幕間 公爵令嬢の溜息
「それで、殿下達はその後どうなったのですか?」
「はっ、殿下に付き従っておりました魔法師の通信魔法は殿下が脱出された事を伝えた後、絶えてしまい、殿下のその後の消息は不明です」
「……そうでしたか。ご苦労でした、下がりなさい」
「はっ、失礼致します」
少女の一言を受け、騎士は一礼して部屋を後にした。部屋に残されたのは先程の少女と彼女の侍女が一人のみ。
彼女の名はシスベル・レム・クロムウェル。
ラルファス王国クロムウェル公爵家の長女である。そして現在『聖域』と呼ばれる場所の調査に向かっているラルファス王国第三王子カイン・エイヘル・ゾン・ラルファスの婚約者でもある。
「お嬢様、殿下が心配なのは分かりますが、少し落ち着いてくださいませ」
「何馬鹿なこと言ってるのエリス。わたくしは今とても落ち着いているわよ」
「そんな見えすいた嘘をおつきにならなくてもよろしいのに」
「第一、殿下を心配するのは婚約者としての務めであって、別に深い意味は――」
「ええ? 本当ですか?」
「黙りなさい!」
落ち着きなく部屋を歩き回っていたシスベルは、自らの侍女にして、大切な親友であるエリスにきつい言葉を浴びせる。勿論シスベルもエリスが自分を落ち着かせる為にわざと煽る様な言い方をしているなどという事は分かっている。
(有難うね、エリス)
「殿下の消息が分からない以上、此処でグルグルしている場合では無いわ」
「その通りで御座います。……ぷっ、「グルグル」って……お可愛らしいこと……」
「……何か言った?」
「いえ、何でも御座いません」
「そう……本当に?」
「はい」
「まぁいいわ。我がクロムウェル公爵家からも捜索隊を出すべきよ」
「そうで御座いますね。お嬢様が『殿下が心配で夜も眠れないの』と言えば、旦那様も若様もイチコロで御座いますよ。きっと」
「今のわたくしの真似のつもり? 全然似てなかったわよ。第一、王族の捜索隊を出すのは臣下として当然の事で――」
「はいはい分かっておりますよ。そういう事にしておきましょう」
「どういう事よ!」
顔を真っ赤にして怒る(照れる?)主人を見てエリスは自然と笑みが溢れた。
「何を笑っているのよ!」
「……いえ、何でも御座いません」
(本当にお嬢様は――ベルは可愛らしい)
一歳年下の主人は、世間では『白銀』と呼ばれる才女だが、エリスから見れば普通の恋する乙女なのだ。今もカインが心配だが、素直になれずに色々な理由を付けて誤魔化しているのだろう。
「だから何で笑ってるのよ!」
「……いえ、では私は旦那様をお呼びしてきますね」
「ちょっと待ちなさい! ちょっと! エリス――」
まだ叫んでいる主人を残して部屋を出たエリスは、主人の父であるクロムウェル公バートンを呼びに歩き出した――
「――もう本当にエリスはしょうが無いんだから」
自分を置いて去っていった侍女に恨言を言いながら少女は溜息を吐く。
「……もう、本当にしょうが無いんだから…」
と言いながらも何処か嬉しく思っている自分に気付き、シスベルは苦笑する。
「はぁー」
少女の溜息は虚空に消えた――