32 五つの「アイ」④
「――じゃあ戻ろうか」
「うん」
他人の過去を詮索する事はあまり良い事じゃないし、仮に僕が詮索されたらと思うとあまり気分の良いものじゃない。
だから僕はカイネがなんで例の実験に参加しているのかは知らない。
……まぁ大体想像はついてるんだけど。
おおかた借金か何かだろうな。
――でも、〝アレ〟はやめといた方が良いと思う。
「死んだ方がマシ」なんてレベルじゃない。
……口には出さないけど。
やはり知り合いだからなどという理由でやめさせるのはフェアじゃ無い。
第一我が〝目的〟の為には多少の犠牲は付き物だ。目の前で十人死のうが百人死のうが想定の範囲内。止めるという選択肢は存在しない。
――まぁ正直カイネ如きが最終段階まで耐え切れるとは思えないんだけどね
「ありがとね、ルカイユ」
「ん? 何のこと?」
「ボクのこと励ましてくれてありがとうってこと」
……裏で何と思っていようとカイネのことが心配だったのもまた事実。そう言ってもらえると素直に「良かった」とは思える。
「それは良かった」
「うん、本当にありがとう」
……沁みる、ちょっと後ろめたさもあって心はこの笑顔は沁みる。
正直カイネが参加している例の実験には僕も関わっている(裏の裏まで知っていて、実際嫌悪感まで感じたのに止めていない僕も共犯だろう)ので、文句を言われこそ礼を言われる筋合いは無い。
なので沁みる。
罪悪感もつのる。
止めてあげたいけど、止めるわけにはいかない。
我が〝目的〟の為だけじゃない。この国の目指すものも例の〝実験〟に深く関わっている。
大の為に小を切り捨てるのが「正義」だとは言わないし、仕方なくなんてない。
でも止めるわけにはいかない。
――後で死ぬか、今死ぬか。その差でしかない。
それにしてもどうやら僕は無意識にさっきまでよりカイネに心を開きつつあるみたいだな。
――普段の僕なら、呑気に「可愛い」だの「綺麗」だの「格好良い」だの言ってることはあっても、
「可哀想」だの「心配」だの「何とかしてあげたい」だの表面上言っていても、
本気で誰かに興味を持ったり、誰かの為に何かをしようとする事なんて有り得ない。
なのに僕はカイネのことを本当に「可愛い」と感じだしてるし、力になろうとしている。
自己満足の為の中途半端なものじゃなく本気で。
その証拠に僕は〝実験〟の凍結をしようとしなかった
それは僕がカイネを多少なりとも慮ったからに他ならない。
勇者にすら秘密の例の〝実験〟。仮に凍結するとなったら確実に関係者は全員消されるだろう。
真実が広まる可能性と僕はを失う事を天秤にかければ流石に僕を選ぶと思うが、仮に消されそうになっても逃げ切る自信はある。その為の準備も出来てる。
――でも他の参加者にはその可能性はない。
生かしておくメリットも感じないし、その段階になって止めようとする馬鹿はハナからこの〝計画〟に賛同したりしないだろう。
……悲しい事に〝計画〟全体を見れば、この〝実験〟が一番マシな気までしてくる。
だから一度始まってしまったからには、何があろうともこの〝計画〟を中断してはならない。
――それが一つでも多くの生命を救う唯一の方法だ――
◇◇◇
「ん? 何かあったのかな、騒がしいね」
「確かに、妙にうるさいな」
僕らが修練場に戻ると、何やら中が騒がしかった。
その時、隊長が僕らのことに気付いたらしく、手招きしてきた。
「おお、ルカイユ。いい所に来た。ちょっといいか」
「はい? 何ですか?」
「先程使者の方がいらっしゃってな、『神獣』様の護衛の騎士を私の隊から選ぶとのことだ」
「へ? 『神獣』様の護衛を? この隊から?」
どうゆうことだ?
他ならぬ『神獣』はこの僕だぞ。その護衛を自分でやるだなんて変な話だ。
勇者には僕が騎士として隊長の配下に入った事は伝えてある。
『神獣』絡みなら確実に勇者が口を挟んでいる筈。
つまり勇者もこの騎士隊から選ぶことに賛成したことになる。
……僕なんも知らされてないんですけど……どうゆうことなんですかね?
◇◇◇
「選考は一週間後だ。選ばれた者はその日から『神獣』様警護の任に就く事になる。各々励むように」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
隊長の言葉に、やる気満々の野郎共が一斉に応えた。
僕? 僕は勿論やる気なんて起きやしませんよ。
どうせ選ばれる事はないんだし、僕には関係無い話だもの。
――僕には関係ありありなんすけどね……。なんせ自分自身の(必要かは一旦置いといて)護衛なのだから。
◇◇◇
「……じゃあ僕らも一応選考に向けて準備しますか」
「うん、そうだね」
思ったよりカイネが元気で良かった。
さっきの感じなら「自分が選ばれる訳ない」とか思ってそうだけど、この様子なら少なくとも表面上は大丈夫そうだな。
……さっきはTHE痩せ我慢ぽかったからね。
「ボクらもがんばろうね、ルカイユ!」
「ああ、勿論!」
……でもこの笑顔で言われたら即座に返事しちゃうのはなんとかした方が良さそうだな。このままいくとカイネのお願いを全部聞くパシリのようになってしまう。
……いやぶっちゃけそれでも構わないんですけどね。むしろありよりの大ありまである。カイネ可愛いし。
今も小ちゃくて(ここ重要)可愛らしい(超重要)両手を、ムッって感じで可愛らしく握り締めてる(銀河一重要)姿とか心臓に悪い(勿論いい意味で)。
……このままカイネと行動し続けて、僕の心臓は持つのだろうか。とても不安だ――
◇◇◇
――とまぁ意気込んで練習を始めたは良いけれど……
「うわぁー! 落ちるぅーー!!」
……思ったより馬に乗るのって難しいな。すぐに落ちてしまう。
しかもこいつ結構問答無用で僕を蹴り飛ばしてくる。
……何か僕に恨みでもあるのかこいつは?
危うくいつもの癖で腹から貫通させるところだったが、今の僕ははルカイユだ。人間にそんな事は出来ない。
それにその程度の事で一々殺しまくるのは倫理的にどうかとも思う。
――こんな事を考えてる時点で僕の倫理観が狂っている事は十分理解している。
◇◇◇
「ルカイユ、大丈夫?」
「え?」
カイネに声をかけられてようやく気付いた。よく考えると、側から見たら僕は馬から落ちた挙句その馬に踏まれ、その後微動だにしていない。
そりゃ裏事情を知らない人からしたら心配にもなるよね。
――実際は〈痛覚耐性〉持ちの僕にはこの程度の痛みさしたる事はない(もう慣れたというのもある)し、外見は人間そっくりでも中身までは作り込んでいないので、骨折などもしていないのだが――
「ほんとに大丈夫? どこか怪我してない?」
「ああ、本当に大丈夫だよ。こういうのは慣れてるし、なんて事ない」
「無理してない? 痛かったらいつでも言ってね、手当てしてあげるからね」
実は痛いんだ、咄嗟にそう言いそうになったのは言うまでもない――
「――ありがとね、ボクの練習に付き合ってくれて」
「いや気にしないでくれ。僕にとっても有意義な時間だったから」
正直僕一人じゃ何も出来なかっただろうからカイネが教えてくれて助かった。
知識としては知っていたけれど、実際の剣術も馬術も対人格闘技も一人では出来なかった。
……まさに「言うは易し、行うは難し」だね。
カイネが居なかったら一人でオロオロするだけで無駄な一週間を過ごしたに違いない。
その点カイネには感謝してもし切れない。
……まぁ一週間程度集中して練習しても、ずっとやってきたプロに勝てる訳ないし、僕が選ばれる可能性は無いに等しいけど……
――ただし選ぶ側には僕も含まれてる(自分の事だし多分含まれてる……筈だ)から選ぼうと思えば選べるし、嫌な奴を落とす事も出来る(当然の権利だ)から最悪練習なんてしなくても良いっちゃ良いんだけど――
「……はっ、いくら努力したところで、あの落ちこぼれ共が選ばれる事なんて――」
「「……⁉︎」」
修練場から出ようと出入り口へ歩いていた僕らの耳に、そんな声が聞こえてきた。
横目で(こういう輩はガン見すると調子に乗るので絶対に顔を向けてはいけない)見ると、さっきの無能共の集団がヒソヒソ話していた。
「――有り得ないがな」
「⁉︎」
「「「ふははは!」」」
「るっルカイユっ今のって……」
「そうだね、僕らはどうやら彼らに見下されてるらしい。舐められてるね」
――しかも完全に
「かなり下に見られているみたいだな。あの程度の強さで」
「えっ⁉︎ あの程度⁉︎」
「ああ」
カイネが驚くのも無理はない。
実際彼らは僕が見た限り、この中では強者だ。
……まぁ僕に比べれば雑魚中の雑魚だけど
――勿論ステータスの話じゃない
「……ルカイユ?」
「大丈夫、僕に任せてくれ」
そして僕がそんな雑魚に馬鹿にされたままで我慢する筈が無い
――他ならぬ友人を馬鹿にされて……
「言ったな? この僕に喧嘩を売った事、後悔させてやる」
◆◆◆
「――今回の一件、どう思う?」
「……噂によれば教皇聖下もこの一件、絡んでおられるとか。……そういう事なのでは?」
「……やはりそうか。となるとやはり……危険だな」
「ああ、早めに消すべきだろう」
五つの「アイ」その二『可愛い』