33 五つの「アイ」⑤
「――つまり僕はこうしてああすれば良いんだね?」
[ああ、頼む]
「了解。……それにしてもビックリしたよ、いきなり呼び出されて何かと思えば……」
[何だよ、何かおかしい事でもあったか?]
「だって君が僕にお願い事だろ? 何かなって思うじゃない」
[〝僕〟にとっては死活問題だ]
「〝僕〟ってどっちの〝僕〟? ゲイル? それともルカイユ?」
[両方だ]
「あっそう? まぁ(どうでも)良いや、こっちで何とかしとくよ」
[『(どうでも)良いや』って聞こえた気がするんだが……取り敢えず恩に着る]
「いえいえ、元はと言えば君を教皇国に連れて来たのは僕だしね、当然協力するさ」
馬鹿にしてきた騎士達に目にモノ見せると決めた僕は、早速勇者を呼び出してある〝お願い事〟をした。
別にそんな変な事じゃない。僕らが特別有利になる様にルールを変更した訳でも、審査員を僕らに好意的な人物で固めた訳でもない。
ただ、当然の事を行う様に進言したに過ぎない。
無論、どちらかと言うと僕らより他の騎士達の方が失うものは大きい。
より正確に言うならば一つ自分の有利を捨てることになる。
でもこれで初めて同じ土俵に立って――あくまで「同じ土俵に立った」に過ぎず、「互角」になったわけではない――正々堂々戦える様になる。
「同じ土俵」で戦って、勝って初めて、僕らを「落ちこぼれ」と自信を持って呼べる筈だ。
まさかエリート様が僕ら如き――落ちこぼれに負けるなんてこたぁござぁせんよね?
◇◇◇
そんなこんなであっという間に一週間は過ぎ、遂に『神獣』の護衛騎士の選考の日になった。
「ルカイユ、いよいよだね。一緒に頑張ろう!」
「ああ、勿論だ」
いつになくやる気のカイネも可愛い。
……まぁカイネには悪いけど、この選考会は君が思っている様な普通の選考会じゃない。
普段のノリで来るゴミクソカス共を嵌める為に僕が裏で手を回して作った選考会だ。
だからカイネがどんなに頑張っても、選ばれる事は恐らく無いだろう。今は
――今回の〝計画〟にはカイネは向いてないから外すつもりだけど、これからの〝計画〟には使えるかもしれない。だから「今は」
◇◇◇
僕がカイネと話しながら会場に入ると、既に会場は完成していて、後は騎士が揃うのを待つばかりとなっていた。
中央にはリングの様なものが用意されていて、たぶんそこで審査が行われるのだろう。
さらにその奥には審査員の席と思われる空席がずらっと並んでいる。
その審査員席に、ある人物を見かけた僕は、カイネに一言断ってその人物に近付いた――
「――つまりそういう認識で構わないんだな?――」
「――はっ、我らの入手した限りでは〝猊下〟はそのように動かれると――」
僕が近付いたのは教皇国の聖職者の一人。役職は分からんけど、所謂中間管理職みたいなもんだろう。
まぁ別にこの聖職者に用があった訳ではない。僕が用があるのは――
「――では、これからも頼んだぞ。分体よ――」
「――お任せください――」
――〈粘体〉で遠隔操作している「分体」の内の一体、目の前の聖職者の脳内にいるそいつに僕は用があったのだ。
数日かけて、教皇国中に分体をばら撒いた。その一環として人間の脳への侵入を試みたところ、何体か成功したのだ。目の前にいるのはその内の一体。
流石に行動まで完璧に常に操れる訳ではないが、記憶を覗いたり、短時間身体の主導権を奪うくらいは造作もない。
今はそうやって調べさせていた情報を受け取っている最中だ。
僕らは側から見ても、ただ顔見知りと少し話し込んでる様にしか見えない。仮に審査員を買収してるなんて濡れ衣を着せられても良いように、わざわざ無関係の聖職者に報告役を任せてある。その辺は抜かりは無い。
「なんの話してたの?」
「ちょっと顔見知りに会ったものでね、世間話を」
「へぇ、ルカイユの知り合いいたんだね」
……カイネさん、その言い方だと「知り合いなんて存在したんだね」に聞こえるのでやめようね。僕には効果抜群だから。
それはともかく、〝猊下〟が来られないと分かった事は良かった。
ぶっちゃけあの人は騙し切れるか怪しかったんだよね。正直いないでくれると有り難い。
危うく無駄に警戒して、限りある僕のキャパシティをドブに捨てるところだった。危ない危ない。
……まぁ何にせよ選考が始まってさえしまえば、もう誰も僕らには干渉出来ない。ある意味ここは安全地帯だとも言える。
「そろそろだね、ルカイユ」
「そうだな」
カイネに言われ辺りを見渡すと、気付けばもう会場は騎士だらけになっていて、審査員席も埋まっていた。
案の定勇者を筆頭に勇者パーティと面々が揃っている。
そして勿論審査員席の中央には、『神獣』たるゲイル――の代わりに置いてきた僕の最高傑作分体――が鎮座している。
絶対に失敗出来ない布陣だな。
「頑張ろうね、お互い」
「ああ、勿論だ」
無論、誠心誠意取り組むさ。手を抜く気など微塵も無い。ケチョンケチョンにして、あのクソ共の泣きっ面を拝んでやる――
◇◇◇
「それではこれより、『神獣』様護衛騎士の選考を始める」
隊長が前へ出て、開会を宣言した。
今回のルールは簡単、隊長が引いたクジの順に二人一組でリング上で模擬戦を行い、それを審査員が判定するというものだ。
早速隊長がクジを引く。
「一組目は……ヒネルオン、そして……ルカイユだ。二人とも、審査台へ」
「「はっ」」
いきなり僕かよ……と言うのは冗談で、実は仕込みである。隊長――ルーカスもグルだ。クジにも細工がしてあり、既に組み合わせはこちらで決定している。
まぁ昔の人も「権力は腐敗する」とか言ってたし、僕がこんな風に使っても問題は無いだろう。
「へっ、落ちこぼれ相手か」
「お手柔らかにお願いしますよ」
僕の対戦相手は金色の髪に緑色の瞳の美形、実家は帝国の貴族という、僕が最も嫌いな人種『リア充』だ。
今も僕を完璧にバカにしきった顔でこちらを見下ろしてる。
「もはや結果は見えている、棄権したらどうだ?」
おお、ボンボンにしては珍しく良い事言うじゃないか。正しくその通りだ。結果は見えている。
――の惨敗という結果がな
「審査台上には障害物が設置されている。審査中はそれらを上手く活用して、励め」
「「はっ」」
「では……始め!」
隊長の掛け声と同時に、ヒネ夫(鼻につく感じが某国民的アニメの謎髪型坊っちゃまっぽいからこう呼ぶことにした)が長剣を引き抜き、名乗りを上げた。
「我が名はヒネルオン・マドマクス! レギオン帝国マドマクス男爵家三男にして、神聖アゼルシア教皇国修道騎士団四等騎士! いざ尋常に、勝負!」
……うわぁ、ここでもこういうの言うんだよねぇ。ぶっちゃけクソかっこ悪りぃー。
だってめっちゃ厨◯くさくない? 普通戦う時に名前言うとかしなくない? 僕なら恥ずかしいし、そんな事しないけどなぁ。
……まぁ僕も騎士なんでやらないといけないんですけどね。
「ん、んんんっ……我が名はルカイユ……神聖アゼルシア教皇国修道騎士団六等騎士……いざ尋常に……勝負」
うわぁー、恥ずかしぃーわー。
「へっ、小さい声だな。そんなに自信がないのか。恥ずかしい奴め」
黙れこの◯◯◯◯◯(自主規制)、こんな事自信満々で言ってるあんたの方が恥ずかしいわ。
「では……行くぞ!」
ヒネ夫はそう言うと、長剣を振り上げてこちらへ走って来た。顔は自信満々、僕を一撃で葬り去る気らしい。
「見ろよあいつ未だ剣も抜いてないぞ」「これは早々に決着がつきそうだな」「つまらない試合だな」
ギャラリーも、開始早々に終わりそうな試合に、早くもやる気を失っている。
まぁいいけどね、君達の目が腐っている事だけはよく分かったから。
――現に勇者達は、穴が開く程こちらを見つめている。
そんな事には露程も目も暮れず、僕が対応する前に約3mあった距離を詰めたヒネ夫は、一切の容赦なく僕の頭へ向けて長剣を振り下ろし――
「へっ、勝負あったな」
「…………そうだな」
「あ? っな⁉︎」
――がら空きの胴を未だ抜いてもいなかった筈の僕の剣に薙が払われた。が、すんでのところで鎧が防いだらしく、即座に僕から距離を取った。
「おい、貴様! 今のは一体なんだ⁉︎」
「何って、ただ反撃しただけだが……なんだ? お前は動きもしない人形とでも戦っているつもりだったのか? それなら医者に診てもらうといい、頭に異常をきたしている様だ」
「なっ、なんだと貴さ……」
煽られて、怒りに任せて突撃して来たヒネ夫は、大きく空振った。僅か2cmだけ。
「どっ、どういう事だぁ⁉︎ 何をしている貴様ぁ⁉︎」
「なんだ? 今度は逆ギレか? 試合中だからな、そりゃ避けもするさ。それともなんだ、試合中は自分は動いていいが、相手が動くのは許さないのか? 度量の小さい奴だな」
「なっなにおう⁉︎」
ずっと避け続けて煽る僕にギャラリーは、
「あいつ避けてばかりで攻撃しないじゃないか」「なんだあいつには騎士としての誇りは無いのか?」「男なら正々堂々逃げずに戦え!」
とまぁ男女差別も甚だしい大ブーイング。完全に僕の事を馬鹿にしている。
まぁ構わない。見る目のない他人を見下すしか能のないクソ騎士共になんと思われようがどうでもいい。
一方のヒネ夫はと言うと――
「はあ、はあ。きっさまぁ、はあ、逃げずに、たたかえ」
「どうした? ちゃんと僕を見てから振ってるのか? 目を瞑ってるんじゃあるまいな」
「言わせて、はあ、おけば、この、なんじゃく、はあ、ものがぁ」
――大変お疲れの様子だ。
カッコいい(棒読み)長剣をこれ見よがしに振りまくった所為で、かなり疲れていらっしゃる。
当然だ、なんせ敵は――
「なっ、なぜ、あた、らんのだ」
――開始から、僕に攻撃を当てられていない、唯の一度も。
ずっと空振り。
何故と聞かれたので、世の情けで答えてやろう。
何故当たらないのかと言うと、答えは単純――
「……遅い」
――動きがあまりにも遅いからだ
現在、速度能力値が15000を超えている僕にとって、せいぜい速度能力値400程度の人間の動きなど容易く捉えられるのだ。
勿論この身体は人間に似せて作ってあるから速度15000なんて出せないけど、目で追うくらいは余裕。
だから簡単に避けられる。次にどこに動くつもりかなんて簡単に分かる。
身体がついてこないのは、正直どうでもいい。そんな避けなくてもいいのだ。ほんの数cmだけ外れてさえいればいい。はなから普通に勝つ気なんて微塵もない。
「おい、どういうことだ⁉︎」「何故あいつがあんなに避けられる⁉︎」「油断し過ぎたか、ヒネルオンめ」
最初は、僕を馬鹿にしくさっていたものの、思いがけない展開に、ギャラリーがついにざわつきだした。
口々に今度はヒネ夫を責め、馬鹿にしだす。
……てか僕の実力だとは誰も思わないのかね? 僕は運頼りしか能が無いとでも思われてるのか……
それはそうと……そろそろかな?
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「そろそろキツイんじゃないか? 棄権したらどうだ」
「はあ、そんな、わけ、はあ、ないだ、ろ、はあ、おれは、やめ、ない、ぞ」
かなり息も切れ切れに、倒れ込みながら言っている様は、正直滑稽だった。
実際ギャラリーは彼のことを公然となじり始めた。
「もう終わりか?」「おい、立てよ」「あいつには騎士としての誇りが無いのか?」
……でも、彼は騎士として大切なものを一つ持っている。それは分かった。
「悪い事は言わないから棄権しておけ」
「な、はあ、なにを、いって、はあ、いる」
「正直お前――死ぬぞ」
「⁉︎」
流石にこのまま見世物ってのも可哀想だし、そろそろ終わりにするか。
「忠告はしたからな――やれ――」
「――御意――」
「…………へぁ⁉︎」
「「「⁉︎」」」
突如、ヒネルオンの前を通り過ぎた数本の粘手――と言うより粘槍は、僕の急所目掛けて的確に飛んできた。
「あっぶねぇ」
それを僕はあたかもギリギリで躱したかの様に避ける。
「なっなんだアレは⁉︎」「敵襲か⁉︎」「何故あんな気味の悪いものが審査台の上から突然⁉︎」
突然起きた出来事に、ギャラリーも騒ぎ出す。
それも当然だろう、あんな気味の悪いものが急に現れたら誰だってああなるさ。
「騒々しい! 今は審査中だぞ、場を弁えろ!」
そこへ隊長が大声で怒鳴りつけた。あたかも何かを恐れるかの如く。
……まぁ手遅れだけど、バッチリ聞こえちゃったから
「悪いなヒネルオン、お前にはここで退場してもらう」
「はあ、な、どうい……ぐはぁ」
そんな事を尻目に、僕は粘槍の間を掻い潜り、首を剣で強打して一撃でヒネルオンを仕留めた。
「ヒネルオン、戦闘不能。よって勝者は、ルカイユ!」