30 五つの「アイ」②
「ここが君の家だよ。自由に使ってくれ」
そう言って勇者が指し示したのは、白い壁の二階建ての家だった。小さいながら庭まで付いている。
[なかなか良い家だな。こんなとこに住んで本当に良いのか?]
「別に構わないよ。一応は僕の配下の騎士なんだし、それなりに良い家に住んでてもバチは当たらないでしょ。多分教皇国で一番危険に晒されてる騎士隊は君達だと思うよ」
……そんな危険な隊だなんて聞いてないんですけど。
「それとこれが君の身分証明書」
そう言って勇者が差し出してきたのは、銀色の謎の金属板。この世界の言語で何やら書き込まれている。
「この身分証明書を見せれば、教皇国、帝国、王国、中央小国群内ならどこの関所でも通れるし、大体の都市に設置されてる『金融ギルド』で提示すればお金を預けたり預金を引き出したり出来る」
[ほう、なかなかに便利な板だな]
僕にはよく分からんが、マイナンバーカードみたいなもんかね?
「それに文字通り君の人間としての身分を証明してくれる」
[……まぁ「身分証明書」だもんな]
その時、何か魔法の様な力で板上に文字が現れた。
「『ルカイユ』それが君の名前だよ」
[この身体の本当の名前か]
「問題は本物の『ルカイユ』は騎士でもなんでもなかったから、この身分証明書の他に彼はもう一つ証明書を持ってる筈だって事なんだけどね」
[どうすんだよ、それ]
「それはこっちで処分しとくよ。書類上はルカイユは死亡してないからね。騎士に転職した事にしよう」
……うわー、勇者さん悪い顔していらっしゃる。
「それとこれも渡しておくね」
[ん? これは……?]
勇者が渡してきたのは布の袋。ずっしりとかなり重い。
「中に銀貨が六百枚入ってる。金融ギルドで両替出来るから、好きに使ってくれ」
六百枚⁉︎ 結構多いな。
[本当に僕が使っても良いのか?]
「勿論だよ。君への報酬だと思って気にせず使ってくれ」
[分かった。そういう事なら遠慮なく使わせてもらう]
そう言いつつ、僕はその銀貨を袋ごと〈吸引〉で体内に取り込んだ。
「……何してるんだい?」
[見りゃ分かるだろ、盗まれたら洒落にならんからな。用心するに越した事はないだろ?]
「……君は相当用心深いんだね……。まぁ良いさ君の金だ、好きにするといい」
若干呆れられた気がするけど、僕なんか変な事言ったかなぁ?
◇◇◇
その後、「用事がある」と言って勇者は立ち去っていった。
僕もちょっくら用事があるので、家に鍵をかけて外へ出た。
因みに室内は外装と同じく綺麗な白色に塗られていて、二階には備え付きのベッドとタンス、小物入れが置いてあった。
家賃は要らないらしいので、僕はあそこにタダで住める事になる。
結構な優良物件だな。勇者様々だ。
僕の家は聖都の中心地から少し離れた所に位置する住宅街の一角にある。
暫く歩けば聖都の心臓部、『アゼルシア大神殿』が見えてくる。
巨大な十四本の塔が空高く聳え立ち、その間を分厚い壁が繋いでいる。
そしてその中に『神能教』のありとあらゆる機関が存在する。僕の今日の目的地もその中の一つだ。
そして十四の塔全てから伸びる空中回廊は全て一つの宙に浮かぶ塔に繋がっている。
その塔の名は――
「でっ、でかい……」
――『アゼルシア教皇庁』。
人界中の神能教徒の信仰の中心。
天を突き抜けるのでは無いか、と思う程高く、大きなその塔は、まさに『神』を崇め奉る、その中心地に相応しい風格があった。
……まぁ今日の僕のお目当ては教皇庁では無いので、どれだけ凄かろうが知ったこっちゃないが。
◇◇◇
「――はぁあー! はっはっ!!」
「……ふっ! ……たぁ!!」
用事を済ませた僕は、勇者の部屋のある塔――『髑髏の塔』――から反時計回りに六つ行った先の塔――『金槌の塔』――にある『神聖アゼルシア教皇国修道騎士団本部』の修練場で修練を見学していた。
周りを見れば僕以外にも見学者はかなり居る。
それもその筈、今戦っているのはオリヴィアとカミュだ。
――流石にルカイユの姿で見学する訳にもいかず、僕は今適当に色んな人のパーツを合成した『神獣』としての姿だ。
まぁ僕の姿などこの際大して重要ではない。
重要なのは、現在模擬戦をしている二人の、その実力だ。
「はああああーーー!!」
オリヴィアは、最初に会った時と同様騎士の制服に鎖帷子を着けて、長剣と盾で武装している。
「……ふっ、ふっ!」
一方のカミュは、相変わらずの灰色の服に額当ての姿で、かなり立派な槍を操っている。
僕もかつて剣道を嗜んでいた事がある(剣道は格好良いと思って入部してしごかれたのは良い思い出だ)が、彼女の剣はかなり強そうだ。
長剣なのと片手で振っているのにも関わらず、速度も威力も段違いだ。
先程からブッ、ブッという長剣が風を切る音が聞こえる。
それをカミュは槍で受け止めつつ、何度も反撃を喰らわそうとする。
そしてどちらも先程から外した際に岩を砕きに砕きまくっている。
岩場での戦闘をイメージしているのだろうか。足元は砂利混じりで、小さな石から人の身長程もある巨大な岩までありとあらゆる岩石が室内には設置されていた。
そのかなり悪い足場を、二人は何度も打ち合いながら少しずつ動いていく。
化け物みたいな奴らだな。あのステータスの相手と何度も打ち合うなんて。
二人とも勇者パーティの一員らしくステータスの平均は1000を超えている。
攻撃と防御が同じくらいの数値だから、当たっても即死ってわけじゃないのは事実なんだけど、1000超えの攻撃力同士が直接ぶつかればかなりのダメージが入る筈だ。
僕は今まで強敵相手には正面から向かわずに、搦手での戦闘を心掛けてきた。
魔物としての直感が、正面からぶつかる事の恐ろしさを告げていたからだ。
なのに二人とも一切引く気を見せずに打ち合い続けている。
防御系のスキルを発動してるんだろうけど、正直相手の武器になるべく触れない様にしないと腕がもたないんじゃないか?
だが二人はそんな様子を微塵も見せていない。
慣れているのか知らないが、こっちからすると見てらんない。
腕が千切れ飛ぶんじゃないかと気が気でない。
そんな僕にはお構いなしに二人は打ち合い続ける。
両者とも本気で相手を殺しにいってる感じがする。
今にも二人のうちのどちらかが、胸から血を噴き出して膝から崩れ落ちる場面が見えそうだ。
正直見ていたくない。
……まぁ見るんだけどね。
「見たくない」とか言ってる場合じゃない。
――僕の〝目的〟の為には――
◇◇◇
「――両者そこまで!」
いつの間にか現れた審判らしき人物が二人の試合――と言うか〝死〟合――を中断させた。
「もうそんな時間か、ルーカス殿」
「ええ、今日のところはここで終わられた方が良いかと」
……よく見たらあの騎士隊長のルーカスじゃないか。
キングトロール戦でボロボロになった勇者配下の騎士隊の隊長だった彼は確かランペルス領の診療所に入院していた筈では……
「そして、『神獣』様。先日は命を救っていただき、誠にありがとうございます」
「「「「「「「しっ『神獣』様⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」」」
ルーカスの発言に、会場中の皆が騒然とする。
――無理もない、彼らは僕の正体を知らないんだから。
……まぁそれに乗ってやらなきゃならんのは癪に障るが
「……いや、気にされるな。勇者様配下として当然の事をしたまでの事。感謝される謂れはない」
……まぁそのまま乗っかるのは面白くないので、少し爆弾を投下するくらいは許して欲しいニャン♪
「――ういう事だ?」「聞き間違いじゃないのか?」「いや確かに『勇者様配下』と言うのを聞いたぞ!」「どうなっているんだ?」「分からん!」「やはり聞き間違いじゃないか?」「『神獣』様がその様な事を仰る筈がな――」
案の定見学者達には混乱が広がっている。
ザワザワ
……。
ザワザワザワザワ
…………流石にちょっと罪悪感があるな。
少しフォロー入れとくか。
「失礼、冗談を招く様な発言だったな。この世界を統べる神々より私は勇者様の元へ派遣された。故に私は勇者様の「配下」であるが、その前に神々の「眷属」だ。これなら文句無いのではないか?」
いや〜、我ながらナイスフォローだ。
「なるほど、そうだったのか」「我々の早とちりだったのだな」「だから言ったであろう。その様な筈は無いと」
うんうん、これで皆んな納得したみたいだな。
これで、取り敢えずこの場は乗り切れそうだな。
「良かった、一瞬〝ニセモノ〟かと思った」
……誰だ今のは?
声は……男? いや声が低い女の可能性もあるか……。
見たところ僕以外に気付いた奴は居なさそうだが、もし聞かれてたら結構マズイな。
信じる信じないに関わらず、その可能性が頭の片隅に存在する事自体が危険だ。
仮に僕の目的の邪魔をしようというのなら――
――最悪処分するか
「――『神獣』様、少しよろしいですか? お話ししたい事があります」
「ん? 何でしょうか? 私に話ですか?」
このタイミングでルーカスが僕に声を掛けてきた。
正直今この場を離れたりしたくないんだが――なるべく早くさっきの声の主を見つけたい――ここで断るのは色々問題だろう。
「勿論、ご一緒させていただきますよ」
……ここは素直に従っておくか
「ではどうぞこちらへ」
「はい――後は頼んだぞ――」
「――御意――」
◆◆◆
「――どう思う?」
「……あの『神獣』、怪しいな」
「……やはりお前もそう思うか。……どうすれば良いと思う?」
「……お前の思う通りで構わないと思うが。最悪『勇者』様が何とかしてくださるだろう」
「……それもそうだな」
五つの「アイ」その一『出会い』