第三王子武勇録第三巻 『作戦開始』
「――それでは、作戦を開始する」
「「「「「「「おおーーー!!!」」」」」」」
俺の号令で、皆んなが動き出す。
俺が率いてるのは、冒険者を中心とする別働隊。
あの後、ギルド本部に依頼して一月かけて動かせるだけの冒険者をルルーシュに集めさせた。
その結果、三百人近い冒険者、それもBランク以上の高ランク冒険者ばかりが集められた。
その主軸は何と言っても『竜滅騎士団』と『オラ=ウラク』の二つのSランクパーティだろう。
『竜滅騎士団』は、その名の通り竜を討伐する事を専門とするパーティで、リーダーは『竜士槍使い』パイダーン・ファルコイ。
メンバーは全員元帝国騎士だという噂だ。
確かに帝国にはファルコイ子爵家という貴族がいるけど、パイダーンが本当にここの出身かは怪しい。
「過去は不問」が鉄則の冒険者ギルドに所属してる限り、王国の諜報能力じゃ探れないらしい。
名前と装備はカッコいいけど、ちょっと話し方がなあ……
『オラ=ウラク』は、人界には珍しい亜人族によって構成されたパーティで、リーダーは土小人の『流星砕き』カタダ・カクシダ。
メンバーはドワーフだけでなく、巨人に獣人までいて、正に〝亜人の〟パーティって感じがする。
これでもう少し話しが通じたら文句無いんだけどなあ……
わざわざ来てくれたんだ。悪く言うのはやめよう。
「殿下、ディファット将軍も配置、完了したそうです。いつでも始められると」
「分かった。将軍に突入命令を」
「御意!」
入り口に配置したディファット将軍率いる貴族軍一万八千も準備出来たみたいだな。
今回の作戦は、将軍が率いる貴族軍が入り口から地龍を、俺が率いる冒険者と近衛騎士を中心とする別働隊が待機してる封鎖地点まで追い込んで、討伐するというもの。
……という事に表向きなっているが、事実は少し違う。
今回の作戦の狙いはどちらかと言うと、地龍よりも『低能の幽霊』を討伐とまでは行かなくても、王国圏からは追い払う事にある。
一月かけて冒険者に用意させた罠の数々や、戦いを有利に進める為の仕掛けは全て、地龍戦後に『低能の幽霊』戦になっても転用出来る様に作ってある。
下手すれば地龍戦中に戦闘になるかも知れないからと、念には念を入れて設置した。
上手くいくかは分からないけど、俺が出来る限りの事をしたのだけは揺るがない事実だ。
まぁ失敗すれば確実に俺が責任を取るからか、貴族達もそれなりに本気を出してたし、元よりやる気がある奴が多かったからかなり完成度は高いと思う。
これで失敗したらもうどうしようもない……と困るが、きっとだいたいたぶんそんな感じだ。
「殿下! 第一陣が対象と接触、戦闘を開始した模様です」
「分かった。別働隊の状況は?」
「はっ、ファルコイ卿、カクシダ卿の両名が率いる隊が封鎖地点に到着、待機中です」
「第一陣に封鎖地点まで追い込む様に通達。第二陣も出せ」
「御意!」
地上に命令を伝える為に走り出した騎士を見て、申し訳ない気持ちになった。
でも、悪いがここから動く気は無い。
俺が指揮を執りづらいこっちに本陣を置いているのには意味がある。
皆んなには――ディファット将軍含め、数人を除き――言っていないけど、俺の読みが正しければほぼ間違いなく『低能の幽霊』、下手すればそれ以上の敵が出て来る。
早い話は、魔王軍が来ると俺は睨んでるってこと。
そんな時、本来誰の領域でも無い、強いて言えば神の領域であるこの『聖域』を閉ざせるのは、王族である俺だけだ。
俺の許可があったとしても、誰かが代理で行う事は認められない。
逆に言えば、この入り口がラルファス王国内、それも王の直轄地にある以上、俺なら王の代理として閉ざす事が出来る。
一応は『王』とは神から地上の支配権を譲り受けた存在なのだから、自らの預かった数多の命を守る為に『聖域』を閉ざす事は出来る筈だ。
その為には俺が『聖域』内にいて、直ぐに閉ざせる状態にある必要がある。
だから、かなり危険とは言え第三王子自ら『聖域』に潜ったわけだ。
勿論教皇国や帝国を中心とする義勇兵の到着を待った方が利口なのは分かってる。
でも俺は王国軍だけで先に始める事を選んだ。
「今手を打たないと民に被害が出るかもしれない」なんて高尚な理由なら良かったんだけど、残念ながらそんな理由じゃない。
俺は直感で感じ取ったのだ。
――何があっても今ここで『聖域』に入るべきだ、と。
魔王軍が来るんじゃ無いかと思ったのも、この直感があってこそだ。
この世界で“カイン”として生まれ、育ってきて一つ感じた事がある。
三界は地球よりも大分危険な場所だ。
医療はそれなりに発達してるし、技術も地球の中世よりはかなり進んでると思う。
でもそれは全て「魔法」のおかげだ。
俺達がそれを使えるって事は、敵も使えるって事。
むしろ魔族の方が魔法には精通してる。
数では圧倒的に有利な人族だけど、一人一人の実力――ステータスを始めとして、知能の高さ、スキルの質、そして魔法の才能。
ありとあらゆる分野で人族は魔族に遅れを取っている。
そんな魔族と俺達は、神話の通りなら何千年も戦争をしている。
「魔族が千年かかっても人族を滅ぼせていない」って事は、裏を返せば「人族も千年かかっても魔族を滅ぼせていない」って事だ。
それを指摘した者は、ことごとく時の為政者に消されてきた。
それを幼い時に偶然父上の書斎で読んだ本で知った俺は、それから対魔族の為に努力してきた。
俺は俺だけが転生してきた、『選ばれし者』だなんて思っていない。
実際、シスベルも含めて俺は俺以外に五人も転生者を知ってる。
幸い全員人族だけど、勇者の話によるとかつては確実に元人間だろうという魔物が居たらしい。
それなら元人間の魔族が居たっておかしくは無い。
堀江恭弥時代の友達によれば、昨今は人外に転生する主人公も多く、中には人類と敵対する者もいるとか。
この世界にそういう人が転生して来ないとは言い切れない。
この世界に無い知識を持っている異世界人と戦えるのは、同じ地球人である俺達だけだ。
そして俺は王国の第三王子。
人界五大国の一つであるこの国を、一部とは言え俺は動かせる立場にある。
〝第三〟王子という位置に加え、クロムウェル公爵家の後押しもあって、俺はかなり自由に動ける。
……それでも未だ足りない。
その足りないピースをこの千載一遇のチャンスで補う。
偶然舞い込んだ「地龍出現」の知らせ。
更に神話級、神に匹敵すると言われる伝説の魔物『低能の幽霊』。
そして偶々その場に最も近く、尚且つその状況に対処するのに最も適格な状況下にあった第三王子。
ここまでお膳立てされていれば、「やらない」なんて選択肢は存在しない。
その為にどれ程の犠牲を払おうとも、俺は止めるつもりは無い。
たとえ『殺人鬼』と呼ばれようが、『殺戮者』と呼ばれようが、俺は止まる気は無い。
これが人族の未来の為に、今俺が取れる中での最適解だと信じて――
「殿下! 第一陣に加え第二陣が封鎖地点へ到着。封鎖を開始しました」
「第三、第四陣を封鎖地点に急がせ、別働隊に攻撃準備を命じろ。封鎖が完了次第、第一、第二、第三、第四陣と別働隊で一斉に攻撃を開始する」
「御意!」
これで、第一陣〜第四陣までの貴族軍一万四千と、ファルコイ、カクシダの二人が率いる冒険者が地龍と戦う事になる。
念の為に俺の周りには近衛騎士が居るし、外にも貴族軍の残りの四千の兵が待機してる。
『災害』級は大体一軍相当だから、この兵力で十分戦える筈だ。
問題は、『低能の幽霊』及びその裏にいるかもしれない魔王軍だ。
魔王軍が出て来たら即座に予備軍と近衛騎士を投入するつもりだけど、間に合うかは正直微妙なところだ。
それをなんとかする為に、最低とも言える作戦を立てているけど、それの発動の前に取り敢えずこの場を抑える為の別の手を打たなきゃならない。
勝ち目は五分五分ってとこ。
Sランクのパーティが二つでは、『神話』級は少し難しいかもしれないし、仮にどちらかを失っ時には、すぐさま『聖域』を閉じるしかなくなる。
――最悪の時には兵士を中に置いたまま。
それだけは何としても避けなくてはならない。
その為にはやはり――
「殿下! 遂に来ました!」
「『低能の幽霊』か?」
「いえ、赤地に黒い月と白い鳩。魔王軍です!」
「そっちが来たか……」
恐れていた最悪の事態だな。主力が地龍と戦闘中に魔王軍が出現とは。
その戦闘もさっき始まったばかり。いくら罠を仕掛けようとも、この短時間で終わらせるのは難しい。
となるとこちらは主力を欠いた状況下で、しかも仕掛けた罠の大部分は地龍や『低能の幽霊』、つまり対魔物用な為、罠もほとんど使えない状態で魔王軍と戦わなければならないわけだ。
本当なら対魔王軍用の罠も設置するべきだったんだけど、ある事情で設置出来なかった。
……あいつが居れば少しはこの状況も良くなった筈なのに……
まぁその埋め合わせとして千近い兵が合流したわけだし、結果的にはプラスになったかもしれないけど、やはりいたい。
……まぁそんな事言ってる場合じゃ無いよな。
「直ちに地上の予備軍を下へ降ろせ。合流次第魔王軍にぶつけるぞ」
「御意!」
「ルルーシュへの連絡も忘れるなよ。辺り一帯の兵はあらかた集め切ったが、更に遠方からも兵を掻き集めさせろ。義勇兵の到着も早めるように要請を出せ」
「御意!!」
クヨクヨしても始まらない。
俺のやれる事をやってやる。
何故なら俺は――
「――第三王子だからな」