37 五つの「アイ」⑨
「――という事で、我ら第四小隊を含む第一中隊は聖女様の護衛につく。警護。何かあるかい? 質問?」
ライオネルはそう言って任務の概要の説明を終えた。
……まぁこっちとしては任務の概要なんて頭に入ってこないんすけど……
「いや質問とかいう前によぉ、説明して欲しいわけよ」
「その通りだ。珍しくこのバカと見解の一致を見たな」
「ボクも気になります」
「まぁそうだね。任務の内容の前に確認しておきたくはあるね」
そう、僕らはとても驚いているのだ。なんとライオネルの――
「お前」「貴様」「隊長さん」「小隊長」
「「「「顔どうした(んだorのだorんですかorんです)?」
――ライオネルの顔面に巨大な痣が出現していたのだ。それも僅か一時間の間に。
朝の聖都巡回任務をこの五人で行い、昼食をとる為に別れ(今日は聖都守備に当たっている為昼の礼拝は免除)て、もう一度集合したら既にこうなっていた。
何があったのかは知らないけど、見る限り殴られたんだろう。かなり痛そうだ。
「私の顔かい? 何故? 私の顔がどうかしたのかな? 疑問」
なっなに⁉︎ この期に及んですっとぼける気か⁉︎ その顔で⁉︎ もはや誤魔化しなんて効かないぞそれ。
「いやいやいや、それはもうごまかせねぇぞ」
「これでもまだ白を切る様ならこちらにも考えがある」
「ボクらは隊長さんを心配してるだけなんですよ。教えてください」
「だからなんの話だい? 疑問。全く心当たりはないな。不明」
……なるほど、あくまですっとぼけ続けるか。まぁ話す話さないはライオネルの自由だもんな。でも――
「……まぁ大体想像はつくけどね」
「なっなに⁉︎ 驚愕! 本当かい? 事実?」
この慌てよう、もしかしたら僕の予想は当たってるかもしれないな。
「なっなんだよ、教えてくれ!」
「情報は共有すべきだぞ!」
「ルカイユ、よければボクにも教えてくれないかな?」
案の定、三人は食いついてきた。
一方のライオネルはこちらを「言わないでくれ。懇願」って感じの瞳で見つめている。
……ここで話すのは流石に良心が痛むな。僕もそこまでのクズでは未だない。ここで話すのはやめておこう。
「いや、やめておこう。いくら同じ小隊とは言え、他人の私生活を詮索する様な真似はあまりよろしくない」
「……ちぇっ、……ケチ!」
「ここまで言っておいて生殺しとは……趣味が良くないぞ、ルカイユ」
「そっそうだよね……ルカイユの言う通りだよ……ね」
「おお、流石はルカイユ六等騎士。感謝」
僕がライオネルの痣の秘密を話さないと分かった途端、三人は残念そうな顔をし、ライオネルは明らかにホッとした様子になった。
……カイネにあんな悲しそうな顔をさせてしまった事にも罪悪感を抱くが、ここは僕の理念を通そう。
でもその前に――
「でも小隊長、一つ言ってもいいですか?」
「ん? 何用? なんだい? 許可」
「『痴話喧嘩は犬も食わない』って言葉知ってます?」
「なっ⁉︎ 何故⁉︎」
ふっ、この様子なら図星の様だな。なんて分かり易い奴なんだ。
……自分の性格が悪いという事は自覚している。
◇◇◇
その後、時折ライオネルを揶揄いつつ――僕の「痴話喧嘩」発言で、大体のところを察したらしい。二人は。無論残る一人が誰なのかは言うまでもないだろう――最後まで聖都守備任務を果たし、僕らは解散してそれぞれ帰路についた。
勿論僕も(この頃はほとんど帰ってないけど)家へ足を進める。
それにしても――
「――あれでバレてないと思ってんのかね?」
ついこの間から――正確には『十六階』と接触した日から僕の背後を常につけてきている人影がある。
数日放っておいたら、図に乗ったのか段々と大胆になっていった。
どうやら既に家宅捜索は行われているらしい。
『デス◯ート』で見た方法に色々加えた仕掛けで人の出入りを確認した限り、僕と勇者以外にあの家に出入りした奴が最低でも二組いる。二人ではない、二組だ。
片方は間違いなく『十六階』だろう。未だ僕を信じ切っていないらしい。当然だな。僕でもこんな短時間で信じるなんてしない。そんなお人好しなら即座に縁を切らせてもらいたい。
もう片方は――
――だろうな、状況的に。
いやぁ嬉しいねぇ。僕如きの為に『――』――『――』が動いてくれるとはね。
まぁ尾行対象たる僕に存在を気取られた時点で尾行は成立してないけどね。
それはともかく、僕は今つけられている。その事だけは揺らぎようもない事実だ。
……まぁだからどうした、って感じだけど。
だってそうじゃん? あいつら如きに僕の秘密を全て洗い出せるとは思えないし、仮にバレてもどうって事ない。
そりゃずっとつけられてるのはあまり気分の良いものじゃないけど、それに目を瞑りさえすれば概ね計画通りっちゃ計画通りだ。
……流石にここまで焦ってくるとは思ってなかったけど、それだけ人材不足って事かな?
まぁそんな訳で尾行してる奴のことは放っておくとして……問題はこいつらだ。
「おい、止まれ!」
僕の歩いている道の先から、男達がワラワラと出て来て僕の行手を塞ぐ様に立ち塞がった。
総勢五名。『ごれんじゃあ』と名付けよう。
メンバーは「あかれんじゃあ(熱血)」「あおれんじゃあ(ニヒル)」「きれんじゃあ(デブ)」「みどれんじゃあ(ガキ)」「ももれんじゃあ(女々しい)」だ。
……個人的には「ももれんじゃあ」が「女」じゃなくて「女々しい」なのが残念だ。
――因みに修道騎士団は超ホワイトなので、一日の仕事が終わったと言ってもまだ辺りは街灯無しでも結構明るい。(電気が無いから夜は仕事出来ないというのもある)――
そんな訳でかなり目立つ。姿もバッチリ見えちゃってるし。
金髪に深い青の眼、帝国貴族か。
その上、この道は住宅街へ向かう道で、お店、主に飲食店が立ち並んでることあって、それなりに人がいる。バッチリこっちガン見してる。
何より邪魔だ。僕以外にもこの道を通りたい人が背後で迷惑そうにこちらを睨んでいる。
違う、僕じゃない。僕は関係ない。こいつらが勝手に絡んできただけだ。
と言うかそれ以前に一つ大きな問題がある。
こいつら誰だ?
少なくとも僕はこんな奴ら知らんし、見たこともない。
「おい、無視をするな!」
いや、『無視すんな』って言われてもなぁ……僕ちゃんと言われた通り止まったよ? これ以上何をしろと?
それともなんだ、お前も言い出すのか?
『分かるよなぁ? 普通よぉ!』
とか。
いや分かんねぇよ! 口に出せ口に。
こちとら共感性皆無、唯一他人と繋がってると思うのは他人の厨二病を見て共感性羞恥を感じる時くらいなものなんだぞ!
はぁ……面倒だが一応応えといてやるか。
「……何ですか?」
「貴様! 調子に乗るなよ!」
…………は?
いきなりこいつ何言い出してんの? いつ僕が調子に乗ったと?
「……何の事でしょうか。僕には心当たりが無いのですが……」
「惚けるな! 聖女様の護衛に選ばれたぐらいで調子に乗るなよ、この下民が!」
……ああ、あれか。醜い嫉妬か。
聖女様のファンなのかね? 自分は護衛に入らなかったのに、新参者の平民(こいつら曰く「下民」)である僕が選ばれたのが気に食わないのか。
……ふざけんな! なんちゅう言いがかりだ! そういう文句はお偉方に言え上に!
そこで僕に言いに来るあたり小物臭がすごいな。the〝小物〟って感じ。
……はぁ、別にこれ以上構ってやる必要も無いかな。
「おっおい! どこへ行くつもりだ⁉︎」
「……僕がどこへ行こうと僕の勝手でしょう。あなた方には関係ない事です」
「我らの話は未だ終わっておらん!」
「僕の方では既に終了済みです」
……どっかで聞いたことある会話だな。
まぁこのまま話してても埒が明かない、多少強引だけど通してもらおう。
「取り敢えずどいてm――」
「自分の幸運を鼻にかけるなど人間の風上にもおけんぞ!」
「その通りだ!」「この人でなしめ!」「恥を知れ!」
意味の分からん事を喚きながら奴らはこちらへにじり寄って来た。それにしても――
「……はぁ」
――いつ、どこで、僕がそんな下らない事を鼻にかけた?
そんな瑣末な事でいちいち自慢出来る程僕は暇じゃ無いんだが?
第一初対面である僕がお前らに一体どうやってマウントを取れたと?
なんなら『ライオネルの顔面問題』ですっかり忘れてたまであるぞ。
……もう付き合いきれんな。仕方がない。不慮の事故でこいつらには退場願おう。
――何からとは言わない
僕が不慮の事故の準備をしようとスキルを発動しようとしたちょうどその時――
「何をしているのですか⁉︎」
――その声が聞こえてきた。
決して大きな声という訳ではなかったが、不思議とよく通るその声には、若干――ほんの僅かに「怒気」が含まれていた。
――それこそそれなりに死線を潜り抜けてきた者でないと気付かないくらいの「怒気」が。
その声の主は、
「せっ聖女様⁉︎」
「何故道を塞いでいるのか説明していただいても?」
神聖アゼルシア教皇国第二教皇女、『聖女』アイリス・ソファリムは、そう言いながら僕らの方へと静かに歩いて来た。
ついさっきまでの威勢はどこへ行ったのか、道を塞いでいた奴らは即座に道を譲る。
「説明していただいても?」
口調こそ疑問の形だが、そこには「早よ吐けや」というニュアンスを感じる。
僕が感じたくらいだから、問われた張本人に分からない筈もなく、リーダーらしき金髪野郎が慌てて説明を始めた。
――あの下らない理由をた。
僕なら恥ずかしくて言えないね。
◇◇◇
「――という次第です」
「⁉︎ そんな事で喧嘩していたのですか?」
……いや別に喧嘩してた訳じゃないんですけど……
反論したかったが、ここは我慢だ。今それを言えば確実に面倒な事になる。
「我々は決して言い争っていた訳ではありません! 此奴が人の道から外れていたのでので再三正しい道へ誘ってやっただけです」
……….おおう、言ってくれんじゃんかよ。二つの意味で。
聖女様にどうでも良い、あまり重要でない事で口答えなんてしたら、心証最悪だぞ。
しかも内容もなかなかに問題だ。
『人の道から外れている』?
外れるも何も、残念ながら(?)僕は元々〝人〟でない。
僕の種族は『ゾンビシーフ(スライム)』だ。
『正しい道へ誘った』?
何時、何処で、誰が僕に『正しい道』へなんて誘ってくれた? ただ自分の主張を一方的に押し付けてただけだろ。
ぶっちゃけ言い掛かりも甚しい。
聖女様もその表情に若干の困惑を滲ませている。
……まぁこれは多分この上から目線な言い種に対してだろうけど。
「……なるほど、あなた方の主張は理解しました。それで? それは今、ここでするべきお話でしたか?」
「「「「「えっ⁉︎」」」」」
ほほう、そうきたか。結構意外だな。案外理詰めで攻められるんだな。
てっきり言い種に多少なりともキレるか、場をなんとか収める方向へ持っていくかと思っていただけに、本当に「意外」だ。
「取り敢えずここでは往来のご迷惑になります。場所を移しましょう」
言外に「お前らは往来の邪魔をしていたんだぞ」っていう皮肉と、「ついて来い」というニュアンスを含ませつつ、聖女様はこちらを振り返らずに勝手に歩き出した。
『ごれんじゃあ』が慌ててその後を追う。
僕? 僕は勿論聖女様の後にばっちりついていったとも。
――こういうのはバックれると後が面倒だから、最初から素直に行った方が後々楽な場合が多い。
◇◇◇
「――それで、あなた方としては、そちらの方がわたくしの護衛に選ばれた事を鼻にかけていたので注意していた、という訳ですね?」
「はっはいその通りです! 我らは決してs――」
「あなた……ルカイユ六等騎士でしたか? あなたはどうだったのですか?」
少し歩いた所にあった市中見廻りの為の騎士の屯所で、聖女様の質問に対して、『ごれんじゃあ』は相変わらず同じ主張を繰り返した。
その主張を聞く事に嫌気が差したのか、男の言を遮って聖女様が僕に質問する。
勿論僕の答えなどはなから決まりきっている。
「僕には聖女様の護衛に選ばれた件を自慢した覚えも、そちらの方々から何かご教授いただいた覚えはありません。恐らく思い違いかと」
「ルカイユ六等騎士はこう言っていますが?」
「その者の言っておることは全て出任せです!」「その者の言うことを信用してはなりません!」「下民如きの言うことなどs――」
「『下民』? 今、『下民』と言いましたか?」
「「「「「へっ?」」」」」
「ルカイユ六等騎士のことを『下民』と呼んだかと聞いているのです」
……うわぁ、やっちまったなぁ。
一人の『下民』発言により、場の空気が一変した。
聖女様の身体からは冷気の様なものをひしひしと感じる。
穏やかな口調が逆に、その心中を顕著に表している。
かなりご立腹の様だな。
流石の鈍感野郎ズ(無論ホメコトバだ)もこれにはヤバいと感じたらしい。ブルブルと震えている。
……それにしても、こんなにキレるのね。
まさに〝逆鱗〟に触れちゃった感じ。
「あなた達は教皇国の信念を理解していないのですね」
「そっそうではありません!」
「では何故、『下民』などという単語が出てくるのですか? それこそあなた達が全く理解出来ていない事の表れではありませんか? 『神の為に尽くす限り、万民はただの〝人〟である』というこの信念を」
――『神の為に尽くす限り、万民はただの〝人〟である』
この言葉は、二代目教皇ドリーシュ・ソファリムが、『魔族』や『魔神』と共に戦った者達が生まれの違いで敵対する事を諫めた言葉として知られている。
教皇国建国の立役者でもある彼のこの言葉を、教皇国は現在でも大切にし、他ならぬ教皇庁二階の教皇の執務室に額に入れて飾っている。
その言葉通り、教皇国が保有するほぼ唯一の常備戦力たる僕ら『修道騎士団』は、騎士団内部もしくは司祭以上の聖職者の推薦状さえあれば生まれの如何を問わず誰でも入る事が出来る。
事実(戸籍上は)平民である僕やカイネ、カイゼルと、(血筋だけは)貴族のライオネルやヒネルオンが同じ小隊に所属しているのはそういう訳だ――
それなのにこいつらが『下民』だなんて言ったもんだから、聖女様はキレたという訳だ。
「分かりました。それならこの件はお父様にご報告します」
「「「「「えっ?」」」」」
「……へ?」
今なんと? 気の所為でなければ『お父様にご報告する』って言わなかった?
それってつまり――
「ええ、お父様――教皇聖下にご報告します」
……まっマジか……そんな大事になるとは。
流石にこうなるとは思っていなかったらしく、『ごれんじゃあ』の顔はみるみる青ざめ、今にもおし◯こをちびりそうな様子だ。
自業自得とは言え、同情を禁じ得ない。
そして、そんな奴らの様子になど目もくれず、
「明日、朝の礼拝の後に教皇庁第三階『懺悔の間』へ来てください」
それだけ言うと聖女様は屯所から出ていってしまった。
「…………はあ。さて――」
――どうしたもんかね?