27 いや僕「デカブツ」なんて言ってませんって!④
「うぎゃa――」
僕は颯爽と騎士を救い、キングとの戦闘を開始した訳なんだけど……ぶっちゃけ――
「くっくそg――」
――無理ゲーだわ、コレ
さっきから騎士がばったばったと殺られている。
どれくらい殺られてるかと言うと……
僕のスライムボディが飛び散った血で紅く染まるくらい。
既に三十人程居た筈の騎士達は残り数人にまで減っている。
勿論僕や勇者、後から参戦したブイとルーカスという騎士隊長の、所謂この中では“強い”顔ぶれでキングに立ち向かったさ。
でも聞いてないよ――
◇◇◇
「おらぁ!!!!!! 〈※撃〉!!!!!!」
ブイが何らかのスキルを発動した斧でキングの左足を斬り飛ばす。
「グォオオーーーン!」
キングの体勢が崩れ、その巨体が倒れ込んでくる。
「※※※な! ※※※! 〈※撃〉!」
「うぉー!!!!!! 〈※※※〉!!!!!!」
「〈※※※〉!」
勇者の号令と共に、三人が一斉に技を叩き込む。
無論僕も〈斬撃付与〉〈硬化〉〈破壊付与〉なんかを総動員して攻撃に加わる。
あっという間に、キングの息の根は止められたかに見えた。が――
「うごぁ」
ルーカスが吹き飛ばされ、その隙にキングが立ち上がった。
――確かに斬り飛ばされた筈の“左足”で
結論から言うと、敵さんも僕と同じ〈自己再生〉持ちだった。
僕の〈自己再生〉の再生速度よりもかなり速い。
今も、さっき斬り刻まれていた箇所の肉が盛り上がり、傷が塞がっていく。
……ぶっちゃけグロいしキモい。
「フワァーーーー!!」
キングが大剣を僕に向けて振り下ろした。
〈硬化〉では最早防ぎ切れず、頭がパックリ割れる。
勿論直ぐに再生が始まるけど、暫く動き回るのは難しそう。
物理的にも、戦局的にも“いたい”けど、致し方無い。
僕の速度なら避けられたけど、避ける訳にはいかなかった。
僕の背後では、ルーカスが治療を受けているのだ。
正直、キングと戦って一撃で死亡しない人材は貴重だしなるべく失いたく無い。
その為なら、僕が多少痛い目を見るのも致し方無い。全ては勝利の為だ。
隠し持っている奥の手を封じられるのはキツイけど、他人と連携して戦える事の利点も勿論大きい。
疲れないゾンビの身体には必要無いかも知れないけど、交代で休憩出来る。
体勢を整える時間を確保出来れば、全員の生存確率は当然上がる。
まぁ包み隠さずに言えば、僕から見ると“盾”が増える。
この身体はかなり性能が良い。
速度は言わずもがなだし、攻撃も防御も四桁に突入してる。
スキルだって使い勝手の良いのが揃ってるし、自分では使いこなしているつもりだ。
――でも弱点が無い訳じゃない
その弱点というのが「身体が小さい」という事だ。
この身体は、直径50cmで高さが30cmの半球型だ。
〈粘体〉を使えば大きく出来る事には出来るが、正直デフォルトが一番使い易い。
勿論小回りは効くし、隠れるにも都合が良いのは事実だ。
……でも小さい事による弊害も当然少なくない。
その最たる例が「少しぶつかられただけで吹き飛ばされる」って事。
この身体には全く“重さ”ってもんが無い。
だから簡単に吹き飛ぶ。
それじゃ戦い辛い。
そこで図体が僕よりもデカくて、盾になってくれる人間はなるべく減らしたくないって訳。
横薙ぎの剣では吹き飛ばされるけど、縦に振り下ろす剣なら問題は無い。
……とは言っても、このまま行けばいつかは誰かが死ぬのは明白。
恐らくその時が、均衡が破れたその時が、僕らの死ぬ時だろう。
――つまりこのままでは駄目だ
[おい、勇者。このままじゃジリ貧だぞ。何か策は無いのか? さっきお前何かしてただろ]
[そう言う君こそ、何か奥の手を隠し持ってるんじゃ無いのかい?]
[まぁな。ただし一度も使った事の無い作戦だから、失敗するかも知れないぞ。それでも良いのか?]
[構わないよ。今はそんな事を言っている場合じゃない]
[……確かに。その通りだ、な!]
思い切り敵の右手の指を斬り飛ばしながら僕はそう答える。
仕方ない、例の手を使うか。
僕は地面に伏せてあった奥の手を起動して、最後の調整を行う。
[勇者! 僕が合図したら皆を一度下がらせろ。巻き込むと面倒だ]
[分かった。後は頼んだよ]
[おうよ]
勇者は、最終準備に入った僕の代わりに暫く戦線を支えてくれるつもりらしい。
ブイ達には悪いが殆ど僕ら二人(一人と一スライム)でこの戦線は維持してたから、僕が抜けるのは相当きついだろうに、有難い事だ。
そんな勇者の為にも失敗する訳にはいかない。
とは言え……
微調整しながらやるとは言え、半ばぶっつけ本番だ。安全は保証出来ない。騎士達を巻き込まない為には、僕だけでやる必要がある。
……はなから安全には配慮してない罠だったからね。
仕掛けた時は、ここまで状況が悪くなるなんて思いもしなかった。
生存人数を気にして、他者の安全に配慮しつつ戦う事になるとは……
――正直「人間」というものを甘く見て過ぎていた
人間があんなに脆く、簡単に死ぬとは思わなかった。
ステータスだけなら、速度などの一部例外を除けばHPやMPでは僕よりも上の人間が、ああも簡単に潰れるとは……
僕が今まで生き残れてきたから、速度で追いつけなくても、そう簡単に死にはしないだろう、と高を括っていた。
――それが間違いだった
[出来たぞ、勇者!]
[分かってる。健闘を祈ってるよ]
[ああ]
勇者が僅かに残っていた騎士達を引き連れて後退していくのを確認し、僕はキングへと向き直る。
悪いな、お前の相手は僕だ。
そんな残念そうな顔すんなよ、こっちまで悲しくなるだろうが。
まぁそんな訳で、お預けになってた一騎打ちの続きを始めようか。
来いよノッポ! けちょんけちょんにしてやんよ。
◇◇◇
「グォアアーーー!! グァ!! グァ!!」
キングが大剣を振り回して、僕を追いかける。
さっきまでと違い、敵が僕だけに絞られたからか一撃一撃の振りが大きい、ので避けるのは難しくない。
元より速度では圧倒的なアドバンテージがあった訳だし、最終的に避け切れなくなる事はあっても、初っ端でやられるとは思ってなかったのでここまでは作戦通りだ。
……まぁ攻撃が当たらないのは、なにも速度の差が大きいだけでも無いんだけども。
奴の身体には僕の粘手が何本も絡み付いているのだ。
これが僕が張っていた罠。
〈粘手〉から〈粘体〉に進化した事により、身体から離れた部分も操れる様になったのだ。
範囲は本体のすぐ近くに限定されているとは言え、これで敵の足止めが容易になるのは事実だ。
これで仮に敵に引き千切られて脱出されても、本体が引っ張られてこっちがダメージを受けるなんて事にはならない。
それでも未だ第一フェイズだけどね。これからが本番だ。
そろそろ目的地に着くし、第二フェイズ開始も近い。
「グォオオーー!! ガァ!! ガァ!! ガァ!!」
どうやら狙い通りにはまったみたいだな。
この罠の良いところは、上手く立ち回れば戦闘中でも罠を拡張したり、改造したり出来る事だね。
初めにここに仕掛けた時は、ここまでの規模ではなかったんだけど、キングとの戦闘中に分裂した粘体――分体を大量に放ってここまで拡大した。
「グォオオオオオーーーーーン!!!!」
キングが悲痛な叫び声をあげる。
痛いだろう痛いだろう。そりゃ痛いさ。
なんせ下は酸の海で、横は硬化した粘手の槍、上は回転する粘手の刃が間断無く自動で攻撃してくるんだから。
――キングは、奴がすっぽり収まるくらいの巨大な落とし穴にはまっていた
分体は本体から分裂しただけなので、当然僕が操っていさえすれば僕のスキルを全て使える。
僕が戦っている間に、分体達は酸で地面を溶かしつつ〈吸引〉で落とし穴を掘っていたのだ。
そしてその壁に薄く広がって貼り付き、下には酸を溜め、最後に穴を分体で塞いで上に溜めておいた土を被せる。
後はそこにキングを落とせば、
落ちた先は先ず酸の海。
足が溶け、再生速度がどれだけ速かろうが再生した側から溶けていく。
なんとか底を脱出出来たとしても、登ろうにも壁は分体でいっぱいだ。
そこをスキルか気合か、はたまた根性か何かで乗り越えて登れたとしよう。
それでも無理だ。
最後には、もう一度穴を蓋した分体と、そこから繰り出される粘手の連撃が襲い掛かる。
「グワァオーーー!! グワォー!!」
ちょっと予想と違って上手く落ちてくれてないけど、そこは多めに見ていただくという事で……
まぁ結果的には早く落ちれなかった所為で、逆に身体の隅々まで切り刻まれちゃう訳だし、
結果オーライって言えるよね⁉︎ よね⁉︎
……ってそんなこと言ってる場合じゃない。本体も参戦しなくちゃ。
「グググググォオオオオオオオオオオーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
最後の足掻きとばかりにキングが大剣を振り回す。
が、僕には当然微塵も効かん。
ありったけのスキルを注ぎ込んだ最強の粘手の槍を叩き込んでやる。
喰らえー! 粘s――
『スキル獲得条件を達成しました。スキル〈粘槍LV1〉を獲得しました』
粘……槍
「グオーー……オ……ォォ……ォ」
キングは断末魔を上げて事切れた。
いや良かった良かった。
強敵だったけど倒せて良かった。
本当に良かった。
うん、良かった良かった。
まぁ正直なところ……
……技名くらい言わせて欲しかったなぁ〜
――絶好のタイミングで新スキルを獲得してしまった
いや別に構わないんですけどね、僕は気にしてないんで。
いや本当ですよ。本当に気にしてないから。
本当だってばぁ〜
◆◆◆
「――いや〜スゴいね〜。まさか倒しちゃうなんてね〜。正直驚きだよ〜」
「倒せるとはお思いになられていなかったのですか?」
「うん正直なところね〜」
相変わらず、何を考えているのかよく分からない発言に、どう返せば良いのか彼は迷った。
自らの主人に命じられて、一時的とは言え下についている以上、上官に付き従うは己の責務と判断した彼は、その上官と共に〝カレ〟と呼ばれている存在を観察していた。
――本来は彼らにこんな事をしている暇など無い筈なのだが、普段の彼なら真っ先に気付きそうなその事に、何故か彼は気が付かなかった。
これは彼が上官に誠心誠意従うと誓ったからなのか、それとも……
「小官は陛下が一目置かれるだけの事はあると思いましたが。キングトロールは人族風に言えば『災害』級の魔物です。それに恐れもせずに立ち向かうなど、並の者には不可能でしょう」
「そうかな? あれくらい普通だと思うけど?」
「……はっ申し訳ございません」
――それは貴方がた“天才”だけでは
出かかった言葉を飲み込み、彼は謝罪する。
こういうふとした瞬間に、主人と他者を比べてしまう。
彼の本来の主人はこういう事にも気を配れる人物だった。
彼の様な才に恵まれなかった者にも理解を示し、出来得る限りの配慮をしてくれた。
勿論目の前の上官や、彼の同輩達の「出来て当たり前」という考え方は正しい。
しかし、その当たり前が出来ない者もやはり存在するのだ。
その事に気付けないのは、戦士としては通用しても指揮官としては通用しない。
――率いる部下の全てが武に秀でた天才揃いとは限らないのだから
「まぁどうでもいっか。あたしには関係ないしね〜」
「左様でございますか」
「うん。それよりそろそろ準備は終わったかな?」
「はっ、それは――」
そう言いながら、彼は背後に振り返る。
そこではこの上官の元々の部下と、彼が主人より与えられて連れてきた部下が急ピッチで出陣の準備を整えていた。
数は元の兵が四千五百に、彼が連れてきた五百の計五千。
いささか過剰戦力な感も否めないが、他ならぬ主人の命なのだから、そこに彼が疑問を挟む余地は無い。
「――恐らくもう少しかと」
「そっか〜。じゃあできたら教えてね。それまであたしはコレ、見てるから」
「御意」
上官の命を受け、彼は一礼した後に上官のそばを離れた。
下では兵達が荷物を次々に馬車に積み込み、出撃の準備を進めている。
彼はそれを尻目に、自分に割り当てられた士官用の移動式司令室へ向かう。
「……はぁ。何故こんな事をしなければならないのだ?」
司令室に着き、副官に人払いを命じた彼は一人でそう呟いた。
無論主人が必要だと言ったのだからこの出陣は必要なのだろう。
それは理解出来る。
だがそれ以上の事は、彼にはいくら考えても分からなかった。
あの上官は底の見えない部分があるとは言え、彼の目には正直この作戦に向いている様には見えなかった。
非才の身である自分に理解出来ない様な高尚な理由があるに違いないが、それが理解出来ない自分が腹立たしく、情けなかった。
武では同輩に遅れを取る彼は、せめて別のところでは主人の役に立ちたいと願っていたが、少なくとも頭脳面では主人には到底及ばない様だ。
それを言うならば自分もまた、何故この作戦に選ばれたのか、彼は疑問に感じた。
自分でも気付いていない何かの観点で、主人は自分の事を評価してくれていたのだろうか?
それが事実であるならば、これまで以上に誠心誠意主人に仕えよう。
そう彼は決意した。
◇◇◇
「ねぇ、何であの子を選んだの〜?」
『単純に、文句も言わずに命令に忠実に従ってくれさえすれば誰でも良かったんだけど、偶々奴が一番近くに居た、ただそれだけの事だ』
「え〜、なんかかわいそ〜。本当にそれだけ〜?」
『ああ、それだけだ』
彼が去った後、彼の元の主人と〈遠話〉で話していた彼の上官は、彼にとってはあまりにも酷な話を聞いていた。
『奴についてなど今はどうでも良い。指令書の通りに動きさえすれば良いのだからな。分かったな?』
「はいは〜い。分かってますよ〜」
『では、頼んだぞ』
そう言って〈遠話〉を切った彼の主人――魔王軍第七軍長に念を押され、彼の上官たる魔王軍第五軍長は司令書を手に取った。
名目上は彼らの共通の主君たる魔族の王、『魔王』が出した事になっているこの指令書だが、その実は第七軍長が出した指令である事は第五軍長も分かっている。
勿論、指令には忠実に従うつもりだ。
第五軍長とて軍人の端くれ、誰が出していようがいまいが一度出た命令には、その命令が撤回されるまで従う。
従うが――
「そのまま従うのも癪だしね〜。ちょっと遊ばせてもらうよ♪」
――そのまま従うのも面白くない
第五軍長は、そう一人で決意して机の上に置いてあった自らの剣を手に取る。
そのまま、呼びに来た彼を伴って整列した兵の前に現れた第五軍長は、拡声の魔道具で兵に呼びかけた。
「第五軍改め討伐軍各位に告ぐ、これより我等は畏れ多くも魔王陛下に弑逆した愚かなる地龍を討伐に向かう。現場に到着次第、既に出動した第二軍の三師を吸収して事に当たる。人族の愚か者共も出張って来るやもしれんが、雑魚には構うな。我等はあくまで陛下に楯突いた愚かな地龍を討伐するのみ――」
第五軍長の演説を皆は黙って聞いている。
普段との差異に今更突っ込む馬鹿は、第五軍にはいない。
その後も、簡単な作戦の概要説明などを行い、最後に第五軍長はこう締めくくった。
「諸君等の忠誠を陛下に捧げよ。陛下に一日の栄光を!」
「「「「「一日の栄光を!!!!」」」」」
最高レベルに高まった士気のまま、第五軍長は出陣の号令をかける。
「ならば行くぞ! 出陣!」
「「「「「おおおー!!!!!!」」」」」
こうして、魔王軍第五軍並びに第七軍からなる「地龍討伐軍」五千は、迷宮第二層へと出陣した。
――この時点で「第二軍の残党の抹殺」という密命が下っている事を知る者は殆ど居なかった