28 出来る男も辛いもんだ
「んー。んんー? んーーん」
「未だ悩んでるのかい? かなり長いこと悩んでるね。そんなに難しいものなのかい?」
「当たり前だろ。人生を左右すると言っても過言ではない程だぞ。勇者様よ」
「男らしく、バシッと決めやがれ!!!!!!」
「いや男って言ってもなあ……僕には生えてないし……」
「まぁ君の気の済むまでじっくり考えると良い。君自身の事だからね」
「おう……んー。んんんー。んー?」
去って行く勇者とブイを見送りつつ、僕はまた考え事に没頭する。
石段に腰を下ろし、足を組んで、顎に右手の指を掛けて、さながら謎を解く探偵の様に。
僕は今悩んでいる。
――何に進化するか。という事を……
◇◇◇
キングトロールを討伐した後、僕は勇者と共に森の更に奥まで入った。
――キングトロールが何故出て来たのかを調べる為に
元々、教皇国の最北端に位置するランペルス領は帝国との国境であると同時に、亜人族の多く住む『北方山地』とも接しているらしい。
端的に言うと、人界と亜人界の北側の境界の一つって事らしい。
だから、亜人族であるゴブリンやその進化形が出て来る事は十分に予測されていた。
むしろ人界に出て来たそいつらを討伐、嫌な言い方をすれば「駆除」する為に勇者が騎士隊を率いてこの森に来た。
人族の常識の通じない亜人族と戦う事を覚悟した、それなりの精鋭を率いてきたし、本来ならゴブリンの一部族程度に遅れをとる戦力では無い筈だったんだけど……
結果は、隊長のルーカス以下生存者はわずか五名。
元の兵力が三十三人だったらしいから約85%が死亡した計算になる。
普通に「全滅」と記録が残るレベルの惨敗だ。
実際は僕が殺った訳だし、元の目的だけは達成出来てるけど、逆に言えば元の目的だけしか達成されてない。それ以外は絶望級だ。
……まぁこれは「負け」だよね。
少なくとも騎士隊としては許される結果じゃない。
そしてその原因を作ったのは、確実にキングトロールだ。
本来『北方山地』には出現しない筈のSランクモンスター。
――因みにこの世界では、「モンスター=魔物」って事じゃないらしい。
「冒険者ギルド本部がF〜Sまでの十一段階(A〜BまではA、A A 、A A Aの様に更に三段階に分かれている)のランクで賞金をかけた対象」を、種族に関わらず「モンスター」と呼ぶとのこと。
だから本来亜人族である筈のキングトロールもモンスター扱いってわけ。
……モンスターとして討伐対象なのか、亜人として一応権利を与えられているかは知性の有無で決まるらしい。まぁ一目見ればすぐ分かる。〈鑑定〉を使ったらすぐに――
だからこそ、何故奴がここに出て来たのかを早急に調べる必要がある。
――裏に何が居るのかも調べなきゃならない。
そんな訳で、生き残りの騎士を麓の町に収容し、僕と勇者とブイだけで森に再度入り、一月探索してつい一昨日に聖都アゼルシアにある勇者の屋敷に戻ってきたばかり。
……の割に勇者とブイが元気な気がするんだけど、気の所為だよね? 僕信じてるからね。僕に教えてない謎のスキルで実は毎日聖都に帰ってました、とか絶対許さないからな。
――毎日僕がこの世界の言語を自習してる間、二人ともキャンプに居なかった気がするのも気の所為だと僕、信じてる。
まぁ収穫は無かった訳じゃない。無かった訳じゃないんだけど……
――ぶっちゃけ〝最悪〟だ
先ず裏にいた奴が色々ヤバい。
赤地に黒い月と白い鳩、その中心に『麦』のマーク――この世界では『麦』は『2』を表す――魔王軍第二軍だ。
森の先の『北方山地』との境界付近にあった亜人の村に魔族軍が駐屯しているのをブイが発見した。
「ここでこの部隊が消息を絶つのはマズい」という勇者の指示でそのままにしてきたけど、本来居ない筈のトロール部族が確認されたことからも、奴らが先の件に関わっていると見て間違いないだろう。
魔王軍とこのメンツで衝突するのはどう考えてもマズいのは僕も同感だけど、放置して良いのかは僕には判断つかん。
そして二つ目がその村の立地だ。
教皇国と帝国の国境の、やや帝国寄りの少し北側。
行こうと思えば行けない事はないが、行こうと思わなければまず行かない所。
簡単に言うと「どちらの国が兵を出してもさして変わらないが、正直なところ自国は兵を出したくないからお隣さんにお願いしたいな」って場所に位置してる。
発見したのは教皇国だけど、近いのは帝国だから両国ともに兵を出す理由と共に、相手に兵を出させる理由も持ってる状態で、『神能教』最大の後ろ盾である帝国を相手に面倒事を起こしたくない上層部はこの件を内々で片付けたいだろうし、実際に出撃する騎士隊は自分達より強い帝国軍の方が適任だと主張するだろう。
結果的には帝国と揉めるのは勘弁だけど、騎士隊とも仲良くしなきゃならない教団上層部は、この件を英雄の中の英雄『勇者』に丸投げする可能性が高い。
つまり神獣も頑張らなきゃならない。
ぶっちゃけ、ヤだ。
何が悲しゅうて、そんな恐ろしい奴らと少人数で必死に戦わにゃいけんのだ。
放置がマズいのは分かるけどさ、勇者一人に丸投げするのはやっぱおかしくね?
ここは仲良く両国合同で兵を出したらどないですのん?
的な事を昨日担当者――総教司教というのが教徒の取り纏めを教皇の下でやってるらしい――に、若干脅し込みで言ったところ、無事両国連合軍の派遣が決定した。
一旦勇者一行は聖都アゼルシアに帰還して、勇者パーティ増員の上、教皇国軍を率いて合流地点へ向かうらしい。
……それは良いんだけどさ
「出陣までに進化しておくこと」とか勇者が言い出したもんだから大変よ。
一応一ヶ月の間に進化可能なレベルまで上げてはいたけど、進化先が多くて選べずにいたんだよね。
だってさ、
・ゾンビナイト
・ゾンビフェンサー
・ゾンビランサー
・ゾンビライダー
・ゾンビアーチャー
・ゾンビシールダー
・ゾンビモンク
・ゾンビメイジ
・ゾンビシーフ
・ゾンビアサシン
の全部で十個。
ゾンビ〇〇(〇〇には職業名が入る)でどんな感じになるのかは分かるんだけど、どれを選べば良いのかが僕には判断つかない。
何しろ今の僕のステータスってさ、
【ゾンビソルジャー(スライム)LV15
攻撃能力値:8575
防御能力値:8569
速度能力値:15151
魔法攻撃能力値:341
魔法防御能力値:337
抵抗能力値:353
HP:567/567 MP:574/574
スキル:〈吸引LV3〉〈吸着LV2〉〈貯蔵LV1〉〈強酸LV2〉〈粘体LV4〉〈粘槍LV2〉〈麻痺毒LV9〉〈自己治癒LV1〉〈縮地LV1〉〈回避LV2〉〈硬化LV4〉〈投擲LV5〉〈猫騙しLV7〉〈斬撃付与LV7〉〈刺突付与LV6〉〈打撃付与LV4〉〈衝撃付与LV4〉〈破壊付与LV4〉〈酸攻撃LV2〉〈思考加速LV2〉〈斬撃強化LV6〉〈刺突強化LV5〉〈打撃強化LV2〉〈衝撃強化LV2〉〈破壊強化LV1〉〈酸強化LV2〉〈痛覚耐性LV3〉〈幻覚耐性LV1〉〈混乱耐性LV1〉〈恐怖耐性LV4〉〈斬撃耐性LV2〉〈刺突耐性LV2〉〈打撃耐性LV4〉〈衝撃耐性LV1〉〈破壊耐性LV1〉〈酸耐性LV5〉〈毒耐性LV7〉〈麻痺耐性LV4〉〈死滅耐性LV1〉〈剛腕LV2〉〈堅固LV2〉〈疾風LV5〉〈鑑定LV4〉〈念話LV3〉〈偽証LV6〉〈擬態LV7〉〈不遜〉〈謙虚〉】
こんな感じなのよ。
ステータスの偏りが激しいのはいつもの事として、問題は……
知らぬうちにスキルが恐ろしいことになっている、ってこと。
鑑定のレベルが上がってスキルまで見れる様になったんだけど、今まで把握してなかったスキルもいくつか見つかった。
中でも極め付けはやはり〈不遜〉と〈謙虚〉だね。
こいつらだけレベルが付いてない。特別感が漂って来る。
それだけじゃ無い。
他のスキルはなんとなくどんな効果なのか名前から想像出来るのに対し、この二つは全く分からん。
〈不遜〉と言われましてもね……ぶっちゃけこちとら、身に覚えが無いのですよ。自分の身の丈はきちんと把握してるから、思い上がったりなんてして無いし。
〈謙虚〉と言われましても……自慢じゃ無いが、僕は生まれてこのかた自分の分を弁えて身を引いた記憶は無い。常に自分勝手に人目を気にせず自分のしたい様にしていた。
……まあ、多分僕の性格に合わせて与えられたとかでは無いんだろうけどね。ただ与えられただけみたいな。
何にせよこのスキル達だけ異質なわけよ。
他のスキルは見た感じ全体的にバランスの良いつき方だとは思うんだけど、逆にどの職に向いているのか分からなくもある。
僕は元の世界じゃ単なる一高校生に過ぎなかったし、この世界でもそういう系の職とはあまり縁が無い。
勇者はこの中では「ゾンビフェンサー」に一番近いと思うけど、ぶっちゃけあいつはステータスその他もろもろが異次元級だからあまり参考にはなりそうにならない。
ブイは……何に一番近いんだ? モンクかなぁ? でもモンクとも違う気もするんだよなぁ。
……ダメだ。奴らは何の参考にもならん。自分に合うやつを考えよう。
速度だけ10000超えてるし、この速度を活かせるやつに進化するのが良いんだろうけど、それだとやっぱり「ゾンビアサシン」かな?
でも攻防のバランスが良いし、「ゾンビナイト」もあるかもしれない。
極端に低い魔攻・魔防を補う為にあえて「ゾンビメイジ」という線もある。
……一体どれを選ぶのが正解なんだ⁉︎ 全く分からん。
「うん、もうこれしか無いな。これに決めよう」
結局うんうん唸った末に、僕は進化先を決定した。
すぐさま僕の身体は例の光に包まれ、身動きが取れなくなる。
……こんな事もあろうかと、わざわざ誰も来ない裏道で考えておいて良かった。危なかった――
◆◆◆
「――ほう、『神獣』様に脅されたのですか」
「左様でございます聖下。『この軍を野放しには出来ない。早急に対処すべきである』と仰せでした」
総教司教の報告に、教皇とその側近達は少なからず驚いた。
勿論神の遣いである『神獣』が「脅し」という手段を取った事にでは無い。
元より彼が本当に神から遣わされたなどと考えている者は少なくともこの中には居なかった。
彼らが驚いたのはそこでは無く――
「それにしても、まさかこの短期間で人族語を会得するとは。驚きましたな」
「ええ、本当に」
――その『神獣』が人族語で脅しをかけてきた事、である。
「この内容は日常単語では最早ありません。そう易々と話せる様になどならないでしょう」
「我々の予想を超える知能を持っておる様に見受けられます」
そう言う総司教達の顔は、皆一様に明るかった。
当然である。
彼らは『神獣』には出来るだけ〝有能〟であって欲しいのだ。
――ただし、決して〝優秀〟であって欲しい訳では無いが。
「何にせよ、我らにとっては好都合。帝国との関係悪化も必要経費として大目に見ましょう」
「帝位争いが始まれば即座に彼方からすり寄って来るでしょうしな」
「……では総軍司教、『第六聖典』に出動を命じてください」
「『森』でございますか、教皇聖下」
「ええ、どうせならついでに〝あの邪魔者〟も処分してしまいましょう」
とても聖職者とは思えない発言をした教皇を嗜める者は、この部屋には居なかった――