に良き。
胸も見たところ慎ましやかだ。正にテンプレ。
強いて言うなら一般的なそっち系のツンデレと違って背が高い事だけど、それもそれでモデル体型で非常に良き。
結論――
「――美少女サイコーーー!!」
「何言ってんのよ。キモい。死ね」
「おお、『キモい』『死ね』いただきました! ありがとうございます!!」
「いやだからそれがッ⁉︎ ……ああ、もうなんでも良いわ……」
ふっ途中でそれが僕らにとってのご褒美だと気付いたらしい。こちらとしては残念だが、ナイス判断だ。
ってそれどころじゃ無いんだった。
「――とまぁ訳で、よろしく」
「……やっぱアンタとよろしくしたくなくなってきたわ」
……うん、まぁ僕に100%非がある伸ばし明白だから、何も言わないけど、ちょっと傷付いたのは事実だ。
いや〝ちょっと〟よ。本当に〝ちょっと〟。
………………ぐすんっ。