36 五つの「アイ」⑧
「――我らが神の祝福に感謝し、その恵みを受けよ、大地の子達よ。神は偉大なる業火で地を均し――」
『神能教』には、朝昼晩の礼拝がある。
人界中の教徒は最寄りの教会に向かうか、仮に向かえない場合はその場で神に対して祈りを捧げる。
その中でも最も規模が大きく、本格的なのは、神能教の総本山にして教皇国の首都、ここ『聖都アゼルシア』の中央部に位置する『アゼルシア大神殿』における聖職者の礼拝だ。
「――祖父は業火と霊槍の欠片と共に宣託に従い約束の地の扉へ皆を導き――」
『アゼルシア大神殿』とその周辺にいる聖職者――教皇自ら洗礼を施した最も神に近くに仕える信者(僕ら修道騎士も一応教皇から洗礼を受けている)が『アゼルシア教皇庁』の最上階にある『降臨の祭壇』へ集結して行われるこの礼拝は、聖都中央教会(大神殿と別に設置されている神能教最大の教会)に詰めている聖職者と聖都守備の任に日替わりで就いている修道騎士団(今日の担当は『白雪の騎士団』。因みに僕は『青海の騎士団』)を除く全ての聖職者が参加して行われ、神能教における創世記を教皇が聖職者に読み聞かせ、聖職者は神の偉業を讃え、感謝する……らしい。
無論僕は感謝などしない。僕はこの世界で生まれた訳じゃないからね。
――明らかに嘘くさいし……
「――扉は開かず、祖父を照らす光は彼を再び元の地へと誘なった――」
約一万人の聖職者がスッポリ収まる程の巨大なこの部屋には『慈母神パルポイヤ』を筆頭とする『アゼルシア十四神』の10mはある巨大な像が部屋を囲む様に設置されている。
そして中央の祭壇には更に巨大な像が聳え立っている。
人界中の神能教徒が絶対の忠誠を誓う『神』
かつてこの世界と同じ場所にあった別の世界で起きた世界規模の大戦争――『古代大戦』を集結させた『神』
この世界――『三界』を創造したとされる全知全能の『神』
神々の絶対的な王にして、この世界を文字通り〝片手間に〟どうにでも出来る宇宙を司る『神』
――その名は『最高神アゼルシア』
宇宙を表現したと思われる何十、何百、何千もの多彩な色を使ったローブをその身に纏い、左手で王冠――『五界の王の冠』をまるで何者かに被せるかの様に持ち、右手で巨大な正三角錐――『全宇宙最高の神器』を天に掲げる様に持ったその姿は、まさに〝最高神〟に相応しい。
……まぁクソくだらないけど。
「――祖父は業火の欠片と引き換えにその者を打ち払い、神は彼を認めた――」
だってそうでしょ? こいつ現実には居ないんよ?
神能教の広めた神話のうち、確実に史実だと言えるものは後世のものが大部分だ。初期、特に『古代大戦』前後のものは、〝the神話〟って感じの嘘くさいものばかり。
いくら『魔法』や『スキル』が存在するからって、あそこまでの事が立て続けに起こる筈がない。
――魔族にとって都合の良い事が。
あれではまるで
『こうこうこういう訳で魔族は生き残っちゃったので、誠に残念な事だけど、神能教の下に結集して人族をあげて戦いましょう。でも仕方ないじゃん。だって魔族は未だ生き残ってるんだから』
とでも言っている様じゃないか。
要するに魔族は「神能教が武装放棄しなくていい為の口実」にされたのだ。
『神能教』の初期メンバー、特に時の上層部――『初代教皇』オーリック・オーゼフォン・ソファリムと『二代目教皇』ドリーシュ・ソファリムをはじめとする十六人の総司教達によって……
「――神は霊槍の欠片を失った祖父を赦し、約束の地への道を創った――」
にしてもこの創世記めっちゃ〝神話〟って感じだなぁ。こんな話本気で信じてる奴いんのかよ……まぁいるんですけど……主に僕の周辺に……
もう何度目だよってくらいに聞いてるだろうになんか心に沁みていらっしゃる感じがするのは気の所為ですかね? ライオネルさん?
「その愛に我らが信仰を!」
「「「「「「「信仰を!!!!!!!」」」」」」」
「我らが信仰にその愛を!」
「「「「「「「愛を!!!!!!!」」」」」」
ようやく昼の礼拝が終了した。最後のハモりパート(僕が命名)のところとかめっちゃうるさかった(主に僕の前のライ◯ネルさんとか)けど、まぁ取り敢えずこれで昼の礼拝はおしまいだ。
部屋に集まっていた聖職者達はゾロゾロと部屋を出ていく。
……僕もそろそろ約束の時間だし出発しないといけないなぁ。
「あれ? ルカイユどこに行くの?」
「ああ、ちょっとね……用事が……」
「用事って?」
「いや……まぁ用事は用事だよ」
「?」
……言えねぇ。『自分でもよく分からん』なんて言えねぇ。
カイネから逃げる様に部屋を出た僕は、『教皇庁』から真西のやや北側にある『本の塔』へとのびる空中回廊を目指す。
僕以外にはほんの数名しかいない廊下を進み、階段を駆け降りる。
昨日の(たぶん)男は『昼の礼拝の後』と言っていた。
つまり急いだ方が良い。
人目が比較的多く、他人に見られる可能性もあるこの時間を指定してきたという事には何か意味がある筈だ。
この時間しか開かないギミックがあるとか。
『昼の礼拝』が必要とか。
それとも――
――「他人に見られる事」が引き金になるとか……
◇◇◇
「……着いた。ここが……『本の塔』の最上階――十五階……やっぱり上へ上がる階段の類は無しか……」
教皇庁の二階(高さだけは実質十五階)からのびる空中回廊を渡り切ったその先は、僕の目的地――の一階下である『本の塔』の十五階だった。
空中回廊から続く廊下にはシンプルながらどこか優雅な燭台が並んでおり、その背後にはこれでもかってくらいに分厚く大きな本棚が並んでいる。
でもこれじゃあ燭台を倒しそうで蝋燭が立ってない燭台の背後の本以外取れないな。
試しに本棚に収められているボロx――良い感じに歴史を感じる、古くs――味のある外見の分厚い本に手を伸ばしてみる。
すると、一人でに燭台が動いて本が取り易くなった。
「魔法」だろうか? こんな魔法になんの意味があるのか知らないけど。ほとんどこんな事でもない限り使わんでしょ、この魔法。
ここ『本の塔』にはその名の通り教皇国――神能教がその長い歴史の中でかき集めた数々の書物を所蔵している『大図書館』がその中にある。
ここ最上階である十五階には歴代教皇や勇者の記録が展示してある。
ここに何か手掛かりがある筈なんだが……何も見つからん。
鍵穴になりそうな物には片っ端から鍵を突っ込んでみたけど、何も起こらない。
分体を窓から外に出して確認したけど、この上には屋根があるだけでもう一つ部屋があるようには見えなかった。
困るなあ、分かりやすい所に部屋を作るかもっと細かく説明しといてくれないと。
……そこも含めて僕を試しているのだろうという事は、勿論分かっている。
でももー少しだけ簡単でも良いんじゃないかなぁー?
だって僕、バカよ?
ちょっと考えただけで頭から煙出るくらいのバカよ?
難しい謎を解かなきゃいけないなら帰って寝るレベルに頭を使う事が大嫌いなバカよ?
……分かる訳ないじゃん。
ああもう本当あのクソ黒装束め! 僕を過大評価してるのか知らんが、もっと親切にしやがれこの◯◯◯◯(自主規制)〜!――
……恨み言を言っていても始まらん。ちゃんと考えよう。
先ず一つ目、『僕の靴跡以外の靴跡を探して、その途切れた所を重点的に探す』ってのをやってみよう。
そうと決まれば即座に実行だ。懐から『魔除けの砂』――大体の聖職者が持ち歩いているお手軽お祓いセットに〈擬態〉で化けさせていた分体を砂フォルムのまま空中へばら撒く。
もはやスキルも碌に使えないくらいの小ささだが、探索程度には使える。
勿論その間僕もただボーっと見ていたわけではない。スキルで調べていた。
――結論から言うと……こいつは失敗した。よく考えりゃ分かる事だった。
ここ『アゼルシア大神殿』は、『お掃除司教』と揶揄される程の綺麗好きで知られる総律司教が、配下の『鮫の塔』の聖職者と共に隅々まで掃除していたのだ。
そしてその大掃除は……礼拝の前に行われる。
――つまり当然〝昼の〟礼拝の前にも。
まぁ要するにこういう事だ。
――足跡など一つとて残っていなかった。
勿論収穫もあったとも。
「僕を呼び出した連中は〝昼の〟礼拝の後にはこの部屋を訪れてなどいない」という振り出しへの強制帰還を告げる恐ろしい収穫がね。
あのクソ共め! 最初から場所を言っておきやがれ!! それが他人様を招待する時の礼儀ってもんだろうが!!! このt――
二つ目、『僅かな手掛かりから〝足りない頭で〟謎を解き、部屋を見つけ出す』もうこれしか無い。
問題は山積みだが、その中でも最も重要なものを一つだけピックアップしよう。
僕には考える気がない。
……。
…………。
だって仕方ないだろ? 足りない頭を振り絞って必死に考えるよりも頭良い奴の言う事に従ってた方が楽なんだもの。
僕には難問に諦めずに挑むだけの気概はない。
……まぁそんな事言ってる場合じゃないから考えるけども。
取り敢えず今僕が持ってる物のうち、奴らに僕が確実に持っていると分かる物をピックアップしよう。この中の何かを使うのかもしれない。
ええっと……支給品の剣、制服の上下、靴、護符、短剣二本、二日分のサバイバルセット、あとは銅貨と銀貨の入った財布とさっきの『魔除けの砂』ぐらいかな、僕が持ってる物の中で奴らが推測出来そうなのは。
この中で使えそうな物は……何だ? 全く分からん。
制服は隅から隅まで調べたけど、特にこれといった仕掛けや魔法の類は確認出来なかった。
護符にも御守り程度の役割しかなく、魔法的な防御力も何らかの付与もなかった。
となると……この中には手掛かりはなし……か?
マズいな、既に手詰まりだ。他に何かないか? 僕が見落としていそうなこと……
ん? いや待てよ。
僕以外ほんの数名しかいなかったとは言え、数名はいた筈だよな?
なんで僕以外の足跡がないんだ?
僕の前にも確かに人影はあった。
この大神殿の構造は複雑だからあの廊下を使用するのは基本的に『本の塔』に用のある人だけだ。
なのに僕以外の足跡がない?
じゃあその人達はどこへ消えたんだ?
「……試してみる価値はあるか――捜索範囲を拡大。足跡が消えた部屋の周辺の廊下を隈なく調べろ――」
「「「「「「――御意――」」」」」
上手くヒットしてくれれば上々。僕の仮説が正しければ……
「――ありました。空中回廊のすぐ傍にある部屋の前で足跡が途絶えています――」
「……やはりか――ご苦労さま――」
となると……試しにコイツを持っていってみるか……
◇◇◇
「ここか……」
分体が発見したその足跡が途絶えていたという部屋自体にはなんの仕掛けもなかった。中は談話室のようになっていて、今も数人の聖職者が仕事の合間の一時を楽しんでいる。
まぁそれ自体は想定通りだ。
――こんな分かり易く「ここに仕掛けがあります」なんて言う輩が教皇国から逃げ続けられる訳ないもんね。
となると……周辺の廊下が怪しい、という事になる。
ビンゴ。この壁紙よく見ると隣と微妙に質感が違う。
つまりここじゃない。こんな分かり易く「ここに(以下略)
まぁここまでは想定の範囲内。
でもここからは空想の範囲内。
それでも確実性は10%から1%に下がる。それだけだ。そんなのいつもの事。
僕にエリートの考えなんて理解出来る筈がない。考えるだけ無駄。
〝0〟じゃないだけまだマシ。
〝0〟までは元より許容範囲。
――僕は〝彼ら〟とは違うんだ。なんでも分かって、そして早死するテンサイとは……
よし、じゃあいっちょやりますか。失敗したら『神獣』様の所為にするとして……これだけじゃまだ足りないかもしれない。もう少し増やしとくか。
おっとその前に人払いが必要だな。うっかりしてた。
さっきの談話室以下この辺り一帯の部屋の鍵穴に分体をねじ込んで蓋をする。これで暫く誰も出て来れない。
よし、これである程度の安全は確保出来たな。では早速始めるか。
僕は先程の図書室で拝借してきた蝋燭にサバイバルセットの中の火打石で火を付けて壁に近付けた。
神能教の総本山だけあって、『アゼルシア大神殿』の火災対策――防衛設備は完璧だ。一見シンプルな白い壁に見えて防火(恐らく防水も)加工が施されており、蝋燭程度の炎じゃ黒い焦げすらつかない。
でも僕はめげずに壁を炙り続ける。
暫く炙っていると、遂に黒い焦げが出現した。
僕はそれを素早く暗記する。
ふむふむ……となると鍵穴はここか?
蝋燭に火を付けたまま指定された場所まで移動し、昨日受け取った鍵を焦げが指し示した鍵穴に差し込む。と言うよりかざす。
すると、『本の塔』へと続く空中回廊の天井から突如として光が射し込んだ。
僕はその光が指し示す先の床を調べて何もない事を確認し、
蝋燭を手に、もう一度先程の談話室へと向かう。
この辺りかな?
だいたいの当たりをつけて蝋燭をかざすと、談話室の扉に魔法陣のようなものが浮かび上がる。
すかさず鍵――ではなく蝋燭をその魔法陣の真ん中に放り込み、扉から離れる。
そして先程光が射していた床に鍵を落とし、空中回廊へと足を踏み入れる。
そのまま歩き続けるとあら不思議、『本の塔』の十五階――ではなく十六階についてしまったではないかー、なんでだろー?(棒読み)
――やっぱり予想通りか。
◇◇◇
それなりに良い話も聞けたし、今日は上々ってところかなぁ。
あの後〝十六階〟で待っていた奴らと色々話して、一応僕も奴らの一員となった……っぽい。
まぁちょっと何言ってんのか分かんない、「いや無理っしょ」って言いたくなるような感じはあったけど、彼らが教皇国を真に憂いている事は伝わってきたので、協力する事自体はやぶさかではない。
……多少改善点はあるけどね。あの杜撰な計画では、失敗した時のリスクが大き過ぎる。
――まぁ僕の〝目的〟にとってプラスになりそうだし、利用する事は既に決定済みだ。
取り敢えず明日、奴ら――『十六階』の言っている事はどれほど信頼出来るかのいい判断材料となる出来事が起こる、筈。
それを受けて、最終的に協力か通報か決める事にしよう――
◆◆◆
「――さて、彼はどうだろう。信頼に足るかな?」
「……私は信頼しても構わないと思うが。あの歳であの才覚だ。将来有望だろう」
「……何者かの回し者だとしても、ここを見つけ出した実力は本物だ。最悪利用するだけでも、取り敢えず信頼してみても良いと思うが」
「……では一度様子見も兼ねて使ってみるか。何をさせるのが良いかな?」
「……うむ、やはり〝アレ〟で良いのではないか?」
「……例の〝計画〟か。私に異論はないが…………皆もないようだな。では彼には〝アレ〟を試したみよう」
「……ああ、なんとしてもあの〝実験〟だけでも止めなければ。あの忌々しい〝実験〟だけは……」
五つの「アイ」その四『十六階』