35 五つの「アイ」⑦
「――ペン五等騎士、トフェル五等騎士。以上十四名で『神獣様護衛騎士隊』を編成する。総員励む様に」
「「「「「「「「「「「「「「はっ! 一命に代えましても神より与えられしこの任務、果たしてご覧に入れます」」」」」」」」」」」」」」
ルーカス――隊長が『神獣様護衛騎士隊』と名付けられた新設された騎士隊のメンバーを読み上げる。
僕は選ばれなかった。計画通りに。
他のメンバーもこちらで全員選んである。失っても痛くない人物を。
――悪いが彼らには死んでもらう予定だ。僕と――神獣と一緒に。
だから失いたくない、僕が目を付けた人物達はあれこれ理由を付けて隊から外した。
……流石にルカイユにここで退場していただく訳にもいかず、僕も外しておいた。
やっぱり権力は濫用する為にあるよね♪(個人的な見解)
「お前すごいなぁ! オレビックリしたぜ!」
「えっ? そっそうかい?」
僕が発表を見終わって――一応僕も参加していた訳だし、結果を知っている(と言うか自分で選んだ)とは言え見に来ないのも不自然だろうという事で見に来ていた――帰ろうと思い、若干下を向きつつ――一応落選した訳だし、悲しそうな表情を浮かべて、そんな仕草をとっている(こういう時作り物は便利だ)――歩いていると、いきなり声をかけられた。
咄嗟に返事をしつつ声のした方を見ると、そこには赤髪に黒い瞳の大柄な少年と、何時ぞやのヒネ夫――ヒネルオンが立っていた。
「ちょっとコッチ来いよ! 話そうぜ!」
「ああ、うん」
赤髪の少年に招かれるままに、僕は二人の下へ向かう。
それにしても……押し強いなこいつ。言葉遣いの所為かもしれないけど、有無を言わせぬ圧力を感じた。
「オレの名前はカイゼル、五等騎士だ。で、コイツがヒネルオン、四等騎士。貴族だし、いけすかねぇヤツだが、悪いヤツじゃねぇ。良いヤツだぜ」
……「いけ好かない」のか「良い奴」のかはっきりさせてくれ。ほぼ矛盾してるぞそれ。
それはそうと、こいつら(ヒネルオンは一言も発してないけど一応)はなんで僕に話しかけてきたんだ?
「ところでなんで僕にh――」
「――全員揃っている様だな。結構」
カイゼルにその事を聞こうとした瞬間、背後から何者かが声をかけてきた。
振り向くと金髪碧眼の偉丈夫が僕を見下ろしていた。
でかいな。190cmはあるぞ。
「へっ、一人足りんぞ、間抜けが」
「おお、確かにそうだな。失敬。カイネ六等騎士が不在の様だ。残念」
「ぼっボクはここに居ます!」
その偉丈夫の背後からカイネがピョコンと現れた。
自分の存在を主張する様に声を張り上げて右手を図上で大きく振りながら。可愛い。
「おお、カイネ六等騎士も居たようだな。安心」
それにしてもこの偉丈夫変な喋り方だな。二文字の単語を文末につける癖があるらしい。変わってやがる。
……まぁ他人様の癖にけち付けられる程僕は偉くないけど。
「さてと、皆集まった様なのでそろそろ始めよう。開始。私はこの第四小隊の小隊長を仰せつかった、ライオネル・バーンスタイン四等騎士だ。拝命。第四小隊は私、ヒネルオン四等騎士、カイゼル五等騎士、カイネ六等騎士、ルカイユ六等騎士の五名で構成される小隊で、第一中隊所属となる。配属」
なるほど、僕はこいつ――ライオネル・バーンスタインなる者の部下になってこの小隊――第四小隊とかいう小隊の配属となったと。……は? 聞いてないんですけど。
初耳も初耳、今までそんな話微塵もされた事は無い。
こういうのって事前にそれとなく伝えておくべきじゃない? 僕は仮にも教団首脳部とも接触している身だよ。これからの交流の事を考えると便宜を図ってもバチは当たらないんじゃないかな。
まぁ起きてしまったからには仕方がない。ウジウジせずに言われた通りにしよう。
「皆も知っていると思うが、先日勇者様が発見した魔族の拠点の殲滅を目標とした帝国との合同作戦が計画されている。遠征。それに伴い、我が大隊も勇者様に従って出陣する。出撃。詳しい任務の内容は追って沙汰があるとの事だ。続報」
勇者が前言っていた通り、この大隊は勇者の配下の様だな。
となると困った事になったとも、好都合とも言える。
先ず僕にとって困った事とは、ゲイルとしてと、ルカイユとして別々の所で戦う必要がある事だ。
……一応使えそうな新スキルはゲットしてあるけど、実戦で使うのは今回が初めてだからどこまで戦えるかは不透明だ。
今のところ、日常生活を送るぶんには(神獣と騎士の暮らしが普通かどうかはこの際置いておく)問題無いが、戦闘は日常とは勝手が違う。生命が賭かった状況下で「使えません」じゃ洒落にならない。
――念の為に起動実験も兼ねて〝アレ〟狩ってみよっかな。
〝アレ〟相手に僕が不覚をとるなんて事は無いだろうし、しっかり保険をかけて行くから良い練習になるだろう。
――先ずは一体からが妥当かな?
好都合な事としては家を長時間開ける大義名分が出来た事だ。
――僕的には例の〝計画〟にはあの工程が必要だと思うんだよね。ほらあの手の人って用心深いじゃない? その為には家に人が居てもらっちゃ困ると思うんだよ。
――僕は彼らを微塵も信用してないからさ、早まってくれた方が好都合まであるんだよね――
◇◇◇
その後もライオネルから細々とした事の説明が続き、そろそろ集中力が切れそうな頃になってようやく説明が終了した。
「それで提案なのだが、親睦も兼ねてこの後夕飯をご一緒しないか? 修好?」
「おお、そりゃ良いな! オレは賛成だ!」
「へっ、偶にはマシな事も言うらしいな」
「ぼっボクも行きたいです」
「ルカイユ六等騎士はどうなんだ? 参加?」
「ええ、勿論よろしければ参加させていただきたいです」
正直めっちゃクソ行きたいよ。
前はなんだかんだで行けなかったからな。
「勿論構わないとも。了解。では早速行こうか。移動」
そう言ってライオネルは僕らを歓楽街の一角にある店へと連れて行った。
「ここだ。到着」
「何と言うかその……」
「ちっちぇな、この店!」
「もっと歯に衣着せろ、無礼だろうが!」
「……その言い方だとそうだと認める様に聞こえるけどね」
「なんだと貴様ぁ!」
ワイワイ騒ぎながらそのカイゼル及びヒネルオン曰く〝小さい〟(正直僕もそう思う)店に入った僕らは、先ず驚かされた――
「うわぁ、きれい」
――店内の美しさに。
ペンダントライト? と言うのだろうか。色とりどりのガラスの中に灯りを入れた照明器具が天井からいくつも吊り下げられ、そこから射す光が店中を鮮やかに彩っている。
それでいて目がチカチカしたりはしないように中の灯りは調整されているのだろう、その照明器具からは心地良いやや弱い光が射していた。
カイネなんてそのうちの一つへ手のひらをかざしている。目がとてもキラキラしていて、本当に楽しそうだ。可愛い。
でもその気持ちも分かる。とても綺麗だ。
僕も試しに手を天井へ向けて伸ばしてみる。
手のひら(粘体で作った偽物とは言えかなり完成度は高く、本物と遜色無い)越しに見ると、まるで星を掴もうとしているかの様でカイネがあんなに楽しそうなのも頷けるな。
「どうだすごいだろう。賞賛? 私のお気に入りの店なのだよ。自慢」
「いやマジでスゲェよ。ソンケイしちまうよ」
「へっ、貴様にしては趣味が良いじゃないか。褒めてやってもいいぞ」
「ほんとにきれいですね。こんな素敵なお店につれに連れてきていただいてありがとうございます」
当然皆んなからの評価も上々。(今のところ)口が悪いヒネルオンですら褒めている(のか?)し、カイネが言う事もよく分かる。
「ほらほら、いつまでも入り口に固まってないではやく席につきな」
その時、いきなり店の奥から女性の声がした。
確かに店内の美しさに目を奪われて、店に入ってからずっと入り口に突っ立っていたな。
声のした方を見ると、薄い橙色の半袖のシャツ(らしき物)の上から焦茶色のエプロンドレスを着た、すらりと背の高い女性が若干あきれ混じりの表情でこちらは歩いてきていた。
見たところ、この店の女将さん(こういう店でも『女将さん』と言うのかはちょっと微妙だが)だろうか。
「ああ、申し訳ない。謝罪。では席に着こうか。案内?」
「はいはい、あんたらには特等席を用意してあるよ。ついといで」
「これはかたじけない。感謝」
案内されたのは、一番奥にあった大きめのテーブルだった。
他より少しばかり高級そうな磨き上げられた木製の食卓に、確実に高級そうなクッション付きの椅子。
これなら『特等席』も頷けるってレベルのテーブルだった。
「今日はもう他の客は来ないだろうし、ほぼあんたらの貸し切りだよ」
「おお、それはありがたい。感激」
先ず女将さんに水を人数分頼むと(こういうところでここが日本でない、現代でないと痛感させられるな)、その水を運ぶついでに女将さんがそんな事を言い出した。
こう言ってはいるものの、恐らく気を利かせて貸し切りにしてくれたのだろう。
本当に素敵なお店だ。
――裏にあんな奴らさえ居なければ。
先程、正確には店の前に着いたくらいからほんのわずかだが何者かの視線を感じていた。
念の為に連れて来ていた分体と、聖都中に放っていた分体に捜索させると、やはりビンゴだった。
かなり遠く――約3km程先からこちらを覗いている人影を発見した。何らかのスキルだろう、ご丁寧に盗聴に撮影までしている。
――因みに、今までは口に出して分体に命令を出していたけど、早い話奴らも僕の一部に過ぎないのでそんな事しなくても僕が操りさえすれば実行可能だ。流石に教皇国中にばら撒いた分体の全てを同時に操る事は出来ないけど、普段眠らせておいて使用したい時に起動するくらいの事なら造作もない。早い話、今まで声に出していたのは単純に気分の問題だ――
そんな訳で僕らは今ばっちり何者かに(おおかたその正体にも目星がついてるけど)監視されてるんだけど、やはりこういう時は迅速な対処が求められるよね。
……まぁ見逃すんですけどね。
諸事情により、手を出すわけにはいかない。今は――
◇◇◇
「――料理をいただく前に、紹介しておこう。注目。こちらがメリッサさん、こちらの店の支配人兼調理人兼給仕だ。店主」
「ヨロシクぅー!」
「……店主か。まぁ仮に今度来た時も頼むぞ」
「メリッサさん、素敵なお店ですね。また来ても良いですか?」
「まさに穴場って感じのお店ですね。今日は来る事が出来てとても嬉しいです」
「ああ、よろしく。あんたらがこのバカの新しい部下だね? 今日はいっぱい食っていきなよ。このバカの奢りだからね」
「メリッサさん! 沈黙! 嘘をつかないでいただきたい! 不快。私が年中金欠なのはご存知だろう? 記憶?」
「あははは!! 冗談だよ冗談。つまんない奴だね、ちょっとからかっただけさ」
このメリッサさんという人はかなりサバサバした性格みたいだな。姉御肌とでも言えばいいのだろうか。何にせよ悪い人では無さそうだ。
――この様子ではあの事は知らないか。となると利用されているだけか……
◇◇◇
「「「「「――ご馳走様でした」」」」」
「はいお粗末様でした。どうだい? 案外いけるだろ?」
「いや、マジでウマかったよ! 母ちゃんの飯の次ぐらいに!」
……そこは『一番美味かった』で良いだろうが。何故そこで素直に答えるんだ⁉︎
でも確かに(僕に味覚はないから匂いしか味わってないが)――食事は偽物の身体に〈吸引〉で吸い込んで、後で……まぁちゃんとする――とても美味しかっ(たであろう匂いがし)た。この世界の相場がどれ程かは知らないけど(食事が不要のアンデットなもんでお食事処に入ったのは初めてだったりする)五人で白銀貨三枚はそれなりに良い値段だと思う。
なんせ僕ら騎士の月収は白銀貨十二枚だから、その実に四分の一が吹き飛んだ事になる。
庶民に至ってはその平均年収が白銀貨約二十枚って噂だから、月収はだいたい……白銀貨一枚と銀貨五枚ってところかな。
一人前銀貨六枚と言うと月収の四割が一晩で吹き飛ぶ事になる。
「自分へのご褒美にちょっと贅沢」なんてノリじゃ迂闊に踏み込めない店だな。
――そんな店の「常連」って……流石はお貴族様だな、ライオネル。
「――今日はご馳走様でした。感謝。今度は一ヶ月後……は難しいかもしれないが、また来るつもりだ。宣誓」
「はいはい、期待せずに待ってるよ。あんたらも良かったらまたおいでね。そしたら割引してあげないから」
「くれねぇのかよ!」「へっ、紛らわしい言い方をしおって!」
「あははは!! 冗談だよ。今日だって銀貨五枚も負けてやったじゃないか」
「そっそうだったんですか⁉︎」
「ああ、そうだよ。そっちのバカにはいつも贔屓にしてもらってるからね」
「それは……ありがとうございました!!」
「ああ、別に構いやしないよ。……本当にこの子男なのかい? うちの娘くらい可愛いんだが」
「あはは……」
……その気持ち、よく分かります。
「では、また。退店」
「ああ」
なかなかいい店だったな。ちょっと高いが、また来てみたい。
◇◇◇
「では、また明日。解散」
「おうよ」
「へっ、夜更かしして明日俺の足を引っ張るなよ」
「おやすみなさい」
「さようなら」
店を出て、隊の皆とも別れて僕はトボトボ夜道を家へと歩く。
……この辺で良いかな。
「出て来て構いませんよ」
「⁉︎」
「お店の中にいた時からずっと僕の事つけてましたよね?」
僕が暗闇の中へそう声をかけると、人影が目の前にふっと現れた。
黒い、忍者の装束の様な格好のそいつは、
「明日の昼の礼拝の後、『本の塔』の十六階へ来い」
と言って、鍵を渡して来た。
十五階までしかない筈の『アゼルシア大神殿・本の塔』。その十六階の鍵を――