3 可愛げの無い犬はただの獣①
どうもゾンビ(スライム)です。
いきなりですが、僕は犬派か猫派か、或いは猫派か犬派かと聞かれたら断然兎派です。
何故かって? そりゃあ勿論、一つ目は戸◯が兎派だって事で、二つ目は――
「ガルルルル」「シャアー!」
――僕はこの世界でも前世でも兎には襲われてないからです。
【ゾンビ(ハウンド)LV5
HP:17/21 MP:15/18】
【ゾンビ(リーン)LV5
HP:15/19 MP:16/20】
僕の目の前にいる二体のゾンビ。
片方は犬っぽい見た目の黒い奴。ただしよく見ると目が三つあるし、眼球の部分が赤い火になっている。こいつが『ハウンド』ってモンスターのゾンビらしい。
でそれと争ってるのが猫っぽい見た目の奴。だがこいつは一つ目な上に体毛は状態異常っぽい緑色。
二体とも地球の、少なくとも僕の身近には絶対いなかったタイプのまさしくバケモノ。
でこいつらはほぼ同時に僕の前に現れて、僕を無視して戦い始めたのだ。
と言ってもさっき一撃ずつ食らわせた後は唸りあってるだけだけど。
正直言って今すぐ此処から離れたい。
でも、無計画に動いてもしバレたらと思うと怖くて出来ない。
「ガルルルー」「シー! シー!」
今更だがリーンって鳴き声ちょっと変だな。
まさか猫に見えてるだけで実は猫じゃ無いとか?
有り得るな。
この世界転生の解釈が僕と違ってたし、地球の常識は通用しないんだろうな。
「シュギャー!」
僕が現実逃避してる間に戦闘が終了していた。
結果はリーンの敗北。ハウンドに腹に食いつかれて断末魔と共に果てた。
どうもゾンビは食事は不要で、疲れたり眠くなったりしないらしい。
だからゾンビ同士で殺し合ってる理由はよく分からない。
今もハウンドは『死体蹴り』ならぬ『死体噛み』をしていた。
何故あそこまで痛めつける必要が有るのだろうか?
僕には理解出来ない。
「グルワァー!」
とか言ってる場合じゃなかった。
ハウンドがこっちに気付いた。ヤバい。
「ウウウー」
来るなぁー!
そんな僕の叫びを無視して(まず叫んで無いので聞こえる筈がない)ハウンドは唸りながら近付いて来る。ヤバい。
「グワァー!」
『グワァー!』じゃねぇ! 来んな! マジで! 結構ガチめにマジで来んじゃねぇ!
いやもう本当に無理。無理だってマジで来んなー!
いやいやいやマジで無理だって。マジでヤバい。
HPもMPも君の方が多いんだよ。
総量も残量も。
叶う訳ないじゃん。
「ウウウ」
僕の思いが通じたのか、ハウンドの動きが止まった。流石にこいつにも人の心が有ったらしい(元より人では無い)。
だが甘い! もらったぁー!
粘手&麻痺毒!
粘手はMPを消費しないので幾らでも使える。
コイツを伸ばして、MP1消費して麻痺毒を発動すれば少しは動きが鈍るだろう。
へっ! 僕を弱者と見くびったのが運の尽きだ馬鹿め! ざまぁ見やがれ。
「グワァー!」
最初は脚を狙って転ばせよう。そこに酸をぶっかけてやる。
ガブリッ。
噛まれた。
粘手を。
痛ぇー! 何か痛いし、熱いんだけど。
何か流れ込んできてない? ただ噛まれただけじゃ無い気がする。
『スキル獲得条件を達成しました。スキル〈毒耐性LV1〉を獲得しました』
やっぱり毒が有った。でも耐性が付いたからか痛みは和らいでる。
でも痛いもんは痛いし、第一HPがジリジリ減っている。
〈自己再生〉のスキルは身体的損傷は治してくれるけど、HPは回復しないんだよね。
で、一方のハウンドはどうなったかと言うと……
「グワァー! ウワァー!」
僕の粘手を噛み千切って、更に飲み込んだ所為で麻痺毒がもろに効いてる。
結構苦しそうだ。
こちらのHPが削り切られる前に止めを刺しておかなきゃ。チャンスは今を置いて他に無い。
ブシャー!
如何やら一度の放出を長く続ければ、同じMP消費量で相手に多くのダメージを与えられるらしい。
とは言っても、LV1の〈酸〉じゃあまり長くは持たないけど。
「ウウ――」
顔面がドロッドロに溶けて骨も一部無くなったハウンドは苦しげに呻く。
だが悪いな、MPの無駄遣いは出来ない。
このまま苦しみながら死んでくれ。
暫くハウンドは呻いていたが、遂に言切れたらしい。
『経験値が一定に達しました。個体ゾンビ〈スライム)LV3→LV4にレベルアップしました』
『各種基礎能力値が上昇しました』
『レベルアップボーナスを獲得しました。スキル〈酸〉LV1→LV2にレベルアップしました』
レベルアップした。
だがそんな事は今如何でも良かった。
僕はそれどころでは無かった――
――この世界に来てから、と言うかこの身体になってから他者に対する思い遣りなどが欠如した気がする。
さっきも苦しそうなハウンドを楽してやろうなどとは露程も思わなかった。
それも今なら納得できる。
LV4になった時に、何故ゾンビが殺し合っているのかの理由が分かった。
レベルアップする度に何となく知能が上がった気がしていた。
気の所為だと思ってたが、先程確信した。
転生した直後、この世界の『基本情報』をインストールされた。
あれで終わりだと思っていたが、あの『基本情報』には続きが有ったのだ。
そしてレベルを上げると、その続きが解放されていく。
食べる必要も無いのにゾンビが殺し合ってるのは言うなれば「基本情報を得たいが為」。
もっと詳しく言うと「知能を得る為」だ。
知能を得れば他者より優位に立てる。
ゾンビになる前の、本当の意味で生きていた頃の本能の名残りか何かは知らないが、取り敢えずゾンビは「知能を得る為」に殺し合うのだ。
他の生物ならば、それは「食事」の形を取るだろう。
だがゾンビは違う。
ゾンビはただ単に殺し合っているのだ。
ゾンビからすれば他者などは「経験値」以外の何者でも無い。
それが今分かった。
僕が前世の知識などを使えるのはあくまで『転生特典』であり、それが無ければ僕は彼らと同じように本能のままに他者を襲っていただろう。
そして前世の知識などを持っていない僕は弱者だ。
それも圧倒的な弱者。
そして周りのゾンビ達もまた弱者。
その中で殺し合って勝ち残った者だけが、次のステージへと行ける。
――その事を今、理解した。