34 五つの「アイ」⑥
「やったね、ルカイユ!」
「ああ、ありがとうカイネ」
僕がリングから降りると、すぐさまカイネが駆け寄って来た。かなり興奮している様だ。僕が勝つなんて思ってもみなかったんだろうな。
まぁ仕方ないよね。正直修練中の僕はお世辞にも強そうではなかったし。そう思って当然だ。
――こっちからするとライバルに自分から手の内晒すとか馬鹿以外の何者でもないと思うんだけど、どうやら僕は他人と価値観がズレてるみたいだし僕が間違ってるんだろう。
「でも、さっきのニョロニョロしたのはなんだろう?」
「ニョロニョロて……。あれはたぶん粘手だよ」
「ネンシュ? なにそれ」
「粘手ってのは……まぁ見てれば分かるよ」
説明しようかとも思ったけど、やっぱり「百聞は一見にしかず」だ。見せた方が早い。
ちょうど第二試合が始まろうとしてるし、初っ端に見せつけてやろう。
とは言ったものの……
「では両者構えて……おい! 二人とも構えろ!」
「「もっ申し訳ございません!」」
やはりさっきの試合の終盤が気になるらしく、両者ともどこか動揺している様で、なかなか試合が始まらない。
今も両者ともに武器を抜くどころか開始線にすら到着していなかった。
これでは試合を始めるどころじゃ無い。
て言うかなんでこんなに慌ててんだ? この程度でこんな様子なんじゃモンスター退治なんてまず無理だろ。今までよくこの国を守ってこれたな。
――でも面倒だな。このままウダウダやられると厄介だ。
[始めないようなら失格にしてくれないか?]
[それは無理だよ。そういうルールは規定していない]
ダメか。勇者にもそれは無理なようだ。
ならば仕方がない、最終手段だ。
「……あまりやりたくは無いんだけどなぁ」
「えっ? なに?」
「ん? なんでもないよ。――背に腹は変えられん。やれ――」
「「「「「「「――了解――」」」」」」」
会場のあちこちに配置した分体――さっきの試合で粘槍を出したのはこいつらの中の一体だ――に命じ、極細の粘手を両選手の身体に幾重も巻きつける。本当に極細だから何が起きているのか両選手にも分からないだろう。
「えっ⁉︎」「なっなんだ⁉︎」
そのまま開始線まで引っ張って行き、構えさせる。
「おお、準備が整ったようだな」
「えっ⁉︎ いえそのようn――」「これはなにかのまt――」
「では、始め!」
「「えっ⁉︎ えっ?」」
両選手が開始線に並んで構えたのを見て、隊長は開始を宣言した。
事態が飲み込めていない両者は、開始の合図に顔を見合わせて首を傾げつつも、仕方なくか試合を始めた。
何が起きたかと言うと、要するに――
[ゲイル! まさか無理矢理始めさせた、なんて事は無いよね?]
[図星だな。まさしくその通りだよ]
念話で勇者が指摘した通り、僕は両者を無理矢理開始線まで引っ張って構えさせ、強制的に試合を始めたのだ。
……だってそうまでしないと一向に始まらなさそうだったんだもん。
[何してるんだよ。二人とも心の準備とかあるだろうに、可哀想だよ]
[この程度で〝心の準備〟が必要な奴は実戦ではなんの役にも立たんだろ]
[それはごもっともだけど……でもやっぱりひどくない?]
……ごもっともって、そこは認めちゃうのね。勇者さんって結構辛口よね。他人に激厳しい。
――そもそも最初に言い出した僕が一番他人に厳しいのでは? という質問にはお答えしかねます。
◇◇◇
「はっ!」「たゃ! てぃ!」「はぁーー!」
第二試合は、片方が避け続けて全く〝試合〟の体を成していないなんて事も、片方の息があがって見ている方が辛くなる(心が清い聖人君子に限る)なんて事も、謎のナニカ――気味の悪い粘槍が乱入してくる事も無く、普通に平和に――模擬とはいえ殺し合ってるのに「平和」もどうかとは思うけど――
進んでいる。今のところは。
因みに、さっきの試合で心を痛めていたのは聖女様とカイネの二人だけだった。心配そうな顔のカイネもめちゃくちゃ可愛いかった。主に眉毛が哀しげにちょっと垂れるところが。聖女様は聖女様で一見無表情そうに見えて、ヒネルオンが苦しげに息を吐く度に眉がピクピク動いていて分かり易かった。
逆に他の勇者パーティの反応はと言うと……
先ず勇者は、表面上は困った感じの顔をしていたけれど、目が興味深げにこっちを見つめていて、たぶん楽しんでたと思う。
ブイは、何故ヒネルオンが肩で息をしているのか理解出来なかったらしく何度も『なんでだ⁉︎ なんであんな苦しそうなんだ⁉︎ 頭大丈夫か⁉︎』(感嘆符及び疑問符は一部省略)と周りに尋ねていた。これだから脳筋は。「自分と他人は違う」って事を早く自覚した方が良い。
オリヴィアは、『この軟弱者め、早く立て!』とヒネルオンを詰っていた。これだから脳筋(以下略)
カミュは、はなから試合に興味が無いらしく、少しだけ見ると寝てしまっていて見ていなかった。
……最悪だなこの『勇者パーティ』。とても人族を背負って戦う正義の使者には見えん。
◇◇◇
「とやはぁー!」「くはっ!」
……でもそろそろかな。みんなが忘れた頃にやって来る。それが僕メソッド。
「――やれ――」
「「――御意――」」
今度は二体に増やして試合場へ粘槍を放つ。
「ぬわぁ!」「うぐっ!」
勿論威力は死ぬどころか大怪我もしないように調整済みだ。
むしろ心配なのは、ちゃんと引っ掛かってくれるかって事の方だ。
「はぁーーー!!」
掛かった。しかもちゃんと一人だけ。最高の展開だな。
素早くルーカスに目配せすると、彼も頷き口を開いた。
「止めぃ! カズノフ失格。よって勝者は、ワポル!」
「「「「「「「えっ⁉︎」」」」」」」
ルーカスの宣告に、失格を告げられたカズノフ(興味無くて名前聞き飛ばしてたので初めて知った)だけでなく対戦相手のワポル(同じく)、その他呑気なギャラリーまで驚きの声を上げる。
――予想通り考えもしなかったらしいな。
「どっ、どういうk――何故なのですか⁉︎」
「それはだn――」
「決まりきってるだろ」
「は?」「はぁ……」
我に返ってルーカスを問いただそうとしたカズノフに答えようとしたルーカスを遮って僕は口を挟む。
「何を言っている、貴様の様n――」
「『平民が口を挟むな』か? ふざけるなよ。『何を言っている』はこちらのセリフだ」
「生意気なくt――」
「生意気とか言ってる場合か? この馬鹿貴族が」
「「「「「「「なっ⁉︎」」」」」」
僕の「馬鹿貴族」発言に会場中がどよめく。
まぁそうなるわな。今まで誰にもそんな事言われた事なんて無いんだろう。
残念ながら。
可哀想な事に。
「貴様ぁ! 今のはどういういm――」
「そのままの意味だよ。お前らが馬鹿だって言っている。あっ! もしかしてなんで僕に馬鹿呼ばわりされてるか分かっていらっしゃらない?」
「だから何w――」
「でもそんな訳ありませんよねー? 天下のお貴族様がこんな事も分からないなんて事はねぇ? じゃあなんでだろう? 分かんないなぁー。平みんだからぼくにはわからないなぁー。こうしょうなおきぞくさまのおかんがえなんてぼくにはわかんなーい」
「……くっ」
「あれぇー? そういえばさっきなんかいいかけてませんでしたっけ? でもぼくおぼえてないなぁー。だってへいみんなんだもん。たしかぁー、『だから何w』でしたっけ? よくおぼえてないなぁー」
「…………くそっ」
ああスッキリしたぁー。煽るの超楽しい。
途中から幼児退行して気持ちひらがなで喋ってたからなんか疲れた。
……まぁこのまま煽られ続けるのも可哀想だから、この辺でやめてやるか。ほら僕優しいから。僕、や・さ・し・い、から(重要だから二回言った)。
「それともぉー、――未だ分からない様なら説明してやろうか?」
「………………うっ」
カズ……忘れたからカズ夫で良いや。カズ夫が悔しそうに呻いたので、説明してやる事にした。自分には関係無いと勘違いしてるギャラリーにも聞こえる様に。
「先ず、何故今回この「選考会」は一週間後に開催されるのか? この事から考えるべきだった」
「……は?」
「はぁー、……仮に理解出来ていないといけないから念の為に言っておくが、この事を考えるべきだったのは一週間前、この「選考会」が発表された直後だぞ」
「……どっどういう事だ?」
「先ず気付くべきなのは、「一週間という期間の微妙さ」だ。一週間は十分な準備期間に見える。一見は。でも実際は残念ながら違う」
「……あ?」
「一週間のうちで、剣術、馬術、対人格闘術の修練場が使えるのは各二回だけだ。しかもそのうち一日は全ての修練場が開いている」
「……ん? それがどうした?」
この時点ではカズ夫も、その他のギャラリーもピンときてないみたいだ。
まぁ当然か。さっきから煽りまくっておいて悪いけど、これだけであそこまで辿り着ける奴はそれこそ「天才」って奴だろう。
――僕と違って
だからこの時点では分かってなくても問題はない。
そういう訳で僕はそのまま解説を続ける。
「いいか? 三つの修練場がそれぞれ二日使える。つまりどう上手く組み合わせても、週のうち少なくとも一日はどこの修練場も開いていない日があるって事だ。しかも一日は被ってるって事は三日も開いてない日がある。自主練習をしようにも公道での武器の使用は固く禁止されているし、馬術の訓練など聖都で出来る場所は修練場ぐらいしか無い。にも関わらず開催までの準備期間は一週間だ。つまり何か裏がある、と考えるのが妥当だろう」
「そっそれで?」
「ここで考えるべきは、今回が護衛騎士の「選考会」では無いという事だ」
「は? では何だと言うのだ⁉︎」
「『神獣』様の護衛騎士の「選考会」だよ」
「それの何が違うと言うのだ?」
……は? 今ので分からないのか?
本当に未だ分かんねぇのかよ。流石に遅ぇぞ。本当に考えてんのかこの◯◯◯◯(自主規制)。何でも教えて貰えると思うなよ◯◯(自主規制)!――
危ない危ない、危うく暴言を吐いてここまで持ってきた話を台無しにする所だった(今まで吐いてたのは暴言じゃないなら何なんだ? という質問にはお答えしかねる)。
……仕方ないなぁ、もうちょっと教えてやるか。
「いいか? よく聞いておけよ。「護衛騎士」の最も重要な仕事は当然、「護衛対象を無傷で守り抜く」事だが、では二番目に大切なのは何なのかと言うと……それは「護衛対象に、自分は今〝護衛〟されていると感じさせない様に立ち回る」って事だ。「護衛対象は守り抜きました。でも行動を制限されたり色々口を出されたので、護衛対象からの印象は最悪です」じゃ意味が無いんだよ。なんとか上手く立ち回って護衛対象が快適であるようにすべきなんだ。それには何が必要かと言うと、「護衛対象について調べられるだけの事を調べ上げる」事だ。趣味、思考、癖、行動パターンから感情の表し方、その全てを網羅出来ればそれぞれの護衛対象に合わせた護衛プランを練る事が出来るから、快適に過ごしてもらう事が出来る。そして今回の選考会は、わざわざ『神獣』様の護衛騎士の選考会だって言ってくれていた。つまりこの修練が出来ない三日間は『神獣』様について調べる為の時間だったという訳だ。そして調べれば『神獣』様が〈粘手〉というスキルをお持ちだという事もすぐに分かる。後は選考会中に粘手が飛んでくれば『神獣』様のものと考えるのが妥当だろう。故に上手く避けられるか、『神獣』様の邪魔をしないように立ち回れるかを見ていると判断し、なるべく触れないように避けるのが良い。斬るなど言語道断だ。『神獣』様のお身体を傷付けるも同義だからな。例え『神獣』様に関係無かろうとも『神獣』様と共に戦う上でいい練習になる。それに気付けるか、正確には考えればこの程度、誰でも思いつけるから考えるか、どこまで事前に準備して臨めるかどうかがこの選考会の一次試験だった訳だ」
「『誰でも』って……それは流石に言い過ぎだろう」
は? 何言ってんのこいつ。自分で言ってたじゃん。まさか物忘れ激しい? でも自分の存在意義忘れちゃ駄目じゃない?
「いや、『誰でも』だ。いいか、僕は平民なんだぞ。そんな僕にすら思い付いた事がお前達に思い付かない訳ないだろ。だってお前らは貴族なんだぞ。この世界唯一、三界広しと言えど学問を修めてるのは貴族だけなんだ。平民如きに思い付く事すら思い付かないなら、そいつは貴族失格だ。直ちに爵位を返上した方が良い」
「「「「「「「……くっ……」」」」」」」
◇◇◇
会場中の〝貴族〟共が一斉に黙り込み(無論勇者やオリヴィアなどは除いた〝貴族〟だ)、どことなく重苦しい空気が流れる。
まぁ当然っちゃ当然か。僕に完全に論破された形になるし、こうなるのも無理はない。
まさに〝詰み〟って感じだな。
ここで僕に名誉を傷付けられたなんて言い出したら自分が思い付かなかったのだと認める事になるし、かと言って分かっていたと言い出したらそれこそじゃあ何故さっきどよめいた? って話になる。
もう貴族共は前にも後にも身動きが取れない。なまじ頭が良いという事を自負していたもんだからダメージも大きいだろう。
まぁ僕に言わせてみれば馬鹿な奴ほど自分の頭の良さを自慢する傾向にあるから、これだけ平民を馬鹿にしている奴が多かったんだから当然の結果だと思うけどね。
だってそうだろ? 本当に頭が良ければ、「自分達は頭が良い(運動が出来る、芸術のセンスがあるetcに変換可能)のではなく、ただ学問(運動、芸術etc)をできる機会に恵まれただけである」という事にも気付ける筈だろ?
そりゃ中には本当に頭の良い(運動が出来る、芸術的センスがあるetc)奴もいるだろう。
でも結局そいつらも、機会に恵まれていなければその才能に気付く事は永遠に無かった。
つまり貴族は僕ら平民より優れているとは限らないという事だ。
◇◇◇
その後もしばらく重苦しい空気のまま、選考会は進んだ。
粘手を意識し過ぎるあまり対戦相手に瞬殺される奴、反射的に粘手を斬り付けてしまう奴、粘手を避け切れずリタイアする奴など様々な奴らが儚く散って行った。
僕個人としては目的は達したし、何人落ちようが知ったこっちゃないけど。
――数人見込みのありそうな奴らも居たし、成果は上々ってとこだな。
◆◆◆
「――あのルカイユとかいうガキ、どう思う?」
「……かなり頭がきれる様だな。あれ程頭の回る奴は貴族でもまず居ない」
「……誰の手の者だろうか?」
「……分からん。だがただの平民で無い事だけは確かだ」
「……出来れば我らの仲間に引き入れたいところだ。確実に力になろう」
「……それが理想だな」
五つの「アイ」その三『採択』