39 太古の末裔①
「――なんか用?」
深い森の中、僕――神獣は僅かなお供を引き連れてある小屋を訪れていた。
その僕の前に突如として一つの人影が現れた。声から察するにたぶん女性、それもまだ若い。
「君は……誰だ?」
『北方山地』に突如出現した魔族軍を討伐する為に出陣した筈の僕が何故教皇国軍『聖軍』から離れてこんな所に居るのかを説明する為には時を出陣前まで戻す必要がある……
◇◇◇
「――つまり僕はその人物を〝暗殺〟すれば良いのですか?」
出陣の一日前、『教皇庁』に呼び出された僕は、『鉱石の塔』の主人、『総工司教』から教皇の命令を伝えられた。
この総工司教は焦茶色の髪に薄い翠の眼にアル◯ーヌ・ル◯ンみたいな片眼鏡を左にかけて、貴族みたいな口髭を生やしている。年齢は四十くらいかな? 結構エリートっぽい。顔立ちも整っている。
正直に言わせてもらえば、こういう他人を見下してそうな鼻につく野郎は好きじゃない。
家柄で出世したのかそれとも実力かは知らんが、この若さで十六人しかいない『総司教』に上り詰めるなんて並大抵じゃない。
ますます嫌な奴だ。
僕がそんな事を考えているとも知らず、総工司教は淡々と連絡事項を伝える。
「ええ、その通りです。補助として『第六聖典』――『森』を付けますが、彼らの戦闘力では少し心許ない。相応の実力者、人族で言えば『英雄』級は欲しいところですので」
『英雄』級。
人族最高峰のステータス四桁超えの化け物に与えられる〝称号〟。
国内に存在する『英雄』の数がそのまま国力に直結するとされる程にその影響力は凄まじい。
だいたい一国につき一人居れば強国と言っていいだろう。
無論、人界五大国の一角たる教皇国も『英雄』を保有している。
その最たる例が勇者を筆頭とする『勇者パーティ』だ。
「まぁ〝暗殺〟に『勇者パーティ』は使えませんね」
「ええ、ですので『神獣』様にお願いしようかと」
『僕は『勇者パーティ』の一員ではないのか?』と皮肉ったつもりだったんだが、まさかのスルーとは。
やはり嫌な奴のようだな。
どうやらこの人は反・『神獣』派、つまり教団の異端者みたいだな。かわいそうに。さぞかし生き辛い事だろう。
……まぁ僕には関係ない話だけど。
「了解しました。直ちに準備を整えて〝暗殺〟を実行致します」
「ええ、お願いいたします。『森』は〝外〟に待機させております」
「……〝外〟ね……分かりました。ではこれで失礼いたします」
僕は総工司教に会釈だけして部屋をとっとと後にする。
常識人だろうがなんだろうが関係ない。自分を嫌ってる奴と楽しくおしゃべり出来る程僕のコミュ力は高くないし、僕の心臓は頑丈じゃない。
出来れば反・神獣派とは一生関わり合いになりたくない。
……無理そうな予感しかしないけど。
◇◇◇
「「「「「「「お初にお目にかかります神獣様。教皇国第六聖典『森』、教皇聖下のお召しにより参上いたしました」」」」」」」
総工司教に言われた場所には、黒いマントにフードを被った集団が跪いて出現した。
何言ってるのか分かんないかもだけど、本当に僕が約束の場所に足を踏み入れた瞬間にパッと出現したんだよ。
……危ない危ない、動揺が顔に出たらおしまいだ。化けの皮が剥がれる前にとっとと要件を済まそう。
「ごっごきゅ…………ご苦労。諸君らも既に説明を受けたと思うが、我らはこれより『聖軍』より離れて〝特別任務〟を行なう。諸君らはこれから何も見ないし何も聞かない。分かっているな?」
「「「「「「「はっ、了解いたしました。我らはこれから先、何も見聞きいたしません」」」」」」」
うんうん、よく躾けられているな。上出来だ。僕の咬みに一切触れないところも非常によろしい。
まぁ何も見聞きしない方が彼らの為だ。
『森』だって人族全体から見れば弱い方じゃない。むしろ一握りの〝強者〟と呼んで構わないレベルだ。
とは言っても、彼らは人族の最高戦力――『英雄』には到底及ばない。
僕が本気を出せばものの数秒で全滅する事だろう。
強者の不興を買うのは彼らとしても不本意だろう。口に出さずとも分かるような事をあえて口にしたのだ、その重要性は痛い程伝わった事だろう。
――ここまで言っても未だ分からん無能は殺してしまった方が教皇国の為だ。
「諸君らにはこれより第一計画を伝える。諸君らにはまず僕の第一計画に沿って行動してもらう」
「「「「「「「はっ、かしこまりました」」」」」」」
うん良い返事だ。よく躾けられて(以下略)
「では計画を発表する。先ず我々は――」
命令を言い渡されてから彼らと合流するまでの間にある程度の大まかな作戦は立てておいた。
◇◇◇
「――そこで包囲する。……以上だ。計画の全貌は勇者様にのみこちらから伝えておく。では一旦解散」
「「「「「「「はっ、失礼いたします」」」」」」」
そう言うや否や、忍者か⁉︎ って感じでパッと全員いなくなった。
いやー、それにしてもなかなかに有能そうな人材が派遣されてきたな。
見なくて良いものは見ない。聞かなくて良い事は聞かない。この世で最も重要な事だ。
おっとそんな事ボーッと考えてる場合じゃなかった。僕には他にも表の仕事があるんだった。
アアモンホントイソガシイワー――
◇◇◇
[――って感じでいこうと思うんだけど、どう思う?]
[良いんじゃないかな。と言うか聖下は君に一任したわけだし、別に僕に一々相談してくれなくても良いんだよ?]
[そうは言ってもなぁ……]
だって「報・連・相」って超大事な魔法の言葉じゃん? 面倒事を他人に押し付ける常套句。
『いや、しっかり報告してって言ったよね?』
『やっぱ連絡って超大事だと思うんだよね?』
『勝手にやらずにちゃんと相談して?』
の三つは「上司になったら言ってみたくないけど、たぶん言うだろうな」ランキング(僕調べ)と「上司に言われたら殴りたくなるワード」ランキング(僕調べ)の上位五つに絶対入ってるよね? (偏見)
まぁ一応事前に報告しといた方が勇者達もそれを前提に動けるかな? っていう僕の優しさが入っていないわけじゃない。
――いざという時に勇者や教団側に責任を押し付けるって面があるのは否めないけど……
[じゃあこれで進めるぞ]
[うん、頑張ってね。と言っても君にとっては頑張るほどでもないかもだけど]
[そんな事はない。出来うる限り最善を尽くすようにするよ]
[うん。それはそうと、アレの調子はどう? もう慣れた?]
[ああバッチリだ。二体とも正常に稼動してるぞ]
[それは良かった]
本当の本当に出陣のほんの直前、聖都の正門前広場に集結した教皇国軍『聖軍』――と言ってもほぼ修道騎士――が出陣式を行っているその壇上で、勇者の出番の合間をぬって僕は今回の計画の〝全貌〟を説明していた。
何故ここで説明しているかと言うと、ここでしか出来なかったからだ。
今回の遠征では人族連合軍は二手に分かれる。それに合わせて勇者パーティも二つに分かれることになっている。僕と勇者は別行動なので、ここが最後のチャンスなのだ。
ぶっちゃけ、この出陣式も前世での式典での偉い人の長話レベルでスルーしても問題ない内容なので、心置きなく計画の説明が出来る。
「――では皆、我らの忠義を至高なる神々へ捧げるのだ! 我らが信仰は御身の為に!」
「「「「「「「我らが信仰は御身の為に!!!!!!!」」」」」」」
「我らが忠誠は正義の為に!」
「「「「「「「我らが忠誠は正義の為に!!!!!!!」」」」」」」
「至高なる御身の、矮小なる我らへの慈悲に感謝を!」
「「「「「「「感謝を!!!!!!!」」」」」」」
「その愛に我らが信仰を!」
「「「「「「「信仰を!!!!!!!」」」」」」」
「我らが信仰にその愛を!」
「「「「「「「「愛を!!!!!!!」」」」」」」
相変わらずの狂信ぶりだな。ちょっと考えれば赤子だって分かる事実に目を向けようとすらしないとは、哀れだ。
「じゃあ、僕らも行こうか」
「おう!!!!!!」「うむ……まかせろ!」「……ああ」「…………分かりました」
勇者の号令で勇者パーティの面々は次々に椅子を立ち、パレード用の高くなっている馬車に乗り込む。
[……じゃあ僕はこれで]
[うん、行ってらっしゃい]
僕はその場に分体を残し、そいつの首筋からホクロ大の大きさになって脱出する。
これから、計画終了までは僕の代わりにこいつが勇者パーティ――のうち、聖女様、カミュと僕からなる(事になっている)一団に同行する。
戦闘力もコミュ力も僕と遜色ないレベルだし、特に心配する必要はない。
――今回の計画を知らされているのは勇者と教団の最上層部だけだ。聖女様達には知らされていない(事になっている。実際は知らん)。
[では、一ヶ月後]
[アサリでまた会おう]
勇者パーティの背後に潜ませておいた『森』の襟に潜り込み、その場を後にする。
――さぁ僕の『神獣』としての初仕事だ。張り切って行くぞー!!
〔〔おおー!!〕〕
◇◇◇
「――ここで合っているな?」
「はっ、間違いございません。先行させた者の報告通りです」
「ならば良い。配置は?」
「はっ、急がせております」
「計画通り、整い次第直ちに行動を開始する。時間は多少かかっても構わん、確実に仕留める。一匹も逃すな」
「かしこまりました」
僕が『森』を引き連れて訪れたのは、『聖軍』と帝国軍との合流地点であり、帝国の西部における最重要拠点である『城塞都市アサリ』から馬で一日程の深い森の中。ここは『北方山地』と帝国領の狭間にもあたる場所であり、一般人はまず住んでいるはずのない所だ。
アサリから馬で一日と言っても、それは馬が走れたらの話だ。
道など存在しない上に、多くの魔物が出没する『北方山地』内を馬で駆け抜ける勇気――この場合は「無謀」とか「蛮勇」とか呼ばれる部類になるだろう――の持ち主だけだ。わざわざ住みたいと思うような場所じゃない。
そんなとこに隠れるように住んでる奴が只人なわけがない。そして実際に只者じゃない。
名はキース・ソルディア。姓を持ってるという事は、帝国出身ならば貴族か大金持ちの一族という事になる。因みにこいつは前者だ。
まぁ色々あって家を追い出され、あれこれの後に教皇国に拾われてここである兵器の開発及び研究、改良を行っていた。
で、またまた様々な事情が重なり、今回僕らが抹殺の為に派遣されてきたってわけ。
これだけ聞くとただの可哀想な人っぽいけど、こいつは中身が結構ヤバいので、ぶっちゃけあんまり同情出来ない。
まさに天災って感じの性格だもん。悪いけど理解出来ないし、あまりお近付きになりたいタイプじゃない。
因みに会った事はない。今まで喋ってたのは、彼に張り付いていた『第十二聖典』――『本』のまとめた記録を自分なりに要約したものだ。
――ここだけのところ、もっと堅い表現使ってたし、もっと色々書いてあったけど、言いたい事はさっきのと大差ない内容だった。本当に。
まぁそんな訳で、これから僕らが殺そうとしているキース・ソルディアを一言で表したら「ヤバい奴」だ。
それはそうと、今問題なのは……
[誰かいるな]
[はっ、恐らく一名。かなりの手練れです]
声を拾われないように念話に切り替えたけど、同調も素早い。やはり『森』の練度は極めて高いな。流石は教皇国の暗部ってとこか。
それはそうと、あの感じはかなりの強者だ。正直『森』では難しいだろう。
[プランCに変更。アレは僕が対処する。お前達は待機しておけ。良いな、手出しするな。計画は一時間延期だ]
[御意]
そう言い含めて、僕は突如現れた強者の下へ向かった。
背後からは『森』が行動を開始する気配がする。
命令通りだ。ちゃんとサインは伝わっていたみたいだな。
じゃあ僕は僕でこっちに対処するかな。
◇◇◇
「――なんか用?」
僕が近付くや否や、その気配――彼女はそう言って姿を現した。
黒いフードを深く被った、女性としてはかなり背が高い部類に入るだろう。たぶん僕と同じくらいの身長だ。
顔も身体もちゃんとは見えないけど、ぱっと見は「ヒト」そのものだ。
つまり彼女は「魔族」という事になる。
「君は……誰だ?」
何故ここにいる? どうやってここまで来た?
聞きたい事は山程あるが、先ずはそこからだ。
人族と違って魔族は名前をきちんと名乗る。偽名などは一切使用しない。
そして苗字で大体の出自が分かる。
「アタシは……マーガレット。イカル・マーガレット。始祖イカル・ユリアの血を引く誇り高き北の氏族の民」
『始祖イカル・ユリア』ね……ぶっちゃけ最悪だな。想定していた中では当たって欲しくなかった予想が的中してしまった。
「イカル」の姓があらわす彼女の種族は――
「神の理を無視した不浄の一族……君は吸血鬼か」