29 五つの「アイ」①
「――こちらです。『神獣』様」
「……ごっご苦労様です」
僕がそう言うと、僕をここまで連れて来てくれた修道女(かなりの美人)は一礼して廊下を歩いて行ってしまった。
……くっ、不覚にもときめいてしまった。
なにぶんこちとら異性に免疫の無い非モテ童貞なもんで、女性、それも美人に話しかけられたらキョドるのも致し方ないと思うんだよ。
特に歳上のお姉さんに弱い。
勿論歳下の小悪魔後輩にも弱い。
ロリにも弱いし、同い歳の娘にも弱い。
なんなら男の娘に一番弱いまである。
――結論、僕は(見目麗しき)女の子に弱い。
連れて来られた場所は、勇者に与えられている部屋からかなり離れた所にある少し大きめの部屋。
勇者の話によるとここで僕は合流する他の勇者パーティのメンバーと顔合わせするらしい。
扉の両側を騎士が固めていないところを見ると、この部屋で話される事はあまり外に漏らしたくない事っぽいな。
「……失礼します」
覚悟を決めて自分の手で部屋の扉を開けた僕は、部屋に足を踏み入れた。踏み入れた。
――今思うと、本当にあそこは「運命の扉」だったよ。
今でも夢に見る。
……僕スライムだしゾンビだから夢なんて見ないけど。
「おお、いらっしゃい。待ってたよ」
「遅かったな!!!!!! 待ちくたびれたぞ!!!!!!」
僕を出迎えたのは、勇者とブイを含めて五人の男女。
テーブルを挟んで五人がけくらいのソファが二つと、テーブルの両脇に一人用の椅子がそれぞれ一つずつ置いてある。
扉から見て向こう側のソファに勇者とブイが、扉側のソファに全体的に白っぽい、さっきの修道女さんの上位互換っぽいかなりの美人が座っている。
あとの両脇のソファにはそれぞれ一人ずつ座っている。
片方は薄い緑色の髪に、額当てを着けた鷹みたいな目の青年。
騎士が着る様な服の色違いっぽい薄い灰色の服を着ている。
もう一人は金髪を背後で括った長身の女性(?)。
こちらは騎士の服の上から鎖帷子らしき物を着けている。
何というかこの人も綺麗なんだけど、『男装の麗人』って感じの人だな。もしかすると凄い綺麗な顔の美青年かもしれない。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。少し〝進化〟に手間取っておりまして」
「「「しっ進化⁉︎」」」
「「⁉︎」」
僕の『進化』発言に、その内の三人が驚いた様に声を上げた。
……なんでブイさんは〝進化〟って聞いて一緒に驚いてるんですかね? あんたも僕が勇者に進化を命じられた時一緒に聞いてたでしょ……
「遂に進化先、決定したのかい? 何にしたの?」
「はい。こちらにしました」
そう言って僕は鑑定結果を勇者に、正確には勇者パーティに見える様に表示した。
「……『ゾンビシーフ』か」
「へぇ、結局これにしたんだね。何でだい?」
「それは……やはり勇者様をお守りする為には表での戦闘だけで無く裏での戦闘にも精通しておく必要があると感じたからです」
[「盗賊」って響きカッコ良くない?]
「なっなるほど……良い理由だね……」
勇者が若干の引き攣った笑いを浮かべてる気がするが、気の所為だろう。
「……それよりも、紹介しても良いかな? 君は彼らとこれから一緒に戦うんだし、早めに信頼関係を築くのは重要だと思うんだけど」
勇者は話題を無理やり変えようと、勇者パーティの紹介を始めようとした。
僕的にも好都合だし便乗させてもらおう。
「そうですね。改めましてゲイルと申します。これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
「ゲイルには皆んなも知ってると思うけど『神獣』としてパーティに入ってもらう。ステータスが少し歪だけど、実力は保証するよ。ね、ブイ?」
「ああ、こいつはヤベェぞ!!!!!! なんたってトロールキングをボコボコしやがったんだからな!!!!!!」
歪とはなんだ歪とは。失敬な奴だな。
……それにしても二人とも結構高評価なのね、なんか意外。
「トロールキングを? それは凄いな」
他の三人のうち、金髪の女性(?)が驚きの声を上げた。
声が低めの女性の声に聞こえるけど、声が高い男性の線もまだ捨て切れない。
「彼女はオリヴィア。うちのパーティの盾役をしてもらってる」
「オリヴィア・アリヤ・ガルゴイルだ。重装騎士として勇者パーティに所属している。よろしく頼む、ゲイル殿」
「こちらこそよろしくお願いいたします、ガルゴイル様」
「オリヴィア。オリヴィアと呼んでくれ」
「……かしこまりました、オリヴィア様」
「……ふっ。分かった、オリヴィア様で構わん」
「ありがとうございます」
どうやら女性だった様だな。
それにしても、金髪の女騎士か。何となくある人物が思い出されてしまうな。
……オリヴィア様が残念な方では無い事を祈ろう。
「で、こっちがカミュ」
「……カミュ・クリンカン、槍使いだ。……よろしく」
「よろしくお願いします、クリンk――」
「カミュだ」
「……かしこまりました、カミュ様」
「……ん」
薄緑髪の青年はかなり無愛想だった。
クールだな。戦隊モノならブルーが似合いそうだ。
と言うか、「勇者パーティ」に「カミュ」か。
……誰とは言わないけど、往年の名シリーズの盗賊みたいな名前だな。誰とは言わないけど。それか『ペ◯ト』を書いた哲学者。
「そして、最後にこちらがアイリス・ソファリム猊下」
「〝ソファリム〟? 〝猊下〟? て事はつまり……」
「……はい。現教皇聖下の第二教皇女『聖女』アイリス・ソファリムです。以後お見知り置きを『神獣』様」
やっぱりあの教皇の娘か。
頭に被っている謎の被り物から見える聖女様の御髪は金。
一口に金と言っても、オリヴィアの鮮やかなやや黄色がかった『金』ではなく、触れたら今にも消えてしまいそうな儚げな美しい薄い『金』だ。
『聖女』のイメージにもピッタリだな。
――ただし、結構訳ありの家庭環境っぽいな。髪が金の孤児か……まぁあまり詮索しないのが吉だろう。
「これで今回一緒に行くメンバーは全員揃ったね。教皇国軍の準備が整い次第出陣するから、これから準備に入ってほしい。それが終わったら出陣まで自由にしてくれて構わない。それで良いかな?」
「おうよ!!!!!!」
「ああ、それで構わない」
「分かった」
勇者の言葉にブイ、オリヴィア、カミュの順に返事を返す。
「かしこまりました」
勿論僕に異論がある筈もなく、「了解」の返事を返した。
問題は……
「アイリス?」
「…………ええ、わたくしもそれで構いません」
……なんか冷たいな。
今の間も聞こえてなかったり別の事を考えてたとかではなく、距離を取ろうとしている感じがした。
「そ、そう? ……なら大丈夫だね。……皆んなも準備は万端にしておいてね。敵は魔王軍だから」
勇者もなんとなく感じ取ったのだろう。妙な空気(勇者と僕以外の人間は気付いている様子はないが)をなんとかしようと蛇足な事を付け足した。
「ははは、そんな事は分かっているさ。私達も子供ではない。そこまで言わずとも皆分かっているだろう」
即座にオリヴィアが揚げ足を取る。
「揚げ足を取る」と言っても、嫌な感じはしない内輪ノリ的な愛のあるものだった。
――内輪でない僕には関係のない話ではあるが
「若干一名怪しい奴が居るがな」
そこにすぐさまカミュが乗っかる。
こいつ思ってたよりノリ良いな。結構意外だわ。
「お⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎ そうなのか⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎ どこのどいつだ、そいつは⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
「「「「「お前だよ!!!!!」」」」」
――と言うツッコミは(声に出しては)流石に入らなかった。が、今現在この部屋に居る全ての(ブイ本人を除く)人々(スライム一匹を含む)はこう思ったに違いない。
無論、ブイがその事に気付いた様子はない。
その後も、勇者パーティの面々は和気藹々と盛り上がっていた。
――僕を置き去りにして
いや別に構わないんですよ、僕は勇者の一員ではないものね。僕をハブるのは至極当然のことだ。
彼らの今まで積み上げてきた信頼や絆は僕には無い。
◇◇◇
「――あの戦いみたいにならない様に、しっかり準備を整えないとね」
「…………そうですかね。勇者様もお強くなられたのですし、わたくしは今戦えばああはならないと思いますが」
ん?
「――あのゴーレムは強かったね。思わず冷や汗かいたよ」
「…………その割には、かなり余裕そうでしたね。笑っていらっしゃった気がするのですが」
んん??
「――ヒルダのあの『魔神の豪雷』っていう魔法、カッコ良かったから僕も使いたいなぁ」
「…………勇者様には『神の雷撃』があるのですから、それで十分なのでは?」
んんん??? これ信頼と絆本当にある?
さっきから聖女様が勇者の発言に一々反論してる気がする。
……これが聖女様なりの信頼の表し方なら何も言わないけど、なんか棘がある気が……
……でもやっぱ仲良さげで良いな。
結局旅のエピソードについて知ってるからこその棘なんだよね。
本当のところ、こういう内輪ノリにすぐさま乗れるコミュ力の無い「ボッチ」にとって、こういう会話は苦手中の苦手だ。
――よって地蔵となる
こういう場でのボッチの地蔵タイム突入率は驚異の120%(僕調べ)だ。
とっとと地蔵と化してしまいさえすれば、誰とも話す必要はない。あちらも要らん気を回さないで済むし、こちらも変に心に傷を負わずに済む。
まさにWin-Winの関係。これぞ世界の理想。
逆説的に世界が100人のボッチなら、誰も嫌な思いをせずに済むとも言える。
……実際は世界が100人のボッチだったりしたら社会が回らずに人類一瞬で滅ぶと思うけどね。
誰もコミュニケーション取らなかったら協力とか出来ないし、一人一人は風が吹いただけで死ぬ様な雑魚中の雑魚、キングオブ弱者たる人類に勝ち目なんてない。
まぁ何にせよ、今の僕がボッチである事だけは疑いようのない事実だって事だけは確かだ。
……もう諦めたけどね。
だって僕人間じゃないもんね。
「ゾンビシーフ(スライム)LV1」だからね。
仲間に入れてもらえなくても文句は言え――
「――どうだ? ゲイル殿も一緒にこれから飯でも行かないか?」
「良いですね、皆さんとご飯ですか」
「おお、良いなそれ!!!!!!」
「オレも賛成する」
――何それめっちゃ良い提案ですやん。
そりゃ行きますy――
「皆んなでご飯に行くの? じゃあ僕もご一緒しよu――」
「わたくしは〝急用〟を思い出しました。これで失礼いたします」
「――うかな。でもやっぱりやめておこう。僕も〝急用〟を思い出した」
……うん、それが賢明な判断だね。
今の空気で「行く」とは言えんだろうしね。
「そうか、ユリシーズもアイリスも欠席か。残念だな。まぁ〝急用〟なら仕方あるまい。またの機会にしよう」
そんな空気を読んでか読まずかオリヴィアがそんな事を言った。
どっちにしてもこの場ではナイスなタイミングだ。このままじゃ謎の気まずい空気が継続しそうな感じがしてたもん。
「ゲイル殿はどうする? 我らと一緒に来るか?」
オリヴィアは僕に気を遣ってか、再度誘ってくれた。
まぁそりゃね――
「今回はご遠慮させていただきます。この後外せない用事がありますので」
「そうか、それは残念だな」
「せっかくお誘いいただいたのに、申し訳ございません」
「いやいや気にするな。ではまた会おう」
「はい、失礼いたします」
流石にこのまま参加は出来ない。
なんせご主人様が欠席だもんね。
失礼だけどブイが僕のフォローなんて出来るとは思えないし、アウェイ感しかないところにはまだちょっと行き辛いかな。
部屋を出た僕は長い廊下を足で歩きながら、ふと思った事をぼそっと呟く。
「……にしても勇者って、結構聖女様に嫌われてるくね?」