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不死者に平和を  作者: 姫神夜神
3 新たな出会い
53/119

幕間 公爵令嬢の憂鬱

「――アリーナちゃんが?」


 自身の腹心にして一番の親友であるエリスの言葉に、ラルファス王国第三王子カイン・エイヘル・ゾン・ラルファスの婚約者にしてクロムウェル公爵家長女、シスベル・レム・クロムウェルは耳を疑った。


「はい。教皇国、帝国を中心とした義勇兵五万八千の総司令官として第四教皇女様がこちらへ向かわれているそうです。王都よりの情報なので間違い無いかと」

「それなら間違いは無いだろうけれど……あのアリーナちゃんがねぇ。がんばったわね」


 シスベルの記憶にあるアリーナ――神聖アゼルシア教皇国第四教皇女アリーナ・ソファリムは物静かな少女で、自分の意見などをハキハキと話せる様な人物ではなかった。正直あまり司令官に向いているとは思えない。

 だが、彼女の知る教皇国首脳部――『神能教』教団上層部は司令官として相応しく無い人物を司令官に据えるような無能でも、間抜けでもない。そんなに甘くも無ければ、()()()()()()

 つまりアリーナは実力でその座(総司令官)を掴んだという事だ。

 それは素直に称賛すべき事だ。


 基本的にシスベルは他者を公正に評価出来る人物だ。生まれや育ちで人を判断したり、個人的な私怨は少なくとも評価に一切関わらない。

 ――カイン(彼女の王子様)が絡まない限りは、だが……


「アリーナちゃんが来るってことは……()()()()も?」

「いえ、()()()()()は今回は同行しないとのことです。……と言うより、別に()()()()()は第四教皇女様直属の騎士団ではありませんよ?」

「そんなことは分かってるわよ! 『居ないのかな?』ってちょっと気になって聞いてみただけじゃない! なんでそんな言い方するのよ⁉︎」


 (シスベル的には)何気ない質問をしただけの筈がエリスにチクッと毒を吐かれてシスベルの「お嬢様モード」は解けた。

 ――因みに気を利かせたエリスが既に人払いを済ませてあるので、シスベルが多少『白銀』のイメージにそぐわない言動をしても問題はない。()()()()()()()()万事抜かりがないのがエリスの特徴だった。


「冗談でございますよ、お嬢様。そんなに大声を張り上げて怒らないでくださいませ」

「なにが〝冗談〟よ! けっこう本気で()()()のことバカにしてたでしょ⁉︎」

「……」

「そこは否定しなさいよ!」


◇◇◇


 その後もシスベルとエリスのじゃれ合い(?)は続き、いつしか話は再びアリーナ――『神能教』の事へと戻ってきた。


「それにしてもアリーナちゃんが総司令とはねー。正直意外だなー」

「左様でございますか?」


 そう返しつつ、『いつまでその事(アリーナの件)にこだわるつもりだ?』という()()()飲み込む。

 そんな事を言えば主人(シスベル)()()()(へそ)を曲げるとエリスはよく理解していた。

 ――あんな面倒事は二度とごめんこうむる、というのが偽らざるエリスの()()である。


「うん、だってあの子そんなに自己主張強そうなタイプじゃなかったもの、()()()()。……まぁ〝今〟と言ってもここ一年くらいあってないけど。それでも一年やちょっとでこんなに変わるものかなー?」

「……人は案外簡単に変われるものですよ、お嬢様」

「えっそうなの?」

 

 そう、人は他人からすれば少々意外な程に簡単に変われる生き物である。実際エリスも人が変わるその瞬間を間近で見た事がある。

 誰もが経験するとは限らないが、経験すれば十中八九人は変わる。変わってしまう。

 だが、()()シスベル(大切なお嬢様)に正直に伝えられるかと言うと、それは難しい。

 出来るならシスベル(この娘)には真っ白なままでいてほしい。()()()()()()()()()()自分だけで充分だ。それがエリスの偽らざる本心である。


「……まぁアリーナ様がお変わりになられたとは限りませんが」

「えっどういうこと……いややっぱ良い。自分で考える」


 エリスの発言に驚き、シスベルはすぐさま質問しようとしたものの、「ここで聞けば負けた気がする」という謎のプライドを発揮し、自分で考え出した。

 それを微笑ましく思いながら、エリスは()()()主人の狙いについて考えた。


(恐らく〝ご主人様〟は今回の捜索及び地龍討伐戦に投入した冒険者――〝兵〟をそのまま〝あの計画〟に流用するおつもりなのでしょう。となるとカイン殿下の(もと)に結集しつつある貴族軍も〝ご主人様〟の息が……? ……流石にそれはないか)


 と思いつつも、あの〝ご主人様〟ならあり得るかもしれない、などと一瞬でも思ってしまい、()()にエリスはブルッと震える。


(仮に〝あの計画〟が成功すれば、もう()()()()()()()()()()()()のよね? そうすればこれ以上()()()()()()()()もない)


 そう遠くない未来を想像して、エリスは思わず震える。()()で。

 「そんな都合の良い事がそうそう起こるのか?」という疑問と、「せっかく手に入れた()()()()奪われてしまうのではないか」という恐れによるものだ。

 

(大丈夫、取り敢えず()()〝ご主人様〟を信じよう)


 そんな事を考えている事自体が〝ご主人様〟を信じ()()()()()()事の現れであるという事に、エリスは気付いていなかった――


◇◇◇


「――でね、カインったら()()()のこと見るなり抱きついてきて、ほんとに困っちゃったわ」

「そうですか、良かったですね。八回話しても()()()()()()()()()()()嬉しかったんですね。お嬢様の嬉しさ()()伝わってまいりました」

「……ねぇエリス。何度も同じ話を聞かせてしまったのは()()()()、悪かったと思っているわ。でもね? 仮にも主人であるわたくしにその言い(ぐさ)はどうかと思うのだけれど」

「『その言い種』と申されますと? (わたくし)めにも分かりやすいように喋っていただけますか? お嬢様のお話は時折分かり()()時があるのですが、それ以外は分かり()()のでm――」

「そういうところよ!! そういうたまに混ぜてくる「嫌味」とか「皮肉」の「毒」について言っているのよ!!!」


 思わず声を張り上げたシスベルは、エリスがこれでも首をコテンと傾げて皆目見当がつかないかの如く不思議そうにしている姿を見て、「殴ってやろうか」などという淑女にあるまじき事まで頭をよぎった。

 流石にはしたないと感じ、エリスを殴れば確実にカインに伝わると思った為実際に行動にこそ移さなかったものの、拳は既にいつでも出動出来る(殴れる)用意を整えていた。

 ――なお、カインに伝わらない場合に彼女がどのような行為に出るか、それは触れてはいけない部分である。まぁ大体想像は出来ると思うが……


「ご不快に思われたようなら謝罪はいたしますが、下々の()()()無礼を笑って許せる度量の広さも上に立つ者には必要でございますよ」

「……ん?」

「え? なんでございます?」

「…………はあ、何でもない。もういいわ」


 「これが『多少』で片付く程度の無礼か?」という疑問を無理矢理飲み込み、シスベルは心底諦めたように言い放った。


 エリスは決して悪い人間ではない。()()()()()()()()

 むしろ自分を「クロムウェル公爵家長女」ではなく「シスベル」として見て、接してくれて、心からの忠誠を向けてくれる唯一の存在として、シスベルからは全幅の信頼を得ていた。

 だがそれとこれとは話が別だ。

 全幅の信頼を置いていて、シスベル自身()()()()礼を強要するつもりなどない。

 とは言っても度々チクリと言葉の棘を刺されるのは正直あまり気分の良い事ではない。特にシスベルは自分を器が小さいと思っている。なおさらイラッともくるだろう。

 それでもエリスの並々ならない忠誠心の高さと、今まで受けてきた恩義に免じて今までは許してきた。

 ――エリスに今の言葉を聞かせれば泣いて()()()()だろう。

 「『許してきた』? あまり許せていなかった気がいたしますが?」と。

 だが、それにしてもこの頃は「毒」の頻度も上がり、笑って許せるレベルを超えてきている。

 エリスを一番の親友として特別扱いしてきたシスベルだが、「主人」と「使用人」の線引きだけはきちんとする必要があると考えていた。これはその線を越えかねないとシスベルは感じていたのだ。


「最後に一度だけ尋ねておくわ。本当に分からないのね?」


 シスベルはエリス(無二の親友)()()()()()叱る覚悟を決めて念の為にもう一度だけ尋ねた。なんだかんだ言いながらもエリスと出会ってからの十二年間、ただの一度も〝主人として〟エリスを叱った事は無かった。


「エリス……?」


 シスベルは不安そうな顔でエリスに再度呼びかける。

 「しなければならない事」が必ずしも「したい事」と一致するとは限らないのはどこに行っても同じだ。

 正直なところシスベルもエリスにこんな事言いたくなどない。だが示しを付けなければならないのもまた事実。シスベルからすれば(まさ)に苦渋の選択である。

 それに対するエリスの返事は――


「勿論、分かっておりますよ。(わたくし)の言動が礼を失していて流石に目に余るという件ですよね? 最近の――」


 ――完璧だった。正にシスベルが言おうとしていた事そのままであった。

 エリスはその後も一分(いちぶ)の狂いもなくシスベルの言いたい事をつらつらと羅列していく。

 

「――とまぁこんな感じでございましょうか?」

「すごいじゃない、まさにそう言いたかったのよ。分かっているならなんで初めからマジメに話してくれなかったの?」


 エリスが本気で人の気持ちが理解出来ない人で無し(サイコパス)なのではないと分かり、シスベルは思わず()()()()()()()()を聞いてしまった。


「それは当然、その方が面白いからでございます」

「……」

「お嬢様? どうなさったのですか?」

「…………そういうところよ! 全然分かってないじゃない! 分かってるのに分かってない!!」

「お嬢様? 何をおっしゃっているのか(わたくし)には分かりかねます」


 どう考えても分かっているのに白を切っているエリスに、シスベルは遂に殴りかかった。

 ――と言っても趣味の乗馬以外、カインに太っていると思われない程度にしか運動をしていないシスベルの拳など大した威力ではない。「ポカポカ」と音が鳴りそうな程度の威力だ。

 全く効いていなさそうなエリスの様子に更に気を損ねたシスベルは遂に叫んだ。


「エリスなんて大っ嫌い!!!」



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