第三王子武勇録第二巻 『戦闘準備』
「――なにぃ⁉︎ 勇者様は来られないだとぉ⁉︎」
「はっ、しかし教皇国を中心に帝国や中央小国群、南方都市連合が義勇兵を出すとの事です。総司令官は教皇国第四教皇女アリーナ猊下。現在五万八千の兵が集結しつつあるとの事」
「五万八千か……。我が王国軍が現在一万六千だから、七万四千の兵が集結する訳か。……殿下、どう思われますか?」
「やはり少し足りないな。出来れば我が王国軍をもう少し増やしたいところだ」
「そうですな。……エレンファソからの返事は未だか?」
「はっ、未だ返ってきておりません」
「未だか……」
ディファット将軍とその幕僚、その他の貴族達が慌ただしく動き回っている。
ここルルーシュに置かれた本陣は、先日の「宣言」以降完全に俺の支配下に置かれた。
とは言っても別に圧政をしてる訳じゃない。普通に俺が貴族達を顎で使ってるだけだ。
ここで貴族達がやってる仕事は主に二つ。
一つ目は俺が『聖域』を脱出する前に、貴族軍と冒険者側で合意していた基本的な作戦の実行。
簡単に言えば、小隊単位での巡回の強化や地龍の監視、地龍討伐時及び『低能の幽霊』との戦闘時に邪魔となりそうな入り口付近の魔物の掃討、その指揮、監督及び情報の統合、分析だ。
二つ目が、その他に俺が立案した作戦を実行する為の準備。
ここには貴族だけで一人も冒険者がいないが、別に俺が冒険者を低く見てるからではない。
ここで事務仕事などをするよりも現場で戦闘をした方が彼らには向いてると俺が判断したからだ。
――一つ別件も頼んでるし
それにしても困った事になった。
あと一押しで王国軍の増援を受けられるところだったのに、義勇兵の派遣でそれもパーだ。
「王国軍」と言っても、実質は各貴族の私兵の連合軍だ。自然、王に仕えているとは言え、元の主人である貴族が首を縦に振らなければ兵が動く事はない。
「義勇兵が来るなら、自分達が兵を出す必要は無いだろう」と勝手に決めつけて兵を出さないであろう貴族が、特に王都周辺の大貴族に多い。
ここにいる第三軍や第一、第二軍あたりはまだ俺の父上である国王に忠誠を誓っているが、第五軍など、率いているクフィス侯爵の完全なる私兵団と化していて、国王の命令にもほとんど従わない。
隣国レギオン帝国は皇帝を中心とした強い中央集権の下で、貴族の力は極限まで落とされているらしい。噂によると二十万いる将兵は皆、皇帝と帝国に忠誠を誓っているらしいけど、我が王国がそうなるのには一体どれだけの時間がかかるのやら……
「……あの無能共め! 何故分からぬのだ! ルルーシュが陥落すれば次は自分の身も危ういというのに!」
「その通りだ! 第一、王国軍は王国を守る為の盾であるぞ。王国の危機には、王命が有ろうが無かろうが自ら兵を連れて駆け付けるのが王国騎士の在り方では無いのか!」
ルルーシュ監督官、ダマス卿の一言に、次々と賛同の声があがる。
彼の言っている事は正論だ。
勿論正しい。
本来、王国騎士とはそう在るべきだし、王国の危機に駆け付けないのは軍人としても王に仕える貴族としても失格だ。
でも全ての人が“正しい”事を出来るかと言うと、それは無理だ。不可能だ。残念ながら。
この世はそんな善人だらけでも、強い使命感を持つ者だけでも無い。
次々に、他の貴族を貶す貴族達。
彼らにとってはこの考えこそが当たり前なのだろう。
勿論、俺もこう在るべきだと思ってるし、こう在りたいと常々願って努力してる。
でも、当たり前に“当然”の事が出来る人には、当たり前には出来ない者の気持ちは分からないものだ。
そんな者が居るとははなから思っていない。何故ならそれが“当然”なのだから。
彼らからすれば今、そうしていない者は、「やっていない」からそうしていないだ。
「出来ない」からだなんて微塵も思っていない。
だから想像もしない。
何故ならそれが〝当然〟なのだから。
――でも俺にはそれが分かる。
だって、俺だって昔はそうだったのだから。
〝当然〟の〝正しい〟事が出来なかった。
それが〝正しい〟という事すら知らなかったのだ。
恐らく聞いた事はあったのだろう。口では皆と同じ〝正しい〟事を言っていたし、実際に一度か二度くらいは〝正しい〟事を皆と一緒にやっていたかもしれない。
でも――
――それは俺の心には「沁みて」いなかった。
◇◇◇
「――そんな事より、アルスダルク公爵家からの返事は未だか?」
話を聞いている限り、このままでは、ここにいない貴族の悪口が延々と続きそうだったので、話に無理矢理割り込んだ。
――実際は、全く関係の無い話という訳でも無いし、「無理矢理」と言う程では無いのだけど……
「はっ、『今出撃準備を整えている』の一点張りで……。……他の貴族と同様かと」
「……そうか。……『剣聖』殿もご出陣なさらないとは……。殿下、ここまで我が国が腐っていようとは、私は同じ王国貴族として情け無いですぞ!」
ミスった。またそこに行き着いてしまった。
「おい……」
止めようと思ったけど、途中で言葉が切れる。
なんかどうでも良くなってしまった。
正直なところ、俺が立てた作戦にはそんな大軍は要らない。精々数百もいれば出来る。
――ただし、“精鋭”に限っての話だが。
ここにいる兵達は、彼らには悪いが“精鋭”と言う程では無い。
勿論彼らも弱い訳では無い。
でもどうしても見劣りしてしまう。
――『勇者』率いる〝最強〟集団『勇者パーティ』。
〝人界最強の騎士〟と謳われる『聖王国聖騎士長』と『聖王国聖騎士団』。
帝国中から掻き集められた、一人で魔王軍幹部を相手取れるとされる『帝国近衛魔導師団』。
人界最強の四人の剣士――『剣帝』『剣王』『剣仙』そして『剣聖』――『四大剣士』。
そんな人族の精鋭、一騎当千の『英雄』達と比べれば――
我がラルファス王国にはその一人である『剣聖』を代々継承してきた『アルスダルク公爵家』が在る。
「……正直、アルスダルク公爵家が出兵しないのは痛いな。数もそうだが、あそこは質が桁違いだから」
「そうですな……」
アルスダルク公爵家は、王国北部、隣国レギオン帝国との国境近くに広大な領地を持っている。
単純な領地の広さは王家、サスフォンヌ公爵家に次いで王国第三位。動員可能兵力は王家に次いで第二位を誇る。
そんなこの家が大陸中に名を轟かせているのは、なにも『剣聖』を代々継承してきたからだけでは無い。
保有する私兵団の練度の高さ、これが「アルスダルク公爵家」の名を大陸中に鳴り響かせた最も大きく、重要な理由だ。
その家の不参戦は、正直かなり痛い。あの家の兵を当てにしていたところが無かったと言えば嘘になる。
「……まぁ来ない者は仕方がない。我らだけでもこの作戦を成功させるぞ!」
「「「「はっ!」」」」
いつまでも引き摺ってても良い事無いし、早めに切り替えた方が良いだろう。
――流石にバーキュス兄上程早く切り替えるのは難しいけど……
「失礼します! 殿下! 遂に例の物の準備、完了しました!」
「それは誠か⁉︎」
部屋に一人の冒険者が駆け込んできた。
どうやら俺が冒険者に頼んでいた物が準備出来たらしい。
これで決行前に出来る準備は全て終わった事になる。後は好きなタイミングでいつでも作戦は決行出来る。
そうと決まれば善は急げだ。すぐにでも決行したい。
「おおー! これで遂に奴ともおさらばですな!」
「ああ、では前々からの計画を少し前倒して明明後日、下緑月十六日に決行とする!」
「「「「おおー!!!!」」」」
俺の号令に部屋に居た全員が立ち上がり、王国式の敬礼をした。
前と違って、そこには“気持ち”が篭っている。
この一ヶ月あまりで、軍人達とも結構信頼関係を築けたと思う。
そんな彼らを俺は死地へ今から送り込む事になる。
この内数人は死ぬだろう。
「多分」じゃない。「確実に」だ。
「そうつもりでいるべきだ」って事じゃない。
この中の数人、下手すれば大半、最悪なら全員が死ぬ事は決定事項だ。
何故かって?
――だって俺が立てた作戦は、はなから誰か死ぬ事を前提に立てた作戦なのだから