間章 第49151回人界侵略会議
「――本当に宜しかったのですか? 彼は無能とは申しませんが、少なくとも今回の計画には邪魔なのでは……」
長い廊下を進む三つの人影の内の一つが、先頭の一人にそう尋ねた。
それに対し、先頭の人影は――
「それはなんだ、私の決定が不服という事か?」
「めっ滅相もございません。私の様な下賤の者が畏れ多くも主様に刃向かうなど……」
「よい、お前が純粋に案じているのは分かっている。だが問題ない。私の計画には奴は最適では確かにないが、最良ではあるからな。下手に他の者に任せるよりは奴の方が何かと都合が良い」
「左様でしたか。出過ぎた真似をして申し訳ございまs――」
「本当にその通りだ! 貴様如きが主殿に口答えするなど、千年早いわ! 身の程を弁えよ!」
「……何だと? 貴様にだけは言われたくないわ!」
「なんだと貴様ぁー! 我に喧嘩を売る気か⁉︎」
「ふん。貴様の安い喧嘩を買ってやるのは癪だが、買ってやろうではないか」
「何だと貴様――」
「――やめよ。ここがどこか分かっておらぬのか」
「「もっ申し訳ございません!!」」
二人の言い争いに残る一人が釘を刺し、二人は慌てて黙り込んだ。
「ここが陛下の座す城である事を忘れるなよ。ここは私の城ではないのだ。貴様等が好き勝手して良い場所ではない」
「「はっ、肝に銘じます」」
「相変わらず固いねぇ、もう少し肩の力を抜いても良いんじゃないかなぁ」
そんな彼らに、話し掛ける者が居た。
「これはこれは、第四軍長閣下。お久しぶりです」
「うん、久しぶりぃ。いつぶりかなぁ?」
「そうですね……第二軍第一師長の出陣式以来ではないでしょうか?」
「そんな前かぁ。死んじゃったねぇ、彼ぇ」
「……はい、残念です」
(どの口がそれを)
彼らに話し掛けたのは、魔王軍第四軍長だった。
眼鏡を掛けた優しそうな顔、どちらかと言うとあまり背は高くなく、横に広い印象を受けるこの軍長は、その独特の話し方も相まって、あまり強そうには見えない。
『魔王軍軍長』よりは『気の良い少し裕福な商人』の方が似合いそうな風貌だ。
しかし、歴代最高と謳われる現魔王が軍長に選ぶ程の人物である彼もまた、かなりの実力者である。
魔王軍最強を選ぶとすれば、間違いなく名前が上がる、それ程の人物なのだ。
「残された第二軍の三師救出とぉ、脱走した地龍討伐の為に軍が出たって聞いたけどぉ。君の指示かなぁ?」
「いえいえ、私如きにそこまでの力はございません。全ては陛下のご英断にございますよ」
「――嘘だな。間違いなく貴公が一枚噛んでいる筈だ」
「これはこれは第八軍長閣下。第六軍長閣下に第九軍長閣下まで居られるではありませんか。お久しぶr――」
(正直、こいつ嫌いなんだよなあ)
新たに現れた三人の軍長は、そう言った第七軍長を無視して、第四軍長に話し掛けた。
「オーベルフリヌ公、その者に気をお許しになられぬ方が良いかと」
「何だと貴様! 我が主殿にその口の聞き様、万死に値する!」
「黙れ。卿が口を挟むでない。我等は貴族、卿の様な従者とは身分が違うのだ」
「なっ何だと! この我を従者呼ばわりとは、ぶっ殺s――」
「下がれ、マルクス! 第八軍長閣下の仰る通りだ。お前が口を挟む必要は無い」
「っ⁉︎ ……申し訳ございません」
「よい。誠に申し訳ない。部下が出過ぎた真似をいたしました」
「いや、気にするな。元より辺境候風情の家臣に礼儀など期待しておらん」
「「「「なっ⁉︎」」」」
「それも成り上がりの、な」
第八軍長のその発言に、驚きの声があがる。
だがもし彼が冷静であったならば気付いたであろう。驚きはどちらかと言うと恐怖に近い感情から発せられているという事、そして彼の背後から何者かが近づいてきているという事に。
しかし彼は冷静ではなかった。
常に煮湯を飲まされ続けている第七軍長をやり込められる絶好の機会。
永遠の好敵手より優位に立っているという状況に酔っている彼はその両方に気付く事が出来なかった。
――好敵手と見做しているのは第八軍長だけであり、彼は第七軍長の眼中にすら無いという事を彼は未だ知らない。
既に第八軍長の真後ろにまで迫っていた人影は徐に口を開いた。
「それはどうゆう事か? 余の気の所為でないのなら「成り上がり」と聞こえた気がするのだが」
「「「「「「へっ陛下⁉︎」」」」」」
そこに現れたのは、城代を伴った魔王だった。
「陛下、気の所為などでは御座いません。確かに第八軍長閣下は第七軍長閣下を「成り上がり」と表現なさいました」
「そうか」
「おっお待ちください陛下! これは違うのです!」
「何が違うのか? まさか貴様、余の耳を冒涜する気か?」
「滅相もございません! 私はただ――」
「ところで第八軍長、一体どこの魔王の許しを得て余の言を遮るか?」
「ひっ!」
魔王に睨まれた第八軍長は、途端に口をつぐんだ。
「まぁ余は気にしてなどおらぬがな」
「へっ陛下」
「余が貴様如きを眼中に入れておるとでも?」
「「「「「「「なっ⁉︎」」」」」」
「身の程を弁えよ、余は貴様を歯牙にもかけておらぬわ」
「陛下、言い過ぎかと」
「そうか? 余は気にしておらぬと思うぞ。何せ余は〝成り上がり〟であるからな。代々の公爵閣下は余の言など意にも介さんであろうよ」
「「「「はははは」」」」
「「「……」」」
魔王の皮肉を笑えたのは魔王の腹心達だけで、それ以外の者達は悔しげに顔を背ける事しか出来なかった。
(はい、ざまぁー)
「皆様方、あと少しで軍議のお時間です。『玉座の間』へどうぞ」
城代の言葉に、魔王を始めとする一同は廊下の最奥に位置する部屋へと急ぐ。
「「魔王陛下の御なーり!」」
複雑な彫刻が施された扉が、両側の番兵の口上によって内側から開かれた。
「……はぁー。何故上に立つ者というのはこんなにも面倒なのが多いんだろうな?」
「主様」「主殿」
「「皆、貴方にだけは言われたく無いと思います(思うぜ)」」
◇◇◇
「皆の者今日は良く集まってくれた」
「「「「「「「「陛下のお召しとあれば我等一同、何を置いても駆けつけます」」」」」」」」
玉座の間には、出陣中の第二、第五両軍長と、別の任務を与えられて不在の第十軍長を除く七名の軍長と、魔王城を魔王不在時に預かる城代の最高幹部総勢八名が集結していた。
魔王の前で跪く八名を、各幹部が連れてきた部下と魔王の近衛が囲んでいる。
――これには護衛以外にも理由があったりするのだが、その事に自分から触れる愚か者は、幸いな事にこの場には一人も居なかった。
「今回集まってもらったのは他でも無い、忌々しき人族共へ攻め込む計画が完成した」
「「「「なっ何と⁉︎ それは誠ですか陛下⁉︎」」」」
「んっ⁉︎」
「無論誠だ。城代、あれをこれへ」
「御意」
そう言って城代が運んできたのは、世界中を隈無く網羅した精巧な地図であった。
ただし一点、不自然なところが有ったが……
「陛下、失礼ですがこれは……?」
同じ様に頭に疑問符を浮かべている他の者を代表して第一軍長が魔王に尋ねた。
これは何か? と
「うむ、地図だ」
「はい地図で御座いますな。ですがこれは……」
「うむ、フラルガン大陸を中心とする地図ではないな。これは貴様らの思う通りのヒガシラシ大陸を中心とする地図だ」
「と言う事はつまり……」
「うむ、我が魔王軍は人界攻略の為に亜人界へと攻め込む」
「「「「「なっ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」
(そこじゃ無いでしょうに……。この人さては分かった上でやってんな。タチ悪ぅ)
驚き戸惑う軍長達を無視して、
「それでは、概要を説明する。第七軍長」
「御意」
「「「「なっ⁉︎」」」」
「……やはり……か」
魔王のその発言に、他の軍長達は自らの耳を疑った。
その言い方はまるで第七軍長にだけは前々からこの計画を伝えていた様では無いか。
……いや、第七軍長だけとは限らない。
考えてみれば先程から魔王が衝撃的な事を明かす度に、驚く声が若干三名分少なかった気が……
城代と第三軍長――『魔王派』には既に伝えられていたのだ。
「ここからは私がご説明させていただく。先ずカミユン――」
◇◇◇
「――以上です」
「……こんな計画を⁉︎ 本気で実行する気か⁉︎」
「正気とは思えん……」
「…………ふふ…………」
第七軍長の口から語られたのは、彼らの常識では考えつかない様な計画の数々であった。
(やはり奴等は気が触れている。危険だ)
◇◇◇
『魔王派』――第七軍長に城代、第三軍長と第五軍長。
魔王が強く信を置く、魔族の異端者集団。
彼らを、ある者は畏怖を持って、ある者は憎悪を込めて、またある者はこう在りたいと願って、魔族はこう呼ぶ。
――『魔神信奉者』と
かつて神族と、真なる龍の一族と、世界を三つに割る世界規模の大戦――『古代大戦』を引き起こした『魔神』。
その魔神を信奉し、この世に復活させようと目論む者達こそ、『魔神信奉者』である。
彼ら『魔王派』が本当の意味での『魔神信奉者』か如何かは分からないが、彼らがその位の事なら平気でしかねない程の異端である事は、周知の事実であった。
魔族からすれば自分達を日陰に追いやった張本人である『魔神』を信奉するなど正気の沙汰では無い。
何せ彼ら魔族の先祖は、その『魔神』に率いられて『古代大戦』に参戦し、そして――
「卿らの奮戦に期待する」
「「「「御意」」」」
「「「「……御意」」」」
――敗北したのだ。
他ならぬこのヒガシラシ大陸で……
(如何なるかなぁ? 正直ちょっと楽しみ)